海水立夏は貰いたい。

 ――彼女から誕生日プレゼントを貰いたい。

 中学の時からずっと思っていた事だ。彼女からプレゼントを貰ったり、逆に上げたりしているところを何度も目撃してそんな気持ちになっていた。けど、俺はプレゼントを貰うどころか彼女なんて出来なかった。

 だから、彼女からプレゼントを貰うというのは永遠の夢なんだって思っていた。

 ――そう、ゾンビの彼女と付き合うまで。


 ――放課後、俺は旧校舎の空き教室に佇んでいた。電灯がつかない教室に夕焼けが差し込んでとても眩しい。


「――『放課後、告白した空き教室に来て。玲愛』」


 玲愛からの手紙を読んだ後、ソワソワしながら彼女を待っていた。玲愛の奴、ここに呼び出すなんて一体何を考えているんだろう……?


「海水くん!」と呼ばれたのでドアの方向へ視線を向くと、息を乱した玲愛がやってきた。


「ご、ごめん! 探し物があって時間が掛かっちゃった……待った?」

「ううん、俺も今着たところ」

「そ、そう? よかったぁ……」


 玲愛は安堵の表情を浮かべた後、教室に入ってきた。


「――ッ!?」


 その時、俺の脳裏にふと出会った時の恐怖を思い出して一歩後ろに下がった。


(な、何なんだ……? 体が勝手に――?)

「――どうしたの? 一歩下がって」

「あ、いや……何でもない」


 なにビビっているんだ……今の彼女はゾンビメイクしている。出会った時とは違う普通の美少女だ。


「あの時――告白した時の事、思い出しちゃった?」


 ふふっと微笑みながら、図星を突かれた質問をしてきた。


「――うん。その――君が教室に強行突破した時の光景が、フラッシュバックしたみたいで」


 なんて、ぽりぽりと頬を掻きながら答えた。


「強行突破とは何よ! あの時は勝手にドアが倒れたのよ!」

「えーそうかな? 俺の視点では強行突破してきたとだけどなぁ……?」

「違うよ! ドアが勝手に外れたの! これ以上いちゃもん付けるなら、噛み殺すよ?」


 ぎろりと鋭い目つきと牙をちらつかせながら、脅してきた。


「はい、すいません……玲愛さん」と謝った。


 噛み殺されるのは勘弁願いたいわ。だって、ゾンビにはなりたくないんでね!


「よろしい!」と、威張っていた。何かムカつくな……。

「まあ、それはいいとして――その、玲愛。この教室に呼び出して、な、何の用かなぁ……?」


 俺はプルプルと震えた手で例の手紙を見せて質問する。一体何の用なんだろう……?


「――あ、あぁ……そ、それ? そ、それじゃ……その……」


 それを聞いた玲愛は頬を紅潮させて、もじもじと落ち着かない様子で俺を見つめていた。


(え……な、何なの? なんで頬を赤くしているの?)

「あ、あの……海水くん! きょ、今日――誕生日だよね?」

「――う、うん。そ、そうだよ」

「えっとぉ……うぅぅぅ!! 海水くん、誕生日おめでとう!!


 恥ずかしい気持ちを吹き飛ばすような大声で、玲愛はスカートのポケットからラッピング袋を俺に差し出した。


「――れ、玲愛」


 彼女の名前を呟いた後、ラッピング袋を手に取った。こ、これ……これって!


「……あ、開けてもいい?」


「う、うん……いいよ」


 がさがさとラッピング袋を開けると、お守り袋と直筆の手紙が入っていた。


「こ、これは……?」

「誕生石――お守り袋の中に海水くんの誕生月の石が入っているの」


 もじもじと恥ずかしそうに玲愛は説明する。


「誕生石……七月の石ってなんだろう?」

「ルビーよ」

「る……ルビー!?」


 ルビーって宝石の中では最高級の部類に入る代物でしょ!? な、何で玲愛がこんな最高級の宝石をプレゼントして……!?


「言っておくけど、そのルビーは高く無いやつだからね!」

「そ、そうなんだ……」と小声で呟いた。


 びっくりしたぁ……まあ、そうだよね。高校生で高級ルビーを誕生日プレゼントにする人なんて居ないだろ……。なんて思いながら、お守り袋を見つめた。


(そう言えば、一緒に入っていた手紙は何が書いてあるんだろう?)


 ゴソゴソと袋から二つ折りの手紙を取り出す。


「どれどれ――」


 二つ折りの手紙を広げて中身を読み始めた。


『立夏君、誕生日おめでとう! (二、三行ほど何か書いていたが、修正液で文字が消されている)こ、これからも一緒に学校生活を送って行こうね! 倉宮玲愛より』


 俺は手紙を読んだ後、今までにない嬉しい感情が沸き上がった。


(……中学の時なんて、これは夢だと思っていたのに。彼女ができて……誕生日プレゼントを貰って、手紙までくれて……)


「あれ……?」


 目が潤み始め、ぽたぽたと雫がお祝いの手紙の上に落ちていく。


「ど、どうしたの!? な、涙流して……」

「……いや、ちょっと……嬉しくて……うぅ……」


 止まらない……涙が止まらない……。夢が叶って、うれし涙が止まらない……。


「――海水くん。顔上げて」


 俺は顔を上げると、玲愛は持っていたハンカチで涙をふき取っていた。


「もう……顔がぐしゃぐしゃになっているわよ」

「だって……だって俺、彼女からプレゼントを貰う事なんて生まれて初めてで……それで嬉しくて。うぅ……」

「そうだったんだ……」

「うん……。ありがとう……玲愛。誕生日プレゼント、大切にするよ!」


 涙を拭い、玲愛の手を握ってそう言った。同時にボンと彼女は頬を赤くなった。


「――ふぇっ!? あ、うん! た、大切にしてね!」

「おう! 本当にありがとうな!」と言って、彼女の頭を優しく撫でた。


 その時――ガタガタと教室のドアが揺れている音が聞こえた。風で揺れているのかな……?


「――ょっと押さないでよ! バレちゃうじゃない!」

「見えねぇんだよ……! もう少ししゃがめよ!」

「仕方が無いじゃない! 旧校舎は窓が小さいんだからぁぁ!」


 教室の外から男女の声が聞こえた。一体誰なんだろうとドアを開けて確認する。


「きゃっ!?」

「うわぁッ!?」


 雪菜と俺の友達の誠一がバランスを崩して、バタンと教室に倒れ込んだ。


「何しているの……お前ら」と、呆れた様子で二人を見つめる。

「えっ!? ゆ、ゆっきー!?」と玲愛は驚いていた。


「あはははぁ~よ、よう! れーちゃん! 彼氏クンに誕生日プレゼント、渡せたかい?」

「渡せたかい……じゃないわ! ゆっきぃぃぃぃぃぃぃ! い、いつ! 何時から聞いていたの!?」


 玲愛は雪菜を揺さぶって問いただしていた。


「おい、誠一。怒らないから教えろ……いつから覗いていた?」


 俺は彼女たちと少し離れた場所で、誠一に耳打ちして質問する。


「俺は誕生日プレゼント渡す瞬間から……ご、ごめん」

「あぁ……そう」


(あぁ……見られた! 友達にも見せた事の無い泣き姿を玲愛以外の人に見られた!)


 なんて、友達に涙を見られた事に恥ずかしい感情が一気に沸き上がってしまった。


「うにゃにゃぁぁぁ~れーちゃん~! ゆ、揺さぶらないでぇぇぇ!! おぼろろろろ……!?」

「教えろぉ! 何時から覗いていたぁぁ!! 教えるまで揺さぶり続けるわぁぁ!!」




 ――こうして、付き合って初めて迎える誕生日はとんでもないハプニングで終わりを迎えたのであった。

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