ドキドキお泊まり編 中編 ※

 ゾンビの牙で玲愛に噛み殺――いや、拘束されて三十分が経った。結局のところ、俺は噛み殺されずに済み、パイプ椅子に座って玲愛にメイクを施されていた。

 なんでメイク? 俺にも分からない。だって、玲愛が教えてくれないんだもの。


「はぁ……はぁ……でけた!」


 玲愛がそう叫ぶ。どうやらメイクは終わったようだ。


「出来たのか……玲愛?」

「うん、出来た。私の中では一番の仕上がりだよ!」

「うぅ……一体、俺はどうなっているんだろう?」


 なんて俺はビクビクと震えていた。メイクで変わってしまった自分を見るのがとても怖く感じたのだ。


「まあまあ、ほら鏡を見て」


 玲愛はそう言って手鏡を手渡してきた。うぅ……と一度躊躇ためらう。けど、ここで目をそらしてはいけない……だってこれは罰ゲームなんだから!

 恐る恐る目を開け、手鏡に映った自分を見つめた。


「――うギャァァァァァ! こ、これが今の――俺なのか?」


 手鏡に映った今の姿に俺は動揺した。お、俺の顔が……れ、玲愛みたいな女の子になってるぅぅぅぅ!! メイクするだけで、整形レベルに顔つきが変わるもんなのか?


「スゲーな……本当に女性になっているみたいだ。鋭かった目つきが丸くなっているし、顔全体が丸く見える。ハリウッド顔負けレベルのメイク、何処で覚えたんだ?」

「へへっ、これ独学なんだ」

「うそッ!? この腕前、独学でやったの!?」


 俺が知る限り、このメイクをするのに指導者に教わらなきゃ出来ない腕前だぞ。それを独学で学ぶなんて……玲愛っていったい何者なの? 生前、メイクリストだったの?


「えへへっ……まあね。ゾンビバレしないようにメイクしているだけだよ」

「すげぇ……な。ゾンビメイクは――これならハリウッドでメイクデビューしてもいい腕前だぜ」

「え、えへぇぇ~~そ、そうかなぁ~~? あははは……志願しちゃおうかしら?」


 なんて玲愛はデレデレと表情を緩ませていた。


「ごほん……早速だけど立夏君の女装姿、写真に収めてもいい?」


 話を切り替えた玲愛がそう質問する。そして表情が変質者のような顔つきになった。切り替えが早いな……おい。


「ふぇっ!? い、嫌だよ……脅迫ネタされるのはまっぴらごめんだぞ!」

「まあまあ、そんなミステリーの殺人動機あるあるな事はしないって。それじゃ、私のいつも着ている制服を着て!」

「ふぁいっ!? なななな、なんでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 い、いつも着ている玲愛の制服を着ろって!? なんでぇぇ? ちょっとぉぉ!!


「いいから、つべこべ言わずに着ろーい!!」


 有無を言わさずに、玲愛は今着ている俺の服を無理矢理引き剥がした。


「うギャァァァァァ! わ、分かったから、服を引き剥がすなぁぁぁッ!!」


 そう叫んで止めるように言うと、玲愛は大人しく引き剥がすのを止める。そして今日着ていた制服を俺に手渡した。


「はいはい。後ろ向くから、さっさと着ちゃって」


「お、おう……」


 制服を手に取り、玲愛は後ろを振り向いた。一応、着替えを見ないように配慮してくれているんだ。

 とりあえず自分の服を脱いで、玲愛の制服に腕を通す。


(ちょっと前まで玲愛が着ていた制服だよな……ちょっと匂いどうなのかな?)


 なんて思いながら、玲愛の制服に染み付いたの匂いを嗅ぐ。なんだろう……ラベンダーの匂いが俺の鼻孔をくすぶる。ゾンビって腐乱臭っぽいような感じだって思っていたけど、玲愛の制服はそんな感じの匂いが無い。今時の女子高生が使用している柔軟剤と同じ匂いだ。


(やべぇ……いい香りだぁ~~。オカズにしたいぐらいだ……!)


「海水くん、まだ?」と、玲愛がそう質問する。


「あ、もうすぐだから待って!」


 そう答えて、いそいそと残りのスカートを履く。


(うぅ……玲愛の制服の匂いに興奮してしまった。玲愛に見られていないよな?)


 なんて玲愛の方をチラチラと伺うと、後ろを振り向いたままだった。よかった、見られていない! 今の光景、玲愛に見られたら絶交話になっちゃうよ……。

 ふぅ……と溜息を溢して安堵の表情を浮かべた。


「れ、玲愛……着替えたぞ――」


 着替え終えた事を玲愛に伝えると、くるりと振り向いた。


「おおおっ……結構似合っているじゃん! サイズの問題は無いね……海水くん、意外と女装似合ったりして?」

「ううぅ……罰ゲーム以上の辱めを受けているようだ……」


 もじもじと恥ずかしそうに玲愛を見つめる。改めて思ったけど、スカート履いていると股と膝辺りがスースーなぁ……。女の子って、こんなスースーする物を履いて登校しているのか?


「そ、それじゃ、写真とるよぉぉぉ!!」

「わ、分かった……」

「それじゃ、シンプルに可愛らしいポーズで!」

「こ、こうかな……?」


 恥ずかしい表情しながら、シンプルにピースのポーズを取った。


「うひょぉぉッ!! いいぞ、いいぞぉぉぉ! 一回、こういう事をやってみたかったんだよね~~!」


 スマホのカメラを起動して、パシャパシャ……と様々な角度から俺の姿を撮り始めた。


「れ、玲愛……言っている事がヲタクっぽい……」


 はぁはぁ……と変質者みたいに興奮する玲愛の行動を見てそう呟いた。


「よしよしよしよし、いいよぉぉ! 海水くん! 女装のセンスあるね!」

「そんなセンス――無くてもいいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 なんて泣き喚いた。正直、女装のセンスなんていらないわ! 人生の中で必要性があるのか? 絶対ないだろ!


「それじゃ、次はメイド服を着て!」


 玲愛は箪笥の中からコスプレ用のメイド服を取り出して俺に渡す。次に着用するコスプレ衣装のオーダだ。


「――――ぅ、おい……なんでこんなものを持っているんだ?」


 玲愛に質問する。普通になんでコスプレ用のメイド服を持っているの? 去年の文化祭で使用したやつなのか?


「――隣町のディスカウントショップで買って着ようかなって思ったんだけど、恥ずかしくてやめたのよ」

「そ……」


 ボソッと呟いた後、俺は黙々と制服からメイド服に着替えた。なんだよ……恥ずかしいと思うなら、最初から買ってくるなよ――と内心で突っ込みながら。


「着替えたぞ」

「はいはーい! それじゃ、撮影始めるよ~~!」

「――この地獄、何時なったら終わるんだろう……?」

「メイド服を撮影したら罰ゲーム終了するから、もう少し頑張って!」

「へいへい……」

「じゃあ最初に――『萌え萌えキューン!』のポーズをして!」

「ぶぉぉぉッ!? む、無理りりりりッ! あれでしょ、手でハートマークを作るやつでしょ!?」

「そうよ。嫌なら、さっきの女装写真をツイッターでバラまくわよ」

「――グッ……脅しに使うなんて卑怯な……!」

「言っておくけど、これは罰ゲームだからね! 罰ゲームに逆らうなら、このぐらいしとかないとねぇ……ぬっふふふふぅ~~」


 くっそぉ……玲愛の奴め、勝った途端に弱みを握ったおっさんみたいになりやがって!

 しかし、罰ゲームに逆らってもいい事が起こらないのは確かだな。


「分かった――それじゃ、行くぞ」


 そう言った後、すぅぅ……深呼吸する。羞恥を捨てろ……俺は恥ずかしい感情というモノはない。さあ、勇気をもって言うんだ! あの言葉を!


「お……お帰りなさいませ、ご主人様ぁ~~! 美味しくなぁ~れ、萌え萌えキューン!」


 恥ずかしい感情を捨てて声を高くし、手でハート形にして可愛いポーズを決めた。


(うぅ……死にたい。他人に見せながら、このポーズは自殺したくなるような恥ずかしさだ)


「おおおおっ!! 海水くん、すごいよ! めっちゃ似合っている! そして可愛い! お持ち帰りィィィィィィィ!!」


 玲愛の興奮度は頂点に達して、パシャパシャとカメラの連写機能を使って撮影し始めた。


「いやぁ~~立夏君、本当に女装のセンスバッチグーだよ!」

「バッチグーじゃねーよぉぉぉッ!! わぁぁあん! もう、早く撮影終わらせてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 なんて喚いていた。マジで早く終わってくれないかなぁ……と思いながら、撮影に耐え続づける。

 そして、もうコスプレの罰ゲームなんて二度やりたくない……と、そう誓う俺であった。

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