第9話 そして彼女は、笑う

 

 その後の話ではあるが、


「ところで、私のことだが────」


「俺たちは何も見てないし、知りません。なぁお前ら?」


 一様に頷く騎士と魔導師。

 誰もが一度は噂で耳にしたことがある彼女の存在を、しかし聞いてしまったら巻き込まれるということこそ恐れ、誰もが見ないふりをした。


「まぁ、いいか」


「……お願いします。まだ死にたくないんで」


 大袈裟な、とレレィシフォナは笑うが、彼らにとっては笑い事ではない。

 たった一人で人外の動きを見せるヘイリシュと来訪者を片手取り、魔導で翻弄し、強力なそれを放つラダトキィシヤすら対処してみせる彼女は、はっきり言って国をもってしても止められない。というか多分滅ぶ。


 そうして何やかんやと賑やかに、しかしぎこちなく、彼らは帰りの道を歩む。



「うん、あたしホント全然理解出来てないんだけど。助かったってことでいいの? これ誰もおかしいと思わないの?」


 何故か縄で縛られ、歩くことすら出来ずにレレィシフォナに引き摺られているプリンを除けば、だが。





「ティアの様子はどうだ?」


 その言葉に、レレィシフォナの隣に移動したヘイリシュが答える。


「寝てました、メイリと一緒に。……多分、大丈夫だと思います」


 ラダトキィシヤは、既に先の件でレレィシフォナが負けたと宣言したすぐ後に、安心するかのように、眠るように気絶していた。

 レレィシフォナが馬車に運び、平然としているように見えるが、


「やっぱり、気になります?」


 あそこまでやっておいて?

 と思わないでもないが、


「お前、私をなんだと思ってるんだ。家族の心配くらいするだろう」


 思いっきりお腹に穴開けてましたけどね、とは言わない。何せ普段から彼は度々それ以上に酷い怪我をしているのだから。


 それよりも気になるのは、


「それにしても、ラダトキィシヤ様が大分強くて驚きました」


 そこに、気を取り戻したアインスも加わる。


「確かにアレは驚いたなぁ。高位魔導をバンバン使うもんだから、ウチのがみんなビビってた」


 ウンウンと頷きながら、


「メイリの教え方がちょうど良かったんだろう。ティアもどちらかと言うと感覚型だしな。魔導を唱えるだけならそこまで循環の動きに意識を向けなくて済むし。まだ遅いし制御も甘いがな」


 というか、


「お前がいるからか、メイリは随分とサボっていたな。あれじゃほとんどただの魔導師だろう」


 笑顔を見せて言うレレィシフォナ。


 その笑顔に何かの裏が感じられる。

 これはメイリ、後が怖いぞと心の中で妹を慰めておく。


「……そうよっ! 現地人であんなことできるのおかしいでしょ! 絶対ギルマス何かしたでしょ!?」


 そこに、プリンが加わる。引き摺られたまま。


 だがそれに答えず、


「お前、何割だ?」

「え?」

同期率魔力循環だよ。切ってるんだろう? 動作補助」


 彼らにしか分からない会話を、向ける。


「あ、あぁ……。8割だけど……、ってまさか!?」


 目を剥くプリンに、クスクスと笑いながらレレィシフォナは言う。


「こいつらは、6割超えてるぞ。お前らと違って、体の芯から全部な」


『それ』が異常なことだと分かっているプリンは言葉を失う。

 彼らは初めに、自分たちと同じように人の能力を上げようとしたからだ。

 そして失敗した。

 上げるための器が小さすぎる。

 急いで鍛えれば壊れ、ゆっくりと上げればどれだけ時間をかけてもそれほどにはならない。

 だから諦めて、辛うじて現地の技術で再現できた無詠唱や戦闘技術だけを伝えた。


「……ど、どうやって?」


 慄き、しかし気になるのか、


「知りたいか?」


 やめといた方がいいけどな、と彼女は嘯く。


「お前はそんなことより、そのガワだけ強いクソ雑魚の中身を鍛えることを考えろ」


 いやむしろ、と嗜虐的に笑い。


「何も考えられないくらい、鍛えてやるか」


 ここに、被害者がまた増える。

 ヘイリシュはもちろんアインスも絶対に関わりたくないのか、揃って目を逸らしているのが物悲しい。


 そして既に彼らの間で、プリンの身柄を(殺す以外で)自由にしていいと、レレィシフォナに明け渡していたために、

 ついでにプリンもそれを聞き、またレレィシフォナの生前(の過激さ)をこの場の誰よりも知っているために。


 どうしようもなく震える体に、脳が拒絶反応を示すが、


「む、昔のよしみで、お手柔らかにお願いします……。ホント、マジで」


 どうにか言葉を絞り出す。




 








 ────────────



「帰ったぞ、母。親父殿。」


 帰宅し、そのまま普段寄り付かない本邸にレレィシフォナが立ち入り、落ち着かない様子で待っていたブララマンとロロゥアシニの前に現れてそう言う。


「おぉ、無事だったか!」


 声を上げるブララマンに、


「あぁ、良かった……」


 ほっと胸を撫で下ろすロロゥアシニ。


 何故かと問えば、


「ティアも無事だ。大した怪我もなく、隣で休んでる」


 そう。ラダトキィシヤが飛び出して討伐に着いて行った(らしい)ことに気づいた2人が、既に実力のある彼女を連れ戻すのにレレィシフォナ以上の適任はいないと判断し。


、そのまま貰うぞ」


 少し早くに発行させた、魔導の証を切り札として、彼女に追わせたのである。


 それはつまりどういうことかと言えば、


「あぁ……。すぐ、出ていくのか?」


 悲しげな顔をするロロゥアシニを見やった後、そうブララマンは娘に問う。


 しかしレレィシフォナは首を振り、


「一月程は残るよ。色々と、整理しなきゃ行けないこともあるし、────ティアともまだほとんど話せてないしな」


 少し微笑んで答える。


 しかし現地であったならば話せていないとはどういうことか、と疑問に思うも、


「そうか……。ゆっくりでいいぞ」


 ブララマンは笑って、そう言う。


 そこからは報告のためか、もはやレレィシフォナのことを隠す意味も無くなったため同行したアインスが話を始める。


「先に向かった所、上位悪魔と接敵。これを撃破しました」


 その後────、と続いて経緯を話すアインスを横目で見て、まぁ大丈夫だろうとレレィシフォナは判断する。

 アインスがそれなりに必死な顔で誤魔化そうと悪魔の脅威を盛大に盛っているから、である。













「じゃあやっぱりレレィシフォナ様は来訪者なんですか?」


 その横、貴賓室に待機している4人は暇を持て余すように会話する。


「そーよ。ウチエンキルゥの元ギルマス……トップね」


 しかし、とメメィディカラ(既に起きていた)は、


「でも、レー様は人間」


 やはり、誰もが感じている疑問を呈する。


転生組生まれ変わり。あたし達、あっちから来る時に選べるのよ」


 鍛えられた仮想の肉体と、豊富なアイテムと、特殊な技スキルを持ったままこちらに来るか、それとも


「全部捨てて、こっちの人間として新しく産まれてくるか」


 その言葉に、皆が驚く。

 正気じゃない、とプリンは笑う。


「普通有り得ないのよ。魔王を倒せる武器に、体の欠損を一瞬で治す薬に、物凄く強い肉体よ? アイテムボックスも無い。考えられないわ」


 そう、


「……有り得ないのよ。こっちの人間で、産まれてたった14年で、転移組に勝てるなんて」


 その言葉に、誰もが喉を鳴らす。

 しかし、と、


「何か……レレィシフォナ様ってだけで納得出来そうな所が恐ろしいですね……」


 彼女なら、その有り得ないことを簡単に成し遂げるだろうし、わざわざ厳しい道を選ぶのもなんとなくそうだろうなと感じる。


 その言葉にプリンはだが薄く笑い、


「甘いのよ、認識が。というか、本人が甘くなった? あいつ、昔はもっとヤバい奴だったんだから」


 当時を、語る。


「仲間が被弾して敵との射線上に倒れているのが邪魔ってだけで殺してロストさせて進む」

 だとか、



「仲間自体が邪魔になったのか魔導の詠唱をしている仲間を全員殺して1人で敵と戦った」

 だとか、



「誰も着いて来なくなったのに喜んで大型モンスターレイドボスに一人で突っ込んでいく。しかも勝つ。中堅所の来訪者のタイムにダブルスコアをつける速さで」

 だとか、



「苦言を呈した副長サブマスを、外で出会う度に殺すようになって副長が拠点(拠点内で仲間殺しは出来ないため)からしばらく出て来なくなった」

 だとか、



 聞くに恐ろしい話がドンドンと出てくる。

 ちなみに、だが、ギルド内のPKプレイヤーキラーは、模擬戦や事故死を想定しているためにどれだけやっても名前は赤くならなかったのも要因の一つではある。


「まぁ、ゲームあっち側では私達、いくら死んでも復活するんだけど。それでもさっきまで一緒に笑ってた相手が本気で殺しに来るのって中々よ。しかも笑ったままで」


 そこまで言って、


「で、これが決定的なんだけど」


 秘密の話でもするかのように声をすぼめる。


「あいつ、結局それが原因で追い出されたんだけど……。追い出された時、もう仲間じゃないからここ拠点でも殺せるな、って笑顔で言って、その場の全員殺してるのよ」


 しかも、


「追放に関わらなかった、私みたいにたまたま拠点にいた来訪者も、虱潰しに全部殺して回って」


 最後には、


「私達って死んだ後、んー……、こっちの時間で1時間くらいしないと復活できないんだけど。その間に拠点にあった財産のほぼ全部持って行ってさぁ。もー副長の荒れっぷりはヤバかったなぁ」


 何が面白いのか、当時を思い出すようにケラケラと笑っている。


 もはや人間かどうかも怪しいその行動に、さすがのヘイリシュやラダトキィシヤですら擁護できないのか、頬を引き攣らせながら、


「……よく、僕ら無事に帰って来れましたね……」


「えぇ、本当に……」


 そして菓子を摘んでいたメメィディカラも、


「ん。レー様は鬼、悪魔。絶対魔王」


「いやお前はあっさりあっちについただろう」


 しかしあの時がっつり拘束されたヘイリシュに両断される。


「てゆーかその後がもっと最悪でさぁ」


 まだ言い足りない、とばかりにプリンは続ける。


「仲間じゃなくなったから全員敵だな、とか狂ったこと言って(しかも笑って)、大っきい討伐が終わる度に私達のこと殺し回って報酬奪いまくってたのよね。そっちの方が楽だっつって! 頭おかしいでしょ!?」


「本当に、よく無事でしたね……」


「お、お姉様も丸くなったと考えたら……」


 この場合の無事とはプリンのことであるが。

 心底、そう思った。


「……んん? そう言えば、あいつ昔は男だったはずなんだけど。っていうかてっきりそう思ってたからこっちでも男ばっかり(副長が)探してたんだけど」


 首をひねってプリンは言う。


「もしかして、転生組って性別変えれるのかな? それかホントは中身女だった? いやでも女でアレはヤバいでしょ……。やっぱり性別変えるために転生選んだの? え……キモ────」

「女だぞ、元から」


「ひぃぃぃぃっ!!! すいません! 冗談です!」


 気配もなく後ろから聞こえた声に、さすが来訪者と思われるような(望んではいない)反応の速さでプリンは飛び上がって答える。


「ど、どこから聞いてました……?」


 そう、媚びるような笑みを浮かべてプリンは言う。

 それを誰もが見とれるような笑顔を浮かべて見返し、


「アイテムボックスはあるぞ。というかスキルもそうだが、来訪者の技術はほぼ全てこちらで再現できるぞ」


 驚愕の一言を告げる。

 つまり結構な最初から聞いていたのだが。


「だからお前らは馬鹿なんだよ。散々私が世界フレーバーを読み込むように言ったのに、誰もそこに気づかない」


 先の言葉が余程衝撃だったのか、プリンは口を開けたまま呆ける。


「あっちにいて気づかなかったか? あの世界には、矛盾が無いんだよ」


 そのまま続ける。


「切ったら切れる。殺したら死ぬ。拠点復活リスポーンこそすれど、死んだ者をその場で治す薬も無く、イベントだからって移動に制限がかかることもなく、始めたばかりで、最終前線に行くことさえできる」


 分かるか? と


「ゲームとしてしか捉えてないから気づけないんだよ。あの世界にある全ては、あの世界の物だ。来訪者だから、来訪者にしか。なんて特別な物はほとんど無かっただろう。動作補助くらいだぞ、特別なのは」


 まぁアレも単純に再現できるのをガワだけ整えたものだが。


「だからお前が同期率8割とかいう、ほとんどの奴より強い来訪者であろうと変わらないのはそれだ。魂に体が馴染んでないんだよ。魔力を纏う術すら調べず、ただ渡された強い何かを振り回してる子供だから、あんな悪魔にさえ傷をつけられない」


 鼻で笑う。


「そもそも残ったギルド員全てでかかっても私に殺されてたお前らが、よくもまぁこちらで最強エンキルゥを名乗れるな」


 その言葉に、心当たりのあるプリンは顔を真っ赤に染める。


「ほんっと……ムカつく……っ」


「安心しろ。今日からお前もこの世界の住人として、私が責任をもってみっちり鍛えてやる。悪魔くらい簡単に倒せるようにな」


 尚も小馬鹿にするように続けるレレィシフォナに、


「むっかーーー! 絶対強くなってボコボコにしてやる!」


 調子を取り戻したプリンが睨みつける。








「なんか、……いつも通りですね」


「えぇ……どうなるかと思いましたが」


「ん。レー様はやっぱり怖いよりあっちの方がいい」


 そしてそんな巫山戯た雰囲気に、それを見ていた3人は顔を見合わせて笑うのであった。














 ────────────



「では、な」


 門を振り返ってレレィシフォナは言う。


 その傍には、メメィディカラと、何故かプリンがついていた。


「なんであたしまで……」


 ぶつくさと言うプリンであったが、


「どうせ戻っても怒られて終わるだろうに。これを機に世界を楽しめ」


 ということらしい。

 どうやら意外とこのプリンという存在を、レレィシフォナは気に入っているようで。


「やだぁ……。もう四肢がもげる夢は見たくないぃ……」


 いややっぱりヘイリシュおもちゃ枠かもしれない。


「安心しろ。夢じゃないぞ」


 何故笑うのか。本当に分からない。


 相変わらず巫山戯た雰囲気に、しかし向かいに立つヘイリシュは冷めた目で見てしまう。


 隣に立つ、涙を浮かべながら気丈に姉を見送ろうとするラダトキィシヤを見習って欲しい。


「うむ。達者でな」

「あぁ……シオン……っ」


 今生の別れでもあるまいに、そんな空気を見せて別れを惜しむ家族に。


「まぁ、1,2年は色々と忙しくなるだろうが、それ以降はたまに帰ってくるさ。なんてことは無い」


 そう笑ってレレィシフォナは慰める。


「お姉様……っ」


 感極まり、ついには涙がこぼれ始めたラダトキィシヤ。


「ティアも、元気でな。リジィと仲良くするんだぞ」


 そして、と


「リジィ。止まるなよ。はっきり言って、お前はもう既に強い。そこらの来訪者なんて目じゃないくらいには、強い。だから止まるな。命を燃やして進め」


 そこらの来訪者(プリン)は今にも立ち止まりそうに悲痛な顔をしているが。


 もう何も言うことはない、とばかりに背を向けたレレィシフォナに、しかしヘイリシュは


「僕にも、ご褒美をください」


 そう言って止める。


「いつもメイリばっかりで、ズルいと思ってたんです。何でもいいから、僕にもください」


 シシハリットに残ることを決めたのは、彼女の為だ。

 そして、彼女の妹の為だ。

 2人は、どこまでも似ている。その輝きの美しさに、そして危うさに。

 だがレレィシフォナに騎士はいらない。

 だからヘイリシュは帰る場所を守るために。

 そしてラダトキィシヤは騎士がいないと止まらない。

 だからヘイリシュは彼女の居場所になるために。


 残ることを、決めた。


 決めはしたが、別れが辛いのは変わらない。

 だからだろうか、そんならしくもない我儘を言ってしまったのは。


「そうか……、そうだな。お前にはまだ何もしてあげた事がないな……。仕方ない」


 考え、そして強く笑みを浮かべて、

 レレィシフォナは、ヘイリシュに向かって歩く。

 その姿に嫌な予感がする。


「ちょっとまっ────」


 口が塞がる。

 柔らかく、暖かく、少し甘く。

 目が合う。

 激しく、熱く、少し寂しげに。


 その抱擁と、接吻はとても切なく────



 と思いきや、いきなり舌を入れられる。


 先程までの雰囲気など消し飛ばすほどに激しく、淫靡に、貪るようにレレィシフォナの舌がヘイリシュのそれと絡む。


「うっわ、エッロ……」


 プリンは呆然と呟く。


 ラダトキィシヤなどワナワナと震えている。ついでにブララマンも器用に震えながら固まっている。


「な、な、な……っ」


 随分と長く、されど彼にとって一瞬に感じられたそれは、体を突き放したレレィシフォナの笑顔によって現実に戻される。


「愛してるぞ、リジィ」


 初めて会った時のように、悪戯っ子のように顔を歪めてそんな言葉を吐く。


「────何してんですかホント!?」


 ヘイリシュの叫びに、やはり笑う、笑う。

 笑ってそうして、彼女は旅立った。



 見送り、さてと振り返ったヘイリシュだが、その袖を掴む手に止まる。

 見ると、ラダトキィシヤが膨れっ面で見上げてくる。


「────負けませんから!」


 どっちに? と言うより早く、

 プリプリと、ラダトキィシヤは乱暴に屋敷へと入っていった。


「……前途多難だ」


 溜息を吐き、足を進めようとしたヘイリシュだが、


「ヘイリシュ君」


 その、笑顔を感じられる、しかし恐ろしい何かも感じられる声で、ブララマンの声で、固まる。


















 彼の苦悩は、まだ続く。




 ────────────

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