第8話 火花を散らすヒロインズ

★★★(佛野徹子)



文人が助けに来てくれた。

それ、すごく嬉しかった。


そりゃね、その気になればこんな連中、薙ぎ払えるし。

こんなやつらにいいようにされて、玩具にされるようなことは絶対無いって言い切れるけど。


トラブってるアタシを、文人は気にしてくれて、助けようとしてくれた。

大切に思ってもらえてる。それが実感できたから。


でも、ナンパ男たちが思ったよりもクズで。

文人の嘘を聞いても引き下がらなかった。


それどころか暴力を振るって、文人を排除しようとした。


……それで文人が怪我をする、なんてことは全く心配してなかったけど。

むしろ、返り討ちにあって、連中、二度とビーチを歩けない身体にされるんじゃないかと予想すらしたけど。


それでもさ。

アタシのヘマで、文人が多少なりとも傷つくのは辛かったんだよ。

もし、文人が殴られるようなことがあれば、即座に加勢してこいつらをエフェクト交じりのインチキ技で障害残るレベルでぶちのめしてやろうと思ってたよ。

大切な相方を殴られて、そのままになんてできるもんか。

くだらない理由で相方を殴るなら、100倍にして返してやる!


……でも。そうなったら、今日の海水浴はおじゃんだよね。

それ、頭の片隅で考えてたんだ。


そんなときだよ。


「……4対1は卑怯だな。アンタ、3人は俺が受け持とうか?」


いきなり、その男の子が乱入してきてくれたのは。

すごい男の子だった。


身体がね、すごいんだ。

こんな筋肉つけてる男子高校生、見たこと無い。

どうみても本職のボディビルダー。


岩を合成したみたいなゴリマッチョボディに、合成写真みたいに、目の細い、純朴そうな男の子の顔が乗っている。

……色々な意味で、スゴイ……。


そんな男の子が、厳しい表情でナンパ男の腕をひねり上げていて。

そう言い放ってくれたんだ。


おかげさまで、助かったんだよ。

海水浴をおじゃんにしないで済んだ。


ナンパ男たちをそのすごい身体でビビらせて追い払い、助けてくれた。

感謝しか無いよ!!


だから、お礼を言ったんだ。


「ありがとうございます!」


駆け寄って、手を取ってお礼を言った。

すると、彼、アタシを見て、目を逸らす。

そして、一瞬だけど、胸に視線を感じてしまった。


……むむ?


アタシのエンジェルハィロゥのエフェクト「猟犬の鼻」が、彼から童貞臭を嗅ぎ取った。

視覚と嗅覚を直結し、においだけでなく、ウイルス、細菌、粉塵まで「におい」として認識、判別できるエフェクトだ。

このエフェクトを使うことで、童貞の判別も出来ることをアタシは知っている。


……彼から、文人と同じ童貞のにおいがする……!


こんなすごくて正しい人が童貞なんて、間違ってる。

全く、若い女はどうしようもないね。


……アタシが卒業させてあげないといけないよね。これは。

使命感に燃えちゃうよ。


まずは、彼女の有無の確認。もし居ないなら、お礼デートを誘って……


今後の手順をそうやって、頭の中で確認していると。


ものすごい視線を感じた。


ハッと、見やる。

すると。


彼の、ゴリマッチョの彼の隣に、スレンダーな体型の、涼やかな美人、って感じの女の子が立ってて。

その子が、彼の腕を取りながら、ものすごい目でアタシを睨んでた。


髪が長くて、スラっとしてる。

痩せてるというより、鍛えてる。

猛禽類が変化した美少女。

そういう姿の女の子だった。


涼やかなその雰囲気に、水色のワンピース水着が良く似合っていた。


……えっと。

この状況で、この、睨み殺そうとせんばかりに睨みつけてくる女の子……


これが意味するところはつまり……


「……ひょっとして、彼女さんですか?」


「そうです!」


声には「ひとのオトコに手を出すなこの牝豚」

そういう響きが含まれていた……!


申し訳ありませんでしたーーーー!!!!



★★★(水無月優子)



私、何をしてるんだろう……。


海の底をゆったりと泳いで、海底の石や、岩や、ヒトデ、魚などを見回しながら、私はそんなことを考えていました。

久々に海に来て、舞い上がっていたんですね。私。


一人で海の底。

大好きだった素潜りをしているはずなのに。


彼を浜辺に置き去りにして、こうして一人で海の底。


……なんだか、つまらない……


どうしてなのかな……

見たかったものを、今、見れる場所に来てるんだよ?


泳ぎながら、考えます。

答えには薄々気づいてはいるくせに。


自分の「素潜りをしたい」って欲望を叶える。そして、叶えた。

それを「否」って言いたくなかったんですね。


自分が間違った選択をしたんだって。

それが心に引っかかるから、楽しめないんだって。


……やってるうちにそれから、目が背けられなくなりました。


だめだ……戻ろう。

雄二君を放って、何のための海だよ……

こんなの、何しに来たか分からない……


後に残ったのは、空しさでした。

やるんじゃなかったです。

戻ったら、彼に謝らないと……


自分の欲望を優先させて、彼を放り出すなんて。

私、最低だ……!


浜辺に一刻も早く上がって、謝ろうと思いました。


ですが。


浜に上がると、雄二君の姿がありません。


……浜辺で待ってるって言ってくれたよね?

トイレかな?


きょろきょろ、と見回します。


すると。

耳に、雄二君の声が届いた気がしました。


直感で、そちらを向きます。


……居ました!


あの逞しくて、大きな背中。

私が好きになり、一緒に高めた彼の立派な姿が。


……待たせてごめんね!謝るから!

二人はいつも一緒に居ないとだめだよね!


そう思い、彼に駆け寄ろうとしたとき。


「ありがとうございます!」


……え?


彼の手を、どこの馬の骨ともしれない女が握っていました。


赤いワンピース水着を着た、金髪ショートの、巨乳女。


……巨乳!!


血が逆流するのが分かりました。


巨乳。

それは人類の敵です。


巨乳が居るから、差別が酷くなり、戦争が激化するのです。

疫病が流行るのも景気が悪くなるのもみんなそう!

一説には、アダムの最初の妻・リリスも巨乳であったという話です。

パンドラが開けた災厄の箱から最初に飛び出した災厄も「巨乳」だったという話ですし。


巨乳は世の中を乱す害悪で、悪魔の使者。


それが、私の大切な旦那様に、近づいている……!!


許せない!!

巨乳め!!


私の大切な夫を、奪おうったってそうはいくもんですか!!


まるでハヌマーン発症者かという勢いで私は彼の隣に駆け寄り、諸悪の根源・巨乳から引き剥がします。

危ないところだったね!雄二君!


もう少しで邪悪な巨乳に誘惑されてしまうところでした。

だって、雄二君、巨乳が好きだから。


……これは、確かな情報なんです。悲しいことに。

だって、彼を運命の相手と見定める前に、調べた結果ですから。


付き合う前に彼のパソコンにスパイウェアを仕込んで収集した、確かな筋の情報です。

好きな人が、どういう性癖を持ってるか調べたい……もし、引き返せなくなったときに知ってしまって「そんな」なんて思いたくなかったから。


「巨乳」「中出し」「妹」


この3つのワードで、雄二君はよく検索をかけていました。

後ろ2つは問題ありません。彼に抱かれるときに「おにいちゃん」「にいに」「兄君」「おにい」って言ってあげるプレイくらい、いくらでもしてあげますし、そもそも私は彼との間に赤ちゃんをたくさん作る予定ですから、中出しどんとこいです。

養育費に関しては全く心配してません。私が稼ぎますし、雄二君だって稼いでくれるはず。

いざとなれば、最前線に二人で復帰して荒稼ぎしたらいいんですよ。そのツテはあります!

それに教育関係に関してはUGNチルドレンの機関を利用すれば格安で済みますしね!

私たちの二人の子は高確率でオーヴァードになってしまうのは確定事項ですし。それで絶対大丈夫!

私たちの間で、中出しを阻むものはありません!


でも。


巨乳だけは、だめなんです。


これは覚悟だけではどうにもなりませんからね。

それからです。

私が、巨乳を悪魔の産物と見做すようになったのは。


巨乳……これ以上雄二君にちょっかいをかけたら許さない……!!


全身全霊で敵意と憎悪を込めて、睨みつけます。

巨乳は、私のそんな様子を戸惑いと、焦りの混じった目で見返してきます。


私たちの幸せを、巨乳の気まぐれで破壊されてたまるもんですか……!

一瞬たりとも力を抜きませんでした。


すると、巨乳はオロつきながら


「……ひょっとして、彼女さんですか?」


巨乳、青くなってます。妻の怒りというものを思い知ったからでしょうか?


「そうです!」


キッパリ言ってやりました。

もう、相手の出方によっては殴り合いの喧嘩も辞さない勢いで。


私の最愛の人に手を出すんじゃないですよ!!



★★★(下村文人)



……この子が、彼の彼女さんか……

なるほど。見た感じ相当頭良さそうに見えるけど。

あと、ものすごく攻撃的だな。本性は。

敵対者に対する容赦は一切しない感じがする。

多分、普段は本性を見せないようにしてんだろうなぁ……。


……おっと。


彼の話から興味があったから思わずジロジロ見てしまったけど。

他人の彼女をジロジロ見るなんて失礼だ。

やめとこう。


僕は視線を外した。


で、徹子のフォローに回る。


「すいません。こいつ他人の彼氏に手を出すつもりなんて一切なかったんで。許してやっていただけませんでしょうか?」


二人の間に割り込むように立って、僕は頭を下げた。



★★★(千田律)



お昼になったので、3人で海の家に入った。

3人でひとつのテーブルにつき、焼きそばとかラーメンを注文した。


そして。


私の横で佛野さんがシュンとしながら、海の家であまり美味しくないラーメンを食べている。

あのとき、ずっと見守っていたんだけど。


まず、文人君が絡まれている佛野さんを助けに行って。

何か話したら、あの4人組が今度は文人君に絡みだして。

殴られそうになって。


危ない!って思ったら。


突如として、州知事までやった某有名映画俳優ばりの肉体を持つ男の子が乱入。

4人組を追い払ってくれた。


ホッとしたんだけど。


その後また問題勃発。

佛野さんがその恩人の彼にモーションを掛けようとしたんだ。

佛野さん曰く「あの人、あんなに良い人なのに童貞だと思ったから、卒業させてあげようと思った」


……なんでそんなことわかるのかな?


そこ、すごい気になったけど、多分私には理解できないんだろうなぁ、と思った。

佛野さん的には、完全に善意。

良い人が童貞なのがムカつく。だから卒業させる。

そういう思考パターン。

別に不特定多数の男の子とエッチしたいとか、そういう気持ちでは無いみたい。


正直、ちょっと理解できないんだけど、嘘は吐いてないんだろうな、ってのはなんとなくわかる。

まぁ、色々あったんだよ。きっと。


……ちょっと話が逸れちゃった。


本当の問題はここからで。

モーションを掛けたちょうどそのときに、そのゴリマッチョの男の子の彼女さんがものすごい速さでやってきて、佛野さんに向き合ったんだ。

で、ものすごく睨まれたそうで。佛野さん曰く「殺されるかと思った」だって。

佛野さんにそこまで言わせるって、その彼女さん、何者?


で、さっきからずっと凹んでる。

睨まれたのがショックなんじゃ無い。彼女居る人にモーションかけちゃったのがショックなんだ。


だって佛野さん、浮気や不倫、略奪愛って言葉が大嫌いだから。

佛野さん、それで幼少期に散々な目にあってるらしく。本気でそういう行為を憎悪してるみたい。


自分が一番嫌ってる行為を、うっかりしそうになった。

それが辛いんだろうね。


これを可哀想だと思ってしまう私。

……ひょっとすると、だいぶ思考を毒されているのかもしれない、とちょっと思ってしまった。

冷静に考えると普通の状況じゃ、無いかも……?



★★★(北條雄二)



平謝りする、金髪女子とその彼氏さん?と別れて。

優子と一緒に、人でごった返す浜辺をとぼとぼ歩いた。手を繋ぎながら。


そろそろお昼だし、どこかでご飯を食べようか。

そういう流れのはずだ。


ちなみに、昼ご飯は優子が用意してくれてる。

食べ物は大事だと、俺の口にするものをしっかり管理してくれてるんだ。

多分、今日も優子が考案した低カロリーで高たんぱく、ビタミンたっぷりのメニューのはずだ。

嬉しい。


嬉しいんだけど。


……今は、気まずい。


二人とも、言葉は発していない。

無言だ。


謝りたいんだけど、色々と。

でも、負い目がデカくなり過ぎた。


素潜りからヘタれて逃げて、その上優子が不在の時に、他の女の子にドキッとしてしまった。

……これ、相当な重罪じゃね?


正直、申し訳なくて、優子の顔が見れなくなってる。


謝って許してもらおうって考えること。

これ自体、許されることなんだろうか……?


そう言う思考が働く。


でも。


謝らないとまるで悪いことをしていないみたいじゃないか。

そっちの方がよっぽどありえないよな?


それは分かってるんだけど。

……どうしても、踏ん切りがつかないんだ。


俺は、ダメだなぁ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る