第14話 私は、許される 2

「ところでメイリ。少しは他の冒険者と一緒に動いてみたか?」


組合を出て、まだざわついている警備隊の横を堂々と抜けて。

ついでにプリンさんはまだ警備隊に捕まってたけど無視して進んで。


シオンさんは、歩きながら、そう聞いた。


「ん。すっごく疲れた。途中からめんどくさくなって全部一人でやった」


この前話してたのは、


「冒険者の今の環境を知りたいんだよなぁ」


ということらしくて。

でもメイリさんが一人でやったってことは。


「お前が全部やっては意味が無いだろうに」


苦笑しながら、シオンさんが言う。


「全然進まない。攻撃より守り。警戒が強すぎて休む暇も無い。全体的に弱い。……これくらい」


多分、メイリさんが見たことを報告したんだと思うけど。

貶してるようにしか聞こえない。

そんなに酷いのかな?


「気になるか? ミルミ」


すると、そう思ったのが顔に出たのか、シオンさんが私を見て聞いてくる。


「えぇと……はい。でも、何がダメなのかも分からなくて」


私がそう言うと、シオンさんは首を振る。


「ダメじゃないさ。安心を確保して、安全を考慮して。危険を冒さずに安定した報酬を得る訳だからな」


でもやっぱりちょっと不満そうで、私も今ので気になったのが、


「冒険って、そういうものなんですか?」


また私が聞くとシオンさんはやっぱり喜んで。


「違うさ。危険を、冒す。それが冒険者だ。挑戦する、進む、開拓する。未知を探す。そういう物だ、本来は」


私が抱く、冒険者のイメージも。


「だから、ダメではないが、奴らは冒険者じゃない。そしてあのやり方は、最近になって増えたんだ」


そこまで言って、シオンさんはちょっと苦々しい顔をする。


「人の歩みを止めて、未来を閉ざして、目の前の安全だけ見せて、そうしてふんぞり返っている」


誰のことを言っているのか、分からない。

けれど、シオンさんが本当にそう思っているののだけは分かる。


「奴らは、世界の害悪だ。しかも悪魔よりもよっぽど質が悪い、な」


後ろから追いかけてきたプリンさんがそこでちょうど合流する。


「ちょいちょい。何で先行ってんの? 待つとかいう選択肢はないの? そんでまたあんたあいつらのこと言ってんの? どんだけ嫌いなのよ」


その苦々しい顔をそのままプリンさんに向けて、シオンさんは続けて言う。


「お前、あいつの所にいて何も感じなかったのか? 今のお前と、前までのお前は、変わってないのか? 分からないのか?」


その言葉に、ふざけた感じで、呆れた感じで言っていたプリンさんがちょっと息を詰まらせる。


「……うーん。あんたがこの世界を大事にしてるのは分かるんだけどさ」


だけど、言う。


「うちらも結構頑張ったのよ? あいつだって何もしなかった訳じゃないんだし。ちょっとは人の気持ちをさぁ」

「だから、世界を停滞させるのがお前らの使命なのか? それを許すのか? この世界の人間が? 詐欺師のお前らを?」


「メイリ、パス。この人どこに感情のスイッチあるのか未だに分かんない。めっちゃキレてるじゃん」


「怒ってはいない。呆れてるだけだ。私は確かに傲慢だが、お前らのそれは驕りではなく、世界への侮りだろう。特別なお前らが、普通の人間に、手を差し伸べているとでも思っているんだろう?」


「分かる。分かるからその手を私の顔から離して。怒ってないとか言いながら潰そうとしないで。中身出るから。……いや何で笑ってんの? 怖すぎるんだけど。離せってば」


真面目な話だと思ったけど、またいつもの雰囲気。


メイリさんがこれまた呆れた目でプリンさんを見てる。



「プリンは懲りない」


「あたしが悪いみたいな言い方やめて? 泣きそうになるから」


そんな、軽口が。まるでいつも通りで。

さっきまでとんでもない事が起きていたはずなのに、この人たちは普段と変わらなくて。


少しだけ、気が楽になる。













「────泊まれない?」





その後、またいつも通りみんなで眠って、いつも通り訓練して。

しばらく色々試した後に、シオンさんが。


「そろそろお前とチーム組むやつでも探すか」


って言って。

私は皆とがいいな、って思ったけど。

その気持ちもやっぱりバレてて、


「私たちと行ってもいいが、まずは足並み揃えてまともに動けるようになってからだな」


って、苦笑混じりに言われて。

そう言われたら、何も言い返せなくて。

私はまだ弱いから。


でも、


「頑張りますっ」


絶対、最高の冒険者になるんだ。って、

今はハッキリと言えるから、諦めない。






そんな、いつも通り、楽しい日だったのに。

昨日までは、普通だったのに。


「少なくとも、外部の人間が泊まれる施設は全滅だったわよ。これそーとー恨まれてるわね」


「ん。ご飯もダメだった。お腹空いた」


まさか、こんなことになるなんて。

思わなかった、と言ったら多分嘘になる。

だってそれだけ、偉い人に逆らった。あれを逆らったと言っていいのか分からないけど、逆らったんだから。


だけど、シオンさんなら何となく大丈夫だとも思ってたから。びっくりして。


「いいね。中々やるなぁ」


でもシオンさんが笑ってることの方がもっとびっくりしてしまって。


「で、何を言われた?」


笑いながら、プリンさんに聞いてる。


「あぁ~……、うん。ちょっと判断つかなかったからさぁ」


そして、プリンさんが歯切れの悪い言い方でモゴモゴしてる。


「殺ったのか」

「やってないよ? すぐ殺すのやめよ? 普通に話しただけだからね?」


でもやっぱりふざけた雰囲気になりかけて、プリンさんが咳払いして。


「ん、んん。判断、っていうか。まぁ私で済む話じゃなかったから」


イタズラが成功したみたいな顔をして、言う。

「連れてきちゃった」



でも正直な所、





「まぁずっと後ろで突っ立ってるの見えてるしな」


すごいビクビクしながらシオンさんを見ている街の警備隊の人がいるのに、こんな会話をしている時点で、イタズラも何もないと思うけど。


「で、お前らの要望は何だ?」


そうしてシオンさんが、警備隊の人に聞く。


「さ、先の冒険者組合で起きた、魔導の暴走事件について。……現場に居合わせておりました高位冒険者様の意見を聞きたいと、ご領主であらせられます、ミナンデラ様から、その、ご招待を預かっております」


その、ちょっと恐る恐る言った警備隊の人に、シオンさんは。


「おいおい、お前は平民か? そんなんで貴族の遣いをしていいのか? それ、よくそのまま私に伝えたな。私が鼻持ちならん貴族だったら、今この瞬間お前の首は落ちてるぞ?」


どういう意味だろう。

普通に、呼ばれただけではないみたいだ。


「つまり、だ。確証も無いのに一方的な話を聞いてうら若き乙女を犯罪者扱いして。そして自分の言うことを聞かないとこの街にいられないとばかりに先手取って圧力をかけて。プリンだけ呼びつけて、高位冒険者の名誉と引き換えに貸しを押し付けて。諦めて従え、と。こういうことだろ?」


さっきの説明に、それだけの意図が込められてたのだろうか。

私は貴族じゃないから全く分からないし、そんな風には聞こえなかった

けど。


でも多分、すごい貴族だったらしいシオンさんが言うなら、そうなんだろう。


「も、申し訳ありません! どうかお許しを!」


それが分かったのか、警備隊の人は顔を真っ青にして頭を下げてる。


「あんま脅かさないであげなよギルマス。その人がやった訳じゃないんだしさぁ」


「どうせお前が私のことを変に大袈裟に伝えたからこうなってるんだろうが。人のせいにするな」


「あ、分かる? やー、さすがにギルマスのイカレっぷりは多少伝えとかないと。無駄に死なせたくないし?」


「お前とは1度真剣に話をしないとダメそうだなぁ」


でもすごい貴族だったシオンさんは、警備隊の人を全然気にせず。

怒ってもいなくて、プリンさんと会話する。


だけど話が進まなそうだったから、


「ど、どうするんですか?」


私は勇気を出して、シオンさんに聞く。


「んー、そうだなぁ」


ちょっと考えるようにして、


「面倒だから、断るか」


あっけらかんと、シオンさんは口にする。

警備隊の人はすごく焦ってる。


「そ、それは非常に困ります……」


その言葉にでも、シオンさんは見向きもしない。


「一応お前の上司に伝えておけ」


そして言う。


「こいつは私のモノだ。足のつま先から髪の毛一本に至るまで全て私のモノだ。その選択権さえも私が持ってる。こいつの食べる物でさえ、私が決められる。そうなってる」


「気づいたら勝手にそんな風になってるだけで、別に望んでなった訳じゃねぇーんだよなぁ。聞いてる? 聞いてないね。そうよね」


こいつ呼ばわりされたプリンさんがまたいつもみたくシオンさんに言葉を入れる。


「お前らが何をどうしようと、こいつの行動を決める理由も、力も、何もかもが足りてない。どうにかしたいなら私に言え。直接言ってこい。お前が来い。そう伝えろ」


そこまで言って、黙ってしまった警備隊の人を見る。


見て、目が合って、警備隊の人の青ざめた顔をもっと青ざめさせて。


「しばらくは楽しい日々になるな。ついでにミルミの仲間を捕まえるか」


そう言って、シオンさんは私たちを引っ張って歩いていく。


「つ、捕まえるって、どういうことですか?」


だけど気になって、手を取られながら聞く。

シオンさんはにやりと、すごく悪い顔で笑って。


「そのまま、だ。お前が前までいた所には、面白そうな奴が何人かいたからな。今から捕まえに行くぞ」


薄暗い路地に行くのは、すごく嫌だったはずなのに。


何故かその言葉には、ワクワクした。


シオンさんは、不思議だ。

その言葉は、魔法だ。











「────腹いっぱいのご飯と、ぐっすり眠れるフカフカのベッドと、泡だらけになって温まるお湯と、もうちょっと頑張ったらお小遣いが貰える生活は欲しいか?」


私が、以前言われた言葉。

そして、多分、あの時の反応から。

メイリさんが、シオンさんに着いていくことになった、理由。


それを、言われているのは。






この子と話したことはない。

ただ、隣に立つ小さな妹のために。

必死に幼い体を使って、怪我をするような危ないこともして。

だけど誇らしげに、少ないお金で(それでも当時の私よりよっぽどたくさんのお金で)ご飯を買って。

こんな薄暗い路地に似合わないくらい、眩しい笑顔で。

兄妹で、ご飯を食べている姿を。

それを、見たことしかない。




だから、私とは違うと思った。






このおじさんを見たのは、路地で生活するようになってわりとすぐだった気がする。

片腕を無くして、元は相当鍛えていたんだろうって分かるほどがっしりとした体で、だけど目は死んだように沈んで。

それでも、路地に暮らす皆のために。

必死に怖い人たちに立ち向かっていった姿。


まだ本当に小さくて、お金も稼げないような子に自分のご飯をあげていた姿。


その子がもうどうしようもなくて、それでも諦めないで、片腕しかない体で抱きかかえて、病院を回っていた姿。


だけど間に合わなくて、その子の亡骸に少しだけ涙を流して、丁寧に弔っていた姿。


路地にいる時は、どうしても目について、気になって。


やっぱり、私とは違うと思った。





そんなは、シオンさんの言葉に。

それなりの時間をかけて、


まず、男の人が答えた。

何故か、顔に傷をつけた怖い人にも恐れずに向かっていったはずの体を、酷く震わせながら。


「────命の保証は、ありますか」


そして、聞いたことのある言葉よりも、随分と丁寧に。

でもその言葉は、自分のことじゃなくて。

隣でシオンさんを睨んでいる、男の子を心配してのそれに聞こえた。



だけど、シオンさんはハッキリと答える。


「ただ飼われるだけの生活を望むなら、それでもいい」


そして意地の悪い顔を見せて、


「自分で勝ち取るそれを望むなら、そのための力をつけてやってもいい」


さぁ、と、手を広げて言う。


「選べ。、それとも私に飼われるか」


男の人は、静かに目を瞑って。そして開けて。


「俺は、やります。またこの手で剣を握れるなら、何でも」


そしてそのまま隣を見て、


「お前らも、着いてこい。死なないだけの力を教えて貰え。このお方ならそれが出来る」


だけどちょっとだけ情けない、まるでシオンさんを知っているかのように言う。


「ん? おぉ? お前……いや。そうか、そうか。凄いな。よく、────生き残れたな」


やっぱりシオンさんも気になったのか、男の人をジロジロ見て。

そして何かに納得したのか、そんな想像するのが怖くなりそうな言葉を告げる。


「片腕で済んだだけ、相当にお前は運がいい。実力もある。今の私に出会えたことはもっと運がいい。だが、それもまたお前の力だ」


告げる。

そして男の人は、また少し体を震わせて。

いきなり、膝をついて。


「次は、この命をお使いください。レレィシフォナ様」


「いらん。お前の為だけに使え。潰すことは許さない」


そんな、騎士とお姫様のようなやり取りをする。

びっくりして、男の子を見ると。

やっぱりびっくりしていて、そしてシオンさんを見て、喉を鳴らす。

妹さんはキラキラした目で、シオンさんを見てる。


「とりあえず、私が奪った腕くらいは戻してやる。そこからはお前の意思だ」


何か、とんでもないことを言ったような気がするけど。

聞き返すよりも早く、シオンさんが腕を一振りして、男の人が魔導に包まれて。

ほんのちょっとの瞬きで、片腕を無くしていたはずの、男の人は。

その両手で、祈りを捧げるように、シオンさんに向かって。


「誠心誠意、お仕えさせて頂きます」


また、騎士のように言った。






「すごい! すごい!」


息を呑んでその光景に見入っていると、男の子の妹さんの喜ぶ声が聞こえた。

まるで物語の魔法使いみたいだったから、少し分かる。

本当に純粋な目で、シオンさんを見て。


「お姉ちゃん! それ私もできる!?」


なんて、とんでもないことを聞いている。


だけどシオンさんは大したことがないように、


「できる。してやる。だからお前の兄ちゃんと一緒に私の所に来い」


優しく、頭を撫でながら言う。


これが、私たちのチームの、出会い。


多分、最高の冒険者の。



第一歩だったと、思う。








「移動するか」


そう言って、シオンさんは外の、いつも訓練する場所まで皆を連れて歩く。

男の子は、まだ全然分かってなかったけど。でも男の人の言葉と、態度と、そしてシオンさんの雰囲気に。何かを感じ取ったのか。やる、とだけ告げて、一緒に歩く。





「とりあえず、3割だな」


シオンさんが、改めて並べた皆に言う。

私も含めて、誰も意味がわからなかった。


分からなかったけど、次に起きた激痛と、朦朧とする意識で、全くそれを考える余裕なんて無かった。


「宿も無くなったし、ちょうど良いだろう」


なんていう声が聞こえたけど、それを聞き終えるよりも早く、私の意識は途切れた。


次の日、外で、プリンさんが掛けてくれたのか、外套を羽織った状態で目が覚めて。

そうしたら男の子と妹さんはもう起きてて、


「まずは満足に歩けるようにならないとな」


っていうシオンさんの声と、

まるで病気にでもなったかのように体を苦労しながら動かしている2人の姿が見える。

起き上がろうとしたけど、途端に纏わりつく魔力で力が抜ける。

纏わりつく、だなんて前の自分が表現できると思わなかったけど、実際そう感じるくらい、重い魔力に体が押しつぶされる。


「起きたか、ミルミ」


そんな様子に気づいたのか、シオンさんが声をかけてくる。


「お前は元から回路が太かったから、多分すぐ慣れるな。頑張って起きろ」


だけどまたすぐ2人の様子を見るように、私から離れる。

多分、これも訓練なんだろう。


言われた通り、苦労しながら体を持ち上げる。

持ち上げて、立ち上がって。

そうして息を何度か吸い込むと、起きた時より少しだけ楽になる。


何となく、魔力が馴染むのを感じる。


そこで、まだ男の人が見えないことに気づく。


「あいつはまだ倒れてるな。大人ほど固定されてるとさすがに辛そうだ」


なんて、分からないけどシオンさんがそう言って。


そうして今度は3人で、ひたすら歩いて、走って。

鬼ごっこ、っていうシオンさんの知っている遊びでひたすら体を動かして。


こんなに笑って、楽しくて。

訓練なのにいいんだろうか、とか。

幸せなのがちょっとこわいな、とか。


だけれど関係なく、また、訓練が続く。

これが続けばいいなって、思いながら。









それが、シオンさんの優しさに。


何も返せない私の、ずっと気づかなかった。

最後まで足りなかった、私の、────勘違い。










────────────



「ていうか本当にどうすんの? 泊まる場所もないけど」


 街から帰ってきたプリンさんが言う。

 結局宿や食事どころか、まともな買い物すらも出来ずにほうほうの体で戻ってきたみたいだ。


 そんなプリンさんが吐く言葉に、シオンさんは少しだけ考えたようにして。


「とりあえず、訓練がてら野営しながらひたすら森の悪魔を殺し尽くすか。ちょうど嫌がらせにもなるしな」


 ニヤリと笑って言う。


 耳を疑う。そんなこと、出来るはずが無いから。出来たとしても正気の沙汰じゃないから。


「あー。確かに手っ取り早いかも。でもじゃあミルミちゃん達は騎士くんとかメイリのレベルにはしないの?」


「ん。3割だとすぐ死ぬと思う」


 なのにプリンさんも、そしてメイリさんも疑問こそ口にしたものの、そんな提案自体は悪くないとでも思ってるかのような反応をしてて。

 というよりもメイリさん、今死ぬって言ったけど。

 どんな上位悪魔との戦闘を想定してるんだろう。普通に怖い。


「そのためのチームだ。そもそもリジィもメイリも正直な所、私の加減もまだ掴めてなかったからな。おかげで化け物の仲間入りだ。3割あれば後は自分である程度引き上げて、来訪者くらいの実力にはなるだろう。そもそも死ぬ気でやれば自分だけで5割を超すことだってできるんだからな」


「循環の訓練だっつって魔の水溜まり利用してぶち込まれたら文字通り普通に死ぬんだよなぁ。あたしよく生きてたな、ホント」


「最低3割あって全部使いこなせれば、上位悪魔程度なら普通に勝てる。そこからは本人次第だ」


 ……どうやら、メイリさんの想定よりも厳しいのかもしれない。

 そもそもおじさんが聞いた命の保証が本人次第って、選択肢じゃなくて本人が生き残れるかどうかって意味だったんだ。ちょっと唖然としてしまう。

 それ、多分シオンさん次第って言うんだと思う。


「……が、頑張ります……っ」


 だけどきっとシオンさんは本気で言ってる。

 それに、私だって冒険者だ。強くなりたい。なれるなら、出来れば死にたくはないけど、それくらいの危険は乗り越えたい。



 そうして、私たちは結局。

 組合の偉い人との関わりを無視して。

 それどころか街の一番偉いはずの人からの呼び出しも無視して。


 冒険者達が、悪魔という脅威を迎え撃つ、所謂狩場と言われる場所に向かう。

 おじさんは、まだ倒れたままだったけど。





 辿り着いてしばらくしてシオンさんが、


「ミルミは精度に関しては常にイメージしていたおかげか、大分マシだな。今後は連続して唱えても負荷がかからないように意識してみろ。外からそのまま体を通すイメージだな。お前自身が杖であり、魔力を通す道だと思ってみろ」


 その杖すら渡されずにいきなり言われて、


「シズキ。お前はとにかく足を鍛えろ。翻弄して、避けて、誰よりも早く刺して、逃げられるようになれ」


 男の子に一振りの小ぶりな、子供すらも怪我をしなさそうな枝、多分本当にそこら辺に落ちていた枝だと思う。を渡して言って、


「スズカ。魔法使いになりたいんなら、とにかくやりたいことを鮮明に描け。お前が思う、お前だけの魔法を『できる』と信じて唱えてみろ」


 妹さんには、可愛らしい装飾を付けた、だけど全く魔力が通せるような細工のなされていない小さな杖を持たせて。


 ちなみに2人は名前が無くて、シオンさんが途中で名付けた。

 意味は、まだ知らない。

 ともかく、そんなシオンさんは、


「さぁ、やってみろ」


 そう言って、メイリさんが連れてきた、悪魔の前に私たちを立たせる。


「……え? 武器とかは、ないんですか?」


 そんな私の当然の疑問も、だけどシオンさんは首を傾げて、


「ん? あるだろう? お前とスズカには魔導があって、シズキは手がある。剣も持たせた。やればできる」


「だから普通はできねーんですよギルマス。めっちゃ困惑してるじゃん。特にシズキくん。剣じゃねーし。枝だし」


 本当に、不思議そうなんだけど。

 つまりこれは、本当に杖もなく、切れる武器もなく。

 たった体の一つだけで、悪魔を倒せと。


 そういうことなのだろう。


「だから、ればできる。ほら、悪魔が動くぞ」


 言われて、ちょっと飛びかけた意識を慌てて戻して。

 悪魔を見ると、シズキくんに向かって走る鬼族のそれが目に入る。


「え? あ……っうぐっ!」


 当然ながら、シズキくんは全く反応出来なくて。


 鬼族の小さな体より、ほんの少し大きな体で無防備に突進を受けて、足を浮かせて後ろに転がる。


「目を瞑るな。怯えるな」


 そうして蹲るようにしてるシズキくんに、シオンさんはさっきまでの優しそうな顔を消していて。

 すごく、すごく怖い顔で、告げる。


「避ければ当たらない。当たらなければ動ける。動けたら殺せる。やれ」


 無理やり魔道で浮き上がらせて、立たせて。

 メイリさんが止めていた悪魔に、また立ち向かわせて。


「ミルミ。お前もぼーっとするな。常に、どんな時も、どんな場所でも、どんな状況に置かれても、魔導を口にできるようにしろ」


 私にも、そう言う。やっぱり、怖い顔で。


「スズカ。大好きな兄ちゃんが吹っ飛ばないように、何をすればいいのか考えろ。震えて見ていても、誰もお前の兄を助けない。お前が、助けるんだ。そう考えろ」


 そして、まだまだ小さなスズカちゃんにすら、厳しく言う。


 怖い。

 だけど、シオンさんは言っていたから。


 それが出来る力を、私たちにつけさせると。

 そうしてやる、って、はっきり言ったから。


 震える、冒険者になって初めて見た、そして初めて間近で見る悪意の塊の存在に、悪魔への恐怖に、どうしても震える体を。

 グッと堪えて、抑えて。


止まってください束縛せよ


 私は、杖だ。

 そう思って、魔導を唱える。


「シズキ、まだ立てないのか。やっぱりやめるか、お前は」


 その言葉に、泣きそうな顔をしたシズキくんは、


「────やる」


 妹を、チラリと見て。

 何かを飲み込むようにして、悪魔を睨みつける。

 その足は、震えていない。


「ミルミ! 制御が甘いぞ! 拘束するならもっと固めろ! 攻撃する時に動き出すようなことになってもいいのか!」


 シオンさんの大きな声が聞こえる。

 集中して、私も悪魔を睨む。










「シズキ! また止まっているぞ! 足を止めるな! 息を止めるな! 常に動け! 見ろ! 下がるな! 前に避けろ!」


 声が聞こえる。


「スズカ! もっと複雑にしろ! 何故そうなるのかを考えろ! お前の足は勝手に動かないだろう! 魔導にも必ず原因と理由がある! そう考えて打て!」


 怒鳴り声が聞こえる。


「ミルミ! もっと早く置け! 置いたらすぐに次の魔導を打て! もっと呼吸するように外から取り込め! つっかえるな! お前の意思が混じらないようにして入れろ! 出す時は込めろ! ────だから制御が甘い!」


 無茶苦茶な事を言う、怒った声が聞こえる。


 私たちは、もう目の前しか見えてなくて。

 声もよく聞こえてなくて。

 とにかく自分がすることだけに集中して。

 シズキくんも、スズカちゃんも。

 年齢に似合わないくらい、真剣な顔をして、悪魔に向かって。


 だけど、


「そうだ! 今の動きを覚えろ! 直線は半歩で対処できるだろう! 剣は叩きつけるな! 力の流れを考えて振れ! お前の腕だと思え!」


「今の魔導は分かりやすくていいぞ! どこを強くするのかも考えてみろ! 要らない所を捨てろ! 『そうなる』ものに、『これはいらない』と考えろ!」


「固めるイメージは何だ! 何が固い! 壁に守られてるからか!? それとも体が丈夫だからか!? 魔導も同じだ! 相手の魔力に干渉されることを前提にしろ! いいぞ! もうちょっと込める魔力を減らしながら見極めてみろ!」


 息も上がって、目も霞んで、胸の動悸が痛いくらいに激しい。


 だけど、


 皆、笑っていた。

 もちろん、私も。


 強くなる。

 死ぬかもしれない。

 だけど、強くなる。

 強くなれる。

 そうなっている。


 あぁ、これが憧れた、冒険者の命なんだって。

 多分、皆、誰もがみんな。


 どうせ生きるなら、やっぱり格好よくて、泥臭くて、前に進む、それがいい。


 だから多分、私たちは笑っている。











「明日からはリデルも入れて動くからな。今日はもう寝ろ」



 そうしてもう動けなくなるまで戦って。

 おじさんのことをリデルと呼んだシオンさんの声にぼんやりしながら頷く。


 何度か頑張って悪魔を倒したけど、その度にメイリさんがまた別の悪魔を連れてきて。

 今日だけで、初めてなのに。

 初めて3人で動いたのに。


 気づいたらちゃんとお互いに考えて動いていて、

 気づいたら倒した悪魔は両手の数を超えてて。


 まだたったちょっとしか訓練もしてないのに、

 たった3人なのに、

 もしかしたら、私たちは凄い力を持っているんじゃないかって勘違いしてしまいそうになるくらいに。


 必死に、悪魔を倒した。


 その後、シオンさんが作ったご飯を皆でかき込むように食べて。

 体を洗う暇もなく、倒れるよう、プリンさんが作ったキャンプっていう建物の中で、眠る。


 気絶するように眠るのは、昔から何度もあったけど、

 今日は全然、不安にならなかった。


 明日はどうなるのかなっていう思いはあったけど、それはどちらかと言うと。



 ドキドキ、していた。


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