第23話 束の間の休息

気の扱いの研修が終了して現実世界へと精神が復帰する。窓の外を見ると既に真っ暗で長い間仮想世界に居たことがわかる。


仮想世界では時間の進行が無いようで、時間が経っても辺りが暗くなったりすることは無いと一輝さんが言っていた。



「うわー、もう真っ暗だね。」



一輝さんも窓の外を見たようで俺と同じ感想。



「二人はまだ訓練中かな。」


「みたいですね。」



つい、凛の顔を見てしまう。すると突然凛の顔が苦痛に歪んだ。そしていきなり目を開く。隣で目覚めた様子の雨音さんはとても心配そうな顔をして凛の方へとよる。一体何が会ったのか。



「如月ちゃん大丈夫!?」


「は、はい……かなり痛いですがなんとか……」


「雨音さん!凛はどうしたんですか!?」


「旋風魔法を使う魔獣の訓練だったんだけど……両手が吹っ飛んで首に深い傷が入ってね。首が飛ばなかったのが幸いだった。」



両手が吹っ飛んだって……俺だって一輝さんの蹴りを食らっただけで結構痛みを感じたのに、欠損してしまえばかなりの痛みを伴うはずだ。それに首にもダメージがあるだろう。



「凛、大丈夫か……」



痛みを堪えている様子の凛の側に寄って首元を擦る。すると俺の手を凛が弱々しく握った。そして俺に向かって笑顔を作る。



「戮……そんな顔しなくても大丈夫だよ。」



無理矢理作っている笑顔に心が痛む。戦闘服の袖から覗く手首には赤い蚯蚓腫れがくっきりと浮かんでいた。



「ごめんね、如月ちゃん。ウチがもっとしっかりしていればこんな事にならなかったのに……」


「いえ……私の経験不足が招いた結果なので。文句なんて一切ありません。」



ゆっくりと体を起こす凛。




「雨音、今日はこのぐらいにしておこうか。」


「そうだね。じゃあ、みんなで食堂に行こう。」



――食堂……ってことは!



「ご飯ですか!?」



体の痛みも忘れたかのように、身を乗り出して雨音さんに迫る凛。キラキラと目を輝かせて。その勢いに少し引いた様子の雨音さん。



「う、うん。無料だから好きなだけ食べてね?」


「はい!ありがとうございます。」



その後、凛は食堂で人並外れた大食いを披露して特殊部隊の二人を驚かせた。





「如月ちゃんってあんなに食べるんだね。」


「痩せの大食いって凛の事を言うんだな。」



口々に正直な感想を言う。やっぱり初見だとこうなるに決まってる。そういう凛はと言うと、満足気にお腹を擦りながら俺の隣を歩いていた。



「まあ、腹ごしらえも済んだことだし風呂にでも行くか。」


「せっかくだから大浴場に行こうよ。一輝さん。」


「良い考えだね、そうしよう。二人も来るだろ?」




歩きながら俺らの方を向く一輝さん。



「良いのですか?」


「勿論。上級の階級しか入れない大浴場だから快適だよ?」



上級の階級か……一体何処からの階級なんだろうか。



「上級って一体どこからなんですか?」



俺と同じ疑問を抱いていたらしい凛が、質問をする。



「えっとねー、将官以上かな。ウチらは大将相当官だから問題ないよ?」


「将官以上!?」



例によって凛が素っ頓狂な声を出す。ご飯を食べたおかげてすっかりと体の調子が良くなったのはとても嬉しいけど。



「でも、俺たち研修生ですよ?」


「普通の研修生だったらダメかもだけど、なんて言ったって特殊部隊の研修生だから大丈夫。行こうか。」






特殊部隊の二人に連れられて脱衣所へとたどり着く。中は思ったよりも広くて寮の物よりも断然大きい。マッサージ機が沢山設置されていて快適そうに見えるが、それにも関わらず全く他の隊員が入っている気配は無い。



「思っていたよりも人って少ないですね。」


「まあね。将官以上は2LDK並の寮が一人一部屋与えられるから、わざわざここに入りに来る人は居ないかな。」



説明をしながら服を脱いで行く一輝さんと雨音さん。俺らもそれに倣って服を脱いでいく。


その間についつい、一輝さん達の体に目が行ってしまう。一輝さんは全身が逞しい筋肉に覆われた屈強な体をしていて、いかにも軍人といった感じ。そして左の鎖骨の下に何やら臙脂色のマークが彫られている。


対して雨音さんは軍人とは思えないほどに華奢な体つき。それにお臍の右下に一輝さんと同じマーク。



「……ちょっと、戮。」



小声で俺に話しかけてくる凛。声のトーンからして何故か若干不機嫌な様子。



「どうした?」


「見すぎ。エッチ。」


「そ、そんな事は……」


「本当?」



生身の尻になにかの感触。よく見ると、凛が俺の尻を撫でていた。恥ずかしいが揉まれるよりは数倍マシだ。



「二人とも結構良い体をしてるな。」



腕組みをして、いつの間にか俺らを見ていた一輝さん。まさか俺たちも一輝さんに見られてた?



「えー、一輝さん二人の裸気になっってたの?えっちー!」



その後ろから茶化すように雨音さんが割り込んでくる。



「ち、違う!そういう意味じゃない!筋肉の話だ!」


「ほんとにー?」


「本当!」



雨音さんの頭を拳で軽くグリグリと攻撃する。それを笑顔で止める雨音さん。



「全く……行くぞ?」


「あ、待ってよー!一輝さん!」



先に行こうとする一輝さんを慌てて追いかける雨音さん。この光景、なんだか俺と凛に似ている気がするのは気のせいか。そんな二人の後をついていく凛。俺も凛の後を追いかける。






自動ドアが開いて、見えた大浴場は寮のお風呂とは比べ物にならないぐらいに広くサウナ、ジャグジー、露天風呂、打たせ湯が配備されていた。まるでホテルのよう。これが将官限定の大浴場か……



「す、すごいですね……」


「だろ?私と雨音もほぼ毎日来てるんだ。」


「ウチらは寮じゃなくてここに住んでいるからね。」


「そうなんですか?何故……」



凛が既に洗い場の椅子に座っていた雨音さんに問う。



「特殊部隊はね、緊急出動が多いからいつでも出動できるように本部の中に専用寮があるんだ。」


「4LDK だったよね。私達しか住んで居ないからまだまだ空きがあるんだ。……そうだ、よかったら今日からこっちに泊まるかい?」



今の宿泊施設は他の研修に来た生徒と同じ寮。なので朝起きたらすぐに、本部の訓練室に急いで行かねばならない。それに寮は五階なのでかなりきつい。


他の生徒に異端なものを見る目で見られるのも心地が良いものではないし。



「お願いしてもいいですか?」



意を決して申し出る。すると一輝さんは笑顔で勿論!と答えてくれた。

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