1ー4
『夜が明けた』というのは言い過ぎだろうか。でも、眩しかった、とか、明るかった、って表現では足りない気がしたんだ。そのすぐ後に、ドドドンという連続した爆発音が空気を揺らして、ぼくの耳に飛び込んでくる。
「……っ!」
声にならない叫びが喉の奥から飛び出した。花火を全身で浴びて、それに呼応するみたいにぼくの心臓は大きく脈打って、縛り付けていた糸がばらばらになって消えていくのを感じる。心の中のモヤモヤが、たった一回の花火でたちまち消え去った。いや、消え去ったというより、爆発して吹き飛んだ、みたいなそんな爽快感。
静かで、暗くて、吸い込まれてしまいそうな宇宙の色、青さの抜けた漆黒の空。ぼくは芸術なんて分からないけれど、雲なんて一つもなくて散りばめられた星が慎ましく光っているその空模様は、きっと『調和が取れている』だとか『完成された』みたいな言葉が相応しいようなそんな夜空なんだと思う。それを全てぶち壊して、幼稚園児が描いたみたいな色彩を撒き散らして、引き裂くような爆発音を轟かせて、なんでそんな堂々とできるんだ、なんでそんな綺麗でいられるんだ、ああ、また次の花火があがる、次はどんな模様かな、次は何色だろう、ああ、ああ。
多摩川で、例年のように花火があがった。たった、それだけの事実が。
ぼくは、恥ずかしいくらいに花火に釘付けになっていた。急に苦しくなって、何かと思えば少し呼吸をするのを忘れていたらしい。
大輪が花開く瞬間と、バン、バン、という心臓を揺るがす音がコンマ数秒ズレているのが妙に心地いい。目に映る花火と耳に入ってくる花火、どっちが現実なんだろう。いやもしかしたら、現実なんてのはそんなかっちりしたものではなくて、もっとふわふわした掴み所のない存在なんじゃないか、とかそんなことを思った。いや、思った、というよりぼくは刹那的にそう感じたんだ。なにせ、そんな思考を挟む隙なんて一瞬たりともなく、眼前で繰り広げられる光景にただ、ただ、圧倒されていたんだから。
カップルたちの一切の雑音も周りの景色も、南の空で打ち上がる花火以外の全ての情報を頭が拒絶した。世界はぼくと花火だけだった。
青、赤、黄、緑。紫、橙、金、銀。雲ひとつ無いひたすらに真っ暗な空と、まさしく対照的でカラフルな光の洪水。時間を忘れて見惚れていたショウも、ついにクライマックスを迎えるようだった。
ファンファーレのように小刻みに小さめの花火が数十発上がる。そして、ほんの少しの静寂の後に。数千、数万発と打ち上がった花火の最後を飾る巨大な花火。これでもかと言わんばかりに空を覆う壮観な大輪。その圧倒的な迫力に心が奪われたその瞬間。雷に撃たれたような衝撃の中で。
ぼくは、イオナズンを覚えた。
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