第22話 気の扱い

「それじゃあ、気を練り上げる練習をしてみようか。あ、魔獣は今だけ出ないように設定してあるから心配はいらないよ。まず、足を肩幅まで開いて……」



一輝さんが両足を肩幅まで開いた。それを見て俺も真似るように足を開いた。



「お腹の辺りに軽く力を入れる。そしてお腹に熱い物を感じたらその熱を少しずつ体の外に出していくのをイメージ。」



一輝さんも全身が赤い光に包まれる。そういえば身体を覆う気は透明に近い色と言っていたが、一輝さんの気は赤い色をしていた。


何か理由があるのだろうか。


ただ今は訓練中なので言われた通りにお腹辺りに力を込めてみる。すると、一輝さんが言っていたとおりにお腹周辺に何やら熱い物を感じた。それを体内から放出するイメージを頭の中でする。



「おお……」



一輝さんの感嘆の声。俺の全身には薄い金色の気流のようなものが流れていた。どうやら上手く言ったみたいだ。



「どうやら素質はあるみたいだね。」


「ありがとうございます。」


「後はその放出を表面には膜のように薄く、密度は濃く。やってご覧。」



薄く濃く。気の放出をギリギリまで抑えて密度を徐々に濃くしていく。さっきの放出だけを考えていた時とは全く違い、全身から力が溢れてくるのを感じる。



「そうそう、いい感じ。じゃあ、全身の気を両腕に移動させてみようか。」



この気を両腕に……両足の気がゆっくりと上半身へと登っていき、肩へと流れ込む……ところで全身の気が弾け飛んでしまった。



「あ、あれ?」


「うーん。やっぱり気の移動って熟練の軍人でもコツが居るんだよね。そのコツとしては初めは一気に流さないでゆっくり丁寧にやることなんだ。」



どうやら一朝一夕には行かないらしい。慣れるしか方法は無さそうだ。もう一度お腹に力を込めて気を放出。今度はゆっくり、じわじわと移動させていく。


全ての気が肩を通り抜けたのを感じられた。両腕のみに集中された気流。……成功したみたいだ。



「おっ、やるね。気の移動は慣れていけば三秒ほどで簡単にできるようになるから。」


「さ、三秒ですか。」


「うん、こうやってね。」



試しに、と一輝さんが体に軽く力を込める。すると、いつの間に移動させたのか右の拳が赤い光の気流にに覆われている。三秒ほどと言ったが、絶対それ以下の秒数で移動させていただろう。いや、一秒もかかったか?



「気の移動を慣らすのに一番手っ取り早いのは、素手での組手。……これからする訓練の内容は大体予想がつくだろ?」


「一輝さん相手に組手ですか……?」


「正解。と、言うことで武器とボディアーマーは外してもらうよ。邪魔になっちゃうからね。」



そう言うと一輝さんは俺から三メートルほど距離を取って腰から双剣のホルスターを外し、更にボディアーマーも除装して地面の邪魔にならないところに置いた。俺も腰から長刀を外して、ボディアーマーを地面に置く。



「行くよ。」


「はい。」



足を一番力の入りやすい位置に移動させて、一輝さんの攻撃を待つ。それを見た一輝さんが流石と言うべきか、完璧な縮地で一瞬で三メートルもの距離を詰めて俺の前に現れた。そして左の拳を握り、俺の顔面に向かって打ち出す。


顔面スレスレに飛んできた攻撃をなんとか躱して体勢を立て直す。しかし、そんな僅かの間に既に一輝さんが次の行動に移っていた。


体をスムーズに動かして俺の腹に思い切り膝蹴り。動きは目で追えても体がついて行かない。まるで巨大なハンマーで腹を打たれたかのような衝撃が襲った。今にも色々吐き出しそう。



「ぐっ……」


「ガードが甘いよ、戮。」



つい腹を抱えて蹲ってしまう。それを見た一輝さんは躊躇いもせずに更に追撃。お腹への衝撃が強すぎて、否応なしに腹筋に力が入る。お腹に熱を感じるほどに。


―――熱?



もしかしてお腹に力が入っているから気が練り上がっているのかな。試しに両足に気を移動させるイメージ。徐々にゆっくりと。


足元に熱が移動する。どうやら予感は的中したらしい。一輝さんの攻撃をガードしながらタイミングを伺う。普段全く隙が無い一輝さんでも少しはできるはず。


そこでわざとにガードを緩めてみた。すると、ここぞとばかりに一輝さんの拳が大振りになる。



―――ここだっ!



じっくり溜めていた気を一気に足元に開放。縮地で距離を詰める勢いで一輝さんに向かって肩で体当たり。上手い具合にカウンターで命中。ミシッと一輝さんの骨が軋むのがわかる。上を見ると一輝さんが苦悶の表情で俺を見下ろしていた。



「〜っ!」



体当たりを受けた箇所を軽く擦る。そして俺のことを見るとニッと笑顔を作った。



「……なかなかやるね。」


「ありがとうございます。」


「縮地の使い方は分かってきたみたいだね。それじゃあ、次は応用編。着いてこれるかな?」



軽く地面を蹴ってビルの方へと跳躍。なんと五メートル強。そのままビルの隙間の壁を交互に蹴ってビルの屋上へと上がっていった。



「う…嘘だろ……」


「さあ、やってご覧!」



ビルの上から俺に声を掛ける一輝さん。行くしか無いのか……


足元に気を集めて壁を蹴る。しかし、脚力が足りなかったのか、次の壁までの距離がギリギリ足りずに足を滑らせて地面に落下した。



「い、いててて……」


「大丈夫かい!?壁ジャンプのコツはリズムだよ。タイミングよくタンッタンッって感じで登っていくんだ。」


「わかりました!」



痛みが残る体を引きずって、もう一度トライ。リズムって言ってたな。気を練り上げて足元へと集中。そして壁へと跳躍。


言われた通りにタイミングよく壁を蹴っていく。そしてドンドン上へと登っていった。その結果、気がつけばビルの屋上へと辿り着いていた。



「はい!お疲れ様。」



ねぎらいの言葉を掛ける一輝さん。



「今のが応用編ね。そしてここれが縮地を連続で使った移動術!」



なんと一輝さんはビルから躍り出てビルの屋上から屋上へと移動していく。まるで忍者のようだ。



―――身軽にも程があるだろ!



もしかしてこれも修行の一つなのか。屋上から落下したらかなり痛そうだが、やってみる他にない。足元に気を集めて、思い切り爆発させるように放出。


ドンッと音が出るまでの勢いで床を蹴って次のビルへと跳躍。それを五回ほど繰り返して一輝さんが居るビルへと追いついた。まるで自分の体が自動的に動いているようだ。



「え!?」



驚いた様子の一輝さん。一体どうしたというのだろうか。



「何かありました?」


「よ、良くここまで来れたね。この移動術はかなり気を極めないと出来ないはずなんだけど……」


「そ、そうなんですか?」


「うん、どうしてだろう。見た所気もほぼ完璧な密度で使ってるし。ま、とりあえず気の扱いの研修はこれで終了かな。あとは実戦訓練!」


「はい!」



俺が大きな声で返事すると笑顔で一輝さんは仮想パネルを操作した。




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