第15話 無茶苦茶ヒロイン
★★★(佛野徹子)
アタシたち二人の共同作業で、この状況が解決に向かいつつある。
それが単純に誇らしい。
相方として。
どうだ見たかUGN、って感じだった。
まぁ、作戦考えたの全部彼なんだけどね。
アタシは彼の立てた作戦を忠実に実行しただけー。
彼に言われるままに、ワイヤー付きナイフをあの化け物の触手に突き刺して。
……接近するまでは海面を走れたから、何も問題ないんだけど、刺すときは止まらなきゃいけないから海に沈んで、スカートが濡れたのがちょっとヤだったけどね。
下、水着だから良かったけど、パンツだったら最悪だったよ……。
それを2回実行し、戻ってきたら彼に
「これで掘ってくれ。これから指示するところを」
って、ドリルを渡された……
電動ドリル。
メッチャ、ドリル刃部分がでかいやつ。
どうも、穴掘り専用のドリルらしく、アースドリルって言うらしい。
使い方はさっと説明してもらって分かったから、言われるままに掘った。
でっかいウインチの四隅の個所を。穴が開いてて、そこを通す感じで。
ギュルルルル、と奥まで掘り進めたところで
「ストップ。抜かなくていい」
言われて、次のドリル刃を渡されて。刃を替えてもう一回。
それを計4回。
彼も片方を掘ってて、二人で頑張ったよ。
時間はそんなにかからなかった。
掘ってるときはそっちに集中してて気づかなかったけど、彼は掘り進めたドリル刃を錬成で杭に変えて。がっちりウインチを固定するために使ってた。
きっちり二人で8か所やった後、彼は言った。
「助かった。さすが相棒」
……彼と組んで仕事するようになってだいぶ経つけど。
彼ってこういうことはちゃんとしててさ。
アタシがなんかしたら必ず礼を言うし、労ってくれるんだよ。
……まあ、彼って育ちは良いからね。
元々高級なお役人の息子だったらしいから。
そのあたりの躾、きっちりされてたんだろうね。
……道さえ踏み外さなきゃ、ホント、良かったのにね。
こんなにすごい人なのに。
そして彼はウインチ二基に手を当てて、アタシにその起動を頼んできた……。
そして。
海から化け物を引きずり出すことを頑張ってるんだけど。
化け物、なんとかワイヤーロープを嚙み切ろうと必死になってる。
このまんまじゃ陸に引き上げられる、そうなったら終わりだ。
それ、分かってるんだね。
ウインチ、強いねー。
人力じゃなかなかこうはいかないよ。
キュマイラ発症者でもキツイかもしれない。
順調順調。
化け物頑張ってる。無駄なのに。
だって、彼、数秒おきに再錬成かけて、ワイヤーロープを新品にしてるんだから。
一息で嚙み切れない以上、絶対無理。
悪いけど、滑稽。
なんて、余裕かまして見守っていたら。
……突如、化け物がワイヤーロープを齧るのを止めたんだ。
止めて、一斉に海に引っ込んでいく。
ウインチに引っ張られている2本を残して。
……文人の顔色が変わったのが仮面越しに、アタシには分かってしまった。
★★★(下村文人)
……まずい。
このタイミングで、見切りをつけてくるとは。
まだ、本体の影も見えてないのに。
僕が想定していたよりも、早いタイミングで化け物はワイヤーロープを嚙み切るのを断念してきた。
触手が全て海に引っ込んだ。
それが意味するところ。
それはひとつしかない。
つまり、自分で自分の触手を嚙み切る。
拘束されてる触手を斬り捨てる方向に舵を切ったのだろう。
……もう少し、再錬成の間隔を広げるべきだったか?
僕は失敗したかもしれないと考えた。
早すぎる。
もう少し、無駄な努力を続けてもらって、時間を稼ぎたかったんだが。
ワイヤーロープを嚙み切れるかもしれない。
そう思っているうちは、総出でそっちを頑張ると思っていたから。
だから僕は、ワイヤーロープを嚙み切る方向で化け物が動いて来ても、それ自体は止めさせなかった。
無駄な努力を続けて欲しかったからだ。
あくまで化け物の気持ちになったら、自分で自分の触手を嚙み切るのは、わりと勇気が要るだろう。
再生するのに?って思うかもしれないけれど、想像してみてくれ。
僕らだって、また生えてくるって分かっていても、自分で自分の爪を剥ぐのは躊躇するだろう。
爪を剥がなくても大丈夫な手段があるなら、そっちを選択するはずだ。
まぁ、爪は行き過ぎにしても、髪の毛を抜く程度でも気分がいいものじゃない。
喜んでそちらを選択は、普通しない。
これは、化け物だって同じ感覚のハズ。
そう思ったから、夢を持たせておいたんだけれど。
……夢を諦めるの、早すぎだ!
化け物界隈では、諦めなければ夢は叶うなんて言われていないのか?
もうちょっと、頑張れよ!
★★★(???)
きれそうなのに、どれだけかんでもきれないよ!
このきんぞくのひもは!!
だったらしかたない……
ぼくはかくごをきめた。
なかなかさいせいしなくてすこしふべんになるけど、このかみつかれてるしょくしゅ、ねもとからかみきって、すててしまおう。
それしかないよ。
とてもいたくてつらいけど、もう、やるしかない。
やらないと、おかにひきずりだされちゃう。
ほんとうは、もっとはやくにけつだんすべきだったのに。
ぼくはゆうきがなくて、いまごろだ。
くやしい!
さきっちょだけならわりとかんたんにさいせいできるけど、ねもとにいくほどさいせいがおそくなるんだよね。
つらいよ……。
おなじことをほかのしょくしゅにされたらたまらない。
ぼくは、じぶんでこのしょくしゅをかみきったあとは、いっかいにげてしまうことにした。
おぼえてろ!
ごはんたち!!
つぎはたらふくたべてやるからな!!
★★★(下村文人)
「……どうかした?」
真っ先に隣の相棒が勘付いた。
僕がミスってしまったことを。
「……スマン、ちょっとまずいことになったかもしれない」
隠していても仕方ない。
問題は共有しないと。
相棒だしな。
「……アイツ、自分の触手を嚙み切って逃げるつもりだ」
「ええっ?」
徹子、仮面の奥で驚愕。
僕がミスしたのがそんなに珍しいか。
僕だってミスぐらいするんだよ!
……まぁ、お前の命に関わるミスじゃ無くて良かったけど。
「な、何か打開策は無いの?アタシにできることならなんでも協力するけど?」
あきらかに慌ててる。
慌ててるが。
……スマン。
あることはあるんだが、危ないんだ……
それに……
僕は、UGNのカップルさんの方を見る。
その彼女さんを。
あの子……UGN彼女さん。
1年ほど前に、首都近辺で「賢者の石(レネゲイドクリスタル)」輸送任務にあたってた当時の彼女たちから、僕らは「賢者の石」を強奪した。
そのとき、僕らは彼女のチームと一戦交えている。
そのときだ。
彼女、徹子に、僕の相棒に、エフェクト「時の棺」を使用したんだな。
超音速で動いていた相棒に。
……これが何を意味するのか?
……見えるってことだよ。
マッハ5オーバーの、徹子の動きを。彼女は。
見えなきゃ「時の棺」が使えるはずが無いんだ。
これは仮説だけど、彼女の目は、バロールの時間を操作する能力を限定的に帯びていて、超高速の動きをゆっくりに感じ取れるようになってるんだ。
『バロールの眼』とでも呼んだ方がいいのかな?
まぁ、原理はいい。
事実から何が言えるのかと言うと。
彼女の目だけは、超音速の動きで誤魔化すことはできないってことだ。
これはまずい。
どうせ見えないから、と、正体がばれかねない行動を超音速で誤魔化す手法が封印されるってことと同義だ。
正体がばれてしまえば、彼女たちと殺し合いをせざるを得なくなる。
それは全力で避けるべき事項。
……ならば、どうするか?
「……着衣水泳で、あの化け物の本体が潜んでる海中に潜り、さっきと同じようにナイフを刺せるか?銛でもいいが」
無茶言ってる。
それは分かってるんだけどな。
ひそひそと話す。
ちらちらとUGNを気にしながら。
聞かれるとまずいことを言うかもしれないから。
徹子も僕の様子で僕の考えていることを察してくれる。
声量を抑えて答えを返す。
「……さすがにそれは無茶かな。脱がないとやれない」
加速かけても泳ぐのが困難になるのは変わんないし。
水棲の化け物にそれで接近するのはさすがに舐めすぎ。
徹子はそう答えてきた。
……だよな。
「待ってよ。やらないとは言ってないよ。脱げばいいんだから」
といって、セーラー服を脱ごうとしはじめたので、僕はストップをかけた。
「水着見られたら一発で正体ばれるぞ」
「……!」
お前レベルのスタイルで、赤い水着。
そんなのこの浜辺に二人も居てたまるかってもんだ。
「だったらさ」
ひそひそ。
耳打ち。
「アタシの水着に錬成かけてよ。デザインは任せるから」
この際すごくダサくてもいいから。
……気をつかってるのかしらんが。
それはちょっと引っかかる。
僕の錬成する水着はダサいんかい。
一瞬、スクール水着にでもしてやろうかという邪な考えが湧いた。
……無論、すぐ握り潰したが。
一時の引っ掛かりで、こいつの信頼を壊しかねない行動はイカン。
でも、真面目にやってダサい水着を錬成されちゃったよ、とか思われるのは気に入らんなぁ。
と、場違いに悩みそうになっていたときだった。
突如、波打ち際。
その上の空間に。
歪みが生じ、穴が開いた。
空間を歪め、こじ開けた次元の穴。
そして……そこから大量の水が噴き出してきた。
ものすごい勢いで。
……え?
僕は、今見ているものを信じることができなかった……
★★★(???)
いだいいだいいだいいだいいだいいだい!!
ぼくはなきながらじぶんのしょくしゅをかみちぎっていた。
いたすぎるよ!!つらい!!
じぶんでじぶんのおにくをかみちぎるのがこんなにつらいなんて!!
ちくしょう!
ゆるさない!!
でも、やらなきゃ、ぼく、おかにひきずりだされる!!
ひきずりだされたら、ぼく、からだがおもすぎてまともにうごけないよ!
だからぜったいここからにげなきゃ!!
もうすこしだ!!
もうすこしで、ちぎれるよ!!
ぼくはじぶんをふるいたたせて、がんばった!!
もうひとふんばりだ!!
だいじょうぶだよ!!にげれる!!
……そうおもった、ときだった。
ゴ………!
へんな、おとがしたんだ。すぐ、しただった。
ぼくはみた。しんじられなかった。
……これ、なんなの……!
うみのそこに、あながあいていて。
みずがながれだしていく!!
すいこまれ……る!!!
ぶちぃっ!!
そのとき、やっとぼくのしょくしゅがきれた。
がんばったけど。
むだだった。
だって、ぼくはこのうみのそこにひらいたあなに、すいこまれていくのだから。
あらがえないのだから。
タ・ス・ケ・テ……!!
ぼくをすいこもうとしているあなは、ごうごうとたいりょうのうみのみずをのみこんでいる……
★★★(下村文人)
ちょっと待て!
あの子、この状況でディメンジョンゲートを使ったのか!!?
戦闘中のような絶えず外界に気を配らなければいけない精神状態では使えないはずなのに!!
そりゃ、今はあの化け物は逃げの手を打つだろう、もう攻撃は来ないはずだ。
そう言う風に判断することは可能だけれど、心がそれだけでいきなり無防備状態に落ち着くか!?
まだ、敵はすぐそばに居るんだぞ!?
今、たまたま攻撃する余裕が無いだけなんだぞ!?
一体、どんな魔法を使ったんだ!?
バロールの眼の件といい、一体何者だあの子!?
僕はそんな驚きで彼女を見つめる。
このときばかりは彼女の顔も含めてじっと見つめてしまった。
いつもは人の顔、特に女の顔は見ないんだけど。
布による覆面で顔の下半分を隠してはいたけれど。
彼女の目は、嬉しそうに微笑んでいた……
やったことは理解不能だというのに。
彼女が開いたと思われる空間の穴から、激しく水が噴き出してる。
その量。勢いたるや……
……彼女がディメンジョンゲートで繋いだ先は、おそらく海底だろう。
多分彼女、海で遊んでるときに、今化け物が潜んでるあたりに潜水したんだ。
ディメンジョンゲートは行ったことのある場所にしか空間を繋げない。
それがルールだから。
これが深海だったら大変なことになっていただろうが、生身の人が潜れるような比較的浅い海の底でも、そこにかかる水圧はどれほどのものか。
……まずい!!
こんなこと考えている場合じゃない!!
「相棒!僕の傍に!」
徹子に強く呼びかける。
彼女はすぐに反応した。
「分かった!」
僕の背中ににしがみつく。何があるか分からないからか。
彼女の胸が当たるとか、そんなのを気にしてる余裕は無い!
僕はすぐに錬成する。
錬成素材は、二基のウインチ。
もう、巻き上げどころじゃない!
波打ち際に開いた次元の穴から、大量の海水が噴き出し、濁流になってこっちに押し寄せてくる!!
ウインチから流線型デザインの防波堤を錬成し、濁流を左右に流して受け流す。
ちなみに鋼鉄製。強さを最優先した。
錬成を進めて前後左右上下全てカバーし、周囲が完全に見えなくなる。さしずめ鋼鉄のシェルターだ。
UGNカップルさんがどうなったか気にはなったが、確認したり助けている余裕は無かった。
おそらく、彼らは彼らで何かしら対策を打っているはず。
そう、信じるしかない。
自分のやったことで命を落とすような間抜けではないと。
そう、信じるしか……!
「相方!水が引いていくよ!」
ハヌマーンオーヴァードである相棒は耳が良い。特に相棒の耳の良さは特別だ。
見えない以上、彼女の耳に頼るしかない。
「シェルターを消していいタイミングを頼む!」
「分かった!!」
何も見えない闇の中で相棒と会話する。
今、外はどうなっているのか?
この化け物への反撃を行う前に回収した人々のところまで水が行くようなことは勘弁してもらいたい。
僕は無駄働きは嫌なんで。
さすがにUGNが一般人どうでもいいとかいう判断は下さないはず。
と思いたいところだ。
このトンデモ状況を引き起こしたのはUGN彼女さんなわけだし。
……何で僕が一般人の身を案じてるんだよ。
犯罪組織の構成員なんですけど?僕は?
「解除して!」
そうこうしているうちに。
相棒の声。
分かった!
僕は錬成していたシェルターを、砂に変えて消し去った。
光が溢れる。
外は大変なことになっていた。
大量の水が押し寄せた関係で、周辺のものが軒並みなぎ倒され、流されている。
気になってた一般人……振り返ると、居た。
良かった。死んでたら無力感を覚えるところだったよ。
しかし……
問題行動を起こした無茶苦茶UGN彼女。
彼女は、彼氏さんを背中に背負って宙に浮いていて……おそらく7~8メートル上空。
右手に輝く水晶の槍……おそらく彼女の魔眼……左手で自分の背中から回されている彼氏さんの太い筋肉の腕に触れている。
それが、ゆっくり舞い降りてきた。
そして彼氏さんを地面に下ろして、髪をかき上げていた。
どうだ、と言わんばかり。
思わず、僕は言ってしまった。
そのやらかしとは全く無縁の、余裕すら感じられる表情の彼女に。
「アンタ!滅茶苦茶だな!!」
……こんな事を言ったのは、僕の人生で初めてかもしれなかった。
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