第9話 みなみのうみから

★★★(???)



ぼくは、みなみのつめたいうみでうまれた。


うまれたとき、ぼくのあたまのなかでこんなことばをきいた。


「海は怖い」


「海は得体が知れない」


「海には魔物がいる」


「海にはとてつもない巨大生物がいる」


……ぼくはそういうおもいがよりあつまって、うまれたらしい。


だれのおもいかはしらないけど。


まいにち、ぼくはみなみのうみをおよいだ。


おなかがすくと、うみのいきものをたべた。

おいしい、とはおもわなかった。


ほとんどがぼくのからだとひかくして、ちっさすぎるいきものだったし。

たべても、みずをのんでるようだった。


いちおう、それなりにおおきないきものもいて。

そういうのは、たべたきにはなったけど、やっぱり、おいしくない。


おいしい、ってなに?

ことばだけはしってたけど、それをあじわったことはなかった。


でも。


あるひのことだ。


いつものようにうみをおよいでいたら、たべでのあるおおきないきものをめぐって、なんかうみのうえであらそってるのがいた。

ぎゃんぎゃんさわいでる。


きになった。


うかびあがると、いきものがじゃないものがふたつ、うかんでいて、そのいきものじゃないもののうえに、べつのいきものがいた。

それは、うみのいきものとちがっていて、ひれもうろこもえらもなくて。

にほんのあしでうろうろし、くろやきいろやちゃいろのけをはやしていた。


みたことがなかった。


そのいきものたちはぼくをみて、うごけなくなっている。


……みたことないいきものだな……?

どんなあじが、するんだろうな……?


ぼくはからだからしょくしゅをのばし、しょくしゅのさきについているくちで、ためしにひとつ、たべてみた。


……すると。


おいしい!!


このとき、ぼくはしったんだ。おいしいってことを。

あとはとまらなかった。


そのばにいたそのいきものをかたっぱしからたべた。


おいしすぎた。


とくに、くろいけをはやしたこたいがおいしかった。

ぜんぶたいらげてしまうまでに、あまりじかんはかからなかった。


さいこうのけいけんだった。


……もっとたべたい。

とうぜんのよくぼうだ。


だから、ぼくはたびだった。


ほんのうで、あのくろいけのいきものがたくさんいるばしょをかぎあてたので。


(某月某日 南極近海)



★★★(北條雄二)



俺たちは、人があまり来ない岩場でレジャーシートを敷いた。

幸い、今日はあまり風が無い。

鞄二つだったけど、十分重しになる。


辛かった。


何がって?


昼食準備の作業をはじめてから、優子は俺に話しかけてくれたんだけど。

最初の一言が


「雄二君一人を放り出して素潜りなんてするべきじゃなかったね。ごめんね」


だったから。


まるで、あなたは目を離すと他の女を追いかけるろくでなしなんでしょと、そう言われてる気持ちだった。

優子は笑顔で言ってたけど、あれは呆れていたから?

そんな。


でも。


実際、あの女の子を一瞬見てしまったのは事実。

ここでムキになって否定するなんて、みっともなさすぎる。

女の子に話しかけられた時点で、注意するべきだったのに。

父さんが教えてくれたことを、ちゃんと理解してなかったんだ。


つまり、俺は人の話を聞かないやつだった。

そういうことかもしれない。


……この場合、俺はどうするべきなのか。


「はい。今日は卵の白身のオムレツと、蒸し鶏ささみとブロッコリー。サツマイモ、茹で人参少々。あとサプリも持ってきてるから飲んでね」


カパ、と弁当箱を開けて渡してくれた。

そして、人目が無いのを確認し。その手の中に輝く水晶のような球体……「魔眼」を出現させる。

バロールのエフェクトを使うときに必要な物体だ。


「ディメンジョンゲート」


優子はそうキーワードを言い、ここと別の空間を繋げた。

空間に穴が開き、その向こうには……冷蔵庫があった。


優子は空間の穴に手を突っ込み、そこからトマトジュースの入ったペットボトルを取り出し、穴を消した。

冷えたトマトジュース……。


コポコポと、鞄から取り出したプラスチックのカップにトマトジュースを注ぎ、渡してくれる。


「リコピンも摂ろうね」


優子は笑顔を絶やさない。

精神的に不貞を犯した俺に対して。


こんな、最高の恋人を裏切ってしまうなんて……


……辛い……


……

………


いや、何が辛いだ。

ふざけるな。


俺のことを愛してくれて、将来結婚してくれとまで言ってくれてる、こんな素晴らしい女の子に。

不誠実なことをしておいて、自分のことばかり。

まるで浮気しておいて「寂しかった」だの「男として自信が無くなったから」だの。

勝手な理由つけて正当化するクズと一緒じゃないか。

万死に値する罪。


許せない。

俺は俺が許せない。


……包み隠さず全てを話し、優子に決断してもらおう。

それしかない。


言え!言うんだ俺!!



★★★(水無月優子)



雄二君は無言でした。そして私の顔をまともに見ようとしない……

私に放置されて怒ってるのかもしれません。無理もありません。

夫婦の契りを交わそうかという相手なのに、一緒に居ることよりも、個人の楽しみを優先した。

なんて最低な行為なんでしょうか。


こんなの、妻失格です。

どこの妻が、夫を放り出して三泊四日の温泉旅行に行くというのでしょうか?

私はそれに匹敵することをしたんです。

これはきっと大罪ですよね。


……申し訳ないです。

雄二君がもし、そのことを怒っているのであれば、誠心誠意、謝ろうと思います。

もし許してくれなかったら、泣いて謝ります。

雄二君しか、私の旦那様はありえないから。

絶対に、捨てられたくない……

彼と、彼の家族を失うなんて……


一言謝りましたけど、あれでは足りて無いのでしょうか?

……足りてないかもしれませんね。


でも。だったら。

そう言って欲しいです。


けれど。


……彼、優しいから、指摘するのに躊躇いを感じているのかも……


ふと、思いました。

だったら、やっぱり、私からさらに切り出すべきなんでしょうか?


「もう、二度としないから。あなたと一緒に居るときに、あなたを一人にするなんて」


しつこい、って言われるまで続けるしか無いですね……

雄二君は、私の用意した昼食を食べてくれています。

だから、完全に見限られているはずはない。

そう、願いながら。



★★★(北條雄二)



「もう、二度としないから。あなたと一緒に居るときに、あなたを一人にするなんて」


彼女の言葉に、俺は悲しみを感じた。

俺の不実な態度に呆れている。そう思っていたけど。

違った。


……悲しい、って思ってくれてるのか。


……俺はなんてことを。

ちょっと、巨乳でかわいいかもしれない女子が目の前に現れたくらいで、一瞬見てしまうなんて。

とんでもないことをしてしまった。

こんな、俺のことを見捨てないでくれる、ありえないレベルの最高の彼女がいるってのに。

俺ってやつは、よくもそんな酷いことができたもんだ。


許せない。

愛って、与えてもらえて当然じゃ無いんだよ。


……俺は、優子に作ってもらった弁当を一心不乱に食べた。

箸を置くのがさらなる不誠実の上塗りになる気がしたからだ。

何故って、箸を置いたら、そのときにこの弁当をひっくり返してしまうかもしれないから。


そんなことをしたら、土下座だけでは済まない。


「私が海からあがったときに、雄二君がいなくなってたの、そういうことだよね」


「雄二君の気持ち、考えてあげられて無かった。自分が情けないよ」


「一緒に、海に来たのにね。自分でそれを投げ出すなんて」


……違う。違うんだよ優子!

あれは、見過ごせない悪を見つけてしまったから、助けに入っただけなんだ!

俺の不貞行為は、ただの不幸な偶然なんだ!!


……不幸な偶然で不貞行為。

我ながら意味不明だと思う。


でも、それが事実なんだよ!

気の迷いだったんだ。油断してたんだ。


……許してもらえないか?

許さない、って言うなら仕方ないけど。


許して欲しい……!


あの一瞬の油断を後悔しながら。

俺は食事を終える。


「ご馳走様」


「お粗末様です」


そう言うと、優子はシェイカーで混ぜ終わったホエイプロテインのバニラ味(水溶き)を渡してくれた。

それを飲み干す。


飲み干した。一息に。


そして。


箸、弁当箱、シェイカーをまとめ。


彼女に向き直り。


「優子。ごめん。俺は浮気をしてしまった」


正直に、詫びた。



★★★(水無月優子)



食事を終えると、雄二君は私に向き直り、丁寧に頭を下げてきました。

そして、こう言ったんです。


「優子。ごめん。俺は浮気をしてしまった」


……え?

一瞬、理解ができませんでした。


そんなこと、あるはずが無いですもん。


浮気、というものは言葉の綾だ。

すぐにそっちに思考がシフトします。

きっとあれです。

ホエイではなく、大豆プロテインを飲んでしまった。

そういうことを、言ってるに決まってます。


決して、本来の意味での「浮気」ではないはず。

そんなこと、あるはずがない。


でも、どうしても動揺してしまいます。


「……ホエイじゃなくて大豆プロテインにも興味が出てきたの?安いもんね」


努めて平静でそう返すと、彼は真剣な表情で、辛そうにこう返してきたんです。


「……いや、そうじゃない」


とても、そんな軽い気持ちで「浮気」という言葉を使ったわけじゃない。

それが彼の目で分かってしまいました。


それはつまり……


……え?

ホント、なの……?


いったい、いつ?


そんな兆候は、全くありませんでした。


だって……


彼の自慰行為のオカズ、全部私になってるんですよ?

それなのに、浮気するなんて……


ありえません。


彼の部屋に遊びにいって、彼がトイレに立ったとき。

盗聴器を仕掛けて、彼のパソコンのハードディスクのデータをぶっこ抜いて自宅マンションで調べたんですけど。

そこで、彼が私の名前を呼びながら自慰をしていることと。

ハードディスクに入ってた、多分webから拾ってきたと思われる純愛系孕ませエッチ小説のヒロインの名前が全部私になってることが分かって……


あぁ、彼、毎日私を孕ませるイメトレを、脳内で予行演習をしてくれてるんだ……!!


あのときは、嬉しさのあまり泣いてしまいました。


待っててね。高校卒業したら即結婚して、いっぱい赤ちゃんつくろうね。

小説に書いてたシチュ、全部やってあげるから……!

そう、誓いを新たにしたのに……


「嘘……!」


思わず、そう呟いてしまいました。



★★★(北條雄二)



「嘘……!」


優子のその言葉が、胸を締め付けた。


……信じて、くれてたんだな。

本当は。


あんなことを言いつつも、俺は浮気なんてしてない。

きっと間違いだ。


力強く「勘違いするな!誤解だ!」って言ってくれるものとばかり、思ってたんだな……


ゴメン……!


くっ……!!

俺は歯を食いしばった。


「嘘じゃ無いんだ。……俺は、あのとき、あの金髪の女の子を、一瞬、オンナとして認識してしまった……!!」


「とんだ東●ヤローだ!!最低だ!!」


罪の告白はとても辛かった。

でも、ここは正直に言うしか。


俺は、優子に嘘は吐きたくない。



★★★(水無月優子)



え……?

一瞬、あの金髪巨乳を見てしまったから、浮気……?


私は驚いてしまいました。

まさか、雄二君の無言、厳しい表情が、たったそれだけのことが原因だったなんて。


……なんて……ひとなの……!


私の目の前で。

雄二君は頭を下げ続けています。

私には分かるんです。彼、本気で「申し訳ない」って思ってる……


結論から言えば、そんなの浮気にならないって思ってます。

だって、人間だって動物ですし、オスの子孫存続戦略は「より多くの優秀なメスに自分の子供を産ませる」

これは動かしがたい事実です。

そして、人間には理性がありますけど、だからといって本能の声を完全に無視するなんて。

神になれと言ってるに等しいです。そんなの、無茶です。

だから、性的に興奮してしまうメスを見つけてしまった場合、思わず見ちゃうのは当然の事。

それぐらい、私だって分かりますし、そんなことで嘆いたりしませんよ。


……そうさせた巨乳への憎悪は深めますけど。

巨乳許すまじ、です。


雄二君……!


……私は、感動してしまいました。

そんな自分の本能の声にほんの一瞬抗えなかっただけで、ここまで反省してくれる雄二君に。


「……顔を上げて」


私は、泣いていました。

悲しいからじゃ無いです。嬉しいからです。


「雄二君間違ってる。そんなの全然●出ヤローじゃないよ。せいぜい、渡●レベルよ」


涙をぬぐって。

彼のことをそっと抱きしめて。


頬に、彼の髪を感じながら。


「……ううん、こんなので●部扱いしてたら、To L●VEるの主人公なんて打ち首獄門だと思う……」


彼が顔を上げてくれました。


彼の顔を、間近で見ます。

こんなに近くで見たのは、あのとき以来です。

彼との運命を感じた、あの事件の最終決戦のときの。


雄二君……


私は、そっと、目を閉じました。

すると。


私の唇に、雄二君の唇が触れてきました。

嬉しい……


……ファーストキッスは、ホエイプロテインバニラ味の味がしました。

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