東京競馬場物語

オゾン

第1話 3人のおじさん

東京競馬場のパドックの裏側。

そこには池があり、ちょとした日本庭園の様になっている。

開催日でも、人が少ないこの場所に、毎週集まる3人のおじさんがいる。


3人のおじさんは、モニターに齧り付いてレースを見ている

目と鼻の先でレースをやっているにもかかわらず、見に行かずにモニターで見ている。


「またダメだ〜。2着3着買ってるのに、1着買ってないよ〜。」

「シゲさん、3着の馬13番人気ですよ!それ買えるのに、なんで1着の馬買えないんですか〜」

「1番人気なんて買っても面白くないだろ!馬券はロマンだよロマン!」

3人のおじさんの1人、シゲさんは、東京競馬場のある府中で酒屋を営んでいる。

3人の中では最年長だ。

「お前こそ取ったのかよ!」

「ワイドで当たりました!」

「はんっ!1・2番人気のワイドなんて当たったって言わないんだよ!」

(※ワイド:3着以内に入れば当たる馬券)

「当たりは当たりです!まぁ、トリガミましたけど・・・」

(※トリガミ:馬券は当たったけど収支でマイナスになること)

「トリガミなんて最悪じゃね〜か!」

「そんなガチガチの馬券買ってるからだよ!マモルなんて名前だから、そんな硬い馬券しか買えないんだよ!」

「だって、名前にレッドが入ってるんですよ!!赤が好きな人間なら、間違いなく買うでしょ!」

「名前で買ったのかよ・・・」

「そういうの大事ですから!」

マモルくんは、35歳で僕より年下。

同じ府中で保険会社に勤めている。

「ワイド馬券は保険ですよ。最悪な状況を回避するためのね。」

「なら競馬やめろ!競馬はギャンブルだろ?食うか食われるかだ!」

「そんな玉砕覚悟じゃ、破産しますよ。」


「リスクの無い勝負は勝負じゃね〜んだよ。祐介はどうなんだ?取ったのか?」

「僕は、全然ダメでした。擦りもしなかったです。」

「そうか、まぁ次だな!」

「ですね。買わなくて正解でした。」

「なんだレースやってないのか?」

「予想はしてたんですけど、なんか当たる気がしなかったので諦めました。」

そして僕、祐介は普通の会社員。

週末に競馬をやるのが趣味の、至って普通の会社員である。


「何それ?目の前でレースやってるのに、やらないとかあるの?儲けるチャンスをミスミス逃すなんて・・・お前が結婚できないのはそのせいだな。」

その通りの38歳独身である。

「結果、負けなかったんで良いじゃないですか。」

「参加してないんだから、負けようが無いわな。でもなそれじゃあ勝つこともないんだよ。いいか!負けても次がある!勝っても次がある!それが競馬だ!

よし次行こう!」

「シゲさん。前向きですね〜。どうです?将来のために、うちの保険もう一個入りませんか?保険は大事ですよ〜」

「保険をかけて勝負ができるか!」

「保険があるから、思い切り勝負できるんじゃないっすか〜」


「次は6頭立ての少頭数レース。チャンスだな。確実に当てていくぞ〜。

祐介は何狙いだ?」

「消去法で絞ってるんですけど・・・まだ迷ってます。」

赤ペンで印をつけた新聞をシゲさんに見せた。

「どれ、消したのは?」

シゲさんが新聞を覗き込む。

競馬新聞には様々な情報が書き込まれている。

最近のレースの成績から、どういうレースをしたか、その時の体重から何番人気だったかなどなど、必要な情報のほとんどが書かれている。

それを参考にして、予想を立てるのだ。

「2番の馬消したの?どうして?」

僕がばつ印をつけた馬を指して、シゲさんが聞いてきた。

「ここ2戦が負けすぎですよ〜。それに、馬体重も減り続けてますからね。調子が落ちてるんじゃないかなと・・・」

「こういうのが穴をあけるんだよ。確かに最近は負けすぎだけど、東京コースは得意だし距離もベスト。他に逃げる馬もいないからマイペースで逃げれる。これだけ条件が揃ってたら買いだろ〜。人気の馬がみんな後ろからだから、後ろでやり合ってる隙に、スイスイ逃げて残っちゃうよ。」

「そんな上手くいきますかね〜。」

「3着以内なら可能性あるって〜」

「2人とも3番の馬は消しですか?」

さっきまで黙って新聞を眺めていたマモルくんが割り込んできた。

「消しだよ!」シゲさんと2人、思わずハモってしまった。

「6頭しか出てないレースで、みんなから消される馬ってどんな気分なんですかね〜?」

言いながら、どんよりと曇った空を見つめるマモルくん。

マモルくん・・・急にどうした?

「馬はそんなこと気にしてないだろ」

「シゲさん、僕も最初は消したんですよ。新聞だけ見たら、絶対に手を出せないし、正直来るとは思えない・・・でもね・・・」

何かあったのだろう。この感じはきっと聞いて欲しいのだ。

こちらをチラチラ見てくる感じは間違いない。

どうしよう?聞いた方がいいのだろうか?いやでも聞いたら負けのような気もするし・・・ってもう完全にこっちを見ている。睨まれている。

そんなに喋りたいなら、勝手に喋ればいいじゃないか!意地でも聞くか!

「いやね・・・」

よし勝った!

「うちの信用金庫が今、結婚ラッシュなんですよ。」

「いいじゃね〜か、めでたくてよ〜」

「シゲさん、そんな単純じゃないんですよ。職場から独身の女子や男子がどんどん減っていくんですよ。そんな中で、まだ独身の女子は焦ってくるじゃないですか!」

「そうなのか?じゃあ、チャンスじゃね〜か!お前も相手探せよ!」

「そこなんです!独身男子を狙ってサバイバルレースが始まるんですよ!

僕にもチャンスがあるかもしれないんです!しかしね・・・

うちの男性職員で独身なのは6人、僕が一番出世から遠いんです・・・」

「間違いなくすぐに消されるな。」

「そうなんです!この3番の馬と同じなんです!この馬は僕なんですよ。このレースには僕の未来がかかってるんです!絶対に1着を取りたいんです!1着じゃないと

ダメなんです!」

そんなことは無いと思うよ。そもそも、そんなレース行われていないし・・・

「シゲさんだったらどうしますか?6人しかいないレースで、みんなから消しだ!って思われてたら・・・」

このレースと関係ある?

「そりゃ・・・嫌だな。絶対嫌だ!俺は死ぬ気で走るよ。絶対に負けない。絶対に1着になる!!」

「ですよね。だから僕は3番を買います!」

何その予想〜!そんな予想ある?独特過ぎて付いていけない・・・思い込みしかないじゃん!

「よし乗った!」

乗るのかよ〜。シゲさんまで〜。そんな予想で当たるわけないじゃん!

ってこっち見てるよ〜。またこっち見てる〜。シゲさんまで見てる〜。

同調圧力がエゲツないよ〜。

「わかったから!買いますよ。買えばいいんでしょ!」

「祐介さ〜ん!」

マモルくんが抱きついてくる。

シゲさんも抱きついてくる。

「よし!こうなりゃ!3番の単勝勝負じゃい!!マモル!絶対に1着とれよ!」

(※単勝:1着を当てる馬券)

「はい!!死ぬ気で走ります!」

別に君が走るわけじゃ・・・


レースが始まる・・・・


結果は・・・・


1着4番(ぐりぐりの1番人気)

2着2番(シゲさんが推してた馬)

3着3番!!(マモル)


マモルくんが天を仰いでいる。

シゲさんがマモルくんの肩にそっと手を置いた。

「3着。上出来じゃないか。負けたけど、最低人気の馬が3着に来たんだ。お前も捨てたもんじゃないってことだ。」

そうだ。誰もが消した馬が、誰もが負けると思ってた馬が3着に来たのだ。意地を見せてくれたのだ。

「馬券は外れたけど、3着なら上出来だよ。」

そう言って、僕もマモルくんの肩に手を置いた。

マモルくんは、その手を振り解いて飛び上がった。

「よし取った!!取りました!3番からのワイドで!!ワイドでも結構つきますよね?よし!!」

(※ワイド:3着以内に入れば当たる馬券)


マモルくん。絶対に1着じゃなきゃダメなんじゃないのか?


「言ったでしょ〜。保険は大事ですって!」









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