第13話 凛との手合わせ

今日の授業は午前中で終了。俺と凛の昼御飯はスーパーでの買い物で済ませ、寮へと向かっていた。



「またそんなに食べるのか?」



大きなレジ袋を両手にすっかりご満悦な凛。中身はもちろん大量の食材。



「まっさかー!晩御飯もちゃんと入ってるよー。……戮はそれだけ?」



それだけと言われると少なく感じるかもしれないが、俺のレジ袋の中身は今日の晩の食材が入っている。そのこともあり、結構大きめの袋を持っているはずなのだが、どうやら凛から見たら小さいらしい。



「ちゃんと晩の材料も入ってるぞ?」


「へー、作るんだ!何作るの?」



目をキラキラと輝かせてこっちを見る凛。まさか俺の晩御飯に集る気なのか。非常に嫌な予感がしたが、答えないのもどうかと思うので平坦に答える。



「カレー。」


「カレーかぁ!美味しいよね!」


「ああ、それに沢山作れば二日は行けるからな。」



これで二日分の食費を節約する作戦だ。その代わり、朝昼晩三食カレーだが。俺はカレーが大好物なので問題ない。現に姉と二人で暮らしていたときは周一でカレーだった。姉は苦笑いをしてたけど。



「私も食べたいなー!」



予想していた凛の言葉。でも俺の答えは



「ダメ。」



この言葉で一刀両断。



「なんでー!?」



不満そうな声を上げる凛だったが、当たり前だ。俺の二日分のカレーで凛の一食持つかどうかとても微妙だから。そんな博打な真似はできない。



「お前に食べさせたらすぐ鍋が空になるだろうが。」


「……確かにそうだね。じゃあ、バイトでお金が貯まったら作ってよ!材料は出すから!」


「仕方ないな……」



この一言に嬉しそうな顔をする凛。材料を出してもらえるなら拒否する理由がない。



「やった!約束ね!」


「うん約束だ。」



互いに指切りをして、帰り道を歩いていく。すると、後ろから何者かの気配がした。思わず長刀の柄に指を掛けて、勢いよく後ろを振り返る。



「お前っ……」



後ろに立っていたのは入学式の時に俺と共に問題を起こした生徒。確か四条紗雪と言ったか。



「探したぞ!外山戮!」



殺気を放ちながら俺を睨む紗雪。一体何があって俺のことを付け狙うのか。あまりにも心当たりが無かった。



「何だ四条紗雪。俺になにか用か。」


「私との三分間の立ち会いを所望する。」


「はあ!?」



思わず声が出てしまった。こんなところで、しかも思いもよらない申し出。何故俺が立ち会いをしなくてはいけないのか。



「何故だ。正当な理由が無ければ必要はない。」


「理由ならある。私が私であるため、姉以外には負けるわけにはいかない!」



返事を待つ暇も無く、腰の長剣をズラリと抜いて構えた。以前と打って変わって構えに隙が無い。



「戮やるの?」



一歩後ろから心配そうに声を掛ける凛。そんな凛に買い物袋を預け、危険がない範囲まで下がらせ長刀を抜く。



「一本先取でやるから大丈夫。死ぬことは無いだろ。」



グッと腰を落として、いつものように地面スレスレの下段に構えた。ここからの斜め斬り上げが俺の得意な技。紗雪に昨日の試合内容が見られていなければ、この一撃で勝負が決められるはずだ。



「行くぞ!四条紗雪参る!」


「来い!」



地面を蹴って勢いよく俺に斬りかかってくる紗雪。この軌道は恐らく、斜め上から下に向かっての切り下ろし。


その一撃を弾き返すべく、軌道に被せるように切り上げを放った。キィンと澄んだ音がして互いの武器が弾かれ、体勢が崩される。この場合一秒でも早く体勢を立て直せた方が、圧倒的有利に試合を運ぶことが可能だ。


できる限りスムーズに体勢を前屈みに戻し、肩を利用して紗雪の胸元に思い切り体当たりをすると地面に倒すことに成功した。


その衝撃で持ってきた長剣を手放してしまう。そんな紗雪の首元に長刀を突きつけて自分の勝ちを示す。



「お前の負けだ。」



紗雪の首元から切先を離して、鞘に収める。紗雪は悔しさと怒りが同調した表情で俺の顔を見上げていた。その表情を長い間見ていることが出来ずに、そっと目を逸らしてしまう。



「じゃあな、四条さん。」



遠くで見ていた凛の元へと向かう。凛は俺の姿を見るとすぐさま駆け寄ってきた。



「思ったよりもすぐに終わったんだね。」


「うん。でも白波教官との手合わせがなかったらもう少しかかってたかも。」


「もしかして、連続技を練習した方がいいって言われたアレ?」


「そ、連続技は得意じゃないから体術を組み合わせればどうかなって思ってさ。」



この長刀は重量がある為。連続技はあまり向いていないと言える。せいぜい二連撃まで。体が長刀の遠心力と勢いに流されてしまうから。


それならいっそ、流れに身を任せて勢いを利用して体術に持っていけばいいと考えた。少々不格好だが、これが意外とハマり初めてにしては上手くいったみたいだ。



───実験台になってもらった紗雪には気の毒だったかもしれないが。



「私も連続技の練習してみようかなー。」


「凛はあるじゃんか。十五連撃の。」



凛から買い物袋を受け取りつつ、言う 。するとあー……、と何か浮かない模様。



「五月雨ね……あれは体の捻りを使うから途中で止められないのが難点なんだよね。」


「なるほど……でも槍だったら棍の要領でクルクル振り回せばいい感じになるんじゃないかな?」


「おー!なるほど!流石、戮!流派で凝り固まった私じゃ考えつかない発想だよー!」



バンバンと俺の背中を叩く凛。こういう点では我流であったことも一応役には立っているのだろう。



「さ、帰ろうか。」


「うん。」



お互い顔を見合わせて笑顔を作り、寮へと共に歩く。昼を食べたあとは念願の修練所だ。今から楽しみで仕方がない。






綺麗な木目の床に真っ白な天井。そして真ん中には少し床が盛り上がっていて、立ち合いの稽古ができるように闘技台になっているようだった。


他には技を打ち込む専用の土台や技の軌道を確認するための鏡などが設置されている。そして奥に設置されている扉の向こう側にはトレーニングマシーンが置いてあるみたいで肉体を鍛えることも可能だ。



「なんか至れり尽くせりだな。」


「うん。私の家でもここまで立派な設備は整っていないかな。」



少し興奮気味の凛は目を輝かせていた。訓練所の中は二人しかいないみたいでガラガラに空いている。



「さてと、何から始める?」


「それじゃあ、早速だけど立ち合いがいいな。あ、もちろん準備運動してからね。」


「はいよ、了解。」



返事をして各々準備運動を始める。充分に体を解し、準備が完了したところで闘技台に一礼。お互い向き合ってもう一度礼。


武器を構えて目を合わせた。凛の構えは一般的な突きを重視した構え。大して俺はいつも通り下段の構えをしている。


正直、槍を相手するのはめっぽう苦手だ。そういえば凛も同じようなこと言ってたっけ。



「──っ!」


突然無言の気合いを発して襲いかかってくる。これは恐らく、上下方向の三段突き。サイドステップでこれを躱して攻撃しようとするが……


間合いが長すぎて刀が届かない。単純に見てもあと一メートルぐらい足りない。



───それなら間合いを詰めればいい!



被弾覚悟で地面を蹴り、凛に接近していく。凛の閃光のような突きが俺のジャージの上着を掠める。


その槍の引き際と同時に体を一緒に滑り込ませ、肩での体当たりを試みた。しかし、全く想像もつかない動きで凛が縦に槍を一回転させた。


下からアッパーの要領で槍の石突が俺の顎に迫ってくる。それを避けることもかなわず、見事に顎に命中した。



「ぐっ……」



一瞬俺の体が宙に舞う。槍のリーチが長い分、余計にダメージ量が増しているのだろう。脳を揺さぶられたせいで地面についた足元が覚束無い。


そんな俺を見た凛は目を光らせ、追撃をしようと槍をグッと後ろに引く。これは昨日魔獣との戦いの時に見た【虎爪流奥義・五月雨】だ。



「はぁっ!」



凛の気合いと共に高速の突きが発された。ようやく体の運動機能が戻った俺は、昨日の槍の軌道を思い出しながら体のギリギリの位置で躱す。


最後の突きが首筋を掠めたところで刀の柄を使って思い切り槍の接続部分を弾いた。すると澄んだ音がして接続部分から刃がこぼれ落ちる。床に刃が落ちたのを確認すると突進するように前に躍り出た。


すぐさま体勢を立て直そうとする凛だったが、上手くいかずに進入を許してしまう。懐に入ることに成功した俺は、得意の左切り上げを凛の首筋のギリギリで寸止めさせた。凛を傷つける訳にはいかない。



「うーん。完敗だよ、戮。」



少し悔しそうにポリポリと頭を搔く凛。そして床に落ちた槍の穂先を拾うと背中のホルスターに差し込む。



「やっぱり懐に入られると手も足も出ないよー。」


「そうだな……でもそればっかりはどうしようもないよな。」


「入られないのが基本なんだけどね。槍も強化しなくちゃダメかー。」



二つに分割した柄の部分をカチャカチャといじる凛。さすが歴戦の武器なだけあって傷だらけだ。俺の《朧霞》もだいぶ古いが。



「今度鍛冶屋でも行こうか?」


「そうだね。戮もその子お手入れした方が良いね。」



長刀を腰の鞘に収めると、突然訓練所の入口から複数人の足音がする。きっと他の生徒が訓練に来たのだろう。


気になりチラリと後ろの入口の方を向いてみると、信じられない人物達が立っていた。

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