UGNとFHが海で出会う話
XX
第1話 新しい支部長来襲
★★★(北條雄二)
「雄二君!あと1発イケるよね!」
興奮しながら優子が隣でそう言ってくる。
握り拳を上下に振りながら。
そんなことを言われたら、ヤルしかないよ。
彼女の期待は裏切れない。
あんなに期待に目を輝かせて、頬を紅潮させ、何か欲情しているような色っぽい表情。
そんな顔で、お願いされたら。
ベンチに横たわった俺は自分を奮い立たせた。
自分の全細胞に全力を尽くせと命令する。
身体はだいぶ悲鳴をあげてるんだけど。
しかし、やるしかない。
呻き声に似た声をあげつつ、俺は大胸筋に力を込めた。
……ベンチプレス110キロ。
かなりキツイけど。
10レップ目、挑戦します。
★★★(水無月優子)
まったく。私の旦那様はすごいです。
すごい逸材です。
無訓練で、いきなり自分の体重の重さ+10キロが10レップ3セットいけたんですもの。
試してもらったとき「嘘だ……」って思いましたよ。
その後、1週間に2.5キロずつ負荷が上昇し、今110キロ。
1RMは130キロオーバー狙えるんでしょうか?
元々筋肉質でしたけど、どんどん育っていく旦那様の身体……
今、彼は上は黒のTシャツで、下がジャージなんですけど。
Tシャツを押し上げる胸板の分厚さと来たら。
はぁ、ステキです……。
こんな人が私の旦那様だなんて、私は本当に幸せ者です。
「すごい!すごいよ雄二君!!さすがだよ!!」
ずっと見守っていました。
私は彼が110キロのバーベルを10回3セット上げるのを。
上タンクトップ、下ジャージというトレーニングウェア姿で、手にクリップボードとボールペンを持ちながら。
私はクリップボードに貼り付けた用紙に、今の結果を書きつけて、彼を誉めました。掛けている眼鏡の位置を直した後に。
男性は誉めて伸ばさないと。
ベンチの上でバーベルをフックに戻し、身を起こして。
汗をかきながら息を整えている雄二君にそっと近づき、タオルで彼の頬や首筋の汗を拭きながら、私は彼に言いました。
「intend」
「意図する、するつもり」
「expect」
「期待する、予期する」
「project」
「計画する、投射する、突き出る」
雄二君、淀みなく答えてくれます。
よし。覚えてますね。
次、行きましょうか。
……暗記物って、暗記と復唱の間に関係ないものを挟むと効果的なんですよね。
身体を鍛えながら、成績も上げられる。
一石二鳥ですよ。
……ああ幸せ……ずっとこうしていたい……。
★★★(北條雄二)
実は、優子とのデートはほとんどこんな感じなんだよね。
いや、これ、一般的にデートとは呼べないのでは?
そう思わないでもないが、彼女が喜んでくれるし、だったらそれでいいかなぁ、なんて。
休日くらいかな。
一緒に外に出かけるの。
大体がこんな感じ。
UGN・T市支部に備え付けられてる、実質貸し切り状態のマシンジムを私物化し。
二人でトレーニングに励みながら勉強する。
……彼女、元々UGNエリート部隊の隊員で。
任務で失敗したから、こんなド田舎のT市の支部に左遷されてきたんだけど。
元エリートだけあって、すごく優秀。
聞けば、ミス自体も不幸なやらかし?みたいなもんだったみたいだし。
正直ね、彼女と付き合う切っ掛けになる事件が起きる前は、他人の成績なんて気にしてなかったから知らなかったんだけど。
優子、学年1位なんだよな。何気に。
付き合うようになって貼り出されてるテストの順位を何気に見たら、1位のところに「水無月優子」って書かれてて、ビビった。
うわ、俺の彼女、オーヴァードとして優秀なだけでなく、テストの成績も良かったのか!?と。
で、俺はそんな彼女に勉強を見てもらいながら延々身体を鍛えているんだけど。
おかげさんで、優子とこういう関係になる前より成績が50番台で上がった。
正直、ここまで自分がやれるとは思ってなかったのもあり、結果が出たときは感動を覚えたもんだ。
まぁ、辛くないのかと言われると辛いけど。
クリアすると彼女が喜んでくれるし、ただ頑張るだけでこんなに喜んでくれるなら、楽なもんじゃないか。
プレゼントや甘い言葉で関心を引かなくても、俺がこう、ただ頑張るだけでいいんだから。
つーわけで、俺はこういうデートの内容で文句を言ったことはただの一度も無い。
……まぁ、デートプランを立てたこと自体が無いんだけどさ。
今のところ、全部彼女任せだから。
それだけは、正直どうしても情けないけど。
「次は化学!化学物質の化学式と物性を覚えようね!」
さっきは英単語を10個暗記させられたが、今度は化学か。
汗を拭いてもらって、水を渡してもらった後。
優子は布鞄をごそごそやって、化学式を書き連ねた単語帳?を差し出してきた。
……覚えるの、化学物質だから、単語帳って言うのは変だよね。でもしょうがない。
「インターバルの間に覚えてね!」
ニコニコー!
有無を言わせぬ満面の笑顔。
……こんな笑顔で笑いかけられたら、逆らえないよねぇ。
苦笑しながら、俺は差し出されたものを覚えようとして……
そのとき。
「こんにちはー!!!」
突如。
二人だけでの空間だったUGNマシンジムに。
見知らぬ訪問者が訪れた。
見たことも無い、小柄な少女だった。
★★★(水無月優子)
「こんにちはー!!」
その声を聞いたとき、ビックリしました。
懐かしい声です。ナマで聞いたのは。
およそ1年ぶりですか。
「ゆりちゃん……!」
小柄で、髪の毛某女政治家みたいなショート。
可愛らしい女の子。
そんな子が、マシンジムの入り口で立っていました。
私たちの学校の、制服姿で。
河内ゆり。
私の、元同僚です。
左遷されてからも、電話やメールで連絡とってましたけど。
ナマで会うのはホント久しぶりですよ。
「お久しぶりです!センパイ!」
ニッコニコでゆりちゃん。
「……この辺で何かあったの?」
ちょっと、嫌な予感が過りました。
何かあったから、応援と言う意味で派遣されてきたのかも……!
もしそうなら、またここが危険に晒される……!
私たちのパラダイスなのに。この田舎町!
すると、ゆりちゃんはこう言いました。
「いえ、何も無いですよ。今日からここの支部長になるんです。私」
「へ?」
……我ながら、ちょっと間抜けな声を出してしまいましたよ。
予想もしない言葉だったから。
★★★(河内ゆり)
来ちゃいましたよ。センパイ。
まだ卵子は無事ですか?
私は、マシンジムのフリーウエイトコーナーで、ベンチでイチャコラしている二人に向かって「こんにちは」と挨拶をしました。
センパイが通ってる高校の制服に身を包みながら。
実年齢は中2の私ですが、同じ学校の方が都合が良いですからね。
私も同じ学校に通うことにしたんです。
勉強に関しては全然問題ありません。だって、私ノイマンシンドロームを発症してますから。
脳神経機能を異常強化するシンドロームの。
高校の勉強なんて、余裕です。
センパイはとても驚いていました。
それはそうですよね。全く連絡入れてませんでしたし。
1年ぶりに見るセンパイ。
何も変わって無いです。
丸眼鏡の良く似合うその美貌も。三つ編みを結ったその長い髪も。
鍛えられてすっきりしているそのプロポーションも。
違っているのは、悪い男に引っかかってしまったことだけ……
「ゆりちゃん……!」
あー、はいはい。
声が処女膜から出てますね。ということは、卵子は無事ですね。
間に合いました。
私はノイマン/ハヌマーンのクロスブリード。
ハヌマーンは速度と振動を操るシンドロームで、発症者は超高速の動作、音の異常知覚、音の操作ができるようになるんです。
そんなハヌマーンの耳を持ち、加えてノイマンである私には、女性の声が処女膜から出てるかどうか判別することなんて余裕なのです。
良かった。
間に合った。
最悪、センパイの声がじゅじゅさんのような処女膜から出ていない声に声変わりしていることも覚悟してましたよ。
でも、違いました。センパイ、身持ちが固かったんですね。
センパイは、何故私がここに居るのかが不可解で、色々深読みされたみたいです。
ひょっとしたら、何かここでとんでもないことが起きたんじゃないのか?と。
まぁ、それは違いますから説明しておきます。
ここの元支部長を沖ノ鳥島支部に左遷して、代わりに後任で私が来たんだってことを。
「えっと」
そのとき。
センパイの傍に居た男が口を挟んで来ました。
「この子、優子の知り合い?」
……こいつかぁぁぁっ!?
センパイを堕落させた悪の男はぁぁぁ!?
敵意をもって凝視して……おや?
想像してた、チャラ男とは違いますよ?
ヤンキーっぽくもないですし。
髪の毛、短く刈り込んでて。染めてません。
体格はかなりいいですね。
筋肉がすごいことになっています。
ガチムチです。ほとんど鎧状態。
顔は……うーん。
ブサイクでは無いですね。目が細くて、鼻が高くて。
ちょっとゴツゴツしてます。
まぁ、フツー?
素朴な顔が乗っかった、ゴリマッチョ気味の男子。
それが彼の印象でした。
……こんなのが、センパイを篭絡?
うーん……。
うん。でも。
人は見かけによらないと言いますし。
ひょっとしたら、歯の浮くような口説き文句で、センパイを誑し込んだのかもしれませんし。
センパイ、私が知る限り彼氏居たこと無いですし!免疫無いもんね!男に!
★★★(北條雄二)
……一瞬、すごい目で睨まれた気がしたけど、気のせいだよな?
いきなりやってきたこの子……どうも優子の知り合いらしいんだけど。
えっと、名前は……
「ゆりちゃんだっけ?」
年下に見えたから、思わずそんな風に言ってしまった。聞いたまんまで。
すると
「河内ゆりです。はじめまして」
張り付いたみたいな笑顔でそう言われた。
おっと。
そりゃそうだよな。いきなり下の名前で呼ばれるの、そりゃ嫌だよな。
馴れ馴れしすぎる。
「悪かった。河内さん」
頭を下げる。
★★★(河内ゆり)
今、確信しました。
このフツメンゴリマッチョ風味、隠れタラシです!
いきなり私を「ゆりちゃん」なんて呼んできました!
男性に免疫が無いセンパイを、そうやって篭絡したんですね!?
許せない!
顔にその怒りが出ないように注意しました。
センパイは今、恋に狂ってる状態。
ここで敵意を剥き出しにして、センパイの説得を失敗したら元も子もないですから。
「ゆりちゃん、紹介するね」
そんな私の気持ちを知らずに、センパイは私にこの男を紹介しました。
「私の恋人で、イリーガルエージェントも引き受けてくれてる北條雄二君」
「よ、よろしく」
……わざとらしい!
何か緊張しているみたいに見えます。
でも、これは擬態です。そうに決まってます。
その純朴ぶりで純情な女を騙して、喰いまくってるんでしょ!?
例えばセンパイみたいな!
私にはわかります!
★★★(北條雄二)
やっぱこの子、俺に怒ってる気がする。
顔、笑ってるけど、なんか、声に棘がある。
(なぁ)
優子に小声で呼びかけた。
くるり。とベンチに座ったまま後ろを向いて、誘導。
このまま喋ると口の動きで悟られちゃいそうだし。
で。
呼びかけに気づいてくれた優子が寄ってきてくれて。
(なに?)
小声で返してくれる。
(あの子、俺に対して怒ってる気がするんだけど、何か俺、やった?)
優子、そういうとちょっと複雑そうな顔をして。
(心当たりはあるかな。でも、許してあげて。どうしようもないことかもしれないし。ちょっと理由は言えないんだけどね。雄二君にでも)
俺にでも言えない事……つまり、あの子の個人情報に関わる内容ってことなのかな?
いくら友達でも、個人情報を無闇矢鱈にべらべら喋るなんてありえないし。
親しき仲にも礼儀あり、だよな。
(分かった)
(あ、それと……)
あの子、ハヌマーンシンドローム発症してるから、耳、かなり良いよ。
ひそひそ話しても、全部聞こえてると踏んだ方がいいよ。
そんな、優子の言葉に戦慄。
……マジか?
★★★(河内ゆり)
センパイ……やっぱり優しいです。
義理固くて、口も堅い……
私が、同性愛者だってこと、黙っててくれました。
もう、とっくに諦めた恋心ですけどね。
センパイが言う、心当たり。
それしか思い当たりませんし。
でも、センパイは言わなかった。
それは軽々しく言っては駄目だ、って判断してくれたんです。
なんて、良い人。
だからこそ、センパイには幸せになって欲しいんですよ。
女として、男に喰われてしまうのは我慢ならないんです!
もっと誠実で、立派な男なら……
(ジャラ……)
ん……?
……気のせいでしょうか?
センパイに促されて、ベンチから離れるあの男の首に。
一瞬、首輪が見えました。
そこから鎖が伸びていて……
それを握ってるのが、センパイに見えました。
うん。気のせいですよね。
そんな意味不明の幻覚を見るなんて。
そんなに、ショックだったんでしょうか。私は。
……センパイが、男にのぼせ上がって周りが見えなくなってることに。
そんな弱い心じゃ、センパイは守れない……
もっと、しっかりしないと……!!
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