第17話 仮想空間での戦闘訓練
「はい。目を開けて。」
穏やかな一輝さんの声を聞いて目を開ける。すると目の前には一面が岩だらけの山岳地帯。どう見ても現実の物としか思えない澄んだ空気と少し乾いた風。そして土の匂い。
「無事に来れたみたいだね。さ、地面の武器を拾って。」
両手で対物ライフルを持っていた雨音さんの言葉通りに地面を見てみると、驚いたことに俺の愛刀・朧霞が置いてあった。それを拾って腰のベルトに装着。武器を装備した重量もそのまま再現されている。左腰にかかる慣れ親しんだ重み。
隣に居た凛も驚いた表情で自分の武器をホルスターに装備している。
「じゃあ訓練開始。目標外見は一本角の十メートル級の大型魔獣。毛皮は赤、魔法攻撃に注意!……行くぞっ!」
一輝さんの気合が入った声で訓練が開始された。目標に向かって一直線に走っていく一輝さん。それに続いて一輝さんを追いかける。途轍もないスピードで駆け抜けていく一輝さんをを追いかけるのがやっとだ。
走っている最中、遠くから火炎の塊が無数に降り注いでくる。これが一輝さんが言っていた魔法攻撃らしい。実物を見たのは初めて。
それをじっくり見ながら正確に躱して確実に前へと進んでいく。火炎が隣を通り過ぎていく度に神経がすり減っていく感覚を覚えた。
ようやく目標の目の前に着いたところで一輝さんが腰の双剣を抜いた。一振りは大型の剣鉈型。もう一振りは小ぶりな腰鉈型の物。漆黒の艶消しの刃が鈍く輝く。その使い込まれた輝きに背筋がゾクリとした。仮想世界で再現されたデータのはずなのに。
それに倣って腰の長刀を抜いて構える。凛もやや後方で槍を組み立てていた。
「凛は左側面、戮は正面を頼む。私は右側面で足元を狙う。攻撃方法は各自の判断に任せるから。」
「「了解!」」
俺と凛の同期した返事が響くと、一輝さんは右側面に捌けていった。正面から魔獣と対峙する。今まで見た中の十倍ほどあり、最大の大きさを誇っている。
グルル……という唸り声、ギラギラと輝く爪、何もかもを簡単に砕いてしまいそうな牙。少々ながら恐れを抱いてしまう。
そんな俺に向かって魔獣は突然右腕を振り上げて鋭い爪を振り下ろしてきた。風を切って迫る爪。即座に目を閉じ、左半身に硬化を発動させる。それと同時に左半身の感覚が鈍くなって、体が鋼鉄並の強度に変化した。
変化が終わったところに爪が綺麗にヒット。しかし、俺にダメージは通らず、むしろ魔獣の方にダメージを与える。顔を歪めた魔獣は俺から一歩後退。そこに追撃の斬りおろしをがら空きの胸にお見舞いする。刃は斜めの軌道を描いて綺麗な傷跡を残した。
魔獣が衝撃によって後ろに仰け反る。追撃をするべく足を一歩踏み出したが、後ろからの掛け声によってそれを止めた。
「みんな離れて!」
雨音さんが魔法を使って指示を飛ばしてくる。その指示に従って大きく魔獣からバックステップで距離を取る。一輝さんと凛も同様に距離を取った。……その瞬間。
魔獣に向かって途轍もない轟音と共に巨大な稲妻が降ってきた。以前見たものとは比べ物にならない規模の稲妻にビリビリと辺りが振動して大地が震える。その直後、凄まじい風圧が襲った。正直踏ん張るので精一杯だ。
「今のは!?」
「雨音の能力。もう一撃来るよ!」
身構えるとさっきと同じく、稲妻が降ってくる。なんと“二連撃”。風圧に耐えていると、一輝さんは目を見開いて俺と凛の方を見ていた。
「……一撃じゃなかったな。さあ、チャンスだ。やるぞ!」
どうやら魔獣は立て続けに雷撃を受けたせいか、全身を痙攣させて身動きが取れないようだった。最初にギラギラ光っていた目の光が消えようとしている。既に瀕死なのか。
凛も槍を構えて颯爽と魔獣に向かって突進していく。穂先には淡い光が帯びていた。恐らく奥義を出すつもりだろう。つい、凛の様子を見てしまう。
あれは【五月雨】じゃない。右斜めに三つ、左斜めに三つ。そして最後に交差した真ん中に最後の一撃。最後の一撃がヒットすると同時に緑色の激しい光が視界を覆った。気による途轍もない一撃。あの技は今までも見たことが無い。
凛に負けるわけにはいかないので俺も我流の技を出すことにする。この技は言うなれば一撃必殺。長刀を持っている両手から全身の魔力を刃に流し込む。すると、刀身が硬化されて漆黒に変化する。そして表面にに“赤い雷”が発生した。
それを確認すると、地面を蹴り、、魔獣の正面に踊り出る。長刀を大上段に構えてそのまま長刀を振り下ろした。
「おらあっ!」
魔獣は咄嗟に腕を振り上げて致命傷を避けようとするが、その腕をすり抜けて赤い雷が阻まれる事無く、魔獣の顔にヒット。
ビリビリとさっきの雨音さんの攻撃に比べれば威力は小さいが、地面が振動し、風圧がかかる。
俺の赤い雷はガード不能という特異性を持っていて、当たる直前に雷本体が刃となって狙った標的めがけて襲いかかる。そして何故かガードしたと認識すると、雷本体が防御をすり抜けてしまうので意味がないというもの。しかも、そのガードに硬化済の長刀本体が当たるため、どちらにしても致命傷は避けられない。
そんな攻撃が当たった魔獣は腕を分断せせ、地面に崩れ落ちた。どうやら息絶えてしまったようで、これにて討伐訓練は終了。
「流石だね、二人とも。」
魔法でそう伝えると、雨音さんが遠くから走ってくる。あれだけの距離を疾走下にも関わらず、息一つ乱れていない。
「それに比べて一輝さん。何も出来なかったね。」
「だって雨音三発も撃つから……どうせ良い所見せようと思ったんだろ?」
まるで拗ねたように一輝さんが咎めると、雨音さんがえへへ……と照れたように笑う。
「だって期待の新人たちが来てるんだよ?ウチだって良い所見せたいじゃん?」
「それを言うなら私だって見せたかったさ。その前に終わったみたいだけど。」
カシャンと音を立てて両手に持っていた双剣を腰のホルスターに落とし込む一輝さん。その様子を見て、俺も長刀を腰の鞘に収めた。
「それじゃあ現実に戻るよ。目を閉じててね。」
言われたとおりに両眼を閉じる。すると体に浮遊感が現れて仮想空間から現実世界に精神を戻していった。
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