第9話 巨大なお風呂

「結局戻って来なかったね。」


「だな……それにしても随分飯買ったな。」



凛の持つレジ袋にはとても一人の女性が一晩で食べきる量では無さそうな食事が詰められていた。明らかに見た目は痩せているのに、こんなに食べるとは凛の基礎代謝はどうなっているのだろうか。



「私は戮のご飯のほうが不思議だよ。それだけで足りるの?」



持っている袋には五百ミリリットルのお茶が一本、カップ麺、サンドイッチが入っている。普通の女性にしては多い方では無いだろうか。これで少ないと言われるなんて、凛の胃袋の構造が気になって仕方がない。



「沢山食べなくちゃ大きくなれないよ?」


「凛は俺の母親か何かか?それに横に大きくなったらどうするんだよ……」



俺は油断するとすぐに太ってしまうのがわかっているので凛を見ていると怖い。代謝が良いのであろう凛がとてつもなく羨ましい。



「ご飯そっちで食べてもいい?」


「いいよ。」



部屋の前にたどり着くとドアを開き、凛を招き入れる。玄関で靴を脱ぐと武器を下ろして負荷に座り、テーブルを挟んで向かい合う。ドサドサとテーブルに食事を並べていく凛。お弁当にグラタン、おにぎり、サンドイッチにサラダ。他にも色々と買ってある。……ちゃっかりデザートまで。



「本当に昔から良く食べるよな。見てるだけでお腹いっぱいになってくるよ。」



カップ麺に沸かしたお湯を入れてテーブルに戻ってくると凛は既に食事を開始していた。



「だって足りないんだもん。」


「そんなに買ってたら破産するぞ?朝も昼も夜も作らなくちゃいけないんだからな。」


「そうなんだよね。うーん、どうしようかな。」


「バイトとかしてみればいいんじゃないか。あと、魔獣討伐で報酬金とかもらえるらしいぞ。」



確か生徒手帳にそう書いてあったはずだ。暇なときにペラペラめくった程度だったが。胸ポケットから生徒手帳を出してページをめくる。ここだ、“魔獣討伐に関して”の項目。



「ほら、『生徒が魔獣を討伐した際は魔獣が落とした宝玉を学園内の窓口に持っていくこと。それと引き換えに報酬金を渡すものとする。』だって。」



そのページを見せながら説明する。それをサンドイッチを食べながら凛は覗き込んだ。



「本当だ。じゃあ、いっぱい魔獣倒したらご飯いっぱい食べられるね!」



心の底から嬉しそうに見える。ご飯の事しか考えていないのが少しだけ頭が痛くなるが。


好きなだけ魔獣を討伐できるのがなんと言っても嬉しい。実戦で実力も上がること間違いない。



「その顔、戦えるのが嬉しいって顔だね。」



おにぎりを食べながら笑顔で言う凛。そこまで心の中が筒抜けだとは思わなかった。


そんなことを思っていると、突然セットしておいたアラームが鳴った。早速カップ麺を手に取り食べ始める。ところが、半分ぐらいを食べ進めたところで急にお腹がきつくなる。一緒に買ったサンドイッチを明日の朝ごはんに回すとして、このカップ麺はどうしよう。


あ、俺の目の前にブラックホールがいるじゃないか。



「凛、これ食べる?」



食べかけのカップ麺を差し出した。すると嬉々とした表情でそれを受け取る凛。



「本当にいいの!?」


「ああ、でも食べられるか?」


「もちろん!」



心配は杞憂だったらしく、みるみるうちにカップ麺が空になった。凛は軍人よりもフードファイターのほうが向いてるんじゃないかと思わせるほどに。



「本当に凄いな。ある意味尊敬するよ。」


「そう?ありがとう!」



次は弁当に手を出して食べ始める凛。しばらく食事が終わらなさそうだ。そう思い、隣に空いてあった長刀を鞘から抜いて手入れを始める。と言っても刀身を布で拭き上げるだけの簡単なものだけど。


この刀は外山家に伝わる刀、硬刀【朧霞】。傍から見たらただの黒鞘の刀だが、俺の中にいる霊獣・雷雲の異眼能力を使うことで決して折れない最強の武器に成り得る。


俺がこの長刀を初めて持ったのは小学生の時だった。その時は親に装備するのは無理だと止められていたが、修行を重ねることによって不自由無く扱うことができるようになったのが思い出に残っている。


そう考えて見れば俺が雷雲と出会うのも運命だったかもしれないな。なんて思ったりしてしまう。



「んー!食べた食べた!」



遂に大量の晩ごはんを食べ終わった凛は満足そうにお腹を擦っていた。



「よく食べられたな。」


「うん!こんなの余裕だよ!」


「そ、そうか。」



空になった容器を次々と袋の中に押し込めた凛はゆっくりと床から立ち上がった。



「じゃあ、一回お部屋に戻るね。後で一緒にお風呂に行こうね。」


「ああ、じゃあな。」



ドアの先へ消えていく凛を見届けると、制服を脱ぎ捨てて、Tシャツとスウェットに着替えると制服をハンガーに掛けていく。それを終えると、腰に装備したままのホルスターを外して長刀は刀立てに立て掛け、そのままベッドに飛び込んだ。真新しい布団の匂いがする。


そのまま眠り込んでしまいそうになるが、凛とお風呂に行く約束をしているのでゆっくりととベッドから立ち上がった。既に部屋に届けられていたダンボールから風呂道具を取り出して浴室の洗面器に入れる。


大浴場には自分で洗面器を持っていくことになっていて、洗面器には取り違え防止に部屋の番号が刻まれている。これは便利だ。


しばらくして部屋のインターホンが鳴った。バスタオルとテーブルの風呂桶を持ってドアへと向かう。ドアを開くと、中学校のときの名前入りジャージにの姿の凛が立っていた。


俺からしたらいつも通りの格好だが……



「その格好、色気も何もないな。」


「いーのいーの。楽だから。……それとも戮はもっとセクシーな方が良かった?」



ふざけたようにセクシーポーズを取ってみせる凛。その様子にわざと何も言わずに、凛の横を通り過ぎてエレベーターに向かう。



「何言ってんだよ、馬鹿。いいから行くぞ?」


「あー!置いていかないでよ戮!」



距離が離れると凛は慌てて俺のことを追いかけた。






大浴場の暖簾をくぐり抜け、靴置き場のロッカーに靴を入れて鍵を掛ける。脱衣所もとても広く、百人ほどが一気に入ってもまだ空きがあるぐらいだ。適当な場所の籠を選ぶと、その中に脱いだ服を入れる。すると凛が俺の体を食い入るように見ていた。



「戮ってやっぱり良いお尻してるよね。」


「おい、真顔で何言ってんだよ。」



すかさずツッコミを入れると凛が突然目の前から消えた。そして、



「えいっ!」


「のわあっ!?」



いきなり両手を使って俺の尻を鷲掴みにして揉み出した。



「な、なにすんだ!この変態!」


「触り心地も申し分無しだね。この弾力が最高だよ。」



───何言ってんだ、こいつは!


恥ずかしいやら何やらで顔を真っ赤にしてしまう。そもそも人に尻を揉まれるこの状況が異常なんだ。



「……そんなこといいからやめろって!」



仕方がないな、そんな様子を見せた凛は渋々尻から両手を離した。ようやく解放された俺は凛から少し距離を置くと、キッと凛を睨みつける。



「もう凛と風呂入るの止めるぞ……」


「あー!ごめんってー!次はちゃんと許可取ってからにするね?」


「そういう問題じゃないんだよ……」



何度言っても効果がない。諦めて露天風呂の入口へと歩き出す。凛はというとニコニコと満足気に後から着いてきた。





「広っ!」


開口一番に口から出た言葉がそれだった。それほどに巨大な露天風呂。現在、浴場にいるのは俺と凛の二人だけ。完全に貸切状態だ。



「すごーい!こんなに広いお風呂初めてだよ!」



洗面器を抱えたまま嬉しそうに浴場を駆け回る凛。



「あんまりはしゃいで転ぶなよー?」


「大丈夫……あっ!」



心配も虚しく、凛は全裸のまま盛大にすっ転んだ。転んで尻餅を着いた凛は大股開きで丁度こっちを向いていて、あられもない姿を俺に晒してしまうことになった。


慌てて洗面器で顔を隠したが、数秒遅かった。ガッツリと視界に入った凛の大事な部分。



「ちょっ……凛!」


「えっ……?ああっ!戮のエッチ!」



顔を真っ赤にして慌てて足を閉じる凛。



「どう考えても俺のせいじゃないだろ……」


「うう……恥ずかしい。」



しょぼんと落ち込んだ様子の凛は鏡の前に洗面器を置き。ゆっくりと椅子に座った。それにナラって俺も椅子に座る。



「そんなに落ち込むなよ。」


「だって、恥ずかしかったんだもん。不公平だよ、戮のも見せて!」


「や、やだよ!」


「このままじゃ、収まりつかないよ!」



立ち上がり、俺の両腕を掴む凛。もちろん見せる気は無い。両腕に力を入れて抵抗する。



「散々、人の尻揉んでおいてよく言えるな!」


「それとこれとは話が別だよ!」



ぐぐっとお互い力を込めて拮抗状態が続いた。やがて凛は諦めた様子で自分が座っていた椅子に戻る。大人しくなった凛を見届けると、俺はシャンプーを手にとって頭を洗い出した。



「戮……」


「何だ?」



いつにもなく真面目な声色の凛。何かあったのかと一度頭を洗う手を止め、話を聞く体勢に入る。間を置くと、凛はゆっくりと口を開く。



「……今度見せてね。」


「ぶはっ!何言ってんだよ!……今度な。」



ボソッとおかしな約束を取り付けると、恥ずかしさをかき消すようにわざと乱暴に頭を洗った。



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