お隣さんと買い物に

「かなで、待っててね」


 俺は今日新刊が発売される漫画を買いに書店に行こうとしていた。

 

「よし、財布も持ったし忘れ物もないか。それじゃ、行ってきます!」


ガチャッーーー


 玄関の扉を開けた時、隣の扉も開く音がした。


「あ、ゆずりはさん。おはようございます!」


「げ、月斗くん。お、おはよう」


 楪さんは303号室に住んでいる隣人である。

 何故か顔が赤いがどうしたんだろう。


「お顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。これは、そのなんでもないの」 


「そうですか? なら良いんですけど。あ! 今日はどちらまで行かれるんですか?」


「えーーと、駅前の本屋さんだけど、どうしたの?」


「それなら、俺もそこに用事あるんで一緒に行きますよ!」


「え!? 月斗くん、本当に大丈夫だからね? 気にしないで」


「楪さんが大丈夫だと思っていても、もしもの時があるかも知れませんから、邪魔はしないのでお願いします」


「そ、そこまで一緒に行きたいなら仕方ないですね」


「はい! 楪さんと行きたいです!」


「も、もう……」


 先程の紅潮している箇所が耳まで広がっている。

 本当に大丈夫なのだろうか。


「楪さん、失礼します」


「え? ちょ、ひゃっ!」


 俺は楪さんの額へと手を伸ばし触れた瞬間にボンッと爆発したかのように頭から煙が上がっている。


「あっつ!? 大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫だから!! 少し時間をおけば治るから、そっとしててもらって良い?」


「あ、ごめんなさい。でも、無理はしないでくださいね?」


「うん、心配してくれてありがとうね」


「いえいえ、楪さんに倒れられたら俺心配で気が動転しちゃいますよ」


「あ、う、うぅぅぅ」


「ちょ、本当に大丈夫ですか!?」


「大丈夫ったら大丈夫なの!! 先行くね!」


「あ、ちょ、楪さん! ……行っちゃった」


 呻き声とも取れるような声をあげた楪さんが全力疾走で走っていった。

 あんなに走って大丈夫なのだろうか。


「お茶でも買って行こうかな」


ーーーーー


「あ! 楪さん! やっと見つけた!」


「月斗くん、遅かったね」


「ここの本屋広くて探すの大変なんですよ。それと、お茶です」


「え、なんで?」


「えっと、さっきあんなに走ってたから喉渇いてるんじゃないかと思いまして」


「あ、ありがとう。助かるわ」


ゴクッゴクッーーー


「良い飲みっぷりですね」


 楪さんは自動販売機で買ったお茶を一気に飲み干した。

 相当喉が渇いていたのだろう。

 買ってきてよかった。

 俺の残り少ない親の仕送りを使った甲斐があった。

 

「ぷはぁー、ありがとう。月斗くん」


「いえいえ、俺が何かしてしまったから走っていってしまったんだと思うんで、気にしないでください」

 

「いや、駄目だよ月斗くん。人に感謝されてるんだからその気持ちを蔑ろにしちゃ駄目だよ!」


 楪さんの圧が今までで感じた事の無いくらい凄まじいものである。


「は、はい。すいません」  


「分かればいいのよ、分かれば。じゃあこの後作り過ぎたお惣菜があるから届けに行くね」


「ありがとうございます! 最近誰かが作った料理を食べてないので恋しかったんですよ」


「え? お母さんはいないの? そういえば引っ越してきた時の挨拶も一人だったね」


「はい、県外の高校に進学したので一人暮らしさせて貰ってるんですよ。だから、自分で作るしかないんですけど、やっぱり母親の料理には勝てないんですよ」


「そうなんだ。じゃあ、今日一緒に食べる?」


「え!? それは悪いですよ」


「月斗くん? 人の気持ち蔑ろにしちゃいけないってさっき言ったよね?」


 またまた凄まじい圧力である。

 こんなの断れるわけないじゃん。


「は、はい! 喜んで!」


「ふふっ、じゃあ腕によりをかけるから期待しててね」


おっと、楪さんは表情豊か過ぎやしないかい?

 めちゃくちゃ笑顔なんですけど。

 向日葵でも咲いたのかな?


「あ、そういえば何の本買ったんですか?」


「そ、それは秘密です」


「え、何でですか?」


「月斗くん、もう一つ良い事教えてあげるね。人には聞いて欲しくない事もあるのよ」


「そ、そうですね。俺にも少なからずあるので考え無しに先走っちゃいました」


 彼女が購入した物が『恋愛マスター〜年下編〜』である事を月斗は知る由もない。


「さてと、欲しいのも買えたし、帰りましょうか」


「楽しみにしてますね、楪さんの料理」


「任せなさい!」

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