倉宮玲愛は留学生に嫉妬する 後編 玲愛side

 ――席替えを終えた後、初めての休み時間になり、私は次の授業で使う教科書とノートを取り出して準備していた。


「玲愛……また席が隣でよかったな」


 後ろの席から、私の肩をポンポンと叩く立夏君がそう言った。


「う、うん……そうだね」と答えた。


 今回の席替えの結果、私たちは窓側から廊下側の方へ移動となった。ま、まぁ……今回も立夏君と隣になれてよかった。ただ……今回の席は立夏君の横隣りではなく後ろ隣りの方だけどね。前回とは違った形で過ごす事になるけど、立夏君が近くに居る事に安堵の表情を浮かべていた。


「ハーイ!」と、立夏君の横隣りになったエレンが割り込んできた。


 彼女は先ほどまでずっとクラスメイト達の「何処の国から来たの?」や「なぜ日本語上手いの」などの質問に攻められていたのに、疲れた表情を全く見せず天真爛漫な笑顔を見せていた。なんでこんなに元気でいられるんだろう……私なら質問攻めにあうと絶対ぐったりしちゃいそうだよ……。


「初めまして! えっとマイネームイズ……?」と、エレンは私たちに問うてきた。


「あぁ……俺は海水立夏、彼女は倉宮玲愛」と、立夏君は私の名前まで答えてくれた。サンキュー立夏君!


「オオー! リッカ、レア! これからもよろしくデース!」


「よ、よろしく……エレンさん」と、エレンのテンションの高さに追い付けない立夏君が小声で挨拶していた。私は普通に「エレンちゃん、宜しくね」と挨拶をした。


「よろしくデース! あと、エレンって呼び捨てでオーケーデース!」


「そ、そう……それじゃ、エレン。改めてよろしく……」


「よろしくデース!」と言って、突然立夏君をハグしていた。


(なななな、何をしているんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! なにも躊躇いもせずにハグしてくるだとぉぉぉぉぉ!?)


 私は二人がハグしている光景に驚き、同時に嫉妬していた。


(だってそうでしょ……私、立夏君と一度もハグしてもらった事無いんだもぉぉぉぉん!! 躊躇っちゃうもーん!! 私なら躊躇うはずのハグを簡単にやってのけるエレン……もといクソアマがぁ……!)


 なんて怨嗟じみた事を心の中で呟き、ギリギリ……と歯ぎしりして二人を見つめる。


「ちょ……エレン、きょ、急にハグは……」


「オー、ソーリー! イギリスの挨拶をしてしまいまシタ! 日本ではアクシュですよね!」


「あ、挨拶……だったのか――その、よろしく」


 エレンは立夏君に対して急に抱きしめた事に謝った後、彼と日本流の挨拶――握手を交わした。


(な、なんだぁ……あ、挨拶だったのか……。そ、そう言えば、海外の挨拶でハグする習慣があったっけ……すっかり忘れていたわ)


 私は好意のハグではなく海外の挨拶だという事を思い出し、安堵の表情を浮かべていた。よかったぁ……好意を寄せるハグだったら、噛んでゾンビにしてやろうと思ったわ。


「よろしくデース! レアも、よろしくデース!」


「よ、よろしく……エレン」


 エレンが手を差し伸べたので、私も手を出して握手を交わした。彼女の手……すべすべして柔らかい……ちょっと握ると潰れてしまいそうな華奢な手だ。


「そう言えば、エレンってコースは何処なの?」


「コース……デスか?」


「ここの学校、進学理系、進学文系、地域環境 (理系)、地域活性 (文系)、福祉のコースがあるんだよ。俺は進学文系のコース、玲愛は進学理系のコースを選んでいるんだ」


「コース……オー思い出しました! 私、リッカと同じ進学文系のコースデース!」


 な、なにぃぃぃ……と内心で呟くと同時に、頭に錘が圧し掛かるような衝撃が走った。


(エレンが立夏君と同じ進学文系のコースだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! なんでぇぇぇ……なんで進学系のコースなんだよぉぉ! しかも立夏君と同じ文系コース……だとぉぉぉ!? 何考えているんだよ、このクソアマ……! 留学生なら地域コースのどれかを選ぶはずでしょぉぉぉぉぉ!? それなら進学校でもよかったんじゃないィィィィ!?)


 エレンのコース選択に対して、愚痴を内心でぶつぶつと呟く私であった。


「……そろそろ授業の時間デース! リッカ、教室へ一緒に行きましょう!」


「お、おう……そうだな。それじゃ玲愛、また後でな!」と言って、立夏君とエレンは教室を出て行った。


「むすぅ……彼氏をとられた気分――」


 ヤキモチを焼いたような複雑な気持ちになりながら、次の授業を受ける教室へ向かったのであった。



 ▽



 ――昼休みの時間がやってきた。今日は生物の豚の目の解剖があって器具の片づけをしていたせいで、十分ぐらい遅れて教室へ向かう。


「くんくん……うぇ……しっかり石鹸で洗ったのに豚の目の生臭さが残っている……防水スプレーでコーティングした手に生臭さが付いちゃったのかな……? 時間があったらゾンビメイク塗り直そ」


 素手でやるんじゃなかった……と深いため息をついて教室に入ると、私は衝撃的な光景を目の当たりするのであった。


「リッカ! 私の手作りの唐揚げ、美味しいデスカ?」


「うん、美味いぜ。いやースゲーな……何個でも食べたくなるわ、この唐揚げ」


 ちょ……立夏君――私を差し置いてなんでエレンと一緒に昼食を取っているの!? 彼の隣は私のポジションなの! それを勝手に取るんじゃないわッ!!


「ふふふ……ありがとう、リッカ」と微笑みながら、モグモグと唐揚げを頬張る立夏君を見つめていた。


(エレンの奴――立夏君に何をしたのよ……! まさか、二時間の授業の間に一緒に弁当を食べようって言う程立夏君の絆を深めたってわけぇ!? 私なんて一緒に昼食しようって言うのに1年以上かかったのにィィィィ!! このクソアマ……立夏君を独占しようというのですか? 貴方がそう考えるなら……ゾンビニナッテモイイッテ事デスヨネ……!)


 うぐぐぐ……と小さく呻き声を上げてエレンに近づく。ごごご……とマンガで出てくる擬音みたいに怪しげなオーラを醸し出しながら、彼女の頸動脈を噛みつき――


「玲愛、授業お疲れ! 一緒に食べようぜ!」と、後ろを振り向いた立夏君が誘ってきた。


「う、うん……食べよ! 私お腹すいちゃって……」


 立夏君の声で瞬時に理性を取り戻し、カバンから弁当箱を取り出して椅子を後ろ向きにして座った。


(お、落ち着くのよ……私。二人は普通に昼食をしているだけじゃない。「ダーリン、あーん……」みたいにラブラブで食べているわけじゃないのよ……!)


 なんて考えながら弁当箱を開く。今日の弁当の中身はたこさんウインナーと卵焼き、ポテトサラダ、炊き込みおにぎりだ。


「お……! 玲愛の弁当、今日はたこさんウインナー入っているね。一個だけ食べてもいいかな?」と、私の弁当を眺めた立夏君がそう言った。まあ、ウインナー一個ぐらいなら……いいかな?


「――いいよ、海水くん。あーんして」


 たこさんウインナーを箸で取り、立夏君の口へ運んだ。


「あーん……もぐもぐ……今日の弁当も最高だぜ、玲愛。後で大好きな抹茶オレ奢ってあげる!」


「ありがとう、海水くん」と微笑んだ後、弁当を食べ始めた。


「二人ともラブラブデスね! もしかして、付き合ってイマスカ?」と、エレンは微笑みながら質問した。


「そう、私たち付き合っているの! チョーラブラブなの~~!」と、キャラ崩壊レベルに匹敵するほどハイテンションに答えた。こんな天真爛漫な金髪美少女に立夏君を渡すものか! 私は一カ月前から付き合っているんだよって堂々とアピールしてやる! そうすれば取られることは無いね!


「ちょ、玲愛……ハイテンションで言うな……! 声に反応した友達の視線が痛い……」


「ふぇッ!?」と声を上げて周りを見回すと、ジーっと私たちを見つめていた。


「う……ふふふふ、失礼しましたぁ……」と笑いながら誤魔化す。そして何事も無かったようにクラスメイト達は自分たちの世界へ帰っていった。


「あはははは! リッカ、貴方のガールフレンド面白いデスネ!」と、苦笑するエレン。何よ面白いって……馬鹿にしているの?


「はは……普段は物静かで真面目な人だけど、俺だけは普段見せない可愛いとこ――ふげぇぇぇぇ~~?」


「海水くぅ~~ん? 余計な事、言わないでねぇ~~?」


 余計な事を口走ろうとした立夏君に、むぎゅーっと頬を抓った。


「す、すいばふぇんすいません……れふぁ玲愛……」



「よろしい、海水くん」と言って手を離す。するとクスクスとエレンがまた笑い始めていた。


(だから何なの……その笑い方、バカにしているの?)


 さっきから笑っているエレンに対して、獲物を狙う鳥の如くキッと睨みつける。


「アッ……ソ、ソーリーレア。私は貴方の事をバカにして笑っているわけではないデース! 貴方達を見ていると……その、羨ましいなーって思ったの……」


「え……? 羨ましい?」と、私はオウム返しに言う。


「うん……私の学校はこうやって男女混合で一緒に食べる機会が無いし、スマホは夜以外使用禁止だし、毎朝礼拝をしなきゃいけないし……色々めんどくさいのよ。それに比べてここの学校はうちの学校と真逆だから、すごく羨ましいの。私もリッカみたいな人と恋して一緒に昼食したいって……」


 エレンはしみじみと語り始めていた。そうなんだ……エレンの学校って有名なお嬢様学校だったんだ。話を聞く限りでは、よっぽど自由のない学校生活を送っていたんだ。なるほど……さっき微笑んだ理由はそれだったのか、よかった……馬鹿にして言うわけじゃないんだ。


「リッカ、唐揚げの感想ありがとうネ!」と言って席を立った。


「エレン? 昼ご飯の途中なのに何処に行くの?」と、立夏君はエレンに問う。


「私、これからお仕事があるので今日はもう帰りマース!」


「え、早退するの? 仕事?」


「ハイ! 私、学校近くのキリスト教の聖堂のシスターをやっているんです。本当なら放課後に予定入れるつもりでしたが、手違いが起こってお昼からお仕事しなければならなくなっちゃいました」


「「はぁ……」」と、私と立夏君の声がハモった。


「それじゃ、私はこれで失礼しマース! リッカ、レア! ごきげんよう!」と、言ってドビューンと全速力で帰っていった。


「「ご、ごきげんよう……」」と、遅れながらエレンにバイバイした。


「い、一体なんなの……あの留学生……」と立夏君に目線を合わせて言う。


「さあ……?」


「――ねえ、海水くん。あのクソア――エレンに何もされなかったよね?」


「んにゃ……何もされていないけど? 彼女にノートの取り方を教えていたとか、教室の場所の案内とかしただけだよ」


「ふ~ん……」と頷く。よくよく考えてみると、立夏君は嘘をついているような人じゃないって知っているじゃん! 恋人は彼氏の言葉を信じなきゃダメだよね!


「――ん? うげぇぇ! もうこんな時間!? 次の授業水泳やぁぁん!!」


 時計を見た立夏君が慌ててツナマヨおにぎりを突っ込んで、水泳道具一式を手に持ってプールへ向かって行った。


「うそ!? もうこんな時間!? 次の時間、私も体育の時間じゃん!」


 立夏君の驚きの声と同時に私も時計を見ると、13時20分になっていた。次の時間は体育――立夏君と同じく水泳の授業を受ける日だ。


「うぎゃぁぁぁ! やばぁぁぁい!!」と、立夏君と同様に慌てて弁当箱を片付けて、水泳道具一式を手に持ってプールへ向かった。


「結局時間切れのオチで締めくくりかよぉ~~!」と、嘆く私であった。




 ――余談だが、翌日エレンは先生に報告せず無断早退したとして、反省レポートを涙ながらに書いていたらしい。

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