第3話 海に行こう!(FH)

 ★★★(下村文人しもむらあやと



『明日、海に行こう』


 土曜日に自宅マンションで読書していたら。

 いきなり僕の仕事の相棒である佛野徹子ふつのてつこがFH端末で電話を掛けてきて。

 そう言った。


「なんだいきなり。唐突に」


 そう返す。


 それに。


 そういう付き合いはしないことにしよう。

 そう、言った覚えがあるんだがな。だいぶ前に。


 明らかに、友人の範疇超えてないか?


 恋人が男友達と食事に行くのはギリOKだとしても。

 一緒に海に行くのはさすがにダメだろ?


 お前は僕の恋人でも何でもないし。

 僕はお前を女扱いしたことないし、これからも無い。

 そういうことだったはずだ。


 なのに、なんで一緒に海に行かなければならないんだ?


 海に行くのはあれだろ。

 男だけならナンパ目的。

 女だけならナンパされ目的。


 それが大半じゃないのか?(除くカップル)


 泳ぎに行く、釣りに行くっていうのは極少数派のはず。


 僕にはそんな趣味両方ないし。ナンパもしない。

 そうなると、僕とお前が海に行く理由なんてどこにもないはずなんだが。

 お前だってナンパしてくるような男嫌いだったはずだよな?


 つまり、これはこいつの冗談か。


『いいじゃん行こうよ。アンタどうせ暇でしょ?』


 僕が断ると伝えると、食い下がってきた。

 たまに冗談で「セフレになろう」なんて言ってくるやつだが。

 そういう場合は食い下がってこない。


 つまり、これは冗談では無いということになる。


「……本気で言ってるのか?」


 約束したよな?

 一生守ろうってさ?


『……なんか勘違いしてるね?別にアンタとタイタイで海に行こうって言ってるわけじゃ無いんだけど?』


 僕の声音に、徹子は嘆息交じりに言った。


『……アンタさ、同じクラスの千田さんとトラブって、そのまんまだよね?ほっとくの、良くないんじゃないの?』


「何でそのことをお前が知ってるんだ……?」


 かなりプライベートなことで、こいつには言ってないはずなんだが。

 そう思ったら『色々あって友達になった』と返してきた。


 ……よくなれたな?あの子、お前の事嫌ってたんだけど?

 まぁ、いいけどさ。


『こないだアンタと千田さん見てたら、気まず~い空気が流れてたよ?ちょっと海で解放的になって交流して、そういうの水に流した方がいいんじゃない?』


 ちなみに千田さんには一応確認とって、了承とってるから。

 これでアンタが「行かない」なんて言ったらますます気まずくなるだろうねぇ。


 ……気を使ってくれてるのはありがたいが。

 その脅迫めいた言い方なんとかならんか?


「……分かった。行く」


 そう答えるしか無いな。この場合。



 ★★★(佛野徹子)



 昼休みに一人で中庭を歩いていたら。


 文人と千田さんを見掛けた。

 校舎間の連絡通路をすれ違ってたんだけど。

 千田さん、顔を伏せてて。


 ……事情、こないだ聞いたから。

 あぁ、仲直りができてないのか。


 そこに、思い当たった。


 あの子、文人のことが好きだったんだけど。

 こないだ、アイツの本性について軽く教えてあげたからね。問題ない範囲で。

 物理的にアイツを振り向かせるのは無理だ、ってのはおそらく理解してもらえた。


 下村文人……アタシの仕事の相方。

 犯罪組織ファルスハーツのエージェント養成所で出会って、今まで一緒にやってきた一番大事な友達。

 彼、身だしなみちゃんとしてて、凛々しく鋭い感じで、見た目悪くない上、他人に嫌われないように、優しく、平等に、加えて舐められない程度の自己主張を心がけてる。

 加えて、学力は学年屈指のレベルだし、スポーツもそつなくこなせるんで。

 見た目良し、頭良し、体力良し、性格良しということで、そのせいで、結構モテる。


 ……性格の部分は、別に、素でやってるんじゃなくて、面倒ごとに巻き込まれないための、高校生活を過ごしやすくするための、損得づくの結果なんだけど。

 ホントの彼は必要とあれば暴力も辞さないし、非情な行為も躊躇わないでやれちゃう冷徹なところがあるマニュアル人間。


 ……でもま、根本的な性格は悪くないんだけどね。アタシの様子がおかしいときはすぐ気づいてくれるし。相談したら真面目に取り合ってくれるし。良い人だと思うよ。


 ……今まで何十人もなぶり殺しにしてきた、殺人鬼であるということを除けば。

 まあ、お金を貰って仕事でやったことなんだけどね。そういうアタシも同じなんだけどさ。


 アタシら二人とも殺し屋だから。現役の。

 だから二人とも、死んだら地獄行きー。

 それは覚悟してる。

 人間のクズだからねー。


 で。


 千田さんは、そんなアタシと友達になってくれた人なんだけど。

 申し訳ないけど、当然全部は話してない。嘘も言ってる。

 だって、本当のことは絶対に言えないし。

 知られたら、殺さなきゃいけなくなるし。


 その辺、文人にも心配されてて「情に流されるな」「引っ張られ過ぎるようなら、普通の人と絶対に付き合うな」って言われてるんだけどさ。

 さすがにそれぐらい分かってるよ。

 アタシがやらかしたら、アンタに迷惑掛かるもんね。やんないよ。


 千田さんは、印象はだいぶ幼い感じの高校生女子だった。髪型がおかっぱなのもそれに拍車をかけてる感じ。

 文人のクラスメイトだから、アタシと同い年のハズなんだけど。

 身長はアタシより頭一つ分くらい低いし、体型もお世辞でも「グラマラス」とは言えない感じ。

 いやね、悪口言って貶してる気は無いんだけど!?


 でも、芯がある子ではあるんだよ。

 この子の言動がちょっとカンに触って。狂ったアタシが思わず首を絞めてしまったことがあるんだけど。

 この子、警察に駆け込まないで、アタシに「何で首を絞めるほど腹が立ったんだ?」と理由を問いただして来たんだよ。

 そこでちょっと好印象を持っちゃった。

 度胸あるな、って。絞殺されそうになったのに。

 だからまぁ、嘘を交えてだけど。

 おおまかな理由……アタシが恋愛に嫌悪感を持ってることを教えた。

 その原因が、アタシの遺伝子上の母親の立ち位置に居た牝豚のせいだってことも。


 あの牝豚のせいで、アタシは虐待されて酷い目に遭ったから。

 父さんが居るのに、ヤクザみたいな男に寝取られて、アタシを連れ去ってそいつのところに転がり込みやがったせいで、アタシは地獄を見た。

 その地獄の末、アタシはオーヴァードに覚醒し、虐待のお返しに二匹とも嬲り殺しにしてやったんだけど。

 ぶっ殺してやっても、アタシはあの豚どもが許せない。

 だからアタシは一度相手が定まったのに、他の男に目移りし、裏切る女が大嫌い。殺してやりたいほど。

 牝豚を思い出すから。

 クズに口説かれて正気を無くしてる女を見ても、殺してやりたくなる。

 そんな男を選ぶ女は、一生家族なんて持つんじゃないっての。

 お前みたいなのがいるから、アタシみたいな欠陥品が生まれたんだ!


 そんな犯罪にかかわる部分は嘘で誤魔化して、そういうアタシの内心を彼女に伝えて。

 そこから、交流を持つことになってしまって、今に至るんだよね。


 付き合ってみると、曲がったことが嫌いなタイプで。悪い子じゃないことはすぐに分かって。

 やっぱり嫌いじゃない。


 なので、ちょっと気になってしまった。

 千田さん、同じクラスに顔を合わせるのが気まずい相手が居るの、辛くない?って。

 大きなお世話かもしれないけど。



 ★★★(千田律せんだりつ



 自宅で机に向かって宿題をやっていると、スマホにショートメールが入ってきた。

 ちょうど数学の問題だったので、中断できず。

 解き終わってからスマホを確認した。


 ショートメールで、こう一言。


『千田さん、文人とまだ気まずいの?』


 ……差出人は、C組の佛野さんだった。

 ちょっと、メールが主だけど、友達みたいな存在になってる。


 佛野さんは、問題のある人で。

 親御さんのせいで、貞操観念がおかしくなってしまった人。

 相手が嫌いで無ければ誰でもエッチできちゃう人なんだよね。

 人間としては決して悪い人じゃ無いんだけど。


 佛野さん、母親が不倫で「見た目だけワイルドでかっこいいクズみたいな男」に走ったせいで、家庭が壊れてしまった経験があって。

 そのせいで、所謂若い女の子にモテそうな「危険な香りがする男」ようは悪っぽいグイグイくる男が大嫌いで。

 そうじゃない子「真面目で優しそうだけど面白味が無さそうだからモテなさそう」な男の子に片っ端から声を掛けてデートに誘い、場合によってはそのままエッチさせてあげることを繰り返してる。

 佛野さん曰く「自分でもイカれてるのは分かってるけど、腹が立つんだもん」だって。

 気の毒だな、って思った。自分が親になることがあったら、子供には佛野さんみたいな目に遭わせないようにしないとね。


 ……ちょっと話がズレちゃった。


 佛野さん、そういうことを繰り返してるから、学校で「クソビッチ」って思われてて。

 加えて、見た目が学校で一番、美人。

 髪型は肩のあたりで切りそろえたショートで、金髪。佛野さん曰く、染めてるのは容姿だけで惚れて告白してくる子を避けたいから、らしいんだけど。

 目が大きくて、顔がちっさくて、足が長くて、胸が大きい。

 見た目、モデルみたいなんだよね。


 なので、学校中の女子に嫌われてる。

 最高の美人なのに、ビッチって。

 彼氏狙われたらイッパツじゃん。って。

 ホントはそんなこと絶対にしないんだけどね。

 他ならない自分が、子供の時にそれで辛い目に遭ったから。


 そういう私も、前は嫌ってた。

 今は別に嫌ってないけど。好きかどうかは分からない。

 でも、こうして友達みたいな位置に落ち着いてるから、ひょっとしたら友達として好きなのかもしれないな。


『うん。ちょっとまだあれからまともには話せてない。何で分かったの?』


 そう打ったら、しばらくして返事が来た。


『今日の昼休みに、連絡通路ですれ違うのを見掛けちゃって』


『辛くない?』


 ……こうして佛野さんとメールで会話する仲になる前。

 私、下村文人君……私のクラスメイトで、私の好きだった人……に何でクソビッチの佛野さんと恋人なんだと食ってかかって、怒らせてしまったんだ。

 どうしてあんなメチャクチャな最低の女の子と仲が良くて、恋人なんだと。見た目さえ良ければ何でもいいの?と。

 正義に反する気がしたのと、嫉妬心かな?それで、文句を言ったら、怒らせてしまった。

 ……文人君自体は「僕は誰とも付き合ってないし、当然徹子とも友達なだけ」って言ってるんだけど、学校でそれを信じてる人はほとんど居なかったんだよね。

 実際は彼の言葉には嘘が無かったんだけど。


 どうも彼、自分は恋人を作る資格がないって思ってるんだって。

 佛野さん、一回そんな彼に告白して、求婚するレベルで気持ちを打ち明けたらしいんだけど。

 拒絶されたって。


 だからまぁ、私も辛いけど諦めちゃった。

 佛野さんが「他の男の子とは勿論付き合わない」「裏切ったら自分に何をしてもいい」とまで言っても動かなかったんだもの。

 どんな理由か分からないけど、きっとそれは変えられない。

 佛野さん、言ってたし「彼は頭おかしいレベルで真面目」って。

 ……だよね。そう言われると、納得できるもの、彼にはあるし。


 でも、そのときの告白で、恋人にはなれなかったけど、一番の友達にはなれたらしく。

 だから、文人君、私に怒った。佛野さんが一番の友達である以上、その友人への的外れの悪口を黙って聞いてるのはおかしいだろう、ってきっと思ったんだよね。

 自分が彼に口にした言葉の意味合いに気づいて、私は自分の間違いに気づいた。

 けれど、だからといって「この間はゴメン下村君。私が全面的に間違ってた。佛野さんはちょっとおかしいけど悪い人では無いよね」って言って、許しを乞う図太さ。

 さすがに無いかな。面と向かって罵倒するのは出来たんだけど。


 で。ずっと気まずい状態。


『辛いといえば辛いかな』


 彼に噂に惑わされて他人を悪魔化するような馬鹿な女だと思われる。

 それはさすがに辛い。辛いけど。


 このまま、文人君に顔向けできないよ、みたいな。


 それが続くのはもっと嫌、かな。


 そしたら


『じゃあさ、一回アイツと一緒に海に行かない?そうすれば、多分前の関係に戻れるよ』


 そんなメールが飛んできた。


 海……!

 文人君と一緒に、海……!!


 場所はどこかな?

 S海水浴場?


 H県なら、まずそこだよね?

 良いなぁ……楽しそう……!


 ……佛野さん、多分真面目に考えて、私が学校を過ごしやすくなる方向で動いてくれてるんだなぁ。

 私はそこは、疑ってない。


 決して「自分と文人が仲良しなところを見せつけて、優越感に浸ろう」とか。

 そういうことは絶対考えてない。


 あの二人の関係は特殊なんだ。

 きっと、想いは繋がってるはずなんだけど。

 どこかが、決定的に切れてる。


 何でそうなのか分からないけど、多分踏み込んじゃいけないよね。

 何だか、そういう気がする。


『うん。それ、いいかも。お願いしていい?』


 私はそう返事した。

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