第4話 特殊部隊への勧誘

既に試験を終えていた凛が長槍を持ったまま俺の元に走ってくる。そして俺の顔を一目見るとまるで鬼のような形相で怒鳴りつけた。



「馬鹿!なんで異眼使うの!」


「見てたのか?」


「当たり前だよ!……あんなに悍しいオーラなんか出してたら誰でも気がつくって!それに前髪の一部も金になってたし!」


「期待外れだったんだよ。隊長だったらもっと強いと思った。」


少し拗ねるように言う。すると仕方無いなという顔をして声を落ち着かせる。まるでイタズラをした子供を宥めるように。


「それにしたって……」


「というか、凛も随分早かったんだな。」


その一言に凛は何故かバツが悪そうに俺から視線を逸らす。一体何をしでかしたというのか。


そして手に持っていた槍を三つに分解し、柄は両方の腰に装着。穂先は背中に背負い直すと空いた手で頭をポリポリと掻く。



「うーん、正直言うと私も少しだけ使っちゃったんだよね。異眼。」


「なっ……じゃあ、凛も人のこと言えないじゃん。」


「わ、私は戮ほど派手に使ってないもん!軽く使っただけだしわかんないはずだよきっと……」


「ホントかよ。じゃあ、さっきから聞こえてくる異眼の槍使いは一体誰の事かなー?」


辺りから異眼が今年は長剣科と長槍科から出た。という噂で持ち切りのようだった。きっと俺らが使ってしまったせいだろう。



「し、仕方なかったんだよ!もう少しで一撃決められるってところで槍が届かなくてつい……」


のか……」



凛は異眼状態で見た武具の形状を伸ばすことができる能力を持っている。そのため、長い槍のリーチを更に伸ばすことが可能だ。組手のときに経験済みだが、その使い勝手の良い能力に手こずる。



「うん。でもその前に弾丸で止められたけどね。」


「弾丸で!?」


「そう、なんかいきなり手の防護膜に衝撃が走ったと思ったら黒いコートの人が来て『はーい、そこまで』って言われちゃって。」



試合中の激しい動きをしている手に弾丸を当てるなんてなかなかの実力者だと想定できる。




「おーい!君たち!」


遠くから二人組の軍人がこちらに向かって来る。そのうちの一人は入れの試合を止めた黒髪ショートの双剣使いだった。


もう一人は黒髪ロングで、同じく黒革コートを羽織っている。そしてなんと背中には身の丈ほどもあるとてつもなく大きいライフル銃を背負っていた。



「貴女はさっきの……」


「うん、私は猫屋敷一輝ネコヤシキイツキって言うんだ。一応【特殊部隊】に所属している。で、隣のコイツは私のパートナー。」


「同じく特殊部隊の黒崎雨音クロサキアマネ。」



黒崎さんは少し無愛想に首だけを動かして礼をし、猫屋敷さんの斜め後ろに隠れる。



「「特殊部隊!?」」



凛と思わず声がハモってしまう。それほど特殊部隊は珍しく、とてつもない強さを誇る部隊だ。


軍の中でも特に大型魔獣の討伐に優れた戦闘のエキスパートで、日々困難な任務についている人々の憧れの的だ。



「そ、今日は特別な異眼を持っている受験生が二人来るってことで軍から直接呼び出しがかかったんだよ。」


「それが君たちってわけ。」



異眼を持っているからと言ってこれは特に珍しいものでも無い。千人うちの一人が持っているとまで言われている。


なので単純に計算すると今回の受験生の内、三十人程が持っていると推定される。



「なんでわざわざ俺たちの為に?」


「それはねただ君たちが異眼の暴走を起こして学科の隊長を再起不能にした例があるんだ。外山くん、君には心当たりがあるんじゃないかな。」



俺は去年のその出来事を既に知らされていた。暴走した受験生は―――



「姉ちゃん……」


「そう、去年は異例の出来事があってね。異眼同士の対決で両方の持ち主が暴走、お互い潰し合いになった。片方は再起不能。もう片方はこの学校で二刀科の隊長として戦っている。」



姉ちゃんが俺に自ら話してくれた。


最初は相手側が異眼を使ってそれに異眼無しで応戦したらしい。しかし、途中から相手の様子がまるで何かに取り憑かれたかのようにおかしくなる。


そこで姉も異眼を発動させて応戦しようとしたら運の悪いことに姉自身も自ら宿している霊獣に意識を持っていかれてしまった。そして最終的には暴走した者同士の争いになったんだという。


姉ちゃんは軍に“特殊条件下以外の異眼の能力の使用を禁ずる”という特例の条件で入学が許可されたんだ。


しかし、もう片方の暴走者は精神が崩壊し、まともに戦える状態がではなくなってこの学校を去ったらしい。



「ま、ということで今年は君のお姉さんの“外山礼央トヤマレオ”の妹が受験生としてやってくるって聞いて私達が呼ばれたのさ。君に会ってみたかったていう理由もあるけど。」


「もう一つ理由あるでしょ。一輝さん。」



忘れないでよ、と肘でグリグリと猫屋敷さんの脇腹を攻撃する。



「あー、あとは如月くん。君のお姉さんも去年少しだけ暴走したんだよね。ギリギリ相手の首を落とす寸前で留まったみたいだけど。」


「私、それ初めて知った……」



信じられないと言う表情で猫屋敷さんの顔を見る凛。


確かに凛の姉は暴走するというイメージが全く無く、意地でも押さえ込もうとするという印象があった。



「でも試合を見ている分だとまだ完全に霊獣が覚醒しているわけでもなさそうだね。」



黒崎さんが凛の方を見て少し笑顔で言う。


無愛想な人かと思っていたが、実際はそうでは無いらしい。



「はい。いつかお姉ちゃんのように覚醒するんじゃないかとは言われているんですけど、まだ霊獣の声が聞こえないので。」


「まあ、仮に暴走してもそれを抑え込んで自分の力にしてしまえばいいんだけどね。霊獣持ちはそれが大変だね。」


「そういうこともあって、暴走しても大丈夫なように君たちのお姉さんは入学当時から特殊部隊の訓練を受けているよ。将来的には特殊部隊に所属してもらおうと思ってる。」



特殊部隊の訓練はかなり辛くて辞めていく人が後を絶たないらしい。最新の設備があり、実践中心の訓練が多い。もし、今の俺が訓練をやったところできっと悲鳴を上げるだろう。



「いやー、もし良ければ君たちにも卒業したら特殊部隊に来てほしいよ。特に外山くん。あ、戮でいいかな。私も一輝で構わないから。」


「見たところ、戮は霊獣の力をお姉さんよりも上手く使いこなしている。さっきの試合だって自分で戦う必要がないと判断して入れ替わったんだろう?」



そのセリフにコクリと頷く。


確かにさっきの試合はこれ以上続けても自分の成長にならない。そう判断して雷雲に丸投げしまった。怯えきった人を相手にしても仕方がないと思ったから。



「まあ……そうですね。俺はもっと強い相手と戦いたい。」


「強い相手か、正直に言うとこの学校には君より強い相手はいないんじゃないかな?君のお姉さんの礼央ぐらいだと思うね。」


―――強い相手は居ない。俺はこの学校にいる意味はあるのだろうか。


つい、沈んだ気分で一輝さんの方を見てしまう。



「そうなんですか……?」



すると一輝さんは口角を上げて俺の目をしっかりと見る。



「今のところはね。……それとも満足できないようになら私と戦って見るかい?」



腕組をしていた一輝さんは一度目を瞑り、左眼だけをゆっくりと開ける。すると驚いたことに瞳が赤に変色し瞳孔が縦長に変形する。その瞬間、辺りの空気が一変する。


―――もし、一輝さんと戦ったら一体どうなるのだろうか。


長刀の柄に手を掛けて、相手の一輝さんは腰をナイフに左手を掛ける。そして地面を蹴るべく重心を前に置いた。


互いの足が今にも地面を蹴る。その瞬間、


俺を一輝さんの目の前にとてつもない轟音と共に雷が落ちた。衝撃で辺りがビリビリと僅かに振動する。



「一輝さん。そこまでにしないと怒るよ?」



雷の正体は雨音さんが拳銃で撃ち出した【属性弾】と言われる種類の弾丸だった。


属性弾は着弾した箇所から属性効果を発生させるための特殊な弾丸だ。使いこなすにはそれに見合った異眼や才能が必要だが。


前髪に隠れて見えにくいが、雨音さんの右眼も一輝さんと同様に赤に変化していた。


雨音さんは拳銃を向けたまま一輝さんを睨んでいる。



「悪い。少し調子に乗った。」



その威圧に反省した様子の一輝さんは左腕を元に戻して、異眼を引っ込めて元の黒に戻した。それを見届けるとため息をつきながら拳銃を足のレッグホルスターに戻す。



「ごめんね。如月ちゃん。この人面白そうなこと見つけたらすぐにこうなっちゃうんだ。」


「い、いえ。大丈夫ですよ。」


「とりあえず二人とも、卒業したら待ってるね。特殊部隊も人手不足だからさ。ほら、行くよ一輝さん。」


「はいはい。じゃあな、お二人さん。」



雨音さんが強制的に一輝さんの腕を引く形で二人は去っていった。



結局二人の能力は謎のままだ。


雨音さんの能力は雷を銃弾として撃ち出すことかもしれないが、一輝さんは能力を使う前に止められていた。


気になることはもう一つ。何故か二人共能力を使う際にしか開いていない。通常は両眼を開けて異眼の能力を使いながら戦うはずだ。わざわざ視野を狭めて自ら不利な状況を作る必要なんて無いのに。


受験生が相手なら両眼を使う必要が無いと判断したのか、使えない何らかの理由があるのかどちらかだ。


負に落ちないが考えていても仕方が無い。二人に言われたとおり自宅に向かうことにした。





試験から三日後、家に合格の通知が届いた。一本の眼鏡とともに。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る