〇第一章 救助隊員の仕事 2

「っと……そうだ! 大切なことを忘れてた」

「急にどうしたの?」

「……勇者……わかってるだろ?」

 ぐっ──と、俺は勇者との距離を縮める。

 すると勇者は頬を赤く染めて身体をビクッと震わせた。

「ぇ……──ま、まさか──!?」

「そうだ! 救助費用をよこせえええええっ!」

「う、うそおおおっ! ちょ、ちょっと待ってほしいの! お、お金、そんなにな──」

「これも国の定めた規則ルールなんでな! ほら、持っている金の半分を出せ!」

 この大陸には勇者法という特別な規則ルールが存在する。

 勇者に様々な権限を与えるというものだが罰則も存在していた。

「ば、ばたんきゅ〜する度に、お金が半分取られるなんて、人生ハードモードよ!」

「これは勇者に気を引き締めてもらう為の法だろ! 嫌ならかんおけ化するな!」

「うぅ……必死に貯めたお金なのよ! 鬼畜! レスクの鬼畜ぅッ!」

「鬼畜でもなんでも、金はもらうからな! 約束は守ってもらおう」

 涙目で言われると、まるで借金の取り立てをしているような気分になる。

 が、俺の仕事は救助隊員レスキユーです。

「レスク〜! こ、今回だけ! わたし、ご飯食べるお金、なくなっちゃうぅ〜!」

 泣きながら俺にぎゅ〜っと、しがみついてきた。

 必死な上目遣いでお願いされて、俺の決心も少し揺らぐ。

「……あ〜もう、そんな悲しそうな顔をするな。飯くらいなら俺が奢ってやるから」

「ほんと!? レスク優しい!」

 悲しそうな顔から打って変わって、勇者の顔はパ〜っと輝いた。

「ああ……そのくらい安いもんだ。──その代わり、金はよこせえええええっ!」

「ふえええええええんっ……やっぱり鬼畜よおおおっ!」

「どうせまたモンスターに一人で突っ込んだろ! 無茶ばっかするお前が悪い!」

「だ、だって冒険者さんが危なそうだったから! それにあのスライム、おかしいの! いきなり合体してぼ〜んって! ぼ〜んってなって!」

「なら合体する前に全員倒せ!」

「必殺の勇者アタックを喰らわせようとしたんだけど、柔らかすぎて弾かれたの! ぶにゅ〜んって! ぶにゅ〜んってなったの!」

 スライムって……あいつか?

 確かにあそこにいたスライムはおかしかった。

 飛び跳ねながら分裂して、雨のように降り注いできたしな。

 モンスターの中には稀に異常な力を持った変異体が現れるが、多分それだろう。

「もしかして……あれも【災害】だったのかな?」

「いや、そこまでの危険性はなかったよ」

 この大陸には【災害認定】された怪物がいる。

 人族と魔族という括りを抜きに、大陸に住む全てのものに大規模な被害を与える存在。

 それらは突如生まれ──世界に大打撃を与える。

 直近で災害が現れたのは今から五年前で──

「まあ、もし災害が現れても、わたしの魔法でけちょんけちょんよ!」

「調子に乗るな!」

「あだっ!?」

 勇者の後頭部にチョップを喰らわせた。

「むしろお前、一瞬でかんおけだろ!」

「大丈夫よ! みんなを助ける為に、わたしは五年間──勇者としての訓練を重ねてきたんだから! いざという時は勇者パワーを解放しちゃうから!」

 ふふ〜んと、胸を張る勇者。

 そんなものがあるなら、常に解放してほしい。

「お前と話してると、不思議と元気が出るよ」

「ほんと! レスクが元気で笑ってくれるなら、ずっと一緒にいてあげる!」

「それで食事をたかろうって言うんだろ?」

「バレたか!」

 ペロッと少しだけ舌を見せて、勇者は冗談めかすみたいに笑った。

「まあ食事はご馳走するから──今はさっさと金をよこせ! じゃないと──こうだ!」

「ひゃっ!? ちょ、ほ、頬を引っはらないれよ〜! のびりゅ、のびちゃうから〜!」

 ぎゃあぎゃあ叫んだ勇者が、反撃とばかりに俺の頬を引っ張ってくる。

「ぐっ、反撃とはいい度胸ら!」

 互いの頬がびろ〜んと伸びる。

 勇者と救助隊員レスキユーが、債務者と借金取りのように争っているところなど、住民たちには見せられそうにない。

「お二人とも、本当に仲がいいですね」

 俺たちの攻防を、シスターが微笑ましそうに見ていた。

 結局……勇者は泣く泣く俺に、持っていた資金の半分を渡した。

「うぅ……はがねのつるぎが遠のいて行くよぅ〜……」

 どうやら欲しい武器があったらしい。

「次は簡単にばたんきゅ〜するなよ?」

「わかってる! わたし、もっと強くなってみせるから!」

 勇者は胸の前でグッと両拳を握った。

 何度負けても挫けない。

 精神力という一点において、勇者に敵う者はいないだろう。

「よ〜し! お金が減っちゃった分もがんばらないとね! じゃあ早速──」

 冒険にでも出るのか?

 と、思っていたら、違った。

 なんと教会の右奥にある扉に向かって行ったのだ。

「ちょ!? 勇者様、そ、そこはわたくしの寝室──」

「お邪魔しま〜す」

 激しく動揺するカトレアを尻目に、勇者は扉を開いて堂々と中に入った。

「ぁ……」

 呆然として言葉を失うシスターカトレアの代わりに、俺が勇者を追いかける。

 すると見えた光景は、

「あ、見て見てレスク! 薬草が入ってたよ!」

 タンスを漁っていた。

 しかも嬉しそうに俺に言って、道具アイテム袋に薬草を入れていく。

「待て待て勇者! 人の家のタンスを勝手に漁るんじゃない!」

「でも役立つ道具アイテムがあるかもしれないもん!」

「お前に常識はないのか!?」

「あるよ! でも、わたしに語り掛けてくるの! 多分、これは女神様の声……ここにお宝がある気がするの!」

 言って勇者はタンスの二段目を開けた。

 すると、

「あ、これは──」

「と、突然のことで驚いてしまいましたが、勇者様……せめて部屋を探索をなさる時はひとこ──……ぎゃにゃああぁぁぁああっ〜!」

 貞淑な修道女シスターであったカトレアさんの口から、信じられない悲鳴が飛び出した。

(……え、嘘だろ?)

 思わず俺は目を疑った。

(……こ、これって、カトレアさんのなのか?)

 あまりにも意外すぎるが、だとしたら彼女の動揺は当然だろう。

 何せ勇者は見つけてしまったのだ。

 お宝──じゃなくて、シスターの……エッチな下着を。

「勇者様あぁぁぁ〜っ、ななななななにしてるんですかあぁぁ〜っ!?」

道具アイテム探し?」

「それに特殊な使い道はありませんっ!!」

「もしかしたら、高値で売れるかも!」

「ら、らめええええええ! 神に身をささげた聖職者たるわたくしが、こんなはしたない下着を穿いてるって知られたら生きていけませんんんん〜っ!!」

 シスターが真っ赤な顔を覆った。

 正直、俺はもうこの場にいるのが申し訳なくなってきた。

「勇者、絶対にやめてさしあげろ!」

「だめ? 女神様が高く売れるってささやいてる気がするんだけど……」

「え、エルス様が……ああ主よ、ならばわたくしは恥を忍んで、こ、この、し、下着を捧げ……あぁ〜でもやっぱりダメッ!」

 シスターカトレアは真面目に悩んでいる。

 この人も意外とポンコツだった。

「レスクさん、お願いです! わたくしのあれを救助レスキユーしてください! これは依頼クエストです!」

 まさか下着の救助レスキユーを頼まれるとは。

 だが──それが正式な依頼クエストであるというのなら、俺は救助隊員レスキユーとしての任務を全うする。

「シスターの尊厳は俺が守ってみせます! いいか勇者、よく聞け……人には踏み越えちゃいけない領域ってもんがあるんだ」

「あ……こんなところに壺が──えい」

「おおおおおいっ! 俺の話を聞け! あと壺を割ろうとするなっ!」

 勇者法でティリィには様々な権利が与えられている。

 その為、よほどの行為でない限りは犯罪として問われることはない。

「だが、それとこれとは話は別だ! シスターのエッチな下着は絶対に俺がまも──」

「……神よ……やはりわたくしは、勇者様が必要だと言うなら、下着が売られていく運命を受け入れます」

「えええええええええっ!?」

 既に覚悟を決めたのかシスターの顔は恐ろしいほどすがすがしかった。

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