母親を超えし料理

「ふんふふんふふーーん」


 調理している楪さんの後ろ姿は妙に艶っぽい。


「楪さんの料理している姿、主婦っぽくて新婚さんみたいですね」


「え!? ちょ、いきなり何言ってんのよ! 恥ずかしいでしょ!」


 それなのに楽しそうに鼻歌なんかしちゃってたし、今もちょっと揶揄ったくらいで顔を真っ赤にしているんだから少女のような可愛さがある。

 先に言っておくが、俺はロリコンじゃ無いからな! 違うからな!


「そんなに可愛い反応されたら悪戯いたずらの一つや二つやりたくなっちゃいますよ」


「も、もう! 次揶揄ってきたら怒るからね! あと、可愛いなんてそう簡単に言っちゃいけないよ! 特に私には!」


「はーーい、分かりました。でも、楪さんだったら言われ慣れてると思ったんですけどね」


「それは……そうだけど。月斗くんは別なの!」


「え、そうなんですか?」


「はい、この話はもうお終い! 料理に集中したいから大人しく座ってて」


「は、はい」


 なぜ俺なんだ、と聞きたかったが強制的に会話を終わらされてしまった。

 俺みたいな中の下の顔よりカッコいい人なんてごまんといると思うんだけど、こんな奴に可愛いなんて言われても嬉しくないだろう。

 事実、俺は中学の時に好きだった女の子に告白したらゴミを見るような目で見られちゃったよ。

 その時に『ねぇ? 自分の顔を鏡で見たことある? 人生やり直せば?』なんて言われたよ。

 あの時は一ヶ月近く不登校になったな。

 まぁ、その時にかなでと出会ったんだけどね。

 あれも一つの運命だったってことだね。


 でも、俺は高校で友達も彼女も作るために変身したんだ!

 所謂高校デビューって奴だな、鼻先まで伸びたもっさりとした髪を思いきってバッサリ切って、メガネはコンタクトに変えた。

 ファッションは流石にわからなかったから雑誌に載っているのと同じものを着ている。

 仮面ラ○ダーで言う変身後みたいな物だろう。


「月斗くん、出来たよー」


 過去を振り返っていると、楪さんの暖かい声が聞こえてきた。

 落ち着くんだよな、楪さんの声。


「うわぁ、美味しそうですね」


 久々に見た手の込んだ料理。

 机上に置かれたおかず一つ一つが主役であるかのようにキラキラと輝いて見えた。


「子供の時から料理は私が作ってたからね。結構自信あるんだよ」


「そ、それじゃあ、いただきます!」


 あむっ、もぐもぐ。

 もぐもぐもぐもぐ、あむっ。

 や、やべぇ箸が止まらない。


「楪さん!!」


「お、美味しかった?」


「めちゃくちゃ美味しいですよ! 今まで食べてきた中で一番美味しいです! これなら毎日同じ料理でもずっと食べられるそうですよ!」


「そ、そんなに? お母さんのより美味しいの? ………毎日ってい、いきなりそんなこと言われても」


 最後の方は机を挟んで座っている俺にも聞こえないくらいの声量だったからなんで言われたのか分からなかった。


「はい! 母と同じで何か暖かさがあるんですよ。母のは愛情だと思うんですけど、それより美味しいってことは楪さんは何を込めてくれたんですか?」


「そ、それは………な、何でもいいでしょ! それより冷めないうちに食べて!」


 強引に話を逸らされたがこの威圧感から察するにこの話題はやめた方がいいのだろう。

 顔も真っ赤だし怒っちゃったかな?


「そ、それもそうですね」


ーーーーー


「ふぅ、ごちそうさまでした!」


「ふふっ、良い食べっぷりだったね。結構な量作ったと思ったんだけど、全部食べちゃうなんて」


「楪さんの料理があまりにも美味しくて、まだまだ食べられそうですよ。完全に胃袋掴まれちゃいました」


「ほ、ほんと!!」


「ほ、本当ですよ。落ち着いてください」


 何故こんなに興奮してしまったのか。

 今、俺の目の前に楪さんの顔がある。

 あまりにも近すぎて唇が触れてしまいそうだ。


「ご、ごめんなさい」


「大丈夫ですよ、いきなりでびっくりしただけですから」


「ふふっ、あの本に書いてあった通り愛情を込めて作った料理で月斗くんの胃袋掴めちゃった。ふへっふふふっ」ボソッ


「うん? 何か言いました?」


「な、何も言ってないよ! 気にしないで!」


 そうは言われてもな、楪さん自身は気付いてないのかもしれないけどめちゃくちゃニヤけちゃってるんだよね。

 本当に色々な表情をするもんだから、そのギャップの差にドキドキさせられる。


 まだ知り合って数日しか経っていないのに家にまで上がっちゃうなんて俺って入学する前に運使い切っちゃってないかな?

 大丈夫だよね?


「じゃ、じゃあそろそろ俺、帰りますね。ありがとうございました」


「こんなに美味しそうに食べてもらえて嬉しかったよ。また明日も作るから来てね」


「はい、分かりました。って、えぇ!? 明日もですか!? それは流石に悪いですよ!」


「いいのいいの、私が作りたいんだから、ね? いいでしょ?」


 不意打ちの上目遣いの破壊力はビ○ス様をも超えているに違いない。

 まぁ、どうやればこの状況で断れるんですかね?


「は、はい。お言葉に甘えさせていただきます」


「うん、楽しみにしてるから絶対来てね! ………今日よりもっとオシャレしなくちゃね」


 最後の方が聞き取れなかったけど、どんな理由があっても行くしか無いよね。

 あ、因みに俺は別に難聴でもなんでも無いからね?

 本当に小声だったから聞こえなかっただけだよ?


「もちろんですよ、お腹空かせて待ってますね。では、おやすみなさい」


「うん! おやすみ、月斗くん!」


 扉が閉まるギリギリで見せた楪さんの笑顔が瞼の裏に焼き付いた。

 目を閉じれば楪さんの笑顔、まぁ、あれだ今日は寝られないな。うん。

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