第2話 獣探訪、出会うは侍。

 「夜明けか..。」

 水の中で朝を迎えるのは初めてだ。家が無いので仕方がないが、檻の内側に存在するとならず者のようで気が引ける。早々に改善せねばと心に誓う。

「しかしアレだな。

この寝床は服を洗う手間が省ける、少々体に気を遣うが構うものか。ひぽたまも捨てたものではない」

己の時代には存在しないであろう獣も無知故に理解している都合の良さは、規律の増えた現代すらも受け入れる。

「さて、向かうか!」


「誰だね君はっ!?」「敵襲か?」

飼育員と見られる作業着の男が指を刺して騒ぎ立てる。カバの家で白ふんどしの男が水を浴びているのだから無理も無い、寧ろ優しい方だ。

「君か!

動物園中の生き物を何処かへやったのは、見るからに怪しいもんね君っ!」


「動物園中..この屋敷の事か、やはり全体が吸収されたのだな。..必ずや連れ戻す、確実にだ!」


「ホントに君なの?」


「正確には獅子による過ち、拙者も蹴り上げられ此処に来た。」


「他にいるってこと?

...ならさっさと捕まえようよ!」


「力を貸してくれるか、かたじけない

平和を共に取り戻そう!」

素直なのか大きな展望を抱え共に歩む事になった。用務員の話によれば動物園の生き物の事は既に報道される程の大騒ぎとなっているようだ。

〝動物大量失態事件〟

テレビのワイドショーでは、原稿を読むだけのキャスターと、憶測でモノを言うだけの〝形だけコメンテーター〟

が、それはそれは..打ちひしがれる程の白熱した議論を繰り広げ続けている


「服が乾き次第拙者は動く、飼育員とやらはここを護っていてくれ」

陣地を任せ、未知なる敵陣へ。

戦嫌いの侍にとっては心を今すぐに捨てたくなるが仕方ない。

「何処に行くんですか!?」

「少しアテがある、探すのに手間はかかるだろうが問題は無い。」

明確に目的地を伝えずに、着物を肩にかけながら園内を出た。彼はこれから動物園の客から一般市民になるのだ。

「さぁて、奴は何処だ..?」


ーーーーーー


 里ヶ島高等学校2年A組教室

 朝の会を終え、一時限目を待っている時間という概念の薄い記憶に残らない瞬間を、生徒達は近々な話題で使用していた。

「ねぇ聞いた?

動物園の動物いなくなっちゃったんだって、何処行ったんだろうね。」


「知らね、別にあんまり行かねぇし。

いなくて困る奴なんて一部っしょ」


「言えてる、例えばカバ好きな奴とかね。あいつその日もいたのかな?」


「どうだろ、いたんじゃない?

ヒポタマちゃ〜んとか言ってさ笑」


「……」

陰口はもう慣れた、窓の外を眺める素振りも多少はサマになったと思う。

「一度でも見たことあんのか..見てもいないのに馬鹿にして。」

いじめや嫌がらせは異物を排除する為の行いらしい。だから気に食わないのだ。理解できない趣味を持ち、平然と過ごしている変わり者の姿が。


「おい池園!」

「...なに?」

理解出来ず気に食わないのだが、排除する具体的な理由が見つからず次に言われる言葉は決まって

「なにその態度、キモいんだよ」

これだ、芸が無さ過ぎる。

「今日の授業は..単位は充分取ってあるわ、なら問題無さそうだね。」

彼女はそれと戦う事はしない、争いが嫌いとも言えるが単純に相手をするのが馬鹿馬鹿しいからだ。

戦は利益の競争、何も得をしない戦いに参加しても得るのは疲労のみ。それを知っている彼女は潔く逃げ道を行く

「池園!」


「...はい?」

「お前また早退か、まだ一時間目終わったばっかりだぞ。」


「単位の事なら大丈夫です、ちゃんと計算してやってるんで。」

いちいちうるさい担任教師。心配してるフリですか、ウソくさいですねぇ。


「そういう事を言っているんじゃないお前の将来の事を心配しているんだ。もっと友達と、クラスメイトと仲良くしたらどうだ?」

出たよ友情教のエセ愛情。

クラスの中に友達いない奴がいたら自分が困るってだけでしょ?

二者面談のとき無理矢理言わせたもんね、「話した事のおる奴を言え」って絞り出して名前言わせて責任逃れ?


「お気遣いどうも、二度としないで。

ためにも力にもならないから」

生意気だって言う気だろうけど、目下に全く慕われない自分の存在を嘆いた事は一度もないの?

「親が言わなきゃ高校なんか行かないってのよ、つまんない場所..!」

さっさと家に帰ろうか

...いや、少し公園で休んでいこう。


「いつもなら動物園に直行するんだけどねぇ..今はムリだしぃ。」

小さい頃からカバが良かった

ライオンとかクマとか、周りが強くてカッコいいって思う動物には興味が余り無くて。

「なんでなんだろう」

いつも同じだからだろうか。

口を開けて、日向ぼっこをしている。本当は凶暴だって言われるけど、私の見ているヒポタマちゃんは、いつでも穏やかで和やかでいてくれていた。


「ウソここの公園自販機もないの?」

なら何しに公園来てんのさ皆。

タダでジュース飲める場所でしょ公園ってさ、銭湯の次に自由な所なのに。

「あーヒポタマちゃんに会いたい」


「会いたいか?」

「....うおっ、なに!?」

適当に座ったベンチの隣のベンチに適当ではない風貌の男が座っている。

そしてそれは確実に知り合いで疫病神

「アンタあの時の!

..ていうか早くヒポタマちゃん返しなさいよ!」


「そこなのだ女、ルリだったか?

拙者はこの時代の事をよく知らぬ、故に侍の居場所が分からぬのだ。」


「なに、現代の事教えて欲しいの?

わかったわよ、付いてきて!」

半ば苛々しながら手を引いて侍を公園から連れ出した。辿り着いたのは奇抜な装飾の派手な店の前。


「何かの城か?」


「ここで待ってて、特別に奢ったげるからさ。」

瑠璃のみが店に入り、集呉郎は待たされた。未知の空間にたった一人、心細いというよりは唖然とする光景にいる

「四角い板..渡来された文字か?

向こうのは読めん、こちらの文字は知っている。タ、タ..タ〜...」


「タピオカだよ、流行りの飲み物!」

冷たい液体を含んだプラスチックの筒を手渡される。

「たぴおかだと?

〝ひぽたま〟の類ではあるまいな。」


「全然違う、ミルクティーだよ。

甘くて結構人気あるんだよ?」


「む..底に異物が、蛙の卵か!」

「違う、言うと思ったけど違うんだ」

年寄りと言うことが同じだと思ったが時系列を辿ると彼は既存の老人より遥かに歳を召している筈だ。わからないどころか概念が無い。


「む、美味なり」

「勝手にスッと飲まないで、現代にはこんなに素晴らしいモノがみたいなのやりたいのよこっちは新鮮だからさ」

 住めば都という言葉があるが、正式な意味合いは〝何処でも同じ〟という事だ。現代に疑問はあれど粗方の事に慣れる度量は常にある。

「なんか可愛げ無い侍よねー

ヒポタマちゃん飼ってるから悪く言えないけど、なんかなー。」


「お客様〜!」「ん?」

制服姿の男が小さなチラシのようなものを掲げて走り寄ってくる、先程接客を受けたタピオカ屋の店員だ。

「はぁ、はぁ..」「大丈夫ですか?」

肩を落とし、ぜぇぜぇと息を切らして目の前で疲れを露わにしている。


「伝えるのを忘れていまして...只今キャンペーンをやっておりまして、二つ以上お買い上げの方にはこちらの..」

チラシのメニューを指示しながら付属の品の説明をし始める。これだけの為に瑠璃を追いかけてきたのであれば店員の鏡だが、個人的な社交性が伴わず店員の対応に追いつかない。


「え〜っとぉ..オススメとかは?」


「オススメですか?

それならこちらの……。」


「..店員さん?」

メニューから目を離し顔を上げこちらを向いたとき、店員の顔つきが変わった。視線はかなり研ぎ澄まされている

「お前、集呉郎か..?」


「何故拙者の名を、もしや...。」

現代で名を知っているのは二通り

過去の知り合いか、現代の池園瑠璃。


「たぴおかは影武者か。

本来の姿を見せよ、何者だ!」

古典的な変装をしているとは侍が時代遅れと云われる所以、全身に被る皮のようなものは現代でも通用ようだ。


「ちょっと、勝手に行かないでよ

私に説明してって、お金払ったのに」

問答無用は口下手の為に作られた言葉人見知りが格好つけられるように昔の人間が頭を捻った結果なのだろう。

頑なに侍たちは説明をしようとしない


「我が名は良作

携し獣は〝チーター〟なり!」

早斬りの良作、向こうではそう呼ばれていた。現代でも健在、いやそれを上回る速度を誇る斬れ味となった。

「ちぃたぁだと?」


「気をつけて、チーターは脚が速い!

もしそれが刀に付いてるなら...」


「成る程な、そういう事か。」

刀を抜きヒポタマを解放し、水を辺りに撒き散らしテリトリーを張る。

「刀が動けば水が弾ける、脚が動けば水面が波紋を拡げる筈だ。」

力のみならず知略も可能、戦嫌いが講じてこうした危険察知の戦術が身についた。腰抜けだと揶揄される事もあったが、兎が獅子から逃げるのは当然だ息をするのが優先される。


「…波紋が多いな、幾度も行き来しているか。水飛沫は弾けない。」

翻弄する足跡のみで斬り掛かっては来ない、タイミングを見計らっているのだろう。

「ルリよ、距離を取れ。

相手は姑息だが、女に手は出さんだろう。店の中にでも入るといい」


「ちょっと待ってよ、手を出さないのに何で距離を取るのさ?」


「拙者が思うように動けん、安心しろひぽたま殿は傷付けさせん。」


「殿‥敬ってる!」

女の思い人は守り通す、現代に残された武士の正義だ。人ではなく獣だが。

「いくぞひぽたま、気を抜くな」

暫くは睨み様子を伺う。

相変わらず足跡のみが床の水を踏み、剣は振るわれず周囲を駆け巡る。


「いつまでそうしている?」


「いつまで、そうか..わからないか。

ならば見えるようにしてやろう」

足音が止まり、水の波紋が静まる。

侍の姿が直立で停止すると、水飛沫が一斉に弾けた。


「なに..!?」

「安心しろ。

斬ったのはお前ではない」

集呉郎の立つ足場がくり抜かれたように丸く抉れる、その中に拡がる水が注がれ満たされ小さな池を生み出した。

「くっ..!」

「己の水に溺れたか。

チーターは足の速さに重きを置いて力を捨てた、普通に人を斬ろうとそれは致命的な一撃にはならぬ」

逃げ場を失い固定となった相手ならば渾身の一撃が与えられる。一撃で仕留められなければ、息をしなくなるまで斬りつければそれでいい。

「血と気力を全て吐き出せ集呉郎」


「…舐められたものだな、何の為のテリトリーだ。死ぬ為では無い筈だが」


「墓場で口を開くな屍!」

「入ってきたのはお前の方だ。

拙者はよいが、ひぽたまはどうだ?」

頭上を振り被る刀を受け止める。

構えるのは紛う事無き武士の魂、剣を止めるのは水を帯び、大きく開けた獣の姿。領域内のヒポポタマスだ。


「白刃捕り挟み刃、開口大牙!」

刃を噛み砕き飛沫の斬撃、固定された刀の軌跡が剣と侍を同時に斬りつける

「水が人を斬るだと..?

あり得ない、そんな事が!」


「現にお前は斬られている。

それに見てみろ、獣は既に手元にいない。有るべき処に還ったようだぞ」

刀身が無様に折れ、床に転がっている住処は消えた。力はもう無い。


「..無念か。」


「念など元来戦には無い。

欲と我の張り合いだ、そうだろう?」


「....殺せ、今すぐに。」

負けに言い訳はしない、潔い事だ。

しかしそれすらも我の張り合い、戦の端くれだとは気が付かないようだ。


「還っても刀は抜かんぞ?

雪辱など忘れると約束しろ。」


「..ふん、好きにしろ。」

「……」

現代の切腹は介抱をせず鋒が真っ直ぐに只腹を貫く。それだけで身体は過去に送られる、元いた場所に還される。

「池にはまるとはな

抜け出す事が出来て良かったが、酷く戸惑った。なぁ、たぴおか?」


「……違う、ひぽたまだ。」

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