ドキドキお泊まり 後編 ※

「うげぇ……こ、コスプレなんて二度とやりたくない」


 玲愛のコスプレオーダーの対応に疲れ、ばたりと床に倒れ込んで呟いた。


(マジで何なんだよ……。メイドコスプレで終わりにしようって言ったのに、ナースとかチャイナドレスとかブルマとか……! あぁ……めっちゃ恥ずかった)


「うぐぐ……くっそぉ! SDカードの容量が少ないなんてぇ……! 容量確保のために重複写真は削除しなきゃ!」


 ブツブツと呟きながら、重複写真を削除する玲愛。それに対してほっ……と安堵の溜息を溢した。


「ふわぁぁぁ……」


 なんて玲愛は口を大きく開いて欠伸をした。


「玲愛、大きな欠伸したけど眠いのか?」

「まぁ……うん」


 こくりと頷いて、トローン……と眠たそうな目蓋を擦って目を覚まさせていた。


「……思ったけど、ゾンビって普通眠らないんじゃなかったっけ?」


 ふと疑問に思った事を玲愛に質問する。ゾンビって死んでいるんだし、睡眠しなくても平気だと思うんだが。


「普通はね……私はゾンビでも眠くなりやすい体質なのよ……ふわぁぁぁ……」

「そ、そうなんだ……ゾンビの体質ってよくわからん……」

「ゾンビは不可解な事が多いのよ。立夏君、布団敷くからちょっと退いてくれる?」


 おう……頷いて、俺は布団敷くのを邪魔しないように台所の方に向かった。

「さて……もう一枚布団あるかなぁ……?」


 なんて鼻歌を奏でながら、お客さん用の布団があるか確認していた。


「あった、よっこらしょ……」


 重い布団を押し入れから取り出し、床に敷き始めた。それが終わると、もう一枚の布団を取り出して敷く。てきぱきと綺麗な敷き方だった。まるで旅館スタッフが敷いたような布団に似ているなぁ……。


「海水くん、布団の準備できたよ」

「うん、ありがとう玲愛」


 布団を敷いてくれたお礼を言った後、俺は布団の中に潜り込んだ。


「海水くん、寝る前にメイク落とさないと肌荒れしちゃうよ」

「え、マジ?」

「うん、マジ。洗顔クレンジング、台所にあるから使っていいからね」

「お、おう……サンキューな」


 そう言った後、俺は布団から出て台所に向かった。


(クレンジングオイルは……あった)


 台所の棚の上にあったクレンジングオイルをコットンに滲み込ませる。そしてペタペタと顔全体のメイクを落とす。ある程度メイク落として、バシャバシャと水で一気に洗った。


「ふぅ……スッキリしたぁ~~」


 温泉上がりのお客さんが言いそうなセリフを呟きながら布団に戻る。すると、台所に向かう玲愛とすれ違った。


「玲愛、歯磨きするのか?」


 なんて玲愛に何気ない質問をする。


「んにゃ、ゾンビメイクを落とすの。台所使うから、ちょっと退いて」

「あ、あぁ……」

「言っておくけど、こっち見るんじゃないわよ! 全裸になるから!」

「み、見ないわ!」


 そう突っ込んだ後、俺はさーっ……と布団の中へ潜り込んだ。


「ふぅ……さて、メイク落とそう」


 しゅるる……と背後から私服と下着を脱ぐ音が聞こえる。今後ろには素っ裸の玲愛がいるんだよな? やべぇ……よくよく考えてみると、どういう状況なの!? お着替えしている女子と一緒に居るなんて! 絶対あれじゃん! ラブコメやハーレム漫画とかであるラッキースケベな展開な奴に俺は遭遇しているって事だよね!?


(み、見るなって言われても――ぬ、布の擦れる音が気になって……)


 ドキドキ……ドキドキ……! 心拍数が上昇する。み、見ちゃダメなのに……思春期の男が持つスケベ魂によって玲愛の方へ振り向きたい自分がいる……!


(ちょ……ちょっとだけなら……!)


 思春期の感情に負けた俺は、メイクを落としている玲愛の方向へちらっと視線を向けた。

 そして、視線の向こうに恥ずかしそうな表情で俺を睨む玲愛がいたのであった。


「ふえっ……れ、玲愛!?」

「見るなって言ったよね? 海水くん……」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……と漫画の擬音のような不気味な空気が、玲愛から発していた。


「あ、その……すいません――ギャァァァァァ!!」


 覗こうとしてしまった事に謝った瞬間、玲愛の二本指が俺の両目に向けて突き刺した!


「目、目が……目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 強烈な痛みが目を襲い始め、俺は悶絶する。痛い痛い……目が……目が沁みるぅぅ!!


「ふん、見ようとしたからやったのよ。反省してね!」


 怒りが籠った口調で言い、玲愛は台所の方へ戻っていった。メイクを落とす作業を再開するのだろう。


「は、はぃ……すいませんでした……玲愛様――」


 もう一度彼女に謝った。もう二度とメイク落とし中に後ろを振り向かないって誓いながら。


「ふぅ……さっぱりしたぁ~~」


 なんて玲愛は、温泉上がりのお客さんが言いそうなセリフを呟く。


「口調がおっさんみたいだぞ、玲愛――うぎゃぁぁッ!? ぞ、ゾンビぃィィッ!!」

「ゾンビだけど、玲愛だよ! いい加減、覚えてよ!」

「おわぁあ……悪い……。いきなりゾンビ姿になると、びっくりするわ……」


 心臓のバクバクを抑えると、じぃ……とメイクを落としたばっかりの肌黒い玲愛の姿を眺める。そう言えば、玲愛のゾンビ姿をちゃんと見るのって初めてだよな……。メイク落とすと、包帯をぐるぐると体中に巻いて不気味な黒い肌になるんだ。


「ちょ……何じろじろ見ているの?」

「あ、いや……ゾンビ姿の玲愛をしっかり見た事が無いからさ。どんな感じなのかなぁーって……。あ、あとさ、なんで玲愛はゾンビになったんだ?」


 ゾンビとして生きているんだろう……と、付き合い始めてからずっと気になっていた事を質問する。

 それに対して玲愛は、プイっと後ろを振り向いてこう答えた。


「――昔、転落事故で死んじゃったんだ。そしたらゾンビになって蘇った……それだけだよ」


「……え?」

「さ、寝ましょ! 私、眠くなってきた」

「お、おう……うん」


 玲愛は話を逸らした後、布団に潜り込んだ。なんだろう……喋っている時の玲愛のトーンが暗かったような……? ゾンビになった事に対して、何か話したくない事でもあるのかな?


「なあ、玲――――」


 この話を深追いしようと思ったが、俺は止めることにした。語りたくない過去を思い出させるなんて、不快な気分になるかもしれない。


「お休み……海水くん」

「お、おう……おやすみ――」


 オウム返しにそう言った後、俺は布団の中に潜り込む。


(――一体、玲愛はゾンビとして蘇ったんだろう? それに……質問した時の暗い表情と声のトーンの低さ……語りたくない過去でもあったのかな?)


 なんてさっきの事を考えた後、深い眠気が襲ってそのまま眠りについた。



 ▼



 深夜、俺は目が覚めた。なんでかな……寝る直前には強烈な眠気がやってきたのに……。


「――ん、ん……」


 カチカチと時計の針が静寂な部屋を響かせる。一体何時なんだろう……?


(ま、いいや。とりあえず寝なきゃ……)


 ごろん……と体を動かした――その時、むにゅん……と柔らかい感触が俺の手に伝わった。


(え……なんなの? 布団とは違うシリコンのような柔らかい感触は――)


 むにゅんむにゅん……と癖になるような触り心地だ。一体何なのか……手元先を確認すると玲愛の豊満な果実に手を触れていたのであった。


(なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なんで、れ、玲愛がぁぁ!? おおおぉぉおぉぉぉぉおっぱぁぁぁぁい!!?)


 声を出さないよう内心で突っ込んだ。なんで玲愛が俺の布団の中に居るんだァァ!? え、あれですか? 俺、間違い犯しちゃったパターンですか? ゾンビの彼女に手を出しちゃったの!?


(お、落ち着け……れ、玲愛の寝相が悪いだけだよな!)


 なんて冷静に考えて、その答えにたどり着いた。どう考えても記憶が無いのなら、それしか思いつかないもん!


(そ、それよりも玲愛を隣の布団に戻さなきゃ!)


 そう考えた俺は彼女を隣の布団へ戻そうと布団から出た。


「むにゃむにゃ……行かないでよぉ……立夏くぅん……んんん……」


 その時、玲愛はギュッと俺の服を離さないように握りしめながら寝言を呟いた。


「ちょ……玲愛……」


 行かないでよぉ……って、めっちゃ可愛い寝言を言っているぅぅ!! すっごい胸がドキドキするんですけどぉぉ!!


(し、しょうがなぁいなぁ……! も、もう少しこの状態でいよう)


 玲愛の寝言の可愛さに負け、俺はそのまま玲愛と一緒に添い寝することにした。


(ムフフ……やべぇ……! 玲愛と添い寝するなんてなぁ……!)


 なんてウキウキした気持ちで玲愛と顔合わせで寝ている。だって玲愛の可愛い寝顔が間近で見れるんだよ? こんな美味しい展開、スルーするわけないだろ!

 それにしても、玲愛から甘酸っぱい果実のようないい匂いが漂ってくるなぁ……。何度も思うけど、ゾンビなのに腐乱臭しないのはなんでだ? まあ、女の子だから腐乱臭しないように気を使っているんだなぁ~~。


(な、何だろう……添い寝するなんて、な、なんだかドキドキするなぁ……。ラブコメの主人公ってこんな気持ちでヒロインと寝ているのか?)


 なんて思いながら、心臓の鼓動をバクバクと響かせていた。


「むにゃむにゃ……立夏くん……、もっとギュってしてぇ……」

「え、ちょ……玲愛――うわっ!?」


 玲愛は可愛い寝言を呟きながら、グイッと俺の体を引っ張った。そのままギュッと俺の体を包み込むように抱きついた。


(なななな……ど、どういう状況……!? れ、玲愛が俺をだだだ……抱きしめて……)


 今起こっている状況を理解するのに少し時間が掛かった。な、なんで……だ、抱きしめられているんだぁぁぁ!! か、彼女との顔の距離がぜ、ゼロなんですけどぉぉ!! や、ヤバい……ほ、豊満の二つの果実が俺の胸に押し付けられて、俺の息子が立ち始めそうなんですけど! おまけに心臓が破裂しそうな勢いでバクバクしている!

 そんな感じで俺の脳内は混乱していた。


「むにゃにゃ……ん――?」


 なんて可愛い寝言を呟いた後、突然玲愛の目が開いた。


「「――――」」


 シーンと凍らせるような空気が流れ、互いに目を見つめ合う。


「――お、おう」


 気まずい空気を断ち切るように声を出した。


「――ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? な、なななななななななな……なんで、立夏――海水くんが目の前に居るの!? そ、それになんでハグしているの……?」


 お前がしたんだろ……と内心で突っ込んだ。


「え、待って……。この体勢……わ、私が海水くんを……? あわわわ……あわわわわわわわわわわわわわわわわっ……! ごごごご――」


 玲愛の顔が赤面になり、ぶるぶると身を震わせていた。


「ご?」

「ごめんなさぁぁぁぁぁぁいい!!」


 ――スパパパパパパパァァン!!


 玲愛は悲鳴を轟かせた後、稲妻の閃きの如く拳を放った。


「うごほっ!?」


 俺はそのまま布団から追い出されるように吹っ飛んで、ノックアウトした。


「くげぇぇぇ……」

「きゃぁぁぁ!! 海水くぅぅぅん!! だ、大丈夫!?」


 呻き声を上げた後、俺は玲愛に介抱される光景を見て眠るように気を失った。自分が抱きしめたって気づいてくれたのはいいけど、百裂拳をお見舞いするのは聞いていないぞ……。




 ――こうして、玲愛の家でのお泊まりは気絶オチで終わりを告げるのであった。

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