獣宿侍ーじゅうしゅくサムライー

アリエッティ

第1話 刀に宿るわ...。

 江戸の時代

 戦真っ只中の時代だが、侍の誰しもが戦いに賛成では無かった。


「寺の奥の倉、錠前の付いた箱に鍵をもちいて開けば良し。」

古い巻物には読みにくい文字でそう綴られていた。祖父が残した謎の鍵、それほ巻物の記述を解放する為の扉を開くためのものだったらしい。

「賽銭箱に右を押し、木の導きを受け地の下へ進め。」

神棚前の賽銭箱の側面を押し、横にずらすと木製の階段が現れる。下に続く階段を降りると地下へ繋がった。


「そしてこれが例の箱...。

祖父殿が残した遺産でごさるか、邪なもので無ければいいがな」

開けるだけと簡単に考えていたが、目の前には箱が三つ置かれていた。鍵穴へ鍵をあてがったところ一斉に錠は解かれたが、開けるとなると話は別だ。

「巻物の続きは..!」

畳まれている箇所を大きくめくり綴りを読むと以下のように記されていた。


三つの箱、左より並ぶ順繰りは


魂吸たますいの妖刀


刻送りの御霊刀みたまとう


魂吸いの妖刀


遣いどきを委ね、後世に託す。


「魂吸いの妖刀..何故二本?」

奥まで巻物を読み進めると、丁寧に刀の使い方を記している。


魂吸いの妖刀は依代を作る事で周囲を及ぼしめいを喰らう。


刻送りの御霊刀は、魂を吸い尽くした刀を遥か彼方へ飛ばす。思想思惑の追いつくことの無い、超越した処へ。


「魂を吸収し、手の届かぬ範囲へ更に刀を遣って飛ばす。..成る程それは都合が良い、やる価値はあるな。」

巻物の初めに書き出された乱雑な文字で書かれていた。

〝窮地に陥りしときに力を借りよ〟

彼は今、複数の侍に追われ剣呑けんのんしている最中だ。

「籠もっていてもいずれ居場所は解るだろう、いっその事やってしまうか」

身を挺して身を守る

魂を磨いてきた自信が自ら死神になる日が来ようとは、思ってもみない。


「準備が必要だ、先ずは武士の魂を捨て己の魂のみとする。」

自信の持ち前の刀を鞘から抜き取り、刻送りの御霊刀を仕舞う。

「御霊刀は諸刃の剣、一度使えば通常の刃に戻る。これが拙者の最後の刀」

腰に携えしは御霊刀

元の刀を寺の岩床に落とすと音が響く刃が岩に打ち付けられる音は、戦を好む侍達を呼び寄せた。


「…来たか。」

髷を結った戦人の集団が見つけたとばかりに駆け寄り周囲を取り囲む。


「袋の鼠だ佐門司 集呉郎。

戦を嫌う軟弱者め、死をもって恥よ」

 戦によって物事を推し進める横暴な遣り方に反発して対立した。味方に着く侍は一人もおらず、争いの沈静化はまるでままならない。

「戦をするのが其れ程好きか?

平穏や安寧を愛する者ですらそれを戦にて勝ち取れというのか蝦夷尓えみしよ。」

意見が噛み合う訳も無く、両者しっかりと睨み合い、敵対を体現する。

「戦を嫌いとて非力なお前に何が出来る、せいぜい剣を振るい映える程度」


「ああ、確かに拙者には力が無い。

戦を止める力など到底無い故、元凶を総て拘束し封じる事にした。」


「..何?」

掌に刃を突き立てる。

刃には依代となる血液がべっとりと付着し、赤々と刀身を汚している。

「拙者の身体は今この短刀の中へと入り、依代となった。」

蝦夷尓が率いた侍が次々と生気を失い石の上に音を立て倒れていく。


「なんだこれは..?」

「次はお前の番だ、安心しろ。

拙者の身体も消えて無くなる、少なくともこの時代からはすっかりとな」

蝦夷尓の身体が短刀に吸収されたのを確認すると、一旦それを腰に下げ御霊刀を抜き鋒を己の腹へ向ける。

「短いな。久しぶりだな、脇差か。

争った覚えは無いのに腹を斬る、滑稽な幕引きだ。悔いが残るな」


御霊の先が、腹を貫く。

身体は粒子の如く散り散りになり、古き世から跡形も無く姿を消した。


集呉郎は彼方へ。


ーーーー


2000年代日本

集呉郎は上空に居た。


「くっ..飛ばされるとは聞いていたがまさか本当に放り投げられるとは。」

粒子化した身体が再び形を形成すると既に空の青を落下していた。

「一体どこに落ちる?」

うっすら見えたのは無機質な灰色の床

それと立髪を生やした大きな獣。

「あれは虎か...いや、鵺だ!」

噂に聞いたぬえが待ち構えたとあらば、すかさず刀を振り上げた。

しかし咄嗟というのは恐ろしいものだ抜いたのは脇差、つまり魂吸いの妖刀であった。


「覚悟いたせ!」

声の響く方に振り向くと、獣は威嚇し吠えたけ向けられた刃に噛み付いた。

牙はギリギリと深く食い込み、やがて刀に〝ひび〟を入れ始める。

「待て鵺じゃない、貴様..獅子か!」


「ママー、何あれー?」

荒れる観客達。

広い檻の向こう側では多くの人々がライオンに刃を突き立てる様を見て騒然とし口を開けている。

「何だこの者たちは!?

何故こちらをじっと見ている。」

傍観者たちに気を向けていると、牙はより一層深く突き刺さる。

「一本では足りぬか、ならもう一突き武士の魂をくれてやる。」

短刀を喰らいお留守の喉元に二本目の魂吸いを突き立てる。獅子は悶え、苦しむも、痛みを堪えながら刃を噛み続け、遂に粉々に砕いてしまった。

「貴様...何を⁉︎」

封印した魂が解放される。何処へと飛ぶかもわからない、現代に無数の侍たちが放たれた。

「こうしてはおれん。

どうにかせねば、また戦場が...」

喉元の刀を引き抜く、そうした事で獅子の野性は解放され集呉郎を襲う。

大きく映える獅子、恐れをなし受け身を取ろうと腕を構えるも、荒れ狂う獣は止められず、駆け寄られ全力の後ろ回し蹴りを受けてしまう。

「無念..!」

再び空を滑空し、魂同様当てもなく飛ばされる。最早抵抗する事は無く、目を閉じ、流動旅行を愉しんでいた。

「どこへなりと飛ばすがいい」

空の青が低くなると、身体は濡れ、水飛沫が降りかかる。


ーーーーーー


 「ヒポタマウォッチング!」

『またやってんの?

アンタそんなだから彼氏できないの』


「いなくてもいいよそんなもん。

私には、ヒポタマちゃんがいる!」

電話越しで誰かと会話をする制服姿の若い女は定期的にここへ来る。

〝ヒポタマウォッチング〟要するに動物園にカバを見に行く事なのだが周囲からは余り理解されないようで、ムキになり最近は通う頻度が増えている。


「うるっさいんだよなぁお姉ちゃん、彼氏なんかいらないっての。友達だって出来てないって言うのにさ」

苛立ちながら通話を切り、彼の元へ。

「ヒポタマちゃんより魅力的な生き物なんていないんだから!

大きな身体、少し濡れた肌、開いた口から飛び出す大迫力の牙...最高ね!」

語りながら気が付けばスキップをしていた、其れ程思う存在なのだ。

「あーワクワクする、何度も会ってるけど...いつでも高鳴るわ〜っ‼︎」


「………え?」

常識や日常は前触れなくいつでも変わる。檻の向こうの小さな池で、水を浴びながら口を開けているカバの姿は、

着物を濡らした侍の形に替わっていた

「ヒポタマちゃん..。」


「水か..!

忍の罠か、湯屋の敷居を跨いだか?」


「出なさい!

そこはヒポタマちゃんの家よ!?」


「ん?

ひぽたま...何の話だ。」

檻のギリギリまで駆け寄り大声で叫ぶ

愛していた存在が消され家まで奪われているのだ、正気の沙汰では無い。

「早く出なさいよ!

彼を何処にやったのよ!」


「待ってくれ、此処は何処だ?

..獅子に吹き飛ばされ辿り着いた。」


「獅子って...もしかしてライオン⁉︎

ライオンにまで手を出したのね!」


「手を出すというか、足を出されて飛ばされたのだ。中々痛かったぞ?」

ライオンに噛まれても、話は上手く噛み合わない。時代背景が違うのだ、現代のジェネレーションギャップに戸惑うのも無理はない。

「聞いてもわからぬか..ならば己で動く他無いであろうな。」


「わっ、ちょっ、何する気っ!?」

檻の柵を越え濡れた身体のまま園内に降り立つ。これで漸く集呉郎は、動物園の客となる。

「魂吸いの妖刀が一本壊れてしまった不味いことになった。」


「魂吸いの妖刀?」

「侍達の魂を封印する刀だ、それが獅子の牙によって砕かれた。中に入った魂は何処へいったのか、見当つかぬ」

鞘から上がすっぽりと抜けている。剣としては余りにも間抜けな姿を晒してしまっているが、笑ってはいられない

「そんな事より!

ヒポタマちゃんは何処に行ったの!」


「ひぽたま....何奴⁉︎」

「だから此処にいた!」「違う。」

問い掛けたのは女ではなく見えない気配へ。僅かだが、草履の擦れる音が聞こえた。現代の音としては不自然だ。


「居場所がわからぬか集呉郎。」


「..飛ばされた侍か、名は知らぬな」

「何コイツ、刀持ってる!?」

「侍だ。」「なんで侍がいんのよ!」

時代遅れのヤンキーがメンチを切ってオラついている。廃刀令の未来を越えれば、刀は有に構えられる。

「此処はどうやら〝未来〟と呼ばれる場所らしい。お陰でどうだ、刀が呼吸を始めたぞ、未来は素晴らしいな」

構えた刀にぼんやりと、オーラのように獣が浮かび上がる。


「何だそれは..?」


「さぁな。

名称は〝スイギュウ〟と云うらしい」

 黒く大きい牛の影、魂の具現化とでもいうべきかプラズマのような実体が背後に宿り刀に漂っている。

「あれ!

動物園にいる牛と同じ種類!」

「何?

もしやあのとき..。」

ライオンの喉元に刃を刺した、それは紛れも無く魂吸いの妖刀。

「そうか、誤って一体の生物を吸収してしまったようだ。」

しかしおかしな話である。刀に封印したのであれば、侍の剣に宿る事などあり得ない。

「確か右側の脇差に...折れている。」

真ん中からバキリとへし折られ、先端を含む上部に至っては紛失している。


「ちょっ、ちょっと!

アイツこっちに向かってくるよ!」


「くっ、考える暇も無しか!」

「覚悟致せ!」


スイギュウ宿りし刀を咄嗟に引き抜いた刀に打ち合わせる。

一瞬異常な重みを感じたが、その後はふわりと浮かび上がり通常の刀の重みの打ち合いに戻った。


『ブルルルルッ..!』

水牛が鼻を鳴らして威嚇をし始める。

「あ..あ、あっ..!」

「どうした女?」


「どうしたもこうしたも無い。

何よそれ!なんでアンタがそれを!」


「…何だと?」

集呉郎の刀の刀身には、少し濡れ、大きな口に迫力のある牙を持つ獣の姿が浮かび上がっている。

「貴様にも宿っていたか..!」


「ヒポタマちゃん..。」

「これが、ひぽたま...!」

カバは自らのテリトリーに侵入した者を、容赦なく襲うという。

飛んで来た集呉郎の握る短刀を、脅威だといち早く噛み砕いたのだろう。

「成る程獣達は刀に宿るのか、ならば都合が良い。剣を折り侍を斬れば元いた場所に還るだろう。」

動物達は檻の中へ還る、侍は元の時代に戻る事になるが、後の事は未来で考える。時代遅れは慣れている。


「容易に云うが能書きだ。

スイギュウは重く強い、一振りすれば人の骨など簡単に砕けるぞ!」


「丁寧だな、性質を教えてくれるとは

娘、教えてくれ。ひぽたまはどんな力を持っているのだ?」

背後でうろたえる女に生態を聞いた。初めは口を開けポカンとしていたが、直ぐに体勢を立て直し応答する。

「オスのカバは犬歯っていう鋭い歯を使って戦うの、これはエサを食べるときも食材を砕くのに使われるわね」


「そうか、為になったぞ女。」


「女って呼ぶな!

私は瑠璃、池園 瑠璃よ!」


「ほう、ルリか。

感謝するぞひぽたまの使いよっ!」

「使ってるのはアンタでしょ⁉︎」

刀を振る事で、微量の水が溢れ出る。

振るう強さに応じて溢れる量が変わるようだ。一度大きく振り、刃に纏わり付かせ、測りながら相手に投げる事も工夫で出来そうだ。

「水を出す刀か、園芸の類か?」

薄い水の中をするすると刃が踊り廻るはたからみれば確かに滑稽な水芸だが集呉郎には生じているめまぐるしい変化が実感できた。

「水の中で研ぎ澄まされる、刃が徐々に鋭さを増している。刀が軽いぞ」


「ならば重みに沈め!」

降ろした刀が途中で止まる。上限に達したように、びたりと動かなくなった

「ひぽたまな歯が強いらしい。

どうだ、まだ刀に重みを感じるか?」

落とされる剣を的確に捉え、鋭利に砥がれた刀の突きで、スイギュウ刀の中心に穴を開けた。

「打ち合いでは無く突いてきただと⁉︎

突飛な事をしてくれる..!」

「あと少し力を込めれば粉々だが?

降参するか、もしくは立ち去れ侍。」


剣が抜かれたスイギュウの刀には穴こそ空いているものの崩れてはいない。

情けをかけられ無様に傷跡を残す、なんとも滑稽な姿を晒したものだ。

「お、覚えていろ..!」

弱々しい言葉を吐き、血相をかいてそそくさと離れていった。


「ちょっと、逃がしていいの!?」


「‥そうか、やってしまった。

戦が大嫌いでな、斬らなければならなかったのだったな。」

己の失態といえど、一度に二つの任を課せられた。動物を還す、侍の魂を元に戻す。持ち合わせているのは奇怪な剣と、折れた短刀。

「迷惑を掛けたな、すまなかった。」


「すまなかったって追わないの?

動物は、私のヒポタマちゃんはどうなっちゃうのよ!」


「必ず取り戻す。

しかし今は物事が重なって辛すぎる、少し寝かせて貰えるか?」

集呉郎は檻をまたぎ池に寝そべり横になる。


「…そこに寝るの。」


「今は此処が拙者の家だ、主は刀に住んでしまっているしな。」


「アンタ、常識とかないのね..」

「元来はぐれ者だからな。」

平であればどこでも寝床になると云う

「私帰る..。」

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