第5話 友達100人斬れるかな?
「..はい、向かいました。
定かではありませんが恐らく、相対する事になるかと。」
受話器を取るなど久し振りだ、スマホが主流の現代では物珍しい。
『犠牲者はどれだけ出そうが構わぬ、奴が消えればそれでいい。』
「警官としちゃ人が死ぬのは御免だがそんなもんが面倒だから駐在になった俺だっていくら死のうが構わねぇ」
〝人格が破綻している〟
表面的にはそう見えるかもしれないが面倒事に巻き込まれたくないというのは自然な道理である。
「どうだい俺のお勤めは?」
『上出来だ。』
「へへ、後で蕎麦奢ってやる」
蕎麦作りは正式な業務だったようだ。
ーーーーーー
「ふぅっ!
着いた着いたぁ、でっかいオリの屋敷
..早速かくれんぼしよっか。」
黒い格子を叩き斬り中へ入る、横には大きく〝幼稚園〟の文字。
「おーにさんこっちだ..っと、追いかけるのはオレだったか。」
外で元気に遊ぶ児童、無邪気な振る舞いに気驚きだ。入り口の門を斬り落としても全く気が付かないのだ。
「普通気付くだろ」
後から遅れて現れた保育士がこちらを見て目を見開いた。
「誰よ...侍、もしかして報道の!?」
保育士の言葉で漸く児童がこちらを振り向く。悲鳴をあげるもの、面白がって笑うものそれぞれだが彼にとって全てはエモノ。斬り刻む対象でしかない
「お前が先に気付くなよ、女ァ。」
跳躍し、振り上げた刀が保育士を狙う
「死ね、名も知らん人間よぉ」
人の身体が斬れるとき、命が閉じて終わるとき、無意識かどうしても笑みが溢れてしまうのは狂人の性か。
至福の刻を邪魔されるのはどういった気分か、当然眉間にシワが寄る。
「...あん?」
女は斬れてない、刀に赤も付いてない
ただ軋みながら同じ色が重なっている
「貴様、何をしている..⁉︎」
「おいおい!
欲しいもんが向こうから来たぜ!」
道標に沿えば争いに直面する、だから逃げ続けて来たというのに結局戦いは避けられず、嫌々刀を振らされる。
「小童たちを隠せ!
庇って戦う保証は出来ん。」
「はい!」
戸惑いながらも児童を室内へ避難させ部屋の入り口に鍵を掛ける。
「迅速な振る舞い誠に感謝致す」
「古語が抜けないねぇ、ダサいよ?
オレはそんな集呉郎見たくないね。」
「過去に送り返される身で宣うか、現代では何という、〝無様〟か?」
「..言うじゃん、お前とは全力で戦る
消えない傷を付けてやるよ!」
キリンを宿し刀が大きく増長する、園内で扱うのは難しい。周囲に考慮して振るう筈も無いので、動く位置範囲を念入りに調節する必要がある。
「ひぽたま、今回は相当骨を折るぞ」
「バキバキに砕けちまえよっ!」
猛威の縦振り、宿した刀で受け止めるが相当の負荷が襲う。脚は土に減り込み腕にはビリビリと衝撃が伝わる。
「くうおぉっ..!」
「潰れるか?
それとも耐えて腕痛めるか」
「..どちらもないな。」
刀の表面に水を纏わせ刃から流した水を身体全体に振り垂らす。
全身を濡らした集呉郎の体は滑走度を増し流動的な動きを付与した石鹸のような身体に変わる。
「垂水は少し気持ちが悪いな」
キリンの首の隙間からするりと抜け、水を払って草美の元へ。
重量のある長い刀が仇となり、即座のなり振りはままならない。急いで刀を戻そうにも、刃が縮むストロークを待たねばならない。
「麒麟は鷹ほど脳が無いようだな..」
「キリンだ!
いつまで過去の話してんだよ!」
「未来は見えているからな、お前が斬られて倒れる迄は。」
腹部一閃、隙を開けた急所の布が避け血液を噴き出す。赤い色が余った布をじわじわと汚していく。
「威勢の割には呆気ないな、所詮は口だけか。まぁいい、直ぐに済んだ。」
「そうか?
だったら何よりだぜ、集呉郎ちゃん」
「…まだなのか。」
草美の身体が肥大化する、人の影が形を変えて獣のような出で立ちに。
首は長く、身体は高い、まるで現代でいえば〝キリン〟のような姿だ。
「何だそれは?」
「知らないとは驚きだわ、自分の身体に刀刺した事ないのかよ。」
「通常は無いと思うが。」
「お前の物差しで世界を測るな
獣が宿った刀をてめぇにブッ刺したら中の獣は
腹の傷も癒えている。キリンに治癒能力は無い筈だが、肌から獣にすり替わっているということか。
「小童も部屋に忍ばせて良かったな」
「安全が保障された訳じゃないぜ?」
「..違う。」「あん?」
「その様な愉快な格好を見てしまっては、騒ぎ立て喜んでしまうだろう?」
〝無様で滑稽だ〟
遠回しに伝える武士活用、比喩である
「ナメてんの?」
「どうだかな。
長い首を縮めて頭を抱えてみろ、多少は良い考えが浮かぶのではないか?」
水飛沫を飛ばして斬撃に
標的がテリトリー内であれば水の硬度を自在に変換して放つ事が出来る。
「全身で受け止めよ。
的が大きく助かった、外れはないな」
「だからナメんなってば。
水なんか舐めとってやるよ!」
長い首の頭から、長い舌を取り出して飛沫を絡め取る。威勢の良い形状を崩してしまえば唯の水、造作も無い。
「直接撃っては喉を潤すだけか。
ならば纏わせ斬り倒してくれようぞ」
硬化させた水を刃に纏わせ斬れ味を増加させる、舌を伸ばしたところで痛みを伴うだけだ。
「それでぶった斬ろうってか?
勝ち急ぐなよ、やっぱり慣れてないんだなぁ戦には。集呉郎ちゃん♪」
「勘違いするな、動きは同じだ。
手数は変わらずそれを腕でやるのみ」
無数の水鉄砲を剣に変え放つ、単純な変換で傷を与えるいわば作業。戦などと大それた代物ではない。
「それともう一つ思い違いだ、拙者は戦を嫌い避けていただけ。戦おうと思えば存分に腕の力は振るえる。」
重心は細いキリンの足に、四本の内の一本を落とせば容易に動きは停止する
「上身に重きを置きすぎだ。」
「お前こそ甘く見過ぎなんだよ!」
大きく跳躍し、巨躯を浮かせて首を真下に身体を垂直に。
「..何だその格好は?」
「キリンが縦に下向いてるのがそんなに珍しい?
もっと変わったモン見せてやるよっ!」
下を鋭く槍の様に立て全身を回転させ集呉郎の頭上目掛けて落下する。
「刀では防ぎきれん、回避だっ!」
標的を失った回転する槍は地面に突き刺さり、ドリルのように土を削る。ある程度土を掘り起こすと、振動音を耳に残し動きを止めた。
「回転が止んだ」
「止めたんだよこっちで!
ぺっ、苦っ...土思いっきり噛んだ。」
少しだけ人に戻っている
獣人というべきか、二足歩行の人型をある程度模した獣になり変わる。
「中途半端な風貌だな」
「刀持ち易くしたんだよ、てかお前も姿変えなよ。腹に刀刺しゃ一発だよ」
「断る。」「何、侍の魂ってやつ?」
切腹など敗者の儀式。
介抱される見込みも無ければする理由も無い、だが斬らぬ理由はそれと違う
「拙者の刀の獣を思う者がいる。
容易に肌に触れる訳にはいかぬのだ」
「もう触れてるじゃん」
「限度が有るという意味だ。」
直接触れるのは人道に反する、あくまでも彼の範囲内での意味ではあるが。
「舐めてない?
生身でオレを斬ろうって事っしょ?」
「斬るのは、お前ではない..!」
草美の剣と打ち合いになる、剣と剣と交わるその直前に硬化させた水を刃に纏わせ鋭利に研ぎ澄ます。硬度を上回った集呉郎の刀が、草美の刀の刃を切断し落とした。
「へぇ..なるほどね、あなたいらないって事。やっぱし慣れてないね、戦」
身体が完全な人型に戻っていく。
大きく増長した体格はするすると小さくなっていった。
「覚悟致せ..」
「おっと、いいの?」「なんだと?」
草美の指差す方向に、部屋の扉を開いて出てきた子供の姿が。
「まさかあんな小さな子の前でオレを刺したりしないよね?」
脅しとも取れる振る舞い、しかし子供の前で平然と取れる行為では無いことも確か。完全に八方塞がりだ。
「…物分かりいいね。それじゃ、武器も折られたしオレいくわ」
壊れた刀をその辺に棄て、幼稚園を出て去っていく。結局の所目的が余り分からずに終わってしまった。
「食えない奴だ、ろくに掴めん」
娯楽でいえば金魚すくいか、実にくだらない矜恃である。
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