第2話 日本の最南端から。そして水着。

 ★★★(秋月土門)



 私の名前は秋月土門。

 かつてUGN・T市支部の支部長だった男だ。


 訳あって、今は日本の最南端・沖ノ鳥島支部の支部長をしている。

 見た目は漁船。

 沖ノ鳥島の傍で浮かんでいる。


 仕事はここに居ること。

 食料は週一で補給され、水と缶詰とインスタントのみ。

 昨日はカップラーメン。一昨日はカップ焼きそば。

 その前はシーチキンとレトルトのご飯だった。



 ……日本政府とUGN日本支部の密約で、世界組織であるUGNの職員をここに置くことで、沖ノ鳥島をどうこうしようとする勢力に牽制をする意味合いがあるらしい。

 UGNは基本、国家間の問題なんかに口出ししないので「領土を守るためにここに居ます」とは言ってないんだけれども、ここに人に居られると動きにくい。

 かといって、邪魔だからと殺すというわけにもいかず(UGNの不評を買うかもしれないから)うっとおしいなぁ。

 そういう意味合いの支部らしい。


 つまり、UGNの人間なら誰でも務まる職場なのだ。

 こここそ、人材の墓場。


 田舎支部は、実力はあるが、使いにくい。でもFHに寝返られるのは問題。

 そういう人材が左遷されてくるのだが、ここは違う。

 悪戯にUGNの不評を買うのは問題だからと、殺さないってのはあくまで「高くつくな」と思われている間だけの話で。

 そんなの「それぐらいなら高くない」と思われればたやすく乗り越えられる藁の家だ。


 ……つまり、死んでもいいや、って内心思われてる人材が派遣される。


 涙が出てきた。

 何度目だろうか。


 ……どうして、こんなことになってしまったんだろう?


 支部の経費でパチンコに行ったのがまずかったのか。

 飲み代の領収書を支部につけたのが悪かったのか。

 支部長の裁量で動かせるお金で、風俗行ったのがまずかったのか。


 ……そんなの、数年間やり続けてきたことじゃないか。

 何で、今更。


 突然、UGN職員に「明日から沖ノ鳥島支部勤務でお願いします」と言われ。アイマスクつけられてヘッドホン被せられ、大音量でクラシック聞かされて。

 長時間何かに乗せられて、着いた先がここだった。


 で、1週間分の食料を渡されて「後、よろしくお願いします。1週間後にまた来ますから」そう言われた……


 日中は日焼けがキツイので、あまり漁船の甲板には出ない。

 焼けると、後が苦しいんだ。

 お風呂も無いしな。着替えも無い。

 ずっとこの、短パンTシャツ姿のまんまだ。


 日に焼けないように気をつけながら、外を見るだけの毎日。

 別に沖ノ鳥島を狙う不審な船だとか、潜水艦だとかは見えない。

 毎日、平穏。


 何も動かないので、段々心が辛くなってくる。

 これは辛い。


 今度、職員がやってきたら、何か娯楽用品をお願いするしかない。

 ここで手ぶらで過ごせなんて、鬼畜の所業だ。

 雑誌か何か、差し入れてもらおう。

 仮にもUGN支部長だし、多少はお金を動かす権限があるはず。

 それで、週刊誌をまとめ買いしよう。

 酒を買うのもいいな。釣り道具を買って、釣りをするのも……


 ん?

 おやおや?


 今は確かに辛いけど、環境が整えばそうでもないのではないかな?

 それに、今気づいてしまった。


 海の上だから、酒の肴が周囲をウヨウヨ泳いでいるわけで。

 そこで、ブランデーなんか飲みながら、釣りたてホヤホヤの魚を……


 パラダイス!

 沖ノ鳥島支部こそ、俺のパラダイスかもしれない!


 なんだ。

 冷静に考えたら理想郷じゃないか!

(女が居ないのが不満と言えば不満だけど、まぁそれはしょうがない)


 俺、風呂に入るのそんなに好きじゃ無いし。

 そもそも、働くのも嫌いだし。


 ここなら本当に、真の意味で、働かなくていい。

 スローライフ!


 お姉ちゃん、僕、幸せだよ!

 来週以降の幸せを思い描き、俺はにんまりとした。


 そのときだった。


 船が、大きく揺れた。


 何だッ!?


 海面が揺れている。


 それは。


 何か巨大なものが、傍を通り過ぎていったから。

 だったようだ。


 海面の下に、朧気ながらに見えた。

 青白い色の、体長10メートルを大きく超える、鯨とは似ていない謎の生物がゆっくり通り過ぎていくのを……



 ★★★(北條雄二)



 俺はメチャクチャドキドキしていた。

 優子と一緒に、水着を選びに来たからだ。

 理由は今度二人で海に行こうという話になったため。


 わざわざ地元の田舎町T市でなく、電車を乗り継いでH県では都会になるK市まで出向いて買いに来た。

 K市だったらまぁ、品揃えが貧弱ってことはまぁ、無いはず。

 何かと東京を意識してる街でもあるしね。


 で。


 水着を扱ってる店に入って、さっきから優子が水着を数点試着室に持ち込んで試着してる。

 個室のカーテンの向こうで、今、優子が水着に着替えているはずだ。


 うん。

 よく見る光景だよね。ドラマとかアニメの中では。

 まさか、自分がこういうことになる日が来るとは思わなかったけど。


 しかし。


 女もののエリアに、1人で居るとなんかキツイものがあるな。

 女ものの水着を見に来て興奮している変態だと思われているんじゃないだろうか?

 そういう不安が、どうしてもしてしまう。


 長らく陰口叩かれてた身だからなぁ。

 手を出すととんでもない反撃が来ると理解してたからか。

 殴りに来たり、足を引っかけたり、モノを隠す、破壊する等の実害あるちょっかいは無かったけど。

 陰口、噂話は普通にあった。

 その二つなら反撃で殴りには来ない。そういう確信があったんだろうな。

 特に、俺が小学校でやらかした、ふざけたことを言って来たせいで俺がブチ切れ、ボコ殴りにして前歯をへし折ってしまった同級生。

 そいつ人気者で、特に女子の人気が高かったから。

 その件で、そいつが好きだった女子連中にえらい恨まれてて。今に至る。

(睨みつけて脅してきたと教師に訴えられたこともあった。そんな覚えないのに。まぁ、俺に制裁を加えるつもりでその女子、陥れようとしてたんだろ。多分)


 まぁ、今はどうでもいいけど。

 優子は俺にそんなこと言わないし、痛みも共有してくれるし。

 今は他の連中に何を言われても知るかって感じだ。


 それに。


 最近はどういうわけか、俺をだいぶディスってた連中も大人しくなってるし。

 問題ない。


 そんなことを考えていると、シャッと試着室のカーテンが開けられた。


「どうかな?」


 おお……


 カーテンを開けた優子は、ピンクと赤の花柄の、ビキニタイプの水着を着ていた。

 髪は解いて、眼鏡は外している。

 泳ぐときどうせ眼鏡はつけられない、って言って、今日はコンタクトで店に来たのだが。

 眼鏡を外すと、クールな感じになるなぁ。

 眼鏡あると大人しくて真面目な印象になるのに。


 で、俺の前で仁王立ち。


 正直、優子は身体のラインが綺麗なんで、ビキニタイプの水着は良く似合ってると思う。

 でも、ちょっと思うところが。


「すごくいいと思うけど……ビキニって、波に攫われない?」


「え?」


 ねぇよ、と内心思いつつ、そんなことを言った。


 ……本心は

 他の男に視姦されそうだな、ってのが気になっただけなんだけど。


 だってさ、あんなスラっとしたお腹だとか、キュッと縊れたウエストだとか、すべすべした太腿とか。程よく盛り上がった胸とか。

 ビキニだとよく確認できるわけで。

 あんなのをその辺の男が見たらどう思うか?


 ……絶対、視姦される。間違いなく。


 そこに思考が行った瞬間、すごく嫌な気分になったんだ。


 でもそんなことを言ったら、独占欲強くて束縛したがる男かと思われて、嫌がられるかもしれないし。

 だから、そう言った。


 ……ちょっと馬鹿なことを言ってしまったかもしれない。少し、後悔した。



 ★★★(水無月優子)



「どうかな?」


 カーテン開けて姿を見せてみました。

 雄二君に。


 すると、私に目が釘付けになってくれて。


 すごく嬉しかったです。

 いいと思ってくれてます。嬉しい。


 彼の男性としての欲望も感じますよ。

 恋人としての自尊心も満たされますね。


 海に行こうって誘ったのは私です。

 夏なのに一回も海に行かないのはやっぱ何か違うでしょ。

 折角恋人同士になれたのに。

 そう思ったんで誘いました。


 で。


 これは成功のようですね。

 この彼の興奮具合。

 大成功です。


 あぁ、本番の日が楽しみ。


 続けて他の水着も試してみて、雄二君の反応が一番良いものを当日着ましょう。

 彼がさらに私に夢中になってくれるような。


 と、思っていたら。

 彼がこんなことを言いました。


「すごくいいと思うけど……ビキニって、波に攫われない?」


「え?」


 波に攫われる?

 どゆこと?


 ……ちょっと考えました。

 で、出た結論は。



 ~~~~


 海辺で遊んでいるビキニ少女。

 彼女は楽しく遊んでいたが、そこに大波が……!!


 ざぱーん!


「キャー!」


 波をまともに頭から引っ被り、波が引いたそのとき。

 彼女はビキニのブラの部分が波に攫われて消失していること。

 自分のおっぱいを衆目に晒していることに気づき、悲鳴をあげたのだった。


 ~~~~



 ……これですね。きっと。

 結論から言うと、ありえません。

 もしそんなので流されるのがフツーに起こるなら、日本中の海でビキニ着てる女はそこらじゅうでトップレスになってます。

 ……雄二君はそんなことを本気にして、危惧したというの?


 んなわけ、ないじゃないですか。


 ということは、ビキニを着て欲しくない、って結論が先にあって、そこに話を持っていくために理由をこじつけたとみるのが正しいはず。

 この推理は正しいです。だって、雄二君、言ってしまってから微妙に後悔してる顔してますものね。


 じゃあ、何で着てほしくないのか?


 ……私にあまり肌を晒してほしくないんでしょう。不特定多数の目がある場所で。


 ……あれ?

 この結論に達した瞬間、なんだかゾクゾクしてきました。

 なんか、可愛いんですけど。

 私の旦那様。


 私の身体を、他の男に見せたくない?

 そう思ってるんですよね?

 そしてそのために、あんなツッコミどころ満載の事例を引き合いに出して、問題点を指摘したと。


 ……そんなことを言われたら、こういうしか無いじゃない。


「確かに波に攫われるかもしれないね。ビキニはやめとくことにするね」


 ……合わせることにしました。



 ★★★(河内ゆり)



 センパイ、騙されないで!!



 あの二人が海に行く相談をしているのを耳にしたので、その水着選びを見守りに来たのですが。


「すごくいいと思うけど……ビキニって、波に攫われない?」


 一般客を装って、私も店内の品物を物色しながら、私はあの男の発言を聞いていました。

 どうせあの気高かったセンパイを堕落させたタラシです。いやらしい意味に決まってます。


 発言の内容は理解不能ですが、その目的はビキニを選ぶのをやめさせたい。

 これでしょうね。


 しかし、解せません。

 ビキニの方がいいんじゃないですか?

 あのドスケベ男的には。


 だって、物陰にセンパイを引っ張り込んで、素っ裸に剥くときに楽ですよ?

 ワンピースタイプ、脱がしづらいんじゃ……


 と、そこまで考えたときです。

 ふと、視線を投げると


 ……この店、マイクロビキニも売ってることに気づきました。

 マネキンに着せてるんですよ。

 どうなってるんですか、K市。


 で、気づきました。あの男の意図に。


 ……あ、そういうことか。

 マジ、許せない。


 頭がどんどん冷えていきます。


 マイクロビキニのコーナーを物色すると、案の定、ありましたよ。

 ほとんど乳首と女の子の大事な部分しか隠せていない、とてもいやらしいワンピース水着が!

 例えるならVの字ワンピースでしょうか。

 こっちを薦めるつもりですね!?なんていやらしいんでしょうか!?


 怒りのあまり歯ぎしりが止まりません。


 センパイ!騙されないで!

 そいつ、ビキニを拒否してエロ目的でないと思わせつつ、ビキニよりいやらしい水着を着させようとしてますよ!


 そしたら


「確かに波に攫われるかもしれないね。ビキニはやめとくことにするね」


 見事にアイツに騙されています!血の気が引きます!

 センパイ!そいつの邪悪な意図に気づいてください!!



 ★★★(北條雄二)



 ……多分、気づかれたよなぁ。

 こんなアホな危険性、マジで心配してるなんて考えられないもんな。

 スッゲー恥ずかしい。

 ……堂々と「あまり露出の多い水着を着ないでくれ。他の男に見せたくない」って言った方が良かったか?

 どうなんだろう?


 ……こういうときは姉さんだな。

 帰ったら、ちょっと聞いてみるか。

 どっちの方が良かったのか?って。


 でも、優子はそんな俺の意図バレバレなこじつけめいた指摘に笑顔で同意してくれた。

 なんて優しいんだろうか。

 こういうの「当たり前だ」って思っちゃいけないよな。本当に。

 この気持ちは忘れないようにしないと。


 ……で、結局。


 優子は胸のところにフリルみたいなものがついた、水色ワンピース水着を。

 俺はオレンジ色のトランクスタイプの水着を購入。


 ……冗談だったけど、優子から黒いTバック水着を薦められたときはちょっと驚いた。

 まったく。ビックリするよな。一瞬本気かと思ったから。


「冗談だってば」


 そう言われて安心したよ。

 ……さすがにあんなの着て、浜辺歩くのきっついわ。

 どうしてもやってくれ、っていうのなら考えなくも無いけどさ。

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