第8話 少年に見える何か

―――まずい!



このままでは身動きが取れない凛は重傷を負ってしまうだろう。何としてもそれは阻止しなくてはならない。凛を助けるべく、前に出ようとした。すると一瞬甘い香りがして俺よりも相当小柄な何かがそっと耳打ちをする。



「大丈夫だ。そのまま居ろ。」



青いパーカーで顔の片面を仮面で覆っている少年と思われる人物はとてつもないスピードで魔獣に向かって走っていく。武器を持っている様子は無い。



―――何故少年がこんなところに!?



世の中の男性はシェルターに隔離されているはずだ。年齢は一切関係なく全員。じゃあ、この状況をどうやって説明すれば良いのか。



「―――ッ!」



無言の気合を発すると、焦げ茶色の革手袋をはめた素手で魔獣の腕を弾き返した。そして空いている腕で魔獣の側頭部に肘を入れる。この少年の小さい体の何処にここまでの力があるのだろうか。


脳を揺らされてふらついた魔獣が攻撃した少年を睨むと体勢を立て直そうと体に力を込める。


その隙に少年がとても身軽に空中へと飛び上がり、上空から魔獣の角に踵を落とした。衝撃に耐えきれなかった魔獣の角は亀裂が走り、地面へと転がり落ちる。


少年は角が一本無くなった魔獣を見つめると、手にはめていた革手袋を外して額に思い切り掌底を食らわせた。暗い紫色の光と衝撃波が辺りをビリビリと揺らす。


少年が腕を下ろすと驚くことに一瞬で魔獣の存在そのものが消滅した。通常は魔獣は絶命して数分後に黒い塵となって消え去るはずだ。



―――この少年只者じゃない!?


カランと魔獣が居た場所には宝玉が落ちる。少年が革手袋をはめ直した後に宝玉を拾い上げてズボンのポケットに落とし込んで一息つく。すると建物の影から一人の女性が少年に向かって歩いていった。


ソウ、こんなところに居たんだね。」



軍服を着たとてつもない美人。銀髪の髪を一纏めに束ねて黒革のコートを羽織っている。この人……何処かで見たことあるような……


その銀髪の女性が蒼と呼ばれた少年の頭をゆっくりと撫でる。



「ああ。詩音シオン。買ってきてくれたのか。」


「うん。はい、どうぞ。」



詩音と言う女性が少年に小さな箱を手渡した。よく見てみると箱にはタバコに良く記載されている注意書きが書かれている。


明らかに少年と思われるのに手慣れた手付きで箱からタバコを取り出すと火を点けた。


驚きのあまりまじまじと見てしまう。いつの間にか隣に居た凛も同意見のようで目をぱちくりさせている。



「……ん?」



そんな俺達の視線を逆に不思議そうに見つめる。そして無愛想な顔が少しだけ緩むと口を開いた。



「やっぱり未成年に見えるか。大丈夫、これでも成人はとっくに迎えてる。」



なんと少年だと思っていた蒼さんは成人を迎えていたらしい。これはとても失礼なことをしてしまった。



「す、すみません!」



深々と頭を下げる俺と凛。すると蒼さんの後ろに居た詩音さんが笑い出した。



「そうだよね。始めて見たら誰だって蒼のこと少年だと思うもんね。自己紹介したら?蒼。」


「そうだな。今の世界では男はかなりレアな存在だし、誤解されたままでは困るな。」



蒼さんはゆっくりと俺らの方に向き直る。すると少々ハスキーな声で話し始めた。



「俺は魔物襲撃対策軍の“総司令官”をしている氷鉋蒼ヒガノソウという。年齢は二十八。性別は女だ。」


「そして私は“副司令官”の一条詩音イチジョウシオン。」



―――ええっ!?



今、目の前にいる二人が最強軍隊の最高階級の人達なのか。驚きのあまり思考が一瞬停止してしまった。




一介の生徒の俺たちから見たら天上人でしかない。



「総司令様と副総司令様!?そういえば入学式の時に挨拶してた!」



凛のセリフで思い出した。確かにそうだ。でも名目は総司令官挨拶だったはずだ。でも挨拶してたのは副総司令の詩音様。



「蒼は目立つの大嫌いだからね。私が蒼の代理で挨拶したんだ。そのおかげで本部にも蒼のこと知ってる人少ないよ。」


「それに俺らの階級は様のつくほど偉い階級じゃないぞ。」



苦笑いしながら蒼さんは言う。



───いや、偉い階級だよ。軍のトップだから。


それよりこんな辺鄙な場所で最高階級の二人が一体何をしているのか。



「こ、こんな所で一体何を……」


「タバコを買いに来た。ここにしか俺の好きな銘柄が売ってないんだ。」


「蒼は見た目で断られちゃうからね。護衛の私が代わりに買ってあげるってワケ。」



ニコニコしながら頭を撫でる詩音さん。その感触に気持ちよさそうに目を細める蒼さん。失礼だがその表情がとても可愛い。



「なるほど、総司令様が直々に……」


「蒼でいい、堅苦しいから。詩音のことも。執務ばかりで身体を動かしたくなるからタバコは自分で買うことにしてるんだ。」



美味しそうにタバコを吸う蒼さん。普通のタバコとは違い、少し甘い香りがする。


先程、すれ違った時にした甘い香りはこれが原因だったらしい。



「自分では買って無いでしょ?」



クスクスと笑いながらツッコミを入れる。そんな詩音さんのことをじろっと睨みつける蒼さん。


しかし、睨まれるのに慣れているのか再び蒼さんの頭を撫で始めた。



「取り敢えず、討伐の協力に感謝する。」


「じゃあ、帰ろうか。またね、五月に本部で待ってるよ。」



二人は元々来た道へ去っていく。“五月に本部で”これは一体どういう意味だろう。



「本部でって何でだろう。」



凛も同じことを思ったらしく俺を見ていた。見られていても心当たりはなく、全く理由が分からない。



「俺もわかんないよ。」


「だよね……あ、そう言えば短剣の人は!?」



言われて思い出した。辺りをキョロキョロと見渡す凛だったがその人がいる様子も気配も無い。



「に、逃げちゃったのかな?」


「た、たぶん……」



もしそうだとしたらとても薄情な気がする。でも助けを呼びに行った可能性も否定出来なので、しばらく待ってみたが戻ってくる気配がない。


待っている間、門限が近づいてきてしまったので俺らはコンビニに寄ることに決めて寮に戻ることに決めた。

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