第6話 波乱の初日

「俺の下駄箱は……っと。」



自分の下駄箱を探す。外山だからきっとこの周辺にあると思ったのだが。


キョロキョロしながら探していると運悪く目の前に居た人にぶつかってしまった。



「あ……悪い。」



ぶつかった本人に言う。紫の髪をした大柄な女の子だ。どことなく誰かに似ているような気がするその女子は俺を睨んでいる。確かにぶつかったのは申し訳ないと思っているが何もそこまで怒らなくても。


その女子は驚いたことに大股で俺に向かって突然近寄ってくる。



「君、外山さんでしょ。」


「なんで俺の名前を?」


「お姉ちゃんが世話になったみたいだから。……私の名前は四条紗雪シジョウサユキ。ここまで言ったらなんのことかわかるでしょ。」



四条……確か試験の時に戦った学科隊長の名字と一緒だ。


少しの間考えてみたが、全く心当たりが無い。一体何のことだというのか。



「申し訳ないけど、何のことかさっぱりだよ。悪いね。ぶつかったことは謝るよ。」


「待て!」



いきなりの大声で少し驚いた。周りの新入生もざわつくほどの声のボリュームだ。


めんどくさそうに渋々振り返ると、紗雪は驚くことに長剣を構えてこっちを睨んでいる。校舎内の抜剣は校則違反とされていたはず。



「ちょっと待て、校舎内の抜剣は校則違反だろ?」


「バレなければ良い。お前も剣を抜け。」



面倒なことになった。でも初日で校則違反はしたくない。それに新入生の野次馬が集まり始めている。早く終わらせるに越したことはないか。



―――仕方ない。少しだけ使うか。



顔から眼鏡を外して左手に軽く持つ。【硬化】なら軽くで十分。


目を閉じ、眼に力を入れてゆっくりと開く。それと同時に右腕の感覚が僅かに鈍くなった。


これが俺の二つ目の能力、硬化。全身のどこか、または愛刀の表面を鋼の如く固めることができ、最強の武器にも盾にもなり得る。



「戮!ダメだよ!」



騒ぎに気がついた凛が止めに入ろうと背中の槍を引き抜こうとした。それを硬化したままの右手で軽く制する。



「大丈夫、すぐに終わらせる。」


「私を見くびるなぁぁっ!」



今の俺の発言でプライドが傷ついたのか目を見開いて大振りで長剣を振り下ろした。それを“素手”で受け止めて、紗雪の腹部に思い切り回し蹴りを叩き込んだ。


手応えは充分に有った。予想通りに紗雪は地面に崩れ落ちる。



「さ、凛行こう。悪いね、四条さん。」



地面に倒れたままの紗雪にそう告げると、歩き出す。


眼鏡を掛け直して異眼を解き、凛と張り紙で指定された教室に向かった。どうやら俺と凛は同じクラスのようだ。偶然なのか。それとも異眼で固められたのか、意図はわからないがとりあえず安心。



「戮と同じクラスで良かったー!……さっきの子大丈夫かな?」


「大丈夫じゃないかな。そんなに強くやってないから。」


「でも戮の蹴りはすんごく痛いからね!?」



しかし、あいつのせいでまた目立つようなことをしてしまった。入学直後に停学になったら最悪だ。






教室の扉を開けて中に入る。すると既に登校していた生徒がクラスメイトと会話をしていたり、席に座っていた。とりあえず黒板に貼られている席の表を見る。よく見ると横に小さく注意書きが書かれている。


内容は“席替えは実技が主になるので原則ありません。周囲の人と交流を深めておきましょう。”と書いてあった。


―――嘘だろ!?……隣の人、隣の人。知り合いなら誰でも良い。


慌てて席順を睨みつけ自分の名前を探す。友達とか作ったことがあまり無いのでこういうパターンが一番困る。どうしたら良いのか。


「席、隣だよ!やったね!」


「え?」



隣からの凛のセリフに一旦思考が停止する。



「良かったぁ……」



安堵のあまり。普段は出さないような気の抜けた声が出てしまう。しかし。それも仕方のないことだろう。


「どうしたの?そんな声出して。」



不思議そうに顔を覗き込む凛。そんな凛の為に注意書きの箇所を指差した。



「いや、注意書き見た?」


「席替えはありません、か。そうだったんだ。戮とは友達とか作るの苦手そうだもんね。」



苦手と言うよりもいつも凛がいつも側にいてくれたから必要無かったと言ったほうが正しいかもしれない。



―――友達か……どんな感じなんだろう。凛は家族みたいなものだしな。



ぼんやりとそう思いながら黒板から離れて、自分の席に着く。


俺の席は廊下側から左に三番目の一番後ろ。凛はその右隣。武器は自分の席の左側に置く決まりになっている。奥位置を自由にすると長物が多いクラスだとスペースの問題が発生するから。



「結構人多いんだね。」



隣の席に座った凛が話しかけてくる。



「でも他のクラスは四十人位いるらしいぞ。このクラスは三十五人だし。」


「そうなんだー。一番最後のクラスだからかな?」


「もしかしたら異眼持ちとか最高流派の人たちが集まるエリートクラスかもしれないぞ?……逆かもだけど。」


「エリートとかだったら一組とかになりそうじゃない?」


「確かに。でもそういうのってだいたいみんなの武器でわかりそうだけど……」



チラッと床に置いてある武器を観察してみる。豪華な装飾がされた長剣や高級そうな飾り布が巻いてある長槍、その辺の武器屋に売ってそうな武器。多種多様だ。



「前言撤回。やっぱりわかんない。」


「もしかしたら関係ないかもね。くじ引きとか。」


「案外そうかもな。」



しかし、俺達は特殊部隊の監視が居たレベルの霊獣持ちだ。それともただの偶然か。



「皆。席に着け!」



教室の前の扉から教師らしき人が入ってきた。腰には装飾品で飾られた軍刀を下げている。胸には金の刺繍でDBの紋章が入った黒い軍服を着ていて、なかなか威圧感がある。軍の人だろうか。


さっきまで騒がしかった生徒たちが足早に自分の席へと戻っていく。



「私がこのクラスC棟一年十組の担当の白波霧子シラナミキリコだ。お前らを立派な軍人にする為に厳しく指導していくつもりだ。よろしく頼む。」



凛とした声ではっきりとそう言った。厳しいなら望むところ。



「本当は入学式の前に私の自己紹介でもと思ったんだが、何処かの馬鹿が早々問題を起こしてくれたんでな。申し訳ないが自己紹介は後回しだ。」



明らかに俺のことを見ながら言う。問題と言うのは先程の紗雪との騒ぎのことだろうか。やっぱりあのまま放置はまずかったかな。



「さあ、皆。早速入学式の会場に向かうぞ。廊下に出て二列に並んでくれ。」



みんながゾロゾロと並んで廊下へと出る。きっちり出席番号順に並ぶと、白波教官を先頭に講堂へと向かった。


一組から順に講堂に行っているようで、他のクラスの教室は既に空っぽだった。







講堂への入場を終えてきっちりと並べられたパイプ椅子に腰掛ける。改めて見ると凄い人数の生徒たちだ。ここにいるみんなが戦闘のエキスパートだと思うと身が引き締まる。


式は滞ること無く順調に進行されて学園長の挨拶が終わったところだ。



「“生徒隊長挨拶”。」



司会の教官が次の項目を言うと、生徒隊長だと思われる人が壇上に上がっていく。短髪の黒髪、長身で制服の種類はスラックス。その姿には見覚えが有った。



「起立!礼!」



ぼやっと考えごとをしている間に指示が出る。危うく出遅れるところだった。みんなが揃って礼をする。その間にも壇上の人物に目が行くが、遠すぎてよく見えない。



「皆さん、ご着席下さい。」



とても落ち着いた声がする。俺にとっては聞き馴染みがある声。



―――これで確信した。



「……姉ちゃんだ。」

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