第16話 これが私たちの力です!
★★★(水無月優子)
触手たちがワイヤーロープに齧りつくのを止めて、海に引き上げていくのを目にして。
私は「まずい」と思いました。
まずいですよ。
アイツ、ワイヤーロープを嚙み切るのを諦めたってことですから。
じゃあ、どうするつもりなのか?
普通に考えれば、答えはひとつしかないですね。
……ワイヤーロープではなく、触手の方を嚙み切ることにした。
これでしょう。
というか、これ以外ありますか?
こっちの手段をここまで選択しなかったことを考えて、おそらく海の魔物にしても出来れば避けたい、ダメージのある選択肢なんだと思います。
でなければ、とっととそっち選んでるはずですし。
おそらく再生できないか、もしくは再生するのに時間が掛かるか、または単純に痛いのか。
分かりませんけど。
でも。
そういう選択肢を選んだ以上、こいつ、嚙み切った後は逃げるはずです。
攻撃再開したらまた同じことをされるか、もっと手酷くやられる可能性高いって思うでしょうし。
相手、怪物ですしね。
そういう決断、早いと思いますよ。
プライドも何も無いでしょうから。
厄介だ、と思ったらアッサリ引くはず。
しかし。
UGNとしては、こいつを逃がすのはまずいです。
討伐しないと、また襲われます。
今回は犠牲者が出ませんでしたが、次も出ないとは限らない……というか、今日が奇跡なんです。
次は必ず犠牲者が出る。断言します。
だから、今日、ここで仕留めないといけません。
でも、どうするか……?
私は考えます。
触手が嚙み切られる前に、あのモルフェウス男のウインチが、怪物を海に引き上げる……?
つまり、時間との勝負に勝てるのでしょうか?
……まだ、影も形も見えてないのに。本体の。
ちょっと、それは希望的観測が過ぎませんかね?
でも、現状それ以外手が打てそうに無いんですけど。
だって、例えば海に潜って水棲の化け物と相手の得意なフィールドで勝負するとか。
アホですよ。
思い上がりも甚だしい。
殺してくれって言ってるに等しいです。
だから、こっちから出向いてトドメを刺しに行くのは無理。
引きずり出すのはアイツを討伐する必要条件です。
……アイツが潜んで居そうな場所……
私は、ウインチで引っ張られている2本の触手の位置から、大体の位置を推測しました。
多分、あのあたりかな……
そこは、私が雄二君の妻としての責務を放り出し、自分勝手に素潜りを楽しもうなんて見下げ果てたことを考えてしまった場所でした。
一人で潜ったあの海域……ちっとも楽しくなかった。
苦い記憶です。雄二君はまったく気にしていないどころか、自分の方に落ち度があったと反省までしてくれて……
なんて優しい旦那様なの……
私は、胸の前でぎゅっと拳を握りました。
彼への感謝と、愛を込めて。
……そこで、ハッとしました。
ちょっと待って。
アイツ、おそらくこのまま逃げるつもりのはず。
拘束されてる触手を捨てて。
だから、おそらくもう攻撃は来ない。
だったら……
ここで完全に無防備になっても。きっと、大丈夫だよね?
その場合、私には出来る選択肢があります。
ディメンジョンゲート。
「自分が行ったことのある場所と、ここの場所とを繋ぐワープゲートを作る」私が多用しているエフェクトです。
具体的には、毎朝の登校と下校時に。
毎朝、雄二君の家の庭の、植え込みの陰に転移して雄二君を迎えに行き。
帰りは雄二君の家まで一緒に帰って、物陰から自宅マンション玄関に転移する。
毎日やってます。
そのおかげで、雄二君とは限りなくいつも一緒に居られるのですが。
このエフェクト、欠点があり。
外界の事を忘れる程度には意識を集中して転移先をイメージしないと、発動できないんです。
なので戦闘状態だとか、災害状態だとか。
外のことに気を配らないでは居られない状況では、使えないんです。
まぁ、一回発動したら捻じ曲げて繋げた空間の維持にはそこまでの集中状態は要らないんですけど。
……でも、今、出来るかな?
それが、気になります。
実質戦闘状態は終わったも同然ですけど。
敵は依然目の前の海のすぐそこに潜んでいるわけで。
もし、私が完全に無防備、銃弾一発で倒せる状態になってると気づかれて、襲われでもしたら……?
そんな不安は拭えません。
「ねぇ、ゆーくん」
……だから、言いました。
すぐ隣にいる彼に向けて。
ゆーくんと言ったのは、名前を呼ぶとハヌマーンオーヴァードであるあのファルスハーツ女に聞かれるからです。
それは不味いです。仮にも相手は犯罪組織の構成員ですからね。
名前なんて重大な情報は渡せません。
コードネームで呼ぶことも考えましたけど、やめました。
ハッキリ言って、今の格好でコードネームで呼ぶのも危険です。
紐付けされちゃいますから。この適当な変装状態の格好と。
だから、本名をぼかして呼ぶ呼び方にしました。
こんな呼び方したのは、実ははじめてなんですけど、お願い、気づいて!
その思いを込めて、肘で軽く彼をつつきました。
「……何?」
気づいてくれました!
なんでいきなりゆーくんなんだ、って聞かなかったところをみると、意図にも気づいてくれたみたい!
さすがです!頼りになる私の伴侶ですよ!
「……今からディメンジョンゲートを使うから、その間、絶対私のことを守ってね?」
彼の眼を見て、私は言いました。
「ここにワープゲート作るのか……?けど、分かった……」
戸惑いの色があったのに、彼は余計なことを聞いたりしてきませんでした。
私のことを信じてくれているから、不要なことは聞かなくてもいい。
というより、今切羽詰まっている。
それに気づいてくれたんでしょうか?
……嬉しいです。
愛しさが込みあがってきたので。
私はそのまま、彼にキスしました。
布越しです。
顔の下半分、黒いバンダナで隠してますし。
でも布越しでも、触れ合った瞬間に「はむはむ」しました。
……あら、これはすごくドキドキしますね。
集中できるか不安になってしまいます。
口を離すと、彼もドキドキしているようでした。
……うん。ちょっとマズったかもしれませんけど。
でも、彼に全てを委ねる覚悟が定まりましたよ!
私は、魔眼槍を両手で持って、目を閉じてイメージしました。
……私が素潜りで見た、あそこの海底を!
ディメンジョンゲートで、ここと海底を繋ぐ。
それが私の考えた手でした。
これが成功すれば、海と言うプールの底に、穴が開いたのと同じ状態になります。
おそらく、恐ろしい勢いで周辺のモノが吸い込まれていくはずです。
出口は、そこの波打ち際にでも設定しておけばいいでしょう。
下向きで。
それで、海の魔物が穴に吸い込まれてここに吐き出されるのを待つんです。
かなり、賭けの要素が大きい手ですが、現状だと逃げられる公算が高いと踏みます。
だったら、ここは決断の時です。
「ディメンジョンゲート」
キーワードを口にしたとき。
私は確信がありました。
海の魔物を捕らえられることに。
ゴッ……!
空間が歪み、穴が開きます。
すかさず、私は言いました。
「ゆーくん!私の背中に覆いかぶさってしがみついて!」
この先の展開は予想してましたから。
考えていました。その対策を。
彼の反応に躊躇があったんですが、一瞬後、大量の海水がものすごい勢いで空間の穴から噴き出してきたのを見て。
即座にしがみついてくれました。
彼の腕が私の背中から私の首回りに回され、抱かれました。
ここまで接触したのははじめてなので、少しキュンとしてしまいましたが、今はそれどころじゃないです。
そのまま、重力の大半をカットし、ジャンプします。
雄二君と私の体重。
合わせてゆうに100キロ超えてますが、重力カットの効果で、そのまま8メートル近く飛び上がりました。
そこで重力を制御し、静止。
そのまま、成り行きを見守ります。
最初に開けた空間の穴は直径約5メートル。
海の魔物の大きさがどのくらいか知りませんけど、まずはこれで。
あまり最初から大きな穴を開けると、大惨事になると思ったので。
あぁ、予想通りですよ。
噴き出した海水で、濁流です。
あのままあそこに立ってたら、海に向かってどんぶらこでした。
ファルスハーツの二人の方は……おぉ、金属製のシェルター作って凌いでますね。さすがです。
形も流線型。工夫してます。あの男らしいですね。
いちいち行動を考えている。
……まぁ、全く心配してませんでしたけど。彼らならこんなの予告なしでやっても平気だと思ってましたし。
……非オーヴァードの皆さんは……まぁ、大丈夫でしょう。
かなり離れてますし、ここに直径5メートルの激しく水を噴き出す穴が出現したくらいで、あそこまで水が行くとは考えにくいですしね。
さて。私はこの穴の様子を気合を入れて見守るとしましょうか。
意識を集中すると、穴から海水が噴き出す様が、コマ送りのように見えてきます。
どうも私の眼は、音速を超えたものでも捉えられるらしく。
これで一度、あの超音速の女オーヴァードを「時の棺」で停止させたことがあります。
詳しく調査や検査をしてもらったことは無いんですけど。
この能力を発現させたその直後に左遷されて、自覚したのはこっちに来てからですし。
その頃には雄二君に恋していたので、眼の事で中央返り咲き~なんて、ゴメンでしたしね。
そんなの藪蛇じゃないですか。
だから誰にも言ってません。
見ていると……
おお、流れてます流れてます。
海水に混じって、魚なんかも出てますね。
まぁ、あまり大きな魚は居ないみたいですけど。
できればはやいところ……と。
水が、急に止まりました。
穴が、詰まったんです。
見ると、お肉の断面図みたいなものが。
宙に浮かんでます。
ピチピチ動いてました。
……ビンゴ!!
かかりました。
あれこそが海の魔物に違いありません。
一般常識的な海洋生物の外見からかけ離れてましたしね。
穴に詰まった状態でも、それが分かりました。
……穴を、さらに広げます。
ゆっくりと。
海水が流れ始め、スポン、と何かが吐き出されます。
その瞬間、私はディメンジョンゲートを閉じました。
水が引いていきます……
降りられる状態になったと判断したとき。
私たちは浜辺に舞い降りました。
ファルスハーツの二人も、シェルターを解除してこっちに駆け寄ってきました。
フッ、どうですか?
私はやりましたよ?
髪をかき上げて、さっきまでこの二人に圧倒されていたので、見せつけてやりましたよ。
私たちの愛の絆を。
「アンタ!滅茶苦茶だな!!」
しかし、いきなり罵られてしまいました。
心外ですね。
「え?何がですか?」
聞き返します。
わけが分からなかったので。
「いきなりディメイジョンゲートで海底とここを繋ぐって何考えてんだ!!」
危うく流されるところだった!
そう言いたいのでしょうか?
「あなたたちが流されるわけないでしょう。予告なしでやっても大丈夫だと踏んでましたよ」
手をパタパタ振りながら言ってあげました。
「……そんな安い相手なら、1年前に賢者の石を取られて無かったですよ。あなたたちに」
そう言ってあげると、黙りました。
負い目を感じてるんですかね?それはありませんか?
じゃあ、優越感でも刺激されて、褒められた気分にでもなりましたか?
まぁ、私は今となっては屈辱でも何でもないんですけど。
あそこで任務失敗したから、今の幸せがあるわけですし。
……まぁ、今度同じ状況になって、雄二君と一緒に対決することになったなら。
今度はああはならない。それは断言してあげても良いですけどね。
できれば、避けたいですけど。
このお二人、犯罪者ですけど、仲良さそうですし。
そんな相手と戦うのは気分悪いです。
「まぁ、予告なしでやったのは謝ります。でも、仕方なかったんです。根回しする猶予無しって思ったから」
一分一秒を争いましたからね。
あれだけの触手、総出でやればあっという間に自分で自分の触手を噛み千切るくらい、余裕でやれてしまうだろうと思いますし。
だから、雄二君としか意思疎通やる時間ありませんでした。
「でも、だからこそ」
私は指差します。
「あいつを、ここに引きずり出せたんですよ!!」
ディメンジョンゲートにより、海の中から引きずり出された海の魔物……
私たちが倒すべき相手を!
それは、浜辺にへたり込んでいました。
全体的なフォルムは、赤ん坊。
ただし、皮膚は水死体みたいに青白かったです。
そして、手足の先がヒレになってました。
体長はおよそ15メートル超え。
眼が気持ち悪い。
まるで烏賊の眼でした。
そんなのが、人間の赤ん坊に似た顔についているんです。
そして頭の部分に、まるでギリシャ神話の怪物のメデューサのように、わらわらと。
20本に達しそうな数の、触手が生えています。
うち、2本は根元から食いちぎられて無くなっていました。
……読み、やっぱり正しかったようですね。
決断、正解だったみたいです。
QUUUUUUUUUUA!!!
私たちが身構えて、最後の戦いに挑む姿勢を見せると。
怪物は吠えました。
捕食者の立場である自分を狩り殺そうとしている私たちに
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