第8話 レレィシフォナは笑わない 2

「中々に、やるな」


 当たらない。当たっても防がれる。

 まるで雲のような、そして鋼鉄のようなそれに、ヘイリシュは過去人形と相対した時を幻視する。


バチバチ痺れろ雷よ、引き裂け


 その声と共に落ちた雷鳴は、しかしやはりかの絶対者は落ち着いたまま。


「それでは遠い」


 睨み、呟くだけで現象を掻き消す。


沈みなさい大地よ、溶けろ!」


「同じだ」


 そして足元が泥のようになるも冷静なまま、沈むよりも一手早く足を踏み出し、ヘイリシュに向かって小さく腕を振る。


「っ、ぐぅっ!」


 しかしその見た目とは裏腹に、構えた剣ごとヘイリシュは押さえ込まれ、足を幾らか沈ませる。


「滅びろ」


 そして悪魔から紡がれた魔導は、しかし。


「……む」


 やはり、掻き消される。

 度重なる魔導の行使に消耗したのか、肩で息をするメメィディカラを睨み、


「やはり、厄介だな」


 そして標的を移そうとするも、


「お前の敵は……、俺だ!」


 ヘイリシュはそう叫び、同時に無詠唱で2人の間に炸裂の魔導を発動させる。

 まるでレレィシフォナとの戦いの再現のようなそれは、しかし彼女の時よりかは確実に、悪魔の隙を作った。


「ラー様! デカいのやって!」


 その隙に、瞬時に同じく無詠唱で拘束の魔導を出し、彼らにとって少なくない時間、悪魔を無防備にする。


 同時に、ヘイリシュが今までより多く魔力を込めた剣を引き、突き刺すように押し出す。


思いっきり固き氷よ刺さりなさい穿て!」

「っおらぁ!」


 そして全く同じタイミングで、間違いなく貫通した剣と、氷の槍を見て、


「やっ────」

「さすがに肝を冷やしたぞ」


 喜びの声を上げようとしたラダトキィシヤはしかし、どうやってか目の前に移動してきた、無傷にしか見えない悪魔に声を失う。


「まずは、お前からだ」

「やめろぉ!」


 そうしてもはや誰にも止められない腕が、高く振り上げられ、下ろされた。


 止められない。間に合わない。

 振り下ろされた腕は、抵抗なくラダトキィシヤの頭を潰す。

 倒れる。呼吸がなくなる。死ぬ。

 そうなってしまう。


 その場にいた全員が絶望と焦りに、最悪の未来を幻視する。











「んー、すっごくいいタイミング!」


 そんな巫山戯た声と、差し込まれた剣と、防がれた腕と、突き放された悪魔と、間違いなく未だ生きているラダトキィシヤの姿に、現実が引き戻される。


「っ、……貴様ァ!!!」


 途端、今まで冷静に、どこか超然としていた悪魔が激昂する。


 そこに突如現れ、ラダトキィシヤへの攻撃を防ぎ、弾き、そのまま蹴り上げて距離を離したその存在は。


「来訪者……?」


 そんなヘイリシュの呟きに、


「あったりー! 鋭いね! 君!」


 そんな風に、彼らよりも高価で、彼らよりも強力な、彼らよりも特徴的な装備を身にして、彼らの誰にも見られない長い耳と、彼らの誰でもない幻想的な魔力を纏って。

 あっけらかんと、彼女は答える。


「何故貴様がここにいる!」


 しかしその雰囲気に関係なく、激昂したままの悪魔が再び襲いかかる。


「よ……っと。あんたを追ってきたに決まってんじゃん? 魔王様?」


「ああぁぁぁぁァァァ!!!」


 いなし、かわし、飄々と、彼女は楽しげに悪魔を弄ぶ。


「……魔王?」

「そ。真なる魔王。新しい時代を築く魔王。全部自称だけどね」


 そしてまた呟いたヘイリシュに、やはりあっけらかんと彼女は答える。


 と、そこでまた仕切り直したのか、距離を取り、睨みつける悪魔をニヤニヤと眺めながら彼女は。


「エンキルゥが第二位、プリン。いざ参るぶっ殺す


 その名を、告げる。告げてしまう。

 悪魔の大怨敵の名を。





 そして『彼女』の、最大の敵の名を。







 ────────────



 そこからは、一方的だった。


 圧倒的な魔力と、圧倒的な暴力。

 ただ乱暴に、彼女は魔王と呼んだ悪魔を攻め立てた。


「ほらほら、もっとちゃんと防がないと、腕が無くなっちゃうよ?」


 嗜虐的に、酷く笑いながら良い、また切りつける。


「何故我らの邪魔をする!」


 悪魔は叫び、その過剰な魔力を破裂させるも、


「さぁー? 私はあんまり考えてないけど」

「ならば────」

「でもダメ~。大人しく殺されなさい」


 そして、その剣が悪魔の腹を裂く。

 しかし確かに、圧倒的に、一方的にその動きを押さえ、場を制していはしたが、


「っつー! 相変わらずかったいなぁもう!」


 傷つかず、金属が弾ける音だけを残し、悪魔がその衝撃でまた離れる。


 しかしてそれをしばらく眺めていたヘイリシュ達だったが、いよいよ我慢がならず。


もっと大きく燃え盛る炎よ固まって燃えろ収束して爆ぜろ


 メメィディカラのその魔導を皮切りに、彼らもまた死地へと斬り込む。


「はぁ? なんで現地人が高位魔導を生身で(精霊言語や杖などの補助なくという意味で)使えてんの?」


 そしてプリンと名乗った彼女の呟きに止まることなく、ヘイリシュもまた駆ける。


「っ、シィッ!」


 そして魔導を掻き消そうと腕を払ったその先を、圧縮した魔力と共に切りつける。

 ばっ、と、悪魔から確かに傷ついた証として血が溢れる。


「はぁ!? なんで切れてんの!? おかしくない!?」


 それさえ無視して、このまま畳み掛けんと、今度はラダトキィシヤが


切り裂いて風の刃よ進みなさい抵抗なく進め!」


 血を出したその傷目掛け、不可視の刃を飛ばす。


「邪魔を……っ、するなっ!」


 叫び、傷が増えるのも厭わず大きく飛び上がる。


「いやいやいや……、おかしいでしょ!? おかしくない!? なんで現地人が最上位悪魔にいい勝負できてんの!? 私がおかしいの!?」


 混乱し、しかし追わんとするプリンであったが、


「深淵をもって、全て沈め」


 その、悪魔から放たれた魔導に足を止める。


「……またこれぇ? めんどくさ……。つーか逃げんな!」


 しかしそう言いながらも、放置はしないのか。

 虚空に大きく現れた闇。まるで小さな太陽のような、されど暗く、全てを飲み込むような黒いそれに対して手を翳す。


全部大きな闇を消し飛べぇ払え!」


 その瞬間、押しつぶされるように徐々にその形を崩していく闇。

 しかしその間に悠々と、しかし確実に距離を取り、悪魔は離れていく。


「メイリ!」


 それを見たヘイリシュが問うが、


「無理。届かない」


 首を振ってメメィディカラは答える。












 こうして、予想だにしなかった闖入者によって脅威は去ったように思えたが、


「無理じゃないぞ」


 響いたその言葉で、全てが『変わる』。









 ────────────


 その3度目に渡る闖入者に、誰もが声を失う。


 何であればヘイリシュもメメィディカラも、「それ」と聞いた瞬間、何故か体が小刻みに震えている。

 なおシシハリットの騎士達は、既に結構な前(具体的には魔王の襲来直後)からラダトキィシヤにギリギリつくかつかないかの位置まで下がっている。

 いても邪魔になっていただろうから、正解ではあるが。




「お姉様……」


 そのラダトキィシヤの呟きは、誰にも聞こえず空気に溶ける。


 ふわりと、降り立つように現れ、その髪の色を気休め程度に染め、知らぬ者が見たらまず繋がりなど気づかない、しかししっかりと観察すれば間違いなく分かってしまうほど似通った顔をその呟きの主に向けて、


「頑張ったなぁ、ティア」


 レレィシフォナは、花の咲いたような笑顔を作る。


 その言葉に場違いながら、ラダトキィシヤは目に涙を浮かべ、


「お姉様……、お姉様!」


 そのまま、飛び込む。


「よーしよしよし。相変わらず泣き虫だなぁお前は。もう立派な淑女だろうに」


 そんな赤ん坊の頃の遥か昔の思い出を語り、何故かその場で、家族の感動的な邂逅を始めてしまうが、しかしながら空気が読めない者はいる。


「……何? あんた誰? ちょっと、ヤバくない?」


 むしろ睨めつけるかのように、レレィシフォナを見つめ、剣を腰だめに構え、その身に感じる、魔力以上に危険な何かに最大限の警戒を持ちながら、プリンは問いかける。


 そんな無粋な問いはしかし、やはりというか、


「……そろそろ離れろ、ティア。落ち着いて話もできんだろ」


 完全に無視され、やはり穏やかな顔のまま、レレィシフォナはラダトキィシヤに優しく言う。

 そうしてイヤイヤと駄々をこねる妹を何とか宥め、髪を撫で、頬を撫で、その手に嵌めている指輪を持たせ、やっとの思いで体を離す。


「無視してんじゃねーよ! 殺すぞ!」

「……さて」


 その剥き出しの殺意と共に、一歩踏み出したプリンだったが、



 その言葉と、そこに込められた魔力によって、たったそれだけで足を止める。止められる。


 そして、と


「魔王、ねぇ……。お前が名乗っていい名前じゃないよ、それは」


 そう言いながら、空中の、今まさに逃げんとした体勢で、指ひとつ動かせない悪魔に告げる。


「……っ、何だ、これは……っ!」


 恐怖と焦りにその顔を歪ませ、しかし動けない体になお焦った悪魔が叫ぶ。


「お前の魔力を、固定した」


 そして驚愕の一言を告げる。


「馬鹿な……っ。出来るはずがない!」

「現に出来てるだろうが」


 その拒絶を更に否定し、レレィシフォナは続ける。


「お前らはどこまで行っても愚かだ。恨みに縛られ、未来を見ない」


 その魔力の在り方は、まるでただそこに停滞した泥だ。

 その呟きと、掲げた右手を握りしめるようにして、


「だからこんな簡単に、お前の根源さえ奪われる」


 悪魔の魂を、潰す。


 たったそれだけで、

 ヘイリシュを追い込み、

 メメィディカラの魔導を打ち破り、

 ラダトキィシヤを死に追いやりかけ、

 来訪者からさえも逃げ延びようとしたその悪魔は、


 あっさりと、存在ごと、まるで根元から溶けて消えるように、


「よくもまぁこの程度で、魔王を名乗ったな」


 その呟きは空に消え、そうして悪魔は、命を散らした。










「講義を始めよう」


 誰もがその場で起きた現実を直視出来ず、固まり、口を開き、しかし感じる圧迫感に呼吸は浅く、早く、緊張だけが伝わる空気の中。


 彼女のそんな一言から、始まる。


「悪魔とは、何だ?」


 指を立て、問いかけるようにしながらも、誰にともなく体を横にし、その場を行ったり来たりする。


「答えは、人であり、魔だ。つまり私たちと同じだ」


 だがしかし、と


「その魂は淀み、決して世界に交わることがない」


 そこで足を止める。


「つまり、異質なんだ。異質な魔力を外にも内にも漏らさず、ただ奴らは抱え込む。これが恨みの根源だな」


 だから、


「奴らは自身の魔力を制御しない。出来ない。ただそれを出すことしか出来ない」


 そして先程実演してみたように右の手を掲げ、握り込むように。


「だからこちらも質を変え、差し込むだけで、簡単にそれを奪うことが出来る。後はまぁ、さっき見た通りだな」


 そんなとんでもないことを言い、そこで改めて目の前に並ぶ者を見据える。


「ということで、


 そしてまた、何気なしに振った手から、途方もない魔力が走ったと思いきや、


「……っぐ。こ、これは……っ!」


 目の前に、今しがた滅ぼしたはずの魔王が現れた。


「考えろ。必死になれ。本気でやれ。でないと────」


 その顔をまるで歪ませて、


「死ぬぞ?」






 新たな脅威が、彼らを襲う。












 さっきまで生き死にを賭けた濃い緊張感の中で、強大な悪魔という敵と戦っていたはずなのに。

 何故かその敵は師匠になって、緊張感はやっぱり無くなって、だけども賭ける命は変わらず、どころか先程よりも余程に危険は増えていて。

 何故こうなったのか、いくら振り返っても本当に分からない。

 それでもさっきよりはマシだろうと思うが。


 だが現実として、


「ちょっとホントに死にますって!」


 目の前で振るわれた腕を小さくよけ、切り返すように剣で撫でる。


「リジーは黙って押さえて! ラー様!もっかいおっきいの!」


 溢れる魔導に合わせて踏み込むもそれは発現するまでもなく打ち消され、


「組み込みが甘いぞ。無理に大量にぶつけなくても理解出来ていれば簡単にほどける。もっと


 そして何故か軽い鍛錬のようにレレィシフォナが腕を振ってそれを実演して、


「ほれ、防げ」


 そのままプリンにぶつける。


「え!? なんでみんなこの展開に順応してんの!? おかしくない!? あたし関係ないし!」


 飛んできた魔導を無理くり切り裂き、その隙に悪魔がプリンに向かい。


「しゃがんで!」


 その言葉と共に自ら沈んだプリンの後ろから、


バキンと割れろ氷結して、砕け散れ!」


 メメィディカラの魔導が突き刺すように飛び込む。


 それをやはり今度は悪魔本人が掻き消して、


「っだ、らぁ!」


 その隙に割り込むようにヘイリシュが切りかかる。


 そんな感じで、多分に巫山戯た空気ではあるが、本人達にとっては非常に必死に、それはもうそのままの意味で必死に、生き延びんとその術を振るう。


 そんな様子を横槍を入れたり、茶々を入れたり、わりと真面目な指導をしながら、レレィシフォナはいつもの鍛錬のように腕を組んで眺める。









「あの……。もう宜しいのでは────」

「黙れ。お前もあそこに突っ込むぞ」

「すいません黙ります」


 勇気を出して後ろから声をかけたアインスを一刀の元切り捨てたり。










「あれ、何で今度は魔導が発現したんだ? さっきは同じだったのに打ち消されてたよな?」

「多分、『理解を詰めろ』ってことでしょうね。その構造や原理を組み立てて、より強固にしたものは外部の干渉を受けにくいのでしょう。……奥が深いわ」

「なるほど。……そうなると無詠唱って、実はそこまで凄くないのか?」

「えぇ。見る限り無詠唱はとにかく形が決まってて、すぐに出せるようにしているように感じるわ。その構造も最低限でしょう」

「ほう、分かるか。お前らも意外といい感じだな。それなら今のは何故唱えてから発現するまでに時差(ラグ)があったか分かるか?」

「は、はい……! ────恐らく敢えて遅らせる原理を取り入れ、戦闘技術の中に組み込むことで相手の意表をついたのかと……。合ってます、かね?」

「おぉ! 分かるのか! 中々に筋がいいな! 帰ったらリジィに聞いてみろ。あいつは本筋は剣だが魔導の基礎だけはみっちり詰め込んだから、それなりに話せるぞ」

「本当ですか!?」


 既に観戦モードに入った魔導師組の話し合いにレレィシフォナが乱入して、盛り上がったりしながら。


 なお彼らは安全な位置に移動するうち、自然とレレィシフォナの後ろに並ぶかのように集まっていたため、自然とその悪魔のような笑顔を目にして、


「なぁ」

「おう」

「あの子……、絶対魔王より魔王らしいよな」

「言うな……。俺もそう思う」


 そんな会話をこぼしていた。












「これで……っ!」


 片腕を犠牲にしつつも初めてとは思えないほどの連携を取る4人で何とか追い込み、ヘイリシュの剣が悪魔をやっと両断する。


 終わった、と大きく息を吐き、レレィシフォナを見やろうと顔を上げた瞬間、



「だから物理で倒しても意味ないだろう。根源からねじ伏せるんだよ」

 その一言と練り上げた魔力で、ひょいと簡単に魔王を降臨させる、かの悪魔のような師匠に、


 彼らは絶望する。ついでにどう見ても無理やり復活させられた悪魔も絶望している。



「……いやマジで頭おかしいんじゃない!?」


 そんなプリンの叫びに、だがヘイリシュとメメィディカラは死んだ目で、殺意だけはギラギラと光る死んだ目で、そして流されるままにラダトキィシヤも、


「やったらぁぁぁぁぁ!!!」

「ご飯……帰ったら絶対美味しいご飯……」

「これ、私もやるんですの……?」



 その悪魔(この場合レレィシフォナ)に相対する。



「いややっぱ死ぬ! せめて腕だけ治させて! ホントに!」


 やはり、さっきの方がマシだったかもしれない、と、そんな思いをのせて。
















「突き刺して……、変える……っ!」


 その言葉と共に、先程までの攻撃と違い、明らかに内部から霧散するように悪魔が消える。


「……っはぁ、はぁ……っ!」


 そうしてその荒い呼吸だけが響く。

 静かに、非常に静かに誰もが息を呑み、その口が開かれるのを待つ。


「んー……。ギリギリ、出来てたかな……。終わろうか」


「ぃよっしゃー!!! やってやったぞこらぁ!!!」

「……もう限界。無理。寝たい。美味しい物食べたい」

「つ、疲れました……」

「いやホント最初から最後まで分かんないんだけど、何? これ何なの?」


 多分に壊れているようにはしゃぐヘイリシュと、各々疲れたような声でへたり込む3人。

 そして何故かレレィシフォナの言葉と共にワッと歓声を上げて黙っていた誰もがヘイリシュへと駆け寄る。


 通算、7度に渡る魔王との(強制的な)攻防は、ここに終結した。


「よくやったなぁヘイリシュ! お前は世界を守った英雄だ!」

 とか、


「よく生き延びた……! よく助かった……! 俺ぁもう涙で前が見えねぇ……っ!」

 だとか、


「すごいですよヘイリシュ様! 魔王を打ち倒した最後の剣! 最高にカッコよかったです!」

 うんたらかんたらとか、


 他の者も同じように労われ、盛り上がっている彼らはしかし、恐らくそのヘイリシュを追いやっていた魔王は真後ろでニコニコしているレレィシフォナその人である事実を誰もが理解しつつ、そこに触れることはなかった。触れたくなかった、が正しいが。


 それらが意外と長く続き、レレィシフォナの咳払いで徐々に収まり、


「さて、さて」


 その言葉に、耳を傾ける。


「よくやった。一応これで、まぁほとんど後は自分の力で切り開いて行けるだけの実力はついたと思う。……ティアも、よくやったな」


 そんな、彼らにとっては意外で、しかし心に響く内容を告げる。


 だからまぁ、と続くのは、しかし


「最後に、選べ」


 彼らにとって、本当の絶望は、


「私の敵になるか、否か」


 これから、始まる。














 ────────────



「……そ、れは……?」


 固まり、何とか絞り出した声はしかし、どうにも掠れて。

 今まで彼女から度々浴びせられたそれは、児戯に等しきものだったのだと分かるほどの、純粋な、濃く、鋭く、息の詰まる殺意を向けられ。


「まぁ、とりあえずそこで見ていろ」


 そうして誰も動けない中、レレィシフォナは歩みを進める。


「な、何……? 何なの!?」


 これから起こる何かを、誰も理解出来ていない中でも、とびきり分かっていない、その、来訪者に向けて。












「久しぶりだな、プリンピンク頭


 そうして彼女と、プリンと呼ばれた来訪者以外の皆が足を下げ、引きずるように、へたり込むようにその空間を開け、


「はぁ……? あんた、ホントに誰よ」


 だが今ほどの殺気など無かったかのように、穏やかに話しかけるレレィシフォナに、調子を取り戻したのか。


「あんたみたいな女、見たことないし、聞いたこともないけど……。何? あんたも来訪者なの?」


 皮肉げに口を上げて、余裕さえ見せてプリンは問う。


「その名は、違うな。私はこの世界で生まれた。お前らとは、違う」


 穏やかなまま答えるレレィシフォナに、


「あぁ……。転生組ね。物好きな奴もいるのね」


 ドンドンと調子に乗るプリン。

 既にヘイリシュとメメィディカラはその様子に戦々恐々と、


「これヤバくない? あの人死なない?」

 とか、


「いいから、黙って見て。こっちに飛び火する」

 とか、


 完全にレレィシフォナを天災か何かのように扱いながら、喉を鳴らして見つめていた。


「て言うかぁ……。あんた、私が誰だか分かってんの?」


 プリンは止まらない。


エンキルゥの、副長サブマスプリン様よ? 何で名前も知らない雑魚に呼び捨てされなきゃ……んん? …………ちょっと、待って……っあんた、ピンク頭って、さっき……っ、ひぃっ!!!」


 顔を上げて睨みつけて、止まらなかった勢いが、そこで止まった。

 というより、固まった。


 改めて溢れ出る殺気にのせて、


「お前は本当に、馬鹿だなぁ」


 ピンク頭と呼んだのは、

 その、過去1人しか呼ばなかった渾名は、

 それを許したのは、


「ギ、ギルド長ギルマス……?」


 その問いかけにレレィシフォナは飛び切りの笑顔で、


「そうだな。あのエンキルゥの、ギルマスだな。元だが」


 その、死刑宣告を、口にする。


 だが、しかし、そこで折れないのはすごいなぁ、とヘイリシュは他人事のように眺めるが、


「……っ!」


 き、と強く睨み、その殺意に震えながらも、プリンはしっかりとした足取りで立ち、剣を構え


「……殺す!」


 レレィシフォナに、切りかかる。


「ほら、馬鹿だ」


 それを凄惨な笑いで受け止め、


 半身を下げ、たった一歩の動作でかわし、そして突き出した拳が、プリンの左頬に強く刺さって、彼女は転がるように吹っ飛ぶ。


「ぁ……っが、ぐぅ……!」


 あれ? いつもより思いっくそ本気じゃない? 一瞬で死にかけてない?

 だなんてやっぱりヘイリシュは他人事のように思うが、想像より遥かに危険な状況らしく。


「これ、知ってるか?」


 その転がった先を、追い詰めるように、追いやるように。

 ゆっくりと歩きながら、レレィシフォナは懐からある物を取り出す。


「あ……んた、それ……」


「それ」を目の前に掲げ、怯える顔に躊躇なく、容赦なく打ち放つ。


 弾けるような音と、強く何かにぶつかる音が数度聞こえ、


「……っ……はぁっ、はぁっ!」


 恐怖に固まる顔の目の前で、辛うじて展開された防御の魔導によってそれが防がれたことに、緊張のまま安堵し、足りない酸素を取り込もうと呼吸を荒くする。


「面白いだろう? 魔導を打ち出す銃だ」


 その言葉に、その意味に、弾けるように反応を示したプリンは、


「そんな……っ、銃を作ることは神から禁止されているはずよ!!!」


 そう叫ぶ。が、


「作ってないぞ」


 やはりずっと、静かにレレィシフォナは答える。


「だからお前らは馬鹿なんだ。何か自分達を物語の主人公のようだと勘違いしている。自分が全てを知り得て、成さないと気が済まないんだ」


 穏やかに、しかしその手は未だ銃に指をかけたまま、


「この世界の主人公はお前らじゃない。まして私でもない」


 本当に、これすら分からないのか、と置いて


「作らせたんだよ。気づかせて、見つけさせて、研究させて。私はただ、見ていただけだ」

 もちろんそこに、思惑として誰とも分からぬように介入はしたが。


「ほとんど全て、作ったのは間違いなくこの世界の住人だ」


 そして呆れたように、


「というかな、何故この世界でと思うんだ? 何故自分たちだけが特別だと思えるんだ?」


 どうやって文明は発達した?

 どうやってその知識を得た?


「同じだろうよ。この世界も進化するに決まってるだろう。お前らのちっぽけなプライドは、それを脅かしていい理由にならないんだよ」


 また一つ、嗜虐的な笑みを浮かべて、


「神の代弁者にでもなったつもりか? もしそうなら今すぐ剣を捨てて祈りでも捧げるべきだな。それとも私に祈るか?」


 助けてください、ってな。


「ところで、だ」


 そこで振り向き、


?」


 撃たれたそれを防ぐように、先程咄嗟に、その、必死な顔で姉を見つめる、








 ラダトキィシヤに、レレィシフォナは問いかける。











────────────




「これ以上やったら、彼女は死んでしまいます」


「そうだな、殺すつもりだからな」

 今もだぞ、と付け加える。


「……っ、彼女は、私達の味方として働きました」


「だから、その間は何もしなかっただろう?」

 今は別だと言外に告げる。


「……彼女は、私のことを、助けてくれました……っ」


 決定的な一言を。


「────だから、なんだ?」


 ラダトキィシヤが、黙る。


「助けて欲しいのか? 誰の為にだ? こいつの為か? それともティア、お前の自己満足の為にか?」


 どちらにしろ、


「それは『妹の我儘』として許せる領分を超えているよ」


 その言葉に、泣きそうなほど顔を歪ませるラダトキィシヤはしかし、それでも姉から目を背けず、顔を伏せず。

 その様子に、レレィシフォナは事態をより加速させる。


「お前は、敵になるか?」


「そんな、こと……」


「ティア。可愛いティア。お前も勘違いしているよ」


 レレィシフォナは優しく否定する。


「お前の行動の責任は、どこまで行ってもお前にしか取れない。誰かに被ってもらうことも、救ってもらうことも、ましてことも、本来として出来ないんだよ。お前が舐めた考えでここに来ようと、それで死にかけようと、それで助かろうと」


 お前以外の、誰もそれに関わらない。

 断言したレレィシフォナは、ラダトキィシヤを強く見つめて続ける。



「だから、こいつがどう動こうが、お前の結果に変わりはない。助かった、だけだ。こいつもだ。こいつの行動の責任は、こいつにしか取れない。お前が入ってくることじゃない」


 もはや俯き、何も言えないのか黙るラダトキィシヤに、


「恩義を感じたか? 助けたいか?」


 つまり、それは


「改めて、聞くが」


 ゾッとするほどの声に、明確な殺意を乗せ、愛すべき妹に向けて、


「お前は、私の敵になるのか? その覚悟が、あるのか?」


 だが倒れない。レレィシフォナの妹は、その酷く似た目を、鏡のように鋭く、互いに交差させて、


「────私は、私の責任の元に、彼女を救います」


 そうか。


「それでいい」


 そこで顔をヘイリシュに向ける。


「さて、リジィ。……ヘイリシュ・トゥラオド・リリン・アグラット」


 そのまま語る。


「お前はまだ、?」


 そして、笑う。

 悪魔のように、嗜虐的に。








「……」


 ここだ。多分、が分水嶺だ。彼女の、そして、────世界の。

 ふぅ、と、深く呼吸を整え、問われたヘイリシュは。


 考えるように閉じた目を、静かに開けて、


「僕の手には、納まりません。でも、止めることはできます」


 進み、ラダトキィシヤに並ぶように立ち、そこで止まって、


「────その為ならば、敵になります」


 かつての約束を、彼女の父と、彼女に誓った約束を、果たそうと、剣を構える。


「ん。ごめんラー様、私はこっち」


 そんな空気を知ったことかとばかりに、メメィディカラは至って普通の声色で、恐れもなくレレィシフォナの傍に立つ。


 いまにもはち切れんばかりに高まる緊張感の中、


「あんた……、異常よ……っ」


 プリンの声が響く。

 しかしそんな言葉にレレィシフォナは心底不思議そうに首を傾げ、


「お前、エンキルゥだろう? 知らないのか? 分かってないのか? 紹介文に書いたはずだけどなぁ。こんにちはエンカウント死ねキルって。そのままだぞ。遭遇したら殺す。そのためのギルドだぞ? 何言ってるんだ? なんでお前、そこにいるんだ? その名エンキルゥを名乗るのに、分かってないのか? 本当に、分かってないのか? お前は既に、私の敵だぞ? それとも分からないまま、その剣を振っているのか?」


 まるで畳み掛けるかのように、彼女の認識を潰す。甘い、と、切り捨てる。


「ごっこ遊びがしたいなら、それは捨てた方がいいぞ」


 そこでプリンに向けた顔を戻して、




「この世界で生きていくには、その剣は重いぞ」


 そう、に告げる。







 最後の戦いが、始まった。












 ────────────



「……行きます!」


 まずレレィシフォナとプリンを離そうと、ラダトキィシヤは魔導を唱える。

 それが打ち消されるのを予測して、走り出したヘイリシュだが、


「まだ甘いな」


 聞こえた言葉は、目の前ではなく、後ろからだった。


 瞬間、背中から腹にかけて、


「……っ!」


 しかしそれはヘイリシュにとって鍛錬の時ですら何度となく経験したことで、焦る要因ではなく。


 そのまま腕を巻き込むように力を込め、体ごと反転して剣を翻す。


 だが、既にそこにいない。


「────ぁ、ぁぁぁぁあああ!!!」


 その声は、ラダトキィシヤから出ていた。



 既に移動していたレレィシフォナに、右腕をもぎ取られ、転がるようにその場から離れた、ラダトキィシヤから。


 その覚悟に。レレィシフォナの本気に。


 ────ゾッとした。

 足が、止まる。

 腕が、下がる。

 家族に手をかける姿に。

 血の繋がった妹の手を容易く引き裂く姿に。

 先程まで仲良く笑いあっていたラダトキィシヤの叫びに表情を変えない、その姿に。





「────ギューって縛れ束縛よ、囲め


 聞こえた声に、ヘイリシュの両腕が体にまとわりつくように拘束される。

 足が合わさり、膝をつく。


「この程度か」


 その間に、レレィシフォナは逃げたラダトキィシヤに覆い被さるような形で乗りかかり、うつ伏せになった首に手をかけている。


「この程度で、敵になったつもりか」

「……っ」



 返答は、ない。


 レレィシフォナは嘆息し、その手に力を込めようとする。


「────舐めんじゃ、……ねーわよっ!」


 回復したのか、先程よりも元気な様子で、そこにプリンが飛びかかる。


 それを起き上がり、半歩下がり、やはり大したことの無い様子でレレィシフォナはやり過ごす。


 ここで、折れるな。

 ここで諦めるな。

 ここで止まるな。


 言い聞かせて、奮わせて、拘束を打ち消す。


 返す手でプリンの腕を折り、その腹に叩き込まれようとした足を、


 踏み出し、振り下ろした剣で切り落とす。


「────吹き荒れなさい風よ、渦巻け!」


 しかしレレィシフォナは切られた足もそのままに、残った足だけで踏み込み、振り下ろした姿勢のままのヘイリシュの顔を両手で包み、ねじ切ろうとし、

 倒れていたラダトキィシヤの発した魔導で、弾け飛ぶ。


「────っはぁ、はぁっ!」


 強制的に距離を取った彼らは、一様に死に体で、しかしすぐさま回復の魔導をかけながら、同じく傷を負っているレレィシフォナを睨む。


「メイリ」

「ん」

「邪魔をするな」

「……分かった」


 先程の、手助けのように出された拘束すら邪魔だと判じ、レレィシフォナはメメィディカラの介入を断じる。


「さて」


 レレィシフォナは言う。


「仕切り直しだな。回復していいぞ」


 その言葉に、誰もが無言で、改めて万全の体制で、構えたまま。


「足りない。まだ足りない。それでは守れない」


 だから、


「いつでもいいし、どこからでもいいし、何してもいい」


 いつかの時と同じに言い、しかしいつかの時と違って、


「────かかってこい」


 レレィシフォナは、笑わない。










 進み、振り切った剣が、折られる。

 右手に持った折れたままのそれを、逆手に持ち替え、切り上げるように突き刺す。


 横から伸びた手に弾かれる。


 纏わせていた魔力を手繰り、折れた切先を左手に持ち、投げる。

 レレィシフォナの左目を傷つける。


 衝撃に身を仰け反らせた彼女が、逃がすように体を反転させ、その流れで蹴りを放つ。

 避ける。間に合わず、脇腹が文字通り抉れる。


 左手が伸ばされる。

 そこにラダトキィシヤの魔導が刺さる、刺さる、刺さって、破裂する。


 下がらず、抉れた腹もそのままに、折れた剣を叩きつける。

 それを大きく開けた顎で受け、止め、噛み砕き、砕け散った剣の魔力をそのまま奪われ、細かな礫となってラダトキィシヤに襲いかかる。


 頭突きをされる。鼻が潰れる。

 密着したまま、腕を振ってレレィシフォナの左耳を引きちぎる。

 だが離れない。押し倒される。


 首元に噛みつかれる。避ける。

 避けきれない。肩を食いちぎられる。


 頭上をプリンの剣が通り過ぎる。

 弾けるように後ろに下がってレレィシフォナが避ける。


 追ってプリンが駆ける。

 駆けた瞬間、事前に置かれていた風の魔導で片脚を切り飛ばされる。

 崩れる。崩れたプリンの頭を砕くように氷の魔導が顕現する。


 半身を礫によって血だらけにさせたラダトキィシヤが防御の魔導を割り込む。

 それが砕けて、だが止まりきらず、プリンの顔半分を凍てつかせる。


 起き上がって柄しか残らない剣を投げつける。首を少し振るだけで避けられる。


 構わず走り、握った拳を突き出す。

 蹴り上げられる。構わずに無詠唱で地面を揺らす。


 レレィシフォナのバランスが一瞬崩れる。

 ラダトキィシヤの魔導が彼女を包む。

 燃える。直後掻き消される。


 拳を腹に突き刺す。

 足が浮かぶ。立ち上がったプリンがその首に剣を振る。

 浮いたまま振った右腕に根元から折られる。


 突き出したままの右腕が拘束の魔導で止められる。

 レレィシフォナの返ってきた右腕に切り飛ばされる。


 構わず進み、噛み付こうとする。

 顎をまた右拳に打ち上げられる。

 沈む。


 プリンの残った足が握りつぶされる。


 ラダトキィシヤに向かって細かく大量の針が降る。


 防ぐ。防いだ隙に近づいたレレィシフォナの拳が腹を貫く。

 沈む。


 そして場に、静寂が戻る。









「最後だな」


 レレィシフォナは沈んだ彼らを一瞥し、プリンへと足を向ける。


「……っ、ぐぅ……っ!」


 両足をやられ、痛みに呻くプリンの前に立つ。


「言い残すことは、あるか?」


 しかしその慈悲心溢れる言葉にプリンは薄く笑いを浮かべて、


「────クソ喰らえ、よ」


 そう口にする。


「そうか。いいな、お前」


 しかしその言葉と裏腹に、止めを刺すために右腕を振り上げる。


 振り下ろし、弾けるはずだったプリンの頭はしかし、


「────意外だな」


 大きな盾を構えた、、防がれる。


「お前らも、敵になるのか?」


 冷たく、ゾッとするほどの声色で、そしてまるでゴミでも見るかのような目で、レレィシフォナは問いかける。


 どうしようもなく震える体に、しかしアインスははっきりと答える。


「────これでも、騎士なもんでな」


 ニヤリ、と笑い、


「総員! 構えろ!」


 囲んでいた彼らが、その先をレレィシフォナに向ける。


 誰もが震えている。

 構えた剣すらも、足腰もしっかりとしないほど、震えている。

 だがそれでも、誰もがその瞳に意志を湛え、レレィシフォナに向けて立つ。


「惜しいな、お前らも」


 だが止まらない。彼女は決して、足を止めない。


 湧き上がる強い魔力、今にもその場の全てを焼き払わんとしたそれを、


「……っ、ダメ、です」


 もはや立ち上がれない、半身を血まみれにしながら、片腕で這ってきた、ラダトキィシヤの右手が、レレィシフォナの足を掴み、止める。


「……ダメ、なんです……っ」


 ただそう口にする。


「分からんな。何も変わらない。こいつが死んで、おしまいだ」


「その人を、殺したら……っ、お姉様は、敵になってしまう……っ!」


 伏せたままの顔を振り、まるでただの妹の我儘のように、そう言う。


「────世界の、敵に、なっちゃうんですよ……っ!?」


 顔を上げて、泣きそうな顔で、だが確かに無事な目から涙を溢れさせながら、ラダトキィシヤは叫ぶ。

 それを予感している。

 彼女が今まで敵対者にしてきたことを、ラダトキィシヤは知らない。

 知らないが、これまでと違うことは分かる。分かってしまう。

 レレィシフォナという存在を、知っているから、分かる。

 来訪者生前の敵を殺したら、彼女の歯止めは効かなくなる。今まで抑えていた殺意を、隠さなくなる。

 家族すら殺す。誰でも殺す。全てを殺す。

 そうして世界の敵になる。

 それが、分かってしまう。


 だからラダトキィシヤは、死にかけてでも、レレィシフォナを止める。



「……」


 レレィシフォナは、黙る。

 黙って、ラダトキィシヤに向けていた顔を、戻す。戻して、問う。


「────お前もそう思うのか、リジィ」


 アインスを、プリンを、皆を。

 全てを守るように、彼女の前に立つ、片腕も、剣も無い、意識すらあるかも分からない、ヘイリシュに向けて。


「……ブララマン様と、約束……したんです。貴女を、絶対に……、守るって。……っ、はぁ、……世界から、世界の意思から、人のままでいられる、ように……っ」















「……そうか」


 その一言を呟き、レレィシフォナは、腕を、









 静かに下ろす。


 そして逆巻の魔導を唱えて、倒れ、傷ついてる者を、一瞬にして直し。


「負けたよ。好きにしろ」


 そう言って、溜息を吐く。











「────本当に、死ぬかと思いました」


 その顔に穏やかなものを感じ取ったヘイリシュは、今までの雰囲気を消すように笑う。



 最後の戦いは、こうして終わった。






















「ところでさっき、痛みもなく傷が治りましたけど……」

「あぁ、アレは痛みだけ対象外にしてるんだ」

「じゃあ前にやった時めちゃくちゃ痛かったのって」

「わざとだぞ」

「やっぱり……」



 そんな会話は、どこか間の抜けたように、空気に溶ける。

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