〇第一章 救助隊員の仕事 3

 シスターの尊厳はしっかりと死守成功。

 無事に俺が救助レスキユーしている。

「よ〜し、そろそろ冒険に行ってくるね!」

 教会での騒動──もとい探索を終えた勇者は、バタバタと出口に向かった。

 が、ふと振り返り──。

「あ──レスク。……デートの約束、忘れちゃダメだよ?」

「デート……?」

「食事、ご馳走してくれるんでしょ?」

「それデートなのか?」

「デートなの! だから、約束だよ?」

 言って勇者は俺に小指を向けた。

「……わかった。約束だ」

 言葉と共に俺は勇者と小指を絡める。

 ただそれだけのことなのに、勇者は嬉しそうに笑った。

「勇者、気を付けてな」

「うん! レスク……助けてくれてありがとう。わたし、もっと強くなるから。あなたを守れるくらい」

 決意するみたいに言ったあと、勇者はこの場を去っていった。

「……シスター、すみません。勇者の奴が……」

「あはは……まあ、勇者様は一生懸命なだけですから。それにレスクさんは、わたくしの一番大切なものを守ってくれましたから」

 それはあなたのパンツです。

 守りたいそのパンツ。

「でも、忘れてくださいね」

「はい」

 優しい笑顔から放たれた有無を言わさぬ威圧感に、俺は敗北を喫した。

「……それじゃ俺もそろそろ行きます。次の依頼クエストがいつ入ってくるかもわからな──」

 突如、カリッ──と、何かを齧る音が聞こえた。

「いい勘してるじゃない」

「っ──」

 声が聞こえて反射的に振り返る。

 すると、さっきまで誰もいなかったはずの場所に、銀髪の美少女が立っていた。

「急に現れて驚かすな」

 彼女は俺の幼馴染であり、救助レスキユーギルドの隊員でもあるカレン・アリスブールだ。

 訓練生だった十歳頃から、家族のように生活を共にしている。

「もぐもぐ……」

 ちなみに俺の苦言に返事もせず、いきなり簡易食品を取り出して食べ始めた。

 が、別に腹ペコ娘というわけじゃない。

 これにはちゃんと理由があって──。

「ごくん──ごめん、待たせたわね。勇者ティリィの救助レスキユーは終わっ──って!? あ、あんた! それはなんなわけっ!」

「え?」

 カレンの顔が真っ赤に染まり、ぷるぷると震えながら一点を指差した。

 その先にあるのは俺の右手……に握られているシスターのエッチな下着だった。

 って、パンツッ!?

「っ!? こ、これは、ち、違うんだ!」

「何が違うのよ! エッチ! バカ! 最低っ!」

「だから違うっての! これは勇者の奴が──」

「勇者!? 勇者ティリィにこれを穿かせたの!?」

「違うわっ! お前、妙な勘違いしてるよな!?」

「勘違いって、じゃあそれは何よ! こんな、か、過激なのが趣味だったなんて変態よ!」

「……神に身を捧げているわたくしが変態……変態ですかぁ……あははっ……」

 カレンの罵倒にショックを受けているのはシスターだった。

 魂が抜けたように目から光が消えている。

「とりあえずこれは俺の趣味じゃねえ! それは全力で否定する!」

「……なら嫌いなのね?」

「……」

 思わずしゆんじゆんする。

 あれ? 健全な男子としては、嫌いでは──。

「何よその間! やっぱり好きなの!?」

「あのな! ……仮にこれが俺の趣味だとして、お前に怒られる理由がないだろ!」

「っ……そ、それは……」

 急にカレンは口ごもった。

 そしてほおを赤く染めて視線を彷徨さまよわせる。

「ほ〜ら〜? どうした? 理由もなくお前は文句を言っていたのか?」

「あ、あたしは……あんたが……」

「俺のことが……?」

「あ、あんたが──あんたが、そういう趣味でも、受け入れて、あげたいけど……自信、ない、から……」

 カレンの顔は見る見るうちに赤く、真っ赤になって、そして瞳を熱っぽく濡らしていく。

「ちょ!? 待て待て〜! 俺が変態であるという前提はなんなんだ!?」

 寧ろ変態なのはシスター!

 そこにいる修・道・女だから!

「色々と問い詰めたいけど、今は時間がないわ。あとでしっかり聞かせてもらうから!」

 落ち着こうと、カレンは何度か深呼吸をする。

 そして冷静さを取り戻してから話し始めた。

「……勇者の救助レスキユー、終わってるのよね?」

「ああ、問題なく」

「なら直ぐに出動。──緊急の依頼クエストが入ったわ」

 緊急と聞き、俺は一気に気が引き締まる。

「──内容は?」

「それは隊長の口から説明するそうよ」

「……隊長から?」

 なら秘匿性の高い依頼クエスト

 もしくは高難易度の救助任務か?

「わかった。直ぐに向かおう」

 俺は救助隊員レスキユーとして気持ちを切り替える。

 これから始まるのは、命懸けの救助レスキユーになるかもしれないのだから。


         ※


 首都ルミナスの救助レスキユーギルド──通称、第三救助機関サードに、俺やカレンは所属している。

 そして今、俺たちはギルドの隊長室の前に立っていた。

「レクス・ラグリオン──勇者の救助任務を終えて帰還いたしました」

「カレン・アリスブール、入ります」

 名乗りを上げ隊長室の扉を開く。

 決して広いとは言えない室内の奥にあるアンティーク調の長机。

 そこに座る歴戦の兵士を彷彿とさせるような精悍な顔立ちの男。

 彼の名は第三救助機関サードの隊長ブリック・トラッシュだ。

「おう、二人ともご苦労さん」

 隊長の言葉に、俺たちは敬礼で応える。

 部下の帰還を喜ぶように、隊長は先程と打って変わって愛嬌のある笑みを見せた。

 こうしていると人のいいおっさんに見える。

 が、ブリック隊長は伝説の救助隊員レスキユーと言われ、数々の逸話を残している。

 そして、俺とカレンの育ての親であり恩人だった。

「早速で悪いが次の依頼クエストだ。つい先程、キサラ・ローレンスの救助要請が入った」

「キサラ・ローレンス……──えっ!? あのキサラ!?」

 その名前を聞き、カレンは驚きに目を見開いた。

「ま、名前くらいは知ってるか」

「そりゃあ……大陸全土に百人といないAランクの冒険者だもの」

 キサラは首都ルミナスを拠点に活動をしており、その異名は迷宮踏破者ダンジヨン・キラー

 数多くのダンジョンを完全踏破していることで知られている。

「治癒魔法が世界から消えてから、冒険者たちのダンジョン探索は減少傾向なのに、キサラだけは陰りが見えるどころか、より活発になったと聞いてます」

 そのせいか、冒険者たちの中には彼女を『自殺願望デツド・ウイツシユ』と揶揄する者もいるくらいだ。

「どうやら彼女についての詳細は不要のようだな。念話テレパスで入った救助要請によると永遠の魔窟で負傷したそうだ」

 隊長の言葉を聞き俺とカレンは視線を交差させた。

「永遠の魔窟……よりにもよってというか、噂のキサラらしいというか」

 カレンの言葉の意味を、俺は直ぐに理解した。

 永遠の魔窟は、終わりが見えないほど広く深い闇に覆われたダンジョンだ。

 上層は経路が把握されてきた為、新人冒険者でも問題なく探索できる。

 が、中層以降は帰らぬ冒険者を増やし続けている。

 未だ踏破者はいない為、キサラが挑むにはもってこいだったのだろう。

「では、急ぎ準備をして俺たちはキサラの救助レスキユーに──」

「待て……話しはまだ終わっていない。この依頼クエストだが、少しきな臭くてな」

「どういうことよ?」

「まず救助要請はキサラ本人からあった。が、正確な情報が伝えられる前に念話テレパスが途切れている」

「モンスターから襲撃を受け、念話テレパスの魔石を落とした可能性がありますね」

「ダンジョン内であれば珍しい話じゃないけど……隊長、判明してる情報は?」

「現段階でわかっているのは、【永遠の魔窟】の【五階層】で【トラップ】に掛かり【モンスター】に襲われ【重傷】を負い【移動が困難】な状況にあるらしい」

「なら直ぐにでも救助レスキユーに向かうべきじゃ?」

「本来ならそうだ。迷っている時間も惜しい。だが……冒険者ギルドにも確認を取ってみたところ、キサラは別の依頼クエストを受けて、カプルスの町に向かっているらしい」

「カプルスの町はルミナスの西ですよ?」

「永遠の魔窟はルミナスの東だものね。反対方向じゃない」

 この時点で矛盾が生じていた。

「つまり……救助要請者が嘘を吐いている可能性があると?」

「その可能性は高いかもしれん。もしくは魔族の罠か……」

 魔族の中には人語を話す者もいる。

 過去には魔族が人族を装い、向かった隊員を一網打尽にするという事件があった。

 その為、救助レスキユーギルドとしても明確な情報がなくては動きづらい。

「……Aランクの冒険者が上層で重傷を負うっていうのも、少しおかしいわよね」

「上層で大量の魔物が発生したという可能性はないか?」

 どれだけ強い冒険者であったとしても、数の暴力を上回るのは容易ではない。

「……最初はお前たちに伝えるか悩んだんだがな」

 隊長は交互に俺たちに視線を向けて、さらに話を続けた。

「キサラが依頼クエストを放棄して、永遠の魔窟に向かったという可能性はゼロではない。全てが事実ならAランク冒険者を失う危機かもしれん」

 大陸中を探しても数少ないAランク冒険者を失えば──冒険者ギルドだけではなく、人類にとっても大きな損失となるだろう。

 魔族に対抗する為の人材は多いに越したことはない。

 だが、そんな世界にとっての打算的な話よりも──

救助レスキユーが必要な『誰か』がいる可能性はあるんですよね?」

 助けを求める誰かがいるのなら──その可能性があるなら俺の答えは決まっている。

念話テレパスがあったのは事実だ」

「ならその依頼クエスト──俺に受けさせてください」

 自分の意志を隊長に伝えた。

「ちょっと待って」

 すると、カレンがムッとした様子で俺を睨んだ。

「俺に──じゃなくて、あたしたちでやるのよ。あんた一人じゃ無茶しそうで心配だもの」

「カレン……だけど──」

「リスクが高い? そんなのこの仕事をしてたらいつものこと──それに、もうモタモタしている時間なんてないでしょ? あたしの救援技能レリーフがあれば直ぐに動ける」

 カレンの言う通りだ。

 それに、この場に俺たちを呼んだということは、隊長は『俺たち』で受けるなら、許可するつもりなのだろう。

「わかった。隊長、俺たちで救助レスキユーに向かいます」

「お前たちが相棒バデイを組むなら、救助できる可能性があるからな。面倒な書類の手続きはこっちに任せておけ。準備だけは怠るなよ」

 ブリック隊長は、俺たちの答えを予想していたように、力強く頷いた。

「では、第三救助機関サード所属──レスク・ラグリオン」

「同じくカレン・アリスブール」

「「これより救助任務を開始します!」」

 こうしてAランク冒険者キサラの救助任務が始まった。

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