第5話 《幕間》 ある世界のある場所の彼ら

 彼らは『それ』に、世界を変えて欲しいと頼まれた。


 そんな特別な一幕に、彼らは興奮し、英雄を幻視し、現実を逃避し、自ら望んで、その世界に降り立った。





「前衛隊、下がれ!」


 その声に、剣や盾を構えたままの者たちが一斉に引く。


「後衛一番隊! 前へ!」


 そうして杖やら本やらを引っさげた者たちが一歩進み、


「第八位詠唱! 後衛二番隊! 第六位補助詠唱!」


 破壊の魔導を顕現させる。


 こうして危なげなく、油断なく、彼らは敵を討ち滅ぼす。











「今日も安心安全でよいこった」


 そう言いながら、冷えたアルコールを口にするのは、果たして中央に位置する都市、そのまま中央都市と呼ばれる国で活動する冒険者である。


「来訪者のおかげで、悪魔も喰人くらいど(人でも魔でも無い何かの総称)も脅威じゃなくなって」


 並べられた肉に齧りつき、


「こうして気負いもなく美味いもんを食える」


 そんな風に嘯く彼に、


「どうしたの? そんな上機嫌で」


 多分に苦笑を含み、対面に座る女性の冒険者が問いかける。


 そこで手に持つアルコールをぐいと一飲みし、机に強く叩きつけながら、


「俺ぁ今日、エンキルゥのマイコニドと会ったんだ」


 その言葉に衝撃を受けたかのように瞠目し、


「来訪者のトップに? どこでよ」


 そんな食いつきを見せる。

 その反応に満足気に口を歪め、


「森だよ。普段俺らが行ってる、中層より少し先で、奴らまるで『演習でもするかのように』悪魔をあっさり殺してたんだ」


 勿体ぶらずに白状するがそれは


「何で深層に入ってるのよ。貴方のランクで行くのは禁止されてるはずよ」


 根が真面目らしい、その女性の冒険者は咎めるように言う。


「細けぇこと言うなよ。みみっちい採取をやらねぇとランク落ちるって言われて、ひいこら探してたらたまたま迷っちまったんだよ」


 そんなはずはない。彼らにとってその森は隣人であり、脅威であり、そして切り開く未来である。道を間違える術を探す方が難しい。


「……貴方、最初から知ってて見に行ったのね?」


 その非難する目を更に尖らせ、彼女は問い詰める。


「そりゃ行くだろう! 普段目には出来ない、『あの』エンキルゥのマイコニドだぜ!? かぁー! カッコよかったなぁ!!」


 そして悪びれもせず興奮を隠さない男性に、彼女は溜め息を吐きつつ。


「呆れた。いつか痛い目見るわよ」


 そう諌言するも、


「そん時ゃエンキルゥに守ってもらうさ」


 そしてまた残りのアルコールを飲み干し、機嫌良さげにおかわりを頼む男であった。








 ──────────



 冒険者組合は、冒険者同士の組織を推奨している。

 寄り合い、助け合い、高め合い、そして知識を共有する。

 より安全に、より確実に、より死なずに。

 これは近年打ち出され、そして確実な成果を上げたために既に中央では常識にまでなっている。

 その先駆者であり、広告でもあるのは、当然ながら来訪者達である。


「最上位悪魔と思しき存在と接敵し、撤退をした、と」


 そして非常に強力で、時と場合によっては組合よりも重視され、下手をしたら国にも引けを取らない来訪者のみで組織されたそれを、『エンキルゥ』と呼んだ。


「最上位と言うのは魔王クラスということだが、それは事実かい?」


 そこのトップに君臨する、誰あろうマイコニドが報告に来た部下に問う。


「はい。当初確認したところ、魔力量が尋常ではなく、無詠唱で第七位魔導を行使し、そして普通の剣では歯がたちませんでした」


 しかし淡々と、その部下は続ける。


「プリン副長が第八位の身体強化の上で千殺めった切りを叩き込んでやっと多少の傷をつけ、それを見たナナシ隊長が撤退を指示しました。プリン副長は命令を聞かずにそのまま悪魔に斬りかかったので、どうなったかは確認しておりません」


 まぁ恐らく無事だろう、と報告を聞きながらにマイコニドは思う。

 彼女はある特例を除いて現段階の最高戦力だ。そして彼女がどうしようもない相手であれば、来訪者すら誰も勝てない悪魔ということになる。


 事実プリンと呼ばれた少女(中身はうん十の立派な淑女)は既に帰投し、しかし報告をすっぽかして酒場で「逃げられた」と暴れている最中であるのだが、彼らがその故を知る術は無い。


「ゲームではないのだがな……。まぁ彼女であれば討伐出来ずとも、追い返すことくらいはできよう。警戒を強め、その脅威を必ず退けられるようにしておきたまえ」


 そしてその無謀とも取れる行動に彼は呆れ、そう部下に告げる。


「かしこまりました。次に、以前から探しております、元ギルド長ギルマスですが」


 そして彼にとって重要な、下手をすれば世界の命運よりも遥かに重要な『ある特例』の件に触れる。


「やはり、に来ている痕跡は見当たりません。転移ではなく転生を選んだ可能性を考慮し、各大陸の赤子から調べておりますが、それらしき人物もおらず、またその名を聞いた者もおらず。どこの大陸もまるで静かなもので、の気配を感じる隙間すら無い模様です」


 その報告に少しばかり安心しながら、


「まぁ、神もあのような危険な人物を連れてくる訳にはいかなかったのだろうな」


 いつもの口癖を言う。

 なんであれば、そうであってくれという思いを込めて。


「引き続き調べてくれ。何かあれば必ず報告するように」


 その言葉でかの件を打ち切る。


「かしこまりました。次に……」


 こうして、様々な報告の中、彼は国を守る英雄として、世界を牽引する勇者として、人々を導く希望として。

 その未来に、思いを馳せる。

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