玲愛の告白!? ※

「――ぶ? 海水くん! 大丈夫!?」


 ぼんやりとした意識の中、誰かが必死に俺の名前を呼んでいる。


(だ……だれだ……?)


 ぼんやりと霞んでいた視野が鮮明になり、俺を介抱してくれている人物の顔が見える。


「う……んん……?」

「あっ、やっと気づいた! よかったぁ~~」


 そこに居たのは先ほどの玲愛に似たゾンビの少女だった。


「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! ぞ、ぞ、ぞ、ぞ、ゾンビィィィィィィィ! く、来るなぁぁぁぁッ!」


 な、なんでゾンビが俺の介抱を!? そ、それよりも……噛まれてしまぅぅぅっ、ま、前にに、におげげげげげげげげ……ッ!


「落ち着いて、海水くん! わ、私はゾンビだけど、決してあなたに害を与えないからっ! とりあえず、私の話を聞いてッ!」

「く、来るなぁぁぁッ! ぞ、ゾンビッ! 俺を噛みついても美味しくないぞぉぉぉッ!!」


 や、やばい……ほ、本当にかみ殺されてしまう! そ、そしたら、お、俺もゾンビになってしまうの!? 嫌だ……シニタクナイ! シニタクナイヨッ!! 異世界転生の主人公みたいに何も成し遂げずに死ぬのはご、ゴメンだぁ!


「いいからっ! 落ち着けって言っているでしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」


 玲愛は俺に話を聞いてもらう様子がないことに苛立ち、怒り任せのビンタを炸裂した。


「ぶぼろしょっ!?」


 俺の体は竜巻のように回転しながら吹っ飛ばされた。れ、玲愛のビンタ……強い……。も、もう少し加減して……。


「ギャァァァァァって騒いでいないで、私の話を聞いてくれませんかッ!」

「は、はいっ!」


 ビシッ……と敬礼ポーズを決めて、視線を玲愛の顔に向けた。


「ふぅ……逃げた理由は何となく察しているけど、やっぱりゾンビ姿って怖い?」


 なんて玲愛は当たり前な事を質問してきた。


「当たり前だ! 噛まれたら死ぬんだぞ……ッ」

「……そっかぁ。でも、私は海水くんに危害を与えるなんてしないから安心して」

「あ、安心なんて出来るかッ……ゾ、ゾンビ!」

「……じゃあ、安心できることを教えてあげる。よく映画とかのゾンビは意識と理性がなくなったものが多いんだよ? 私なんて姿はゾンビだけど意識と理性はある」

「そ、そうなのか……?」

「そうなの! 意識と理性が無かったら、今頃アンタは私と同類になっていたわよ! いい!? 何度も言うけど、私は人間の意識がある。だからアンタを襲ったりはしない。オーケー!?」


 プンプンに怒った表情をしながら、俺の顔の距離を縮めてきた。ち、近い……噛みつかれたりしないかな……? 


「お、おけぇ……」


 あれ……? 玲愛からいい香りがする。例えるなら、ラベンダーのような清々しい香りだ。ゾンビって腐った人間だから硫黄のような強烈な異臭がするってずっと思っていた。けど、玲愛から独特の硫黄臭が全くしない。勝手な想像だけど、ゾンビでもしっかり体を洗えば異臭は発生しないんだなぁ……。

 思わず、玲愛のお風呂に入っている姿を想像してしまった。どんな風に洗っているのかなぁって……つい――って、俺は何を考えてぇぇぇぇぇッ!? へ、変態じゃねぇか!?


「……後、私の正体の事――絶対に言わないでよね! バレたら学校生活終わる……始末されちゃうぅぅ!! ……せっかく、友達作れたのに――」

「い、言わねぇよ! お、お前がゾンビだって知られたら俺みたいに動揺するだろうがッ!」

「よし……いいわね? 約束だからね! 言ったら、私の牙で噛み殺すわよ!」

「言わねぇよ! 約束する、絶対に言わないッ!」


 噛み殺すって言うなッ! 本当にゾンビになったらどうするんだ!? ま、まぁ……この事はぜえったいに言わないようにしよう。ゾンビに噛み殺されるなんて、死んでも勘弁願いたいわ!

 はぁ……はぁ……と息切れしてしまった。久々にこんなに話したな……。熱く語ったり長時間話したりすると、俺の喉が痛くなるんだよな……普段喋っていないから?


「そ、そう……ありがとう」


 突然玲愛は少し照れくさそうな表情で呟いた。


「ど、どうした? なんで顔を真っ赤しているの?」


 気になったので思わず口に出して、玲愛に聞いてみた。すると、キリッと真面目な表情になり、俺の顔を見ていた。


「あ、あのね……海水くん。ちょっと私の話を聞いてもらってくれるかしら?」

「あ、あぁ……いいけど、話って一体なんだい?」


 あれ……何かこのシチュエーション――何処かで見た事があるぞ? 確か、昨日読んだ少女漫画であった『誰も居ない校舎で二人っきりのお話する』のシーンだっけ? ま、まさかな……少女漫画みたいな展開が起こるなんてあり得ないよな? 告白と見せかけて実は何かの代理で出てくれないとかのお願いでしょ? 


「そ、そのね……私、ずっと心の中で思っていた事を海水くんに伝えたいの」


 もじもじと恥ずかしそうに言っているけど絶対にフェイクだよ! 少女漫画やラブコメみたいな展開なんて起こらない! ぜーったいに告白なんてしてこないよ! 俺、何度も同じシーンを実際に体験したんだからね!


「――私……一年前から、海水くんの事が好きになってしまいました。だから、その……私と付き合ってくださいッ!!」


 玲愛は恥ずかしい感情を封じ込めながら俺に向けて告白した。


(ははっ……無い無い! 少女漫画みたいなこくは……く――――)


 先ほどの告白を聞いて思考が停止し、呆然と一礼のポーズをした玲愛の姿を眺める。


「――――」


 告白……告白……された? お、俺の事が好き? こんな物静かな陰キャな自分に? マジで……?


(う、う、う、うっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! つ、遂に、お、俺にもせ、せ、青春がやってきたぁぁぁぁぁぁッ!!!!! っしゃぁぁぁッぁぁぁぁぁッぁぁぁぁぁッ!!!!)


 なんて、内心ハッスルモードに突入して、玲愛の告白に対して喜んだ。


「うん、いいよ」


 俺は内心のハッスルを包み隠すように、ニコニコと穏やかな表情で玲愛の告白を受け入れた。


「は、はいっ! ゾンビっ娘ですが、よろしくお願いします!」


 玲愛は今まで以上な万遍な笑顔で挨拶した。その笑みに俺は目を奪われてしまう。あれ……玲愛ってこんなに可愛い表情だったっけ? 初めて会った高校の入学式の時は、笑顔なんてあんまり見せなかったからか?

 それとも、恋愛漫画あるあるで付き合い始めた男女の視野がキラキラと輝いて見えているのか?

 それともう一つ、付き合う前にありがちな疑問がある。なんで玲愛は俺に恋心を抱いたのか? 俺はこの通り、陰キャポジの人柄だ。スポーツも勉強も苦手で物静な性格、ラノベとアニメ好きのヲタクの俺に惚れたんだろう?


「こ、こちらこそ……よろしく――玲愛」


 まあ、いいか……その理由を聞くのはまた今度にしよう。関係を築く以上、余計な詮索しない方がいいよな……。

 正直、彼女が出来たという実感が湧かない。まさかこれは夢では……と思うが、試しに頬を叩いたら痛かったのでこれは夢ではないと分かった。


「あ、そうだ。私がゾンビだっていう事、言わないで下さいよ! バレたらゾンビ映画みたいに始末されちゃいますから」

「言わねーよ! 言ったら大混乱しちゃうだろ!!」


 

 ――ゴホン。そんな訳で俺っち、ゾンビの彼女が出来ました!




          ※




 夜中――N高校近くのプレハブ小屋。

 元々は学校の軽音楽部が部室として使っていた。しかし、軽音楽部の部室が移動したことによって使われなくなったらしい。私はそのプレハブ小屋を管理する人にこの小屋に住みたいとお願いし、オッケーをもらって住んでいる。

 なぜアパートに住まず、ここに住んでいるのか? アパートなどの集合住宅に住むのは極力避けていた方がいいと考えているのだ。ゾンビだという事がバレてしまう危険があるからね。

 まあ、そんな訳で住んでいるのだ。ここのプレハブ小屋の周りはすべて田んぼという北海道みたいな孤立状態になっている。とても静かで快適な環境だ。

 とりあえず家の説明はさておき、私は今日の出来事をノートに書き込んでいた。


『――今日、隣の席の海水くんにゾンビという事がバレた。さいあぅだよぉぉ……初恋の人にゾンビって知られちゃうなんてぇぇ……もう、私のバカバカッ!! なんであの時、ゾンビメイク落としちゃったの!? それと腕までポトリと落としちゃって……うぅ……結局自業自得じゃん。挙句の果てに、初恋の人――海水くんは逃げちゃうし……』


 なんて前半は辛辣な事をノートに綴った。あぁ……死後の人生で一生の不覚を取ったわ。家に帰ろうとしたら、急にどしゃ降りになってゾンビメイクが落ちていることに気が付かず……。旧校舎に避難していたら腕落としちゃって、探していたら海水くんに出くわして、ゾンビバレしちゃったし……。


『けど、私の一喝で海水くんはしっかり話を聞いてくれた。半分嬉しかった。それと……数日前に友達に恋愛相談をしたら「二人っきりになれたら告白しちゃえよぉ~~」って言われたので、言われた通りにしてみたよ。明日、お礼の言葉を伝えなきゃ……けど、告白を言うタイミング間違っていないよね……明日、聞いてみよ……。まあ、色々トラブルがあったけど、海水くん――ううん、立夏君と付き合う事になった。チョー嬉しい! 夢みたいだ! 明日からどうやって接すればいいの!? 私、恋愛経験ゼロだから分からなぁい!』


「よし……こんなものかな?」


 シャーペンを置きノートを閉じ、ふぅ……とリラックスモードに切り替えた。ノートを取ると、どうも勉強モードになっちゃうなぁ……日記をつけるだけだからもう少し気楽に書こうとはしてるけど……やっぱり癖って抜けないのかな?


「まぁ……いいっかぁ~~真面目に書いた分、面白い出来事だったって事で!」


 ムフフ……と等身大サイズのイルカ抱き枕にしがみ付いて微笑んだ。


「あぁ……やっと言えたよぉ~~一年間、ずっと胸が苦しかったんだから」


 むぎゅむぎゅ……と抱きしめながら、ゴロゴロと床の上を転がり始める。


「嬉しい! 嬉しい! ふふっ……海水くん――立夏くんに会いたいなぁ~~」


 今まで立夏くんの姿を見るたびに胸が苦しくなって学校に行きたくない――ってずーっと思っていた。けど、告った瞬間にそんな苦しみが埃を吹き払うように無くなった! 


(立夏くんに会いたいなぁ~~早く明日にならないかなぁ~~?)


 なんて、ウキウキした気持ちになって布団の中に潜り込んだ。



 ――私、初恋の人と恋人になれました!

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