第21話 個人戦闘訓練

今、俺は仮想空間に居る。今回は広い草原が舞台になっているみたいだ。隣には監視役兼アドバイザーの一輝さんが立っていた。



「じゃあ、目標外見を説明するね。全長五メートルの緑の毛皮で二本角の魔獣。それじゃあ、気を付けてね。」


「はい!」



全速力で目標に向かって走っていく。すると、魔獣がこちらに気がついたのか目を金色に光らせていた。瞳に一段と強い光を帯びると隣の空気がビュッと切り裂かれる音がする。



―――これはもしかして旋風魔法!



考えている間に手の甲の辺りがスパッと切り裂かれた。鋭い痛みと出血。まるで現実世界のように傷口の痛みも完全に再現されている。きっと実際の戦いの緊張感を忘れないための措置だろう。


手の甲に残る痛みを感じながら長刀を鞘から引き抜く。その瞬間、手にしていた長刀が見えない何かに弾かれて俺の後方へと勢いよく吹っ飛んでいった。



「げ……」



魔獣の眼が強い光を帯びた。まずい、旋風魔法が来る。このままだと無防備な俺は魔法攻撃を受けてしまうだろう。



「――っ!」



目の前に迫りくる風の刃。俺と風の刃までの距離は残り三十センチ。咄嗟に両腕を硬化するのも忘れて反射的に両腕で顔をガード。そのままの体勢で刃が来るのを待った。


俺と風の刃が当たる直前、突然目の前に黒い影が現れて金属音が鳴り響いて俺のことを守ってくれた。



「危なかったね。」


「一輝さん……」


「ダメだぞ……?せめて硬化しないと。」



次々と風の刃が迫りくるにも関わらず、それを目視せずに双剣で弾き返してくる。そして俺の方を見ながら的確なアドバイスをする。



「こういう魔獣は一気に距離を詰めて……」



一輝さんが地面を蹴ると、まるで瞬間移動の能力を使ったかのようなスピードで魔獣の目の前に移動。そのまま遠くから俺へのアドバイスを続ける。



「懐に入ったら風の刃は出せなくなるから、後は腹の下で攻撃を散らせば倒せるよ!」



易々と侵入して双剣での乱舞を魔獣の体に正確に当てていく。なるほど、超接近戦をすることによって魔獣は自分に影響を及ぼす可能性のある旋風魔法を放つことができなくなるのか。


そんなことを考えながら一輝さんの戦闘を遠くから眺める。一輝さんの攻撃を浴びて、みるみるうちに弱っていく魔獣。やがて抵抗することもできなくなり、力尽きてしまった。



「流石です。一輝さん。」


「面と向かって褒められると照れるな……」



腰のホルスターに双剣を落とし込んだ一輝さん。その後、現実世界に復帰する為に空中へ浮かんでいる半透明の操作パネルを操っていた。



「じゃあ、戻るからね。」



一輝さんの一言で視界が真っ暗になり、足元に浮遊感が発生する。そのまま十数秒程経ったところでベッドの柔らかい感触がする。それを確認すると俺はゆっくりと目を開けた。



「またダメでした……」



ベッドから身体を起こして、落胆のあまり膝を抱える。すぐ隣には一輝さんが座っていて、まずで俺のことを慰めるかのように俺の肩へ手を置いた。



「大丈夫。経験と閃きが全てだから。戮にもきっと簡単に倒せるようになるさ。」


「はい。ではもう一度お願いします。」


「よし。じゃあ、頑張って。」



一輝さんが操作パネルを操作しようとすると、隣で訓練中だった凛が勢いよくベッドから飛び起きた。



「くっそー!またやられちゃった!」



悔しそうに、それでも何処か楽しそうに拳を握りしめる凛。その隣で覚醒した雨音さんが苦笑いをしながら凛を見ていた。



「そっちも終わったんだな。」


「うーん。如月ちゃんはやる気はあるんだけどね、思い切りが良すぎて攻撃を受けやすいんだ。でもそれは買いだけど……でも、もう少しで行けそうだよ?一輝さん。」



その雨音さんの一言に一輝さんはぐっ……と息を詰まらせると俺の肩を叩き、一言。



「なに、戮だってもう少しさ。負けないよ。行くよ、戮。」



そう言い、仮想パネルの操作を再開。横になり目を閉じると浮遊感が現れて、再び俺の意識を仮想世界まで飛ばしていった。






足が地面に着く感覚を覚えると、ゆっくりと目を開いた。今回の舞台はどうやらビルが多く立ち並んだ市街地。


隣で腕組をする一輝さんを見て恐る恐る話しかける。



「一輝さん……良いんですか?あんなこと言って。俺、まだまだ魔獣を一人で倒すなんて無理だと思うのですが……」


「大丈夫。私がなんとかする。それはそうと……戮。君って魔力は使えるんだよね。」


「はい。異眼を持っていますから。一輝さんも使えますよね?」



何気なく俺が聞くと、一体どうしたのか気まずそうにポリポリと右手で頬を掻く。



「あー……私はちょっとワケありでね。魔力使えないんだ。だから……」



身体にグッと力を込める一輝さん。すると一輝さんの全身が赤い光に包まれた。



「《気》の扱いをひたすら極めたんだ。こういう風にね。気は武器に伝わせることで必殺技を出すことができる。……でもそれだけじゃないんだ。」



一輝さんは全身の気を足に集めて軽く地面を蹴った。すると無音で十メートルほどの場所へと突然出現する。まるで瞬間移動のように。



「こんな感じで体の一部に張り巡らせることによって一時的に、一瞬だけその箇所の身体能力を上げることができるんだ。それを利用した移動術がこれ。」


「なるほど……」


「武術でよく使われる【縮地】ってあるだろ?それを身体能力が上がった状態で使うと、長距離を予備動作を最低限に詰めることができるんだ。」


「でも、俺は今まで気の扱いを学んだことが無いんです。そんな俺にもできるでしょうか。」


「そう、それなんだよ。気の扱い無しであそこまで動けるのが不思議で仕方が無いんだよね。」



俺は今まで気と呼ばれる身体エネルギーを一切使ったことがない。一般的な戦闘では気を使用して必殺技を出すが、俺は異眼の特別能力、魔力でしか必殺技を出したことが無いから。実際、戦闘中の移動も自前の身体能力だけを頼りに戦っていた。



「だから、もし気を自由自在に操れるようになればもっと軽やかに動けるんじゃないんかと踏んだんだ。」


「気……ですか。」


「うん。凛も普段使っているよね。一般的に体に張り巡らせた気は武器に伝わせるヤツとは違って透明に近い色だから見えにくいんだけど。」



もしかして一般人で気の扱いを知らないのは俺だけなのか。ここに来てほとんど我流でやってきたツケが回ってくるなんて思わなかった。


ただ、これをマスターすれば強くなれる。やる気に満ち溢れてくる。



「一輝さん……俺に気の扱いを教えて下さい。」



俺の一言にニコッと笑うと、俺の肩を軽く叩く。



「うん。私に任せて。きっとマスターさせてみせるから。」

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