第12話 《幕間》この世界で彼女たちは

 

 レレィシフォナの一行は、母国を出てからすぐさま国を越えるかと思われたが、思いの外のんびりと旅をしていた。


「あの山は確か古代龍がたまに通過するんだよ。1度ってみたかったんだ」

 

「なんですぐ殺そうとすんの? 魔王の生まれ変わりなの? あたしを殺すまでもなく完全に世界の敵ムーブしてんじゃん」


 竜ではなく、龍である。

 創世の時か、それに近い時に生まれ、この世界に君臨し、そして眷属を見守る絶対者。

 竜の一族の象徴。それが、古代龍である。

 ゲームのイベントでしか出会えず、完全に協力者の立ち位置にいて、かつ出会う時は山ではなく竜の巣という、所謂街の中になるため剣を抜くと罪業カルマ値がとんでもなく上がってしまいイベント進行が不可能(街の警備によって古代龍が逃がされる)になってしまうため、武器を向ける訳にも行かず。

 ちかみにレレィシフォナは38回ほど手を変え品を変え罪業値を精算しては殺そうとしたがついぞシステムに阻まれて諦めた。


 そして世界史フレーバーテキストでしか語られなかった、その山と言うのが、


「シシハリットが統べる、竜眼の山だ。楽しみだなぁ……1ヶ月程はあそこで野営だな!」


 実家の所有地だった。




「おい! 逃げんな! 殺す! 逃げなくても殺すけど! あはは! 尻尾が切れるぞ! トカゲかてめぇ! 逃げんなって!」


「言葉遣いが前に戻ってる……。マジなやつじゃん。あ、ほら! 『ヒリュシィシカ助けて!』とか言ってるし! 聖女様の話聞けるじゃん! やめたげなって! 泣いてるから! やめなって! やめっ……やめろぉ!」


 そんな風に、山にそこそこ大きな塊の雨(涙)を降らして過ごしたり。






「潜るぞ」


「は? 何言ってんの? 何をイッちゃってんの? これ死ぬじゃん? 絶対死ぬやつじゃん?」


「器は思いっきり魔力で守れば行けるのは分かったから、後は体だけだな。それに関しては体が潰れる度に治してやるから多分大丈夫だ。その内辿り着く」


「それ大丈夫って言わねぇんだよなぁ……っておいメイリ! 結ぶな! 紐を結ぶんじゃない!あんたもだよ! 何を待機組みたいな空気出してんだよ!」


「漫才もいいが、さっさと行くぞ」


「え? マジなの? マジでこいつ言ってんの? もう本当に頭大丈夫? ……え、マジで?」


 魔の渦巻く水溜まり、と名付けられ、人が寄り付かない、どころか魚の1匹も生息できない湖。

 潜ろうとすると、暴れ狂うように流れる魔の奔流に押し潰され、器どころか物理的にすら耐えられないとされるそれ。

 どう調べてもその原理を紐解くことが出来ず、考えに考えた、これまた1ヶ月ほど研究がてら野営をしていた末の、レレィシフォナの言葉。


「恐らくは空気や水の圧力差を魔力で再現しているんだろうが、流れが早すぎて質が常に変わり続けるのが難点だなぁ。水棲魔族は元からそれを無効化する器官を持っている、と仮定して。……ではどうやって以前イベント時私たちを運んだんだ? つまり外付けに出来る技術だろう? ……とりあえずそれも奪いたいな」


 これまたイベントの時しか案内が付かない、水棲魔族の守る湖底の迷宮(と、ついでに魔族の住処)に押し入り。




「内側から音が聞こえる……。中からべゴンって鳴る……。あ、ぁ……お腹と背中がくっつく……あはは、ご飯食べないと」


 若干壊れたプリンと、


「あはははは! すごい! すごいなこれ! 擬似的に魂を想定した形に変質させる技術だと!? 短時間しか使えないのは致し方ないが、これはまた研究が捗るな! なぁ!」


 若干所ではない感じに壊れてるレレィシフォナと。

 あと「もう勘弁してください」とか言いながら土下座してる魔族と。


 そんな風に、水の底で多少の秘伝技術や迷宮報酬を受け取った(強奪した)り。



 




「金が無い」


「ん? 全く無いの? 仕方ないなぁ~プリン様が出してしんぜよう」


「奪うか」


「出すっつってんじゃん? 何ですぐそういう発想になんの? 悪なの?」


「メイリ。ちょっとそこらにいるムカつく商人に挑発から、上手い具合に悪魔けしかけてこい」


「おい。犯罪じゃねーか。やめろって。……行くなってメイリ! ホント! あげるから! お金あげるから戻ってきて!」


「お前なぁ……普通に奪ったら犯罪だろうが、悪魔に襲われた所を助けてやればヒーローだろ。誤解を招く言い方をするな」


「いや思っくそ奪うって言ったのギルマスだからね?」


「違うな。人の心を弄び、悪意ある商売をする人間が出す誠意(という命乞い)と差し引きで報酬を貰うだけだ」


 それか、とレレィシフォナは指を立てる。


「もっと態度が酷ければ死ぬまで放置して死んでから悪魔殺してやればそこにあるのは全て私の物だ」


「それ犯罪っつーんだわ。完全にマッチポンプだし。……え、メイリマジで行ったの? 止めないの?」


「なんで止めるんだ?」


「マジモンの人じゃん。こわ……じゃなくて、メイリー!? マジで止まってー! 止まれー! 止まれっつってんだこらぁ!」



 そんな楽しい会話をしながら賑やかな街道を物見遊山したり。










 ────────────





「凄い、ですね……」


 その話は、荒唐無稽で、到底信じられなくて、だけど恐らく事実だと思うほど真に迫っていて。


「あー、でも……まぁ楽しいよ。それなりに」


 そう言って、プリンは杯を傾ける。


「そうなん、ですか?」


 苦笑するかのように頬を持ち上げて言う彼女に、ミルミは疑問を口にする。


「そうそう。普通に旅をして、普通に悪魔を倒して。仲間と酒を飲んで。って、そんな普通の冒険者も楽しいんだけどさ」


 呆れたように笑って、


「私たちってさ、何でも知ってると思ってたし、何でも出来ると思ってたのよ。これ、多分ほとんどの来訪者がそうよ」


ゲームの時から知っている」からだと言う。


 だけど、と手を広げ、


「そんなこと無かった。私が知らない場所に、世界に、人の反応に。ついでに頭おかしいギルマスに。全部初めてで、何にも出来ないから止めるしかなくて。立ち止まるしかなくて、だけどあいつはお構い無しに突っ込んで行くから、毎回必死な思いでついてって」


 多分、そういうのが


「冒険、やってるなぁ。って感じてさ」


 そこで瞳を輝かせ、まるで自分もそうなりたいと訴えるような顔をしているミルミに笑う。


 だから、


「ミルミちゃんも、世界を楽しめるといいわね」




「────っはい!」


 そうして目が合い、どちらともなく笑いが溢れる。


「でもまぁ……」


 しかし、プリンにとってこれもまた事実であるのだが。


「ギルマスに着いて行くのは、やめた方がいいかもね」


 少しだけ遠い目をして、そう言う。


 それが自分を排斥するような物ではなく、本当にそう思っているのが分かるような口調に、ミルミは不思議に思う。


「あの人はさ、おかしいのよ。やっぱり」


 真面目な話だ、と言わんばかりに座り直し、杯を置く。


「みんなそうだけど、嬉しかったら笑うし、楽しければ笑うし、感動したら笑うわよね」


 そんな、当たり前の話。


「あの人はね、殺そうと思っても笑う……違う、逆ね。普段は普通に偉そうで乱暴で無理やり人を連れ回して巻き込んでいく人なんだけど」


 多分、それは普通とは言わないだろう。

 だなんてミルミは思うも、そういう話ではないらしく。


「ある一定の所、多分相手の強さだと思うんだけど。これを超えると、あの人はね」


 恐ろしいとばかりに少し体を震わせて、


「嬉しかったら殺す。楽しかったら殺す。感動したら殺す。感情表現が、全部そうなるの。殺すって言うか、暴力かな」


 つまり、それは。


「前にいた騎士の子もねー。大分気に入っちゃったみたいでさ。ことある事に殴るわ、切るわ、吹っ飛ばすわ。あ、これ別に軽い表現じゃないわよ? 本当に切るの。腕ごと」


 声を失う。


「そんでその子が立ち上がると、また嬉しそうに笑って切るのよ。相手が自分に向かってくるのが、どうしようもなく嬉しいみたいで」


 だから、とプリンは続ける。


「愛情表現が、多分直結してるのよ。殺意と。だから、好きになればなるだけ、あの人の暴力に晒される。耐えられないと、潰れる。……ミルミちゃん、耐えられる? 腕をもがれて、足を切り落とされて、それでも我慢して向かわなくちゃいけなくて。そうしたら今度はお腹に穴を開けられて」


 想像する。

 多分、どころではないが、無理だろう。

 見るのも辛い。


「それが出来る子じゃないと、潰れちゃうと思うのよ、多分だけどね」







 それともう一つ、と前置きをして、プリンは続ける。


「これはこっち側の在り方、っていう意味でギルマスのせいでもないんだけど」


 自分に向かうのが、愛情だと分かれば耐えられる人間がいるかもしれない。

 物理的にも、多少ついていける実力があれば辛くないのかもしれない。


 だが、それだけではないのだと言う。


「……んー、説明が難しいなぁ」


 そして少し悩んだ後に、プリンが口にしたのは、


「ミルミちゃん。本当に、これ以上無いってくらい、残酷に人が死ぬ姿を見たことある?」


 聞かなければ良かったと思うほど、恐ろしい話だった。










 ────────────




「ねぇ……すっごい嫌な感じするんだけど」


「この先だな。臭いが凄い」


「くさい」


 そう言って、道を逸れた先に、それはあった。


「ぅげ……さい、あく」


「……酷い」


 見るも無惨に晒された、死体。死体。死体。


 散らばる残骸に、剥がされた衣服や壊れた装備。


 その中に、もはや人かどうかも分からぬ程に、顔が潰れて、両手足が曲がりくねって、多分女の子だったであろう、それはあった。


「これ……」


 プリンがこぼした言葉は続かない。


 なぜなら、


 体は無事な所が見当たらないほどに、刺され、開かれ


 下半身の一部に、大量の木の枝を、突き刺されて、


 乱暴され、死した後にすら尊厳を犯すようなその姿に。


「ぅ、……っげぇ……っ」


 吐き出して、溢れる。

 声にならない。


 血にまみれ、目を凝らさなければ分からないが。

 その胸の位置にあったのは、お母さんに貰ったと喜んで見せていたブローチだったはずだ。

 そこに散らばる服は、前の街で手伝いを頑張った褒美に買ってもらったと、目の前で、クルリと回って、見せられた服だったはずだ。

 たったふた月前に知り合って、ほんの少ししか話さなかったが、笑顔が可愛らしい、

 女の子だったはずだ。

 なんて、惨い。


 だが、せめて、


 丁寧に弔うくらいは、してあげないと。


 そんな思いで、頭を振って顔を上げたプリンの、

 その横で、



灰も残すな業火よ


 火が、上がる。

 肌が焦げるほどの熱いで火が、一瞬で立ち上り、

 そして、何もかもを巻き込んで、消える。


「あぁ!? てめぇ何して……ん……」


 その行動にプリンでさえ激昂し、成した人物に顔を向ける。

 が、言葉はやはり、続かない。

 否、続けられない。


「……殺す」


 その言葉に、たったそれだけの言葉に、

 顔を、下げる。

 これは、殺気などでは無い。

 殺意など感じない。

 肌を刺すピリピリしたものなど、感じない。


 生命が、魂が、本能が。

 その存在から、何とかして隠れようと、何とかして逃れようと。


 気づかれぬように、バレぬように、その活動を自ら止めようとする。

 温度が下がる。

 体温が、落ちる。

 呼吸が、浅くなる。

 動悸も、落ちる。


 これは殺意などではない。


 明確な、死が、そこにある。


 どさり、と音が聞こえる。


 辛うじて動く瞳で、音の先を見やる。


 メイリが、倒れていた。

 死んではいない。どころか気絶もしていない。

 だが、明らかにその体は持ち上がらず、顔を真っ青に染め、唇からは薄い音を零すような呼吸が漏れている。


 それに気づいたレレィシフォナが、今しがた放っていた、その気持ちを少しだけ抑える。


 途端に、酸素が増えた。


「……っ、はぁっ、はぁっ」


 膝をつき、手をつき、必死に心臓にそれを送る。

 メイリも先程と違って、呼吸を荒く鳴らしていた。


 だがそんな2人に構わず、レレィシフォナは歩き出す。

 どこに、とも聞けない。


 よろよろと立ち上がり、メイリに手を貸し、何とか息を整える。


 まだ、レレィシフォナはギリギリ見える位置にいる。


 だから、追う。

 そうしなければ、いけない。



 小さな山を2つ越えて、木々に囲まれて隠れるように、その場所はあった。



 当然、彼らも考え無しにそこにいる訳では無い。

 突然木々の先から現れた少女に、見張りが気付かぬわけが無い。


 だが、少女が現れ、無防備に手をかざし、そうして何かを呟いて、それから起こった現象に。


 もはや彼らのしてきた生き残る術は、意味を成さない。


 叫びすら上げられないまま、見張り台にいた者が、

 まるで腐り落ちるように。頭から、手先から、足先から、崩れて、泡を立てて、地面に吸われる。


 外に居たものが全て消えた後、ようやっとプリンとメイリは追いつく。


「待って……っ、待ちなさい!」


 しかしプリンの制止に、顔を一瞬だけ向けるもレレィシフォナは歩みを止めず、そのまま進む。


「なん……っで、喋んないのよ……!」


 その姿に、その瞳に。

 プリンの知る彼女が見えなくて、震える。


 そうして、歩みを止めないレレィシフォナは、見るからに怪しげで、危険で、物々しい、土の壁で作られた砦 (のようなもの)に入っていく。


 入っていく先で、恐らく人が死ぬ。


 それが分かってしまうプリンは、未だ震える足に鞭打って、メイリと共に進む。


 踏み入れた先は、地獄だった。


 見たことは無い。行ったことも勿論無い。


 だが、先程見た少女のそれよりも、残酷に、無惨に。

 地獄とは、これを言うんだ。そう錯覚するほどに。


 至る所に穴があき、そこから虫が出入りし、それでもしばらく死ねなかったのか、自らの目と耳を潰すようにして倒れている男。


 両手足の先から切り落とされたのか、まるでのように順に刻まれ、細々とした物が落ちて、繋がって、根元までそれが続いていて。やはり最後まで苦しんだのか、恐怖の顔で舌を突き出したまま倒れている男。


 歪に手足が無くなり、その頭に小さな杭のようなものが無数に刺さり、その瞳からすらも杭が飛び出ていて、やはりこれもしばらくは生きていたのだろう、残っていた片腕で瞳を押し返すようにした状態で倒れている男性。


 腹を割かれ、そこにあった物が、口と、瞳の部分と、耳と、



 胃の中の物が、全て出てくる。

 そのまま吐き出す。吐き出す。

 が、止まらない。また吐き出す。

 止まらない嫌悪感に、背筋の震え。


 だが、それでも足は止めない。


 2人は何一つ傷つかず、しかしほとんど死にかけと言える状態で、進む。


 その先にいるはずの、レレィシフォナへ向かって。



 辿り着いた先で、最後の作業は終わったようであった。


「…………」


 だが、レレィシフォナは静かにその場に立っている。





「……満足した?」


 プリンの問いかけにも、答えない。


「本当に、あんた頭おかしいわよ。普通こんな残酷なことできないでしょ」


 答えない。


「あの子も燃やすし、マジで狂ってる」


 答えない。


「自分の頭に釘打った方が良かったんじゃない? 多少はマシになってさ」


 答えない。


「……何とか、言いなさいよ」


 答えない。


「言いなさいよ……っ、言えよ!」


 答えない。


「いつもみたく煩いくらい笑って! 殺すって馬鹿みたく叫んで! 聞いてもない説教でもしなさいよ!」


 答えない。


「何でもいいから……喋んなさいよ……っ。ねぇ! 何とか言えよ! レレィシフォナ!」


 答えない。


「お願いだから、いつものギルマスに戻ってよ……っ怖いんだよ! 今のあんた!」


 答えない。


「……」


 プリンも、顔を伏せて、もう何も言わない。

 メイリは、じっとレレィシフォナを見つめる。









「……帰ろうか」


 そうして、ずっと黙って。

 少しだけ暗かった空は、もう完全に闇に染まっていて。


 誰も動かない中、レレィシフォナの声が響いた。


「悪かった」


 その言葉は、心底すまなそうに聞こえた。


 のろのろと、プリンが顔を上げる。


 ちょっと申し訳無さそうな、だけど照れくさそうな。

 そんなレレィシフォナの顔が、目に入る。


「悪かったよ。たまに抑えられないんだ」


 笑う。


「笑ってんじゃねーよ。笑えないっつの。……もー、ほんと……はぁ」


 そしてメイリと目が合って、


「帰ろっか」


「ん。お腹空いた」


 3人で、歩く。











 ────────────





「あいつはさ、人に対する感情全部が、矛盾せずに殺意と混じってるの」


 話を終えたプリンの言葉に、呑み込まれるように夢中になっていたミルミの意識が現実に戻される。


「笑ってる時はまだいいのよ。感情が分かるから。まだ感情があるのが、分かるから」


 カラン、と、溶けた氷がぶつかる音が聞こえる。


「全部、一切が、完全に殺意だけになったら、黙る」


 黙ったまま、殺す。


「怖いよ。あれは。抗おうなんて思えないくらい。立てないくらい」


 そして、震えているミルミを見て、



「怖くなった?」


 少し寂しそうに笑ってプリンは言う。


「はい……いえ、でも」


 怖い。確かに怖い。聞いただけで震える。

 だが、それでも


「ミルミちゃんは、信じたい?」


 その意思が分かるのか、プリンはまた聞く。


「はい……そう、ですね。信じたい……いえ、というより」


 震えが、止まる。


「私が知ってるシオンさんは、優しいです。あの人は、……優しいん、です」


 その、瞳に。

 そこに込められた思いに。


 安心するように、プリンは笑う。


「そうね。ミルミちゃんが知ってるあいつも、やっぱりあいつ」


 だから、


「それでいいのよ」




 また、今度はまるで子を慈しむ母のような眼差しで、プリンは笑う。


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