第25話 お引越し

脱衣所の方に目をやると、二人の影。湯けむりが晴れて次第に姿が現れるとその二人の正体が明らかになった。


一人はDB副総司令官の一条詩音さん。普段一本にに纏めている銀髪を今はお団子になるようにまとめている。


そしてもう一人は総司令官の氷鉋蒼さん。フェイスタオルを普段仮面を着けている左側を隠すように巻いている。



「あれ、総司令と詩音さん。」



軽く一輝さんと雨音さんが敬礼をする。慌てて俺と凛も敬礼をする。


それを見た詩音さんと蒼さんも敬礼を返す。



「風呂場での敬礼は必要ないって言っただろ?」



軽く苦笑いをしながら蒼さんは言う。そのまま湯船の近くにあった洗面器でかけ湯をして湯船に浸かる。



「珍しいですね。お二人が大浴場に来るなんて。」


「早く仕事が片付いた。たまにはゆっくりと浸かるのもいいと思ってな。」



湯船で体を伸ばす蒼さん。そんな蒼さんだが、顔に巻き付いているタオルが今にも解けそう。本人は気が付いていない様子だが、声をかけたほうがいいのかな。



「蒼。タオル解けちゃうよ。」



そんな心配を他所に詩音さんが後ろに回り込んでタオルをキュッと結び直す。それに対して「ありがとう。」とお礼を言う蒼さん。


顔のタオルはなにかの意味があるのかな。



「気になるか?」



蒼さんが俺の視線に気がついたようで俺を見ていた。



「す、すみません!」



慌てて頭を下げる。



「別にいい。でも見られたものじゃないから。いずれ見せる機会もあるだろう。」


「傷……とかですか?」


「ん、まあ似たり寄ったりってところか。見せたら確実に引くのは間違いない。」



もう一度伸びをして、勢いよく湯船から立ち上がる蒼さん。



「じゃあな。」



手を振り、蒼さんは詩音さんと洗い場へ向かっていった。



「蒼さんって不思議な方ですよね。」



思わず呟いてしまう。



「ウチもそう思う。色々と秘密もあるしね。伊達に総司令官やってないよ。それにめちゃめちゃ強いし。」


「やっぱり凄いんですか?」



興味深そうに凛が聞く。そうか、凛は蒼さんの戦いをじっくり見たわけでは無いのか。



「なんて言ったってこの一輝さんに接近戦のいろはを叩き込んだ接近戦の達人だからね。未だに負けなしだよ。総司令は。」



接近戦のエキスパートの一輝さんのに戦い方を教えるほどの実力者。流石、伊達に総司令官をやっていない。



「負け無し……私も、もっと頑張らなくちゃですよね。雨音さん、明日もよろしくおねがいします。」



決意の表情で雨音さんを見る。雨音さんは嬉しそうに凛の頭をポンポンと嬉しそうに叩いた。






俺と凛は一時的にDB本部の特殊部隊宿泊施設に泊まり込むことになった。


荷物を持ってきて中に入ると、本当に広い部屋。まるで一軒家をそのまま貸し切ったような印象。



「ここの部屋を自由に使ってね。」


一輝さんの先導に従って一つの部屋へと入っていく。そこにはダブルベッドが置いてあって、シーツと掛け布団はきれいに整えられていた。



「……ダブルベッドだ。」



凛がボソッと呟いた。これはもしかして一緒に寝ると言うことだろうか。



「……あ、もしかして別々のベッドの方がよかったかな。ごめん、つい癖で……」


「もう一輝さんったら……別々のベッドの方がよかったら他の部屋も……「大丈夫です!」



雨音さんが言い終わる前にその台詞を大声で阻止する凛。一体どうしたと言うのか。



「……そ、そっか。」



あまりの声に驚いた様子の雨音さん。それはそうだ。俺も凛の必死さにとても驚いている。雨音さんの隣に立っていた一輝さんも目をぱちくりさせていた。



「どうしたんだよ、凛。」


「……あ、ごめんなさい。私、戮と一緒に寝られると思ったら嬉しくて……」



蚊の鳴くような声で話す凛。よく見ると顔が赤くなっている。雨音さんはニヤッと面白いものを見つけたような顔をして口を開いた。



「そっかー!如月ちゃんは外山ちゃんのこと大好きだもんねー!仕方ない、仕方ない!」


「ち、ちょっと。その言い方やめてくださいよ!」



茶化すように凛をからかい始めた。まるでいじる対象が一輝さんから凛に移動したかのように。



「ほらほら。そのぐらいにして寝るぞ?明日も早いんだからな。」



一輝さんが冷静に雨音さんを凛から引き剥がした。少しむくれたような顔をすると、一輝さんの腕に抱きついて一緒に部屋を出るために歩き出す……ってところで凛の方に振り返って一言。



「じゃあ、おやすみー。如月ちゃん、外山ちゃんと熱い夜を過ごしてね。」



パチリとウインクをして爆弾のような言葉を残して去っていった雨音さん。凛はというと顔をこれ以上ないぐらいに真っ赤にしていた。今にも爆発しそう。



「り、凛……大丈夫か?」


「戮……戮は私と寝るの嫌?」



上目遣いで俺を見る凛。その破壊力は計り知れなくてつい、目を逸らしてしまった。するとたちまち泣きそうな顔をする凛。



「やっぱり嫌だったんだ……ごめんね、私のせいで。」


「ち、違う。俺はただ凛が可愛くて直視できなかっただけだ。」



何故か俺まで恥ずかしくなって、それを振り払うように凛を抱き締めた。抵抗もせずにすっぽりと凛が俺の腕の中に収まる。



「戮!?」


「ほら、寝るぞ。明日早いんだから。」



パッと凛を離して布団に潜る。とても柔らかいマットレスで体が深く沈み込んだ。気持ちいい……


それを見ていた凛も布団に潜り込んでくる。そして、ゆっくりと俺の体に寄り添った。凛の柔らかい体の感触と甘い匂いが俺の鼻腔をくすぐる。


心臓の鼓動が早くなっていく。凛と寝たのはこれが初めてと言うわけでもないのに。



「戮……あったかい。」


「うん。凛もあったかいよ。……それに気持ちいい。」


「……好き。」



小さな声で囁くような凛の言葉。俺は返事をするようにそっと凛の頬に軽く唇を当てた。



「俺も。」



その後にこう呟いた。すると凛は嬉しそうに俺の体を抱き締める。俺も凛の肩に腕を回した。


身体と身体の距離が縮まり、幸福感に満ち溢れる。


……そして、そのまま二人で眠りに落ちていった。







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