第4話 電車で行こう

 ★★★(北條雄二)



 今日は優子と海に行く約束の日。


 待ち合わせはT市の駅前。


 ……ここの電車、ホントアレだよなぁ。

 企業城下町的な地域に行くと、電車、フツーになるんだけど。

 このT市は電車がホントアレだ。


 切符が無い電車。

 都会の人には信じられないんだろうなぁ。


 まるでバスみたいに、降りるときにお金を払うんだ。

 信じられるか?都会の人?

 ホントなんとかならんか。


 都会に向けて出て行くとき毎回そう思う。


 ……大学でも誘致されてくれないかなぁ?

 企業でもいいや。


 そうすれば、もう少し便利になると思うんだけど。


 たまに優子にグチると、毎回「じゃあ選挙権手に入ったら地域開発を公約に掲げてる人に投票しようよ」って話になる。

 ……それで変わるかどうかわかんないけどさ。

 それが一番前向きなのかな。


 と、駅前で駅を見ながら、電車に想いを馳せていると。


「お待たせ」


 優子がやってきてくれた。約束の時間30分前だ。

 遅れてきた方が良い女に見える、だとかいう話だけど、彼女はそんなことはしない。

 10分前行動どころか30分前行動を律義に守って、こうしてやってきてくれる。

 こういうところも好きなんだよな。時間の大切さを知ってる感じで。


 見ると、白いワンピース。茶色のサンダル、それに麦わら帽子を合わせている。鞄は白い布鞄。

 良く似合ってるな~。涼しげで、清楚。

 イメージにぴったりだと思う。

 こないだ一緒に服を買いに行ったとき、選んで欲しいと言われたので、これ幸いと優子に一番似合いそうなのをチョイスした。


 それを着てくれるなんて。

 嬉しいね。


 今日は眼鏡を外していた。

 泳ぐからだろう。


 こっちの方がクールな感じになるので、好みと言えば好みかな。

 まぁ、優子には言ってないんだけどね。


「待った?」


「いや」


 お決まりの問答。

 ……ホントは2時間前から待ってるんだけどね。


 だって、何が起きるかわかんないじゃんか。

 時間つぶし用に読んでた推理小説を、俺は鞄に押し込んだ。



 ★★★(水無月優子)



 雄二君、ホントは2時間前から待ってます。

 それなのに、毎回「待ってない」って言うんです。


 ……心遣いにキュンキュン来ますね。大好きです。


 そういう私も3時間前に来てるんですが。

 だって何が起きるかわかんないじゃないですか。


 ……だったら待ち合わせ時間をもっと早めたらどうだ?と言われそうですが。

 そうすると、双方もっと早く来るだけなので。


 今来た風を装って、それまで隠れて待機するしか無いんですよ。気配を殺して。

 はぁ、辛いところですね。


 雄二君は黒いタンクトップ、緑のアーミーパンツ、ミリタリーブーツ、黒い野球帽。

 それに、大きな黒いボストンバックを持っていました。多分、あの鞄にレジャーシードだとか細々したものを入れてくれてるんでしょう。


 今日の彼の服装は、私チョイスです。やっぱりよく似合ってます。

 体格いいですからねー。かっこいい。


 特に身体づくりの段階から私が関わってますからね。惚れ惚れしちゃいますよ。余計に。

 やはり男性は筋肉ついてないといけませんよね。私の運命の人が骨格太くて筋肉質で良かったです。


「じゃ、行こう」


 そう言って、彼は駅に向かいます。

 私は彼の背中を追いかけて。


 ……手を繋ぎました。

 彼の左手と私の右手で。

 もちろん恋人繋ぎです。


 手を繋ぐところまでは進んだんです。

 進んだんですけど。


 そこから先がまだなんですよね。


 まぁ、ここまで来るのがまず骨だったんですけど。

 二人とも経験無いと色々大変ですよ。


 二人で改札の無い無人の駅に入ると、ちょうど2両編成の電車がやってきました。

 予定の電車より1本早い電車です。



 ★★★(河内ゆり)



 今日は賢く清純、純情な乙女であるセンパイと、あの性欲の化身であるガチムチ最低男とのデートの日です。

 電車に乗って海に行こう、駅で待ち合わせよう。時間は~~~で。

 そういう相談をしているのを盗み聞いたので、こうして見張るためにやってきました。

 水着選びの段階から見張ってたんですが、アイツ、結局ボロを出しませんでした。

 Vの字ワンピースエロ水着を選ぶかと思ったら、水色でフリルつきの清純なワンピース水着をセンパイに「それが最高に似合ってると思う」などと言って……いや、実際よくお似合いだったんですけど……決めさせました。


 馬鹿な……!海辺で彼女にエロ水着を着せて、衆人環視の中で処女喪失させたいと思わないんですか!?

 可哀想な恋に狂ったセンパイをいいようにして、被虐の悦びに目覚めさせようとか、思わないんですか!?

 タラシのガチムチ男のくせに!?


 私はあのドスケベ男の裏の意図を必死で読もうとしましたが、どうしても分かりません。

 ヤツの狙いは一体何なのか!?


 だから、今日も見張らないといけないと思い、こうして定刻通りに待ち合わせ場所のT市駅前に来てみたのですが。


 誰も居ませんでした。


 ……あの男、待ち合わせ時間も守らないの?

 なんて、傲慢な男なんだろう……!!


 時間を守らないなんて最低です!

 人を待たせるなんて他人を舐めてます!


 あと数分で約束の時間だって言うのに!


 男なら15分前行動、当たり前じゃ無いんですか!?


 そして定刻になっても。

 誰も、来ませんでした……


 あのドスケベ男だけならまぁ、分かるんですけど。

 あの男が不誠実な男だった、って話ですからね。


 ……センパイまで来てないのが解せません。

 どうなってるんでしょうか?


 ……センパイが遅刻なんてありえないのに……。


 私の計画はこうでした。

 まず、待ち合わせの現場を待ち伏せ。


 二人がこの町のみすぼらしい電車に乗り込んだのを確認後、追跡開始。

 私だってハヌマーンですので、その気になれば電車を走って追いかけることが可能です。


 で、デートの現場についていき、センパイの身の安全を確保する……。


 そのはずだったのに。


 ……どうなってるんでしょう?

 あの男は兎も角、センパイまで来ないなんて。



 ★★★(千田律)



 今日は約束の日。

 デートじゃない。デートじゃ無いんだけど。

 ちょっと、緊張する。


 佛野さんの誘いとはいえ、文人君と海に遊びに行くなんて。

 万一にも遅刻できないから、予定の時刻より1時間前に着くように出てきちゃった。


 待ち合わせのK市駅前。

 東京に行ったことのある人なら分かるらしいんだけど、雰囲気が似てるらしい。K市って。

 駅も、ひょっとしたら似てるのかな?

 東京駅はレンガで出来てるらしいけど、K市の駅も言われてみればレンガに似てるような……?


 K市駅は色々充実してて。


 駅前に、大きなアミューズメント施設がある。

 とても便利で、見たい映画があるときに、よく利用する。


 ……この間、佛野さんが知らない男の子にデートの練習で付き合ってあげてるとき、ここ利用してたなぁ……。


 あのときは、佛野さんの事情を知らなかったから、すごく腹を立ててたけど。

 まさか、今日、こうやって、佛野さんとも遊びに来るなんて想像すらしてなかったよ。


 思い出して、フフッと笑っていたら、佛野さんが来た。

 約束の時間の15分前だ。


「お待たせー」


 時間、やっぱり律義に守る人なんだよね。

 不真面目自堕落、男の子にもだらしない最低の女の子って学校で陰口叩かれてるけど。


 今日の佛野さんのいでたちは、白いブラウスに、薄青い破れジーンズ。あと黒いパンプス。

 脚長くてライン綺麗だから、ジーンズが良く似合ってるよ。


 そして今日の佛野さん、また黒髪ロングのウィッグを被ってやって来ていた。

 何でか聞いたら


「金髪女が傍に居たら、奇異の目で見られるし、一緒に居るの目撃されたら千田さんの学校での評判が落ちるかもしれないじゃん」


 だって。

 気を遣ってくれてるのか。

 何もそこまで気にしなくていいのに。

 その程度で評判落としてくるような人とは、関わっても私に大して実りは無いと思うから。


 でも。こういう気遣い。


 ……やっぱ、悪い女の子じゃ無いよね。


「でも、海では?」


「それは当然外す。泳げないしね。つけたまんまじゃ」


 でも、なるべく近寄らないようにするから安心して。

 そう言って微笑んだ。


 ……ホント、そこまで気を使わなくたって。


 そう話していたら、文人君がやってきた。


「あやと、来るの一番遅いよ」


「……5分前行動で遅いと言われるのか」


 まぁ、遅刻したわけじゃないんだし。

 そこを責めなくても。


 文人君は黒い上着、白Tシャツ、それに肌色の長パンツ。靴はスニーカーだった。白いスニーカー。

 爽やかな感じが彼に良く似合ってる。


 で、中くらいの革の鞄を手提げで持ってた。

 手荷物はあんまり、無い。


 佛野さんの鞄はただの布鞄。青と白の縞模様が入った。

 あまり沢山ものが入ってるようには見えない。


 ……レジャーシートとか、パラソルは無いのかな?

 そういうの、向こうで借りれるんだろうか?



 ★★★(佛野徹子)



 待ち合わせ場所に15分前に着くように来てみたら、すでに千田さんが居た。

 駅前で、麦わら帽子、赤と白色まだら模様のワンピース、そして赤いサンダルという格好で待っている。

 千田さんに良く似合ってるね。清純感と清涼感あるその恰好が。


 ……水着はどんな感じなんだろ?

 聞いてないけど。

 イメージとしては、カワイイ系がきっと似合うと思うんだけどね。


 アタシは今回はフィットネス用の水着にした。

 ほとんど泳ぎまくる気でいるからね。

 赤いワンピースの、背中が開いたピースバックってやつ。


 男の子と一緒に行く場合は、それなりにお洒落なやつを選ぶんだけどさ。

 今日はそうじゃないもんね。


 文人と一緒に行くんだから、そういうのはNG。


 千田さん、手を振って呼びかけたら、気づいてくれた。

 今日は楽しもうね。


 ……実は海に行くのは初めてでもある。

 水泳は、FHチルドレン養成所で訓練は受けてたけど。

 当然、安全な25メートルプールだけではない。

 より実地に近い訓練と言うことで、養成所が建てられていた山奥の、さらに奥に人工的に作られた湖を使って、足がつかなくて、かつ自然状況をなるべく再現した環境での水泳訓練。

 ……何人か、溺死した子も居たっけ。そういうの、気にしない場所だったしね。

 最終的には泳ぐだけじゃなく、そこに人造ジャームを放して、討伐しろと命じられた。

 ……当然、そこでも何人か死んだ。キビシイ環境だよねぇ。しょうがないけど。犯罪組織だし。


 海は湖と違って、海流だとか、波だとかあるからちょっと勝手が違うんだろうけど。

 多分、いけるんじゃないかな?自信はある。


 帰るまでに海を極められるといいなー。(極めるなんて言うと、反発買いそうだけど。あくまで気持ちだけ)

 折角行くんだし。楽しめるところは楽しまなきゃね。



 ★★★(下村文人)



 5分前に着くように出発したら、待ち合わせ先の駅前でいきなり徹子に文句を言われた。


 ……いや、遅れてないだろ。

 そう思ったが、口論が面倒くさいので黙った。


 急いで出るより、持ち物の確認に時間を費やしたかったんだよ。

 何があっても時間通りに着く自信もあったしな。


 今日は色々入れてきた。

 この革鞄に。


 日焼け止めだとか、折り畳み式パラソルだとか、レジャーシートだとか、飲み水とか。

 それらすべてを、モルフェウスのエフェクト「折り畳み」で、小さく圧縮し、この革鞄に入れている。

 ……あまりゴテゴテ大荷物を持って行きたくないんだよ。

 出すところを見られなきゃ、別に問題ないはずだし。

 中には、この鞄のサイズ的に明らかに不自然なものも混じってるけど、それに関しては「借りた」とでも言えばよかろうよ。


 水着は黒い競技用のやつ。

 理由はこれしか家に無かったから。


 まぁ、みっともなくは無いはずだ。


 全員揃ったようなので、電車に乗るかと駅に向かおうとしたら、すすす、と徹子が傍に寄ってきて


「今日はなるべく千田さんにサービスしなさいよ。……気まずーい空気を払うのが目的なんだし」


 と、そっと耳打ち。

 言われるまでも無いだろ、それ。


 一線は引くけど、空気の解消を狙える程度には頑張るさ。

 さすがに千田さんを放置して、延々読書するような真似はしない。

 馬鹿にしないでくれ。


 一応、海のレジャー用の遊び道具も何個か持ってきてるんだ。

 スキムボードだとか。ボールだとかも。

 ノープランで来たわけじゃない。


「分かってるさそのくらい。僕だって」


 そう答えると、徹子、へッと笑って、千田さんの傍に引っ込んでいく。

 どうも、こういうことではマウントを取りたいのかね?

 自分は経験豊富だぞ、と。


 まったく。


 ……


 ………


 まぁ、それはそれとして。


 ……あぁ、楽しそうにしてるな。

 徹子と千田さん。

 僕の後ろで談笑している雰囲気が伝わってきて、僕は少々嬉しくなった。


 こいつは大切な相棒だし。

 ここに至るまで散々な目に遭ってきたやつだから。

 死ぬまでの間は、なるべく楽しく生きていて欲しい。


 それぐらいは、許されるだろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る