第4話 斬れば都

 「落ちるとこ間違えた。」

座標から大きく離れ着地した、計画性は余りないのか大雑把な位置で周囲への気遣いも無い。

侍としての名前は〝気まぐれ草美〟

生かすも殺すもそのとき次第、戦の後の結末は草美くさよしの態度で決まる。殆どは殺してしまうのだが。


「結局歩かなきゃじゃん、めんど!

やりたくねーから飛んだのにさぁ。」

直接座標を打ち直し目的の場所へ

目で見るものを増やせば情報も増える

「それにしてもあの檻でかいよな

あれだけ〝中に人〟がいれば一人くらいは当たるっしょ?」

丘から見た確かな檻屋敷、一つの檻の中に大量の人がおさまっていた。


「こりゃ気まぐれにも大量に死人が出そうだな、ヒヒヒヒ!」


それを追いかけるはまたも侍

戦嫌いが戦に向かっている、敗れたときに失うものは近しいもの。故にであろうか、迷う事なく剣を振るう鋭い眼光を街中に流している。


「役人殿、檻を破壊し犠牲を生んだ愚者の居場所を教えてほしい。」


「ニュースで出てたやつね

...交番に来るかそんな案件!」

街の奉行所ですら取り扱わない、いや恐れをなして無視しているだけか。


「戦いから逃げようとするのは分かるしかし今は急を要するのだ。」


「ここ交番だぞ?

人殺しなんかねぇ、サイフ落としたとか猫が逃げたとかそういうほっこり街騒動を解決する場所なんだよ!」

やる事は二つ

小手先案件を解決に導く。

突発的に訪れた外国人に道を教える。


「檻を蹴破るのが好きな奴ならまた檻のある所を狙うんじゃないのか?」


「他に何処に檻がある?」


「他にか、でもまぁ檻っていったらやっぱ動物園..」


「そこでは断じて無い!」

「何でだよ⁉︎」

「拙者はそこから来た。」

「お前何処住んでんだ一体!」

有力な檻スポットは自宅と化している着物の男が入ってくれば直ぐに分かる筈だ、それならば態々外に出向く必要は無いだろう。


「あ、しまった..!」


「どうした?」

交番内の机に置かれた紙袋の包みを持ち頭を抱えている。いかにも交番チックなトラブルの予感である。

「これ、向こうの幼稚園に届ける予定だったんだよな、色々立て込んでて後回しにしてたけど。」


「今、蕎麦を食ってたよな..?」

「作るところからやってんだよ!」

警官のウソ、これ街のウソ。

ダメ、ゼッタイと言われた事が余り無いのだろう。

「拙者が向かってやる、何か手掛かりが掴めるかもしれん。」


「お、そうか!

なら今すぐ地図書いてやる。」


「酷く嬉しそうな顔だな」

「お前がやるって言ったんだろ!」

「開き直るな。」

交番の主な仕事がもう一つ判明した。

悩みを聞かず蕎麦を作る。

「何処にいる檻壊し、何かが生じる前に間に合えばいいのだが..。」


自由人は野放しにすると、周囲を不自由にさせる。


「全然遠いじゃん、こりゃ相当ミスったなぁ。もう一回飛んでもいいんだけどまたミスったらめんどいしな」

自らの失態を悔やみながら開きすぎた距離を脚で削っていく。

根性や忍耐とは縁遠い性質から、無理をするのに心から不快感を覚える。


「ちょっと休んでこうかな...ん?」

近くの公園でたむろする制服姿の強面の男たちが、座り込んで口に缶を傾けている。

「ドリンクじゃん、いいなぁ。

ねぇ、それオレにもちょうだいよ!」


「…あん、誰だアイツ?」

大きく手を振る金髪の和服姿に蔑んだ目を向けるツーブロックサボり制服達

「聞こえてんの?

それくれって言ってんだけど!」


「何言ってんだアイツ」

「俺たちに相手してほしいんじゃね」

「そうかよ、なら相手してやっか」

レジ袋の中から缶を一つ取り出し蓋を開けて草美に向かって投げ付けた。

中から溢れた甘い水が和服を濡らし無様な匂いを漂わせる。

「...何コレ?」


「ギャハハハハ!

うめぇかよ、恵んでやったぜ!」

「味わって飲めよ和服ちゃんっ!」

「もう一本飲むか⁉︎」

涙を流して笑う男たちには悪びれる素振りも無く、寧ろ楽しんでいる。その癖中身はジュースであり酒を飲む勇気は毛頭持ち合わせてはいない。


「くだらねぇ..。」

「‥あん?」


「てめぇらには死ぬ価値もありゃしねぇが、特別に奉仕してやんよっ!」

一振り撫で切り跡形も無し

通常ならばそうなろうが、公園には叩き斬られた、斬り傷まみれの虫の死骸が三匹程横たわっていた。

「..なんだよ、たんまり溜め込んでるんじゃねぇかよ。金は払えねぇけどいいよな、もう文句も言えねぇだろう」

煩い口は開かない。

開いたところで聞こえるのは低俗な罵倒と無価値な言動のみ、付いているだけ無駄な気管である。


「一本残しておくか、集呉郎への選抜に。...別にいらねぇかな」

腕を振り上げ適当に、余った缶を放り投げた。缶は以前頭と呼ばれた血塗れの男の部分に当たり、中の液体を垂れ流していく。

「そろそろかな?

あ〜..うっすら、見えるねぇ。」

本来斬りたい相手は一人、偶然斬らされる連中は錆落としでしかなく、愉しみも悦びも見出す事はないだろう。

「お前だけだよ、集呉郎‥!」

疼きを止めるのは戦嫌いの腰抜け侍。


ーーーーーーー


 地図を見ていても時間が掛かる。

地の利が無い上道は手探り、ヒントはあるが使い方が難しい。武士という大元を抜いても彼はそもそもにかなりの方向音痴である。


「ここはこいんらんどりぃか?」


「..いや、パン屋だけど。」


「はて、おかしいな。

確かにここにはこいんらんどりぃと」


「道間違ってんじゃないスか?」

「そんな筈は無いのだが..。」

未知の空間で我を通すという愚挙、服を簡易的に洗える場所と時間をかけてふっくらパンを焼き上げる場所を間違える筈は無い。

「ならば真っ直ぐに問う、幼稚園とやらは一体何処にある?」


「幼稚園目指してここ歩いてんスか?

だとしたら方向真逆っスよ。」

警官の渡した地図に記された〝公園〟という文字の正反対の方向をはっきり進んでいた。

出来ない事を無理矢理するからだ。

「かたじけないっ!

再度道を教えてはくれないか?」

パン屋の男に頼み込む、小麦が焼き上がる肌の熱意を込めて。

「うん、じゃあソコに書いてあるコインランドリーのとこまで一緒に行ってやるよ、ついてきなよ。」

簡易的にでも汗を洗い流せば視界が広がり見えるものも増えるだろうか、そんな事を考えたところで目的地はコインラインドリーでは無い。

視界は過去より今いる現代、その程度の拡がりで限界の伸びしろであろう。


「なんかアンタ、ニュースでやってた奴とカッコが似てんな。ムショの牢屋ぶっ壊すたぁ大したもんだ、警官が褒めちゃいけねぇんだろうがな!」


「一緒にするな、直ぐに止めねば。」


「知り合いなのか?」


「向こうはな、拙者は顔も知らん。

第一ルリも云っていたが、何故あそこまで詳細に報道が出来たのだ。発見したのは牢獄の惨状と斬り刻まれた囚人のみ、身なりや顔はわからん筈だ」

情報が無駄に漏れている。

疑心を伺わせる在り方を不自然に思う

「まぁこれが現代の力って奴だ。

思ってるより俺たちは腕持ってるぜ?

..まぁ俺はただのおまわりだが」


「どの道何者であろうと止めねばならぬ、道順の助力感謝する。」

深々と警官に頭を下げ、地図を頼りに歩き始める。余程の事が無い限りもう此処へは訪れないだろう。

「アイツ大丈夫かなぁ…」

向かった先には、何があるのか。


「お、見えてきたじゃん。」

目で見えるものは正しいものか?


「道がまるでわからんな」

見えているものは決して平等ではない

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