第6話 すれ違い

★★★(秋月土門あきづきどもん



あー、どうしよう?

困った。


数日前に足元の海を、巨大生物が泳ぎ去っていったけど。

あれ、一体なんだったんだろうなぁ?


報告……した方が良いんだろうか?

でも、そんなことをしたら「追いかけろ」とか言われるかもだし……


果たして、俺のパラダイスを破壊してまで、仕事を遂行するべきなんだろうか……?


……もし、問題になっても、寝てる間に通り過ぎたかもしれない、って言い張れば行けるか?

行けないよなぁ……いくらなんでも……あんなでかいのが通り過ぎて、気づかなかったで隠し通せる自信ねぇよ……


どうしよう……

踏ん切りがつかない……


俺は沖ノ鳥島支部の船上で、膝を抱えて座り、決断を迫られていた。


(沖ノ鳥島近海海上にて)



★★★(水無月優子)



雄二君と一緒に海で戯れ、とても楽しいです。

来てよかったと本気で思います。


彼と一緒に真夏の太陽の下、共に過ごして愛と絆を育む。

なんて素晴らしいんでしょうか?

これも、あれも、みんな二人の思い出になるんですね……。


こんな気持ちで海に来たのは生まれて初めてです。


海にはUGNチルドレンの養成所に居たときに、訓練の一環で何回か来たことあるんですけど。

そのときは、遠泳やらされたり、素潜りやらされたりと。

訓練メインで、遊ぶって感じじゃ無かったですからね。


……でもま、素潜りは好きでしたけど。

海って、広くて、底が知れなくて、素敵です。


……うーん。素潜り。

素潜りですか。


思い出してしまいました。

久々に、やってみたい。


でも。


一緒に泳いだり、走ったり。

彼も楽しんでくれていると思うんですが。


……さすがに、素潜りを一緒にやろうよ、って言ったら。

拒否されるでしょうねぇ……


普通の人、素潜りなんてしませんもんね……


でも、したい……

海の底を覗いてみたい……久々に……


どうしよう……



★★★(北條雄二)



優子は俺と一緒に居ることを喜んでくれる。

俺はそれだけで嬉しいし。

一緒に過ごせることが俺も嬉しい。


海に行こうと言われて、少し不安なところもあったけど。

結果的に来て良かったと思う。


海に来ている男の、彼女への目線がやっぱ気になるけど、これはしょうがない。

多分、俺以外に彼女連れで来てる男は皆そう思ってるんじゃないか?


そんな思いを抱えつつ、海の方で一緒に遊んでいると。


なんか言いたそうだな。

一緒に泳いで、笑い合ったとき。

それを俺は感じてしまった。

優子の笑顔に。


なんだろう?

俺に何かして欲しいことがあるのかな?


何かを言いたそうで、それを我慢してる。

そんな言葉になっていない声が感じられたんだ。


だから、思ったまま言ってみた。


「……何か我慢して無い?」


海に腰まで浸かった状態で向かい合って。

優子は、驚いていた。


「……雄二君には分かっちゃうのか……」


そう一言言って、優子は教えてくれた。


素潜りしたいんだけど、さすがに無理だよね?と。


昔、UGNチルドレンの訓練の一環で、素潜りをやらされたことがあり、そのときに気に入ってしまったらしい。


それを聞いて


……うん。さすがに、無理。

俺にできることは出来るだけ叶えてあげたいけど。


……俺、今まで足のつかないところで泳いだ経験、無いのよ……。

しかも、海だろ?

ハードル、高すぎるよ……!


……ゴメン。ほんとゴメン。

無理だわ。プールなら根性見せるんだけどさ。


「ゴメン。それは無理」


その一言。

言うのが、メチャメチャ辛かった。



★★★(水無月優子)



「ゴメン。それは無理」


……だよね。

普通はそうだよ。


素潜りなんて、普通の人はしないもん。


だけど。


雄二君はこう続けてきたんです。


「でも、気にしなくていいよ。しなよ」


……自由に素潜りしていいよと。

彼は言ってくれたんです。


……いいの?

嬉しかったです。でも……ホントにいいの?



……そして。

私は、彼の優しさに甘えることにしました。


嬉しかった。

やってみたかったから。

ここの、S海水浴場の近海の海の底がどうなっているのか。

見てみたかった。


どんな風になっているのか?

どんな生き物が居るのか?


考えるだけでわくわくします。

それを、道具を使わずに、己の肉体一つで行う……

(普通は足にフィンをつけるんですが、私は水中眼鏡以外の装備は使わずにするスタイルです)

感無量です。


でも。


なんだろう。

何か、引っかかるものがあったんです。


潜水して、海の底を目指しながら。



★★★(北條雄二)



情けなかった。

海に消えた優子を見送って、海岸で一人見守りながら。


色々理由はつけられる。

でも、結局は詰まるところ


「怖い」


これだけなんだよな。

優子と一緒に素潜りしなかったのは。


……男なのに、女の前で怖いからと物事に尻込みする。

これ、彼女の目にどう映ったのだろうか?


それを考えると、暗澹たる気持ちになる。

これで愛想を尽かされたらどうしよう?って。


色々あって告白し、彼女になってもらって。

散々尽くしてもらってるけど。

俺は何一つ返せていない気がする。


姉さんは言っていた。


「優子ちゃんに愛想を尽かされたら許さない」って。


あのときはちょっと戸惑いがあったけど、今では何の疑問も無い。

優子に愛想を尽かされるなんて、この世の終わりだ。

最初の頃より、ずっと好きになってる。

姉さんとも仲良くしてくれるし、普通ありえないんじゃないかな。

彼女、幼少期にジャームに襲われて両親を亡くしているって言ってて。

だからなのか。姉さんのことを自分の本当の姉さんみたいに接してくれてるんだよな。

明らかに、俺の家族の一員になろうとしてくれてる。

ありがたいよ。


なのに、ここでヘタレるとか。

ここまで尽くして、愛してもらっておいて。ここでヘタレる。

……頼りにならない男だと思われたら、辛い……。


気が付いたら、俺は砂浜で三角座りをしていた。

優子が消えた海の方角を見つめながら。


今、どんな気持ちで彼女は素潜りをしているんだろうか?

……俺ならやってくれる、って思ってたのに、ダメだったから、海の中でため息をついているのかも。


何を言ってる!素人同然のお前が、いきなり素潜りして事故ったらどうするんだ!?そっちの方がよほど失望ものだろ!!


俺の中の理詰めの部分がそんな声をあげてくる。

でも、即座に別の俺が


それは言い訳だわ。素潜りの経験無いから教えてくれって言えば良かったじゃん。きっと教えてくれたはずだぞ?優子はそういう子だろ。


理詰めの俺の言葉を否定した。

……この言葉が、俺の胸に食い込んでくる。


そして。

俺はこの言葉を否定できないことに気づいた。


だよな……だよな……だよなぁぁぁ?

後悔先に立たず。

もうちょっと、考えるべきだった……。


情けなさが倍増してくる。

結論ありきだったから、思いつかなかったんだ。そうに決まってる……。


あとの祭りだ……なんて俺はダメなやつなんだ……!


そのときだ。


「るせえ!!とっとと一人で帰れ!邪魔なんだよ!!」


粗野で品位も知性の欠片も感じられない声を耳にして。

俺はそちらに目を向けていた。



★★★(佛野徹子)



う~~~~。

ちょっと、調子に乗り過ぎた……。


いくら超音速で泳ぐことが可能でも、泳ぐ距離自体は変わらないからね。

長時間泳げば、そりゃ体力は消耗するわけで。


泳ぎ続けて、「あ、ちょっと疲労してるかも」と思ったから浜に戻ってきたら。

海から出た後、超グロッキー。

やりすぎちゃった……


重くなってる身体で歩きながら、文人と千田さんを探す。

文人、きっとレジャーシート持ってるはずだし、ちょっと借りて昼寝させてもらお……


そうやってキョロキョロしつつ浜を歩いていたら


「キミ、スタイルいいよね。一人で来たの?」


いきなり、知らない男に声をかけられた。

しんどい首を捻じ曲げて、そっちを見ると、金髪の男。

ガタイはまぁまぁ。

典型的なビーチのナンパ男って感じ。

それが4人。


「いえ、ツレと来てるんで」


そう答えて行こうとしたら、前に回り込まれた。


「でも、今一人じゃん」


「遊ぼうよ。きっと楽しいよ?」


……ウザイのに絡まれちゃったなぁ。


答えるのも正直億劫。

でも、しょうがないから


「アタシ、彼氏居ますし」


……ウソだけど。

今、泳ぎ倒して体力無いから無理、って言っても効かなさそうだから、ウソ吐くことにした。


でも、無駄だった。


「キミみたいな可愛い子を放置するような男が彼氏?嘘でしょ?」


「きっと遊びで付き合ってるんだよ!気にすること無いさ!」


……えっと、この人たち、何言ってんの?

頭大丈夫なのかな?


アタシが言ったことがもし、ウソじゃなかったら、それは許しがたい言葉だと思うんだけど?

それでもまぁ、男4人は普通は怖いはずだから、内心怒髪天になってても、女の子は黙って耐えるんだろうな……

自分たちの絆や気持ちを馬鹿にされてるのに……


……なんか、段々ムカムカしてきた。



★★★(千田律)



「そのラノベの中の創世神話の元ネタは、多分中国神話だと思う」


「へぇ、そうなの?どんな感じなの?中国は?」


「中国では盤古という巨人が死ぬことで世界が生まれたって考えられてて、それがそのラノベの『始源の巨人』って設定とそっくりなんだな」


私たちはビーチの片隅にレジャーシートを敷いて、そこで並んで座って会話していた。

本の話から、自分はラノベや小説しか読まないって言って、文人君は物語は読まないの?って聞いたら


「神話なら読んでるよ」


って返されて。

神話の重要性を教えてもらった。歴史との繋がりだとか、文化との繋がりだとか。

面白かった。


で、文人君は「一流の作家は、神話を読み込んでる人、多いはずだよ。特に、幻想小説書く人は」って言って、私にラノベや小説の話を促した。

それで、私が大好きなラノベ作品の話をしたら、その設定に関する彼の見解を教えてもらえて。楽しかった。


……あぁ、やっぱり素敵な人だと思う。

文人君。


でも、この人、彼女作る気が無いっていうか、作ったら駄目だ、って考えているんだよね……。なんでなのか、分からないけど。


こんなに、相手に合わせて会話を変えて、笑顔も絶やさないで、親切に接してくれる人なのに。

勿体ない、って正直思うけど。


……きっと、言っちゃだめなんだよね。何故って、きっと悩み抜いて選んだ結論が「一生恋人を作らない」なんだろうし。

そこは、尊重してあげなきゃね。

だって、好きだった人だもの。


そんなことを考えていたら、不意に、文人君との会話が止まった。


見ると、文人君、一点を凝視していた。厳しい表情で。

釣られるように私も見ると。


そこには、男4人に絡まれる佛野さんの姿があった。

ナンパでもされているんだろうか?


「……ちょっと助けてくる」


スッ、と文人君が立ち上がる。

私は、佛野さんの強さを知っていたから


「大丈夫だと思うんだけど。佛野さん、メッチャ強いんだよ?」


そう言って止めようとした。

バッキバキの男、10人がかりで来られても、返り討ち。

それを目の前で見たから。


でも。


「知ってる」


文人君、即答。

そのまんま佛野さんが揉めてるところに向かっていく。


「え?だったら……」


文人君が危険を冒すのが嫌だったから、私は止めようとした。

どうせ放っておいても佛野さんなら絶対切り抜ける。それが分かっていたから。


でも。


「……友人が困ってるときに、どうせ一人でも切り抜けられるからと、助けに行かないのは友人としてありえない」


ぼそり。

そんな一言。


でも。とても重い一言だった。


とても、喧嘩が強い友達が居たとして。

その子が、絡まれていた。

多分、1人でも倒せる。でも、だからといって。

何もせず、知らぬふりを決め込む。

それって友達?


彼が言ったのはそういう事だろう。

うん。その通りだね。


正しいと思う。


でも。


私には、額面通りには受け取れなかった。

これは彼と佛野さんの問題で、私には関係のないことだけど。


やっぱり、あの二人の間には、強い繋がりがある気がする。

そしてそれは、絶対に友情じゃない。



★★★(海坊主野五藩太郎)



なかなか、ガールハントの成果が出なかった。

悔しい。


普通、数打てば当たるで、手当たり次第声を掛ければ、OKもらえるはずなのに。

今日に限っては全弾空振り。

まるで相手にされなかった。

話をガン無視されたり、すでに相手が居たり。


正直、ちょっとイラついて来ていた。


そんなときだ。


一人、とぼとぼと歩く、今日の海で最初に出会った女二人のうち、エロいほう……。

赤い水着で、金髪のスタイル抜群の彼女を見つけたのは。


最初のときも思ったけど。

やっぱり、良い身体をしている。

胸の大きさは理想的な巨乳、って感じだし。

腰回り、お尻回りの線も理想的。


そして顔がすごく可愛い。

目が大きいし、小顔。

アイドルで通るくらいだ。


そんな子に、また遭遇するなんて。

今日は空振りばっかだったけど、今日この子からOK貰えれば、全部チャラになる。

この子にOKを貰うための空振りだったってことになるから。


最初の遭遇時は話しかけるチャンスが無かったが、今は違う。


今ならいける!

俺は決断して、彼女に接近し、横から話しかけた。


「キミ、スタイルいいよね。一人で来たの?」


すると、彼女は俺の方を向き、一瞬戸惑いながらも、答えてくれた。


「いえ、ツレと来てるんで」


一人じゃないってことか……

でもまぁ、それは別に気にしなくても。

何なら、その子も一緒に取り込んでしまえば問題ない。


ここは押しの一手だろ!


「でも、今一人じゃん」


「遊ぼうよ。きっと楽しいよ?」


根鳥、女岡、ナイス!

去ろうとした彼女の前に回り込むように位置取り。

協力して彼女のOKをゲットしような!


OKさえ取れたら、彼女のツレ……つまり友達とやらも巻き込んで、同じくらい可愛いなら一緒に口説くのもアリだよな。

興奮してきた。


すると彼女は


「アタシ、彼氏居ますし」


……と返してきた。


彼氏が居る?

どこに?


だったら、何で一人で海に飛び込んだのさ?


……とても、信じられない。


だから俺は、嘘だと踏んだ。

こんないい女、彼女にしたのに放置するような男が居るはずがない。


多分彼女、ナンパから逃れるために嘘を吐いているんだ。

だったら、ここを攻略すれば、俺のことを強く印象付けられるはず。

そんなにも私のことを求めてくれるのか!って。


モテるのはグイグイ行く、強引な男だよ。


「キミみたいな可愛い子を放置するような男が彼氏?嘘でしょ?」


「きっと遊びで付き合ってるんだよ!気にすること無いさ!」


手ごたえを感じる。

彼女、動揺している。


だって、去ろうとするの止めたもの。


ここで矢継ぎ早に褒めちぎり、考える間を与えない感じで攻めれば、イケるのでは?

勢いが大事だろ?


俺は気を引き締めて、脳みそを回しに回して……


いたときに。


「すみません。そいつ、僕の彼女なんですが」


いきなりだ。


いきなりそんなことを言われた。


「あやと!」


彼女が弾んだ声をあげた。顔がパッと輝く。

その視線の先。


俺たちは一斉にそっちを見る。


そこに居たのは。


スラっとして、目つきが鋭く、知的な風貌の、パリッとした、黒い海パンの高校生男子。

背も高く、王子役の似合いそうな、いけすかないガキだった。

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