第159話 エリオの魔剣は砕けない


「しかしまあ、倒すっていってもどうすんのよアレ」


 王城の連絡通路。

 シグマと相対するアリシアの背に、十三聖剣第6位のコッコロが疑問を投げかける。


「相手はボロボロの状態でも私のワープに反応してくるバケモン。武器は国家最強クラスを圧倒する反則級の魔剣。しかもあの妙な魔剣、鬼畜下半身エリオの攻撃でも壊れなかったんでしょ? そのうえ持ち主を倒したらまた別の相手に取り憑くかもって話だし。どう対処するわけ?」

「……手はある」


 コッコロのざっくばらんな問いに、アリシアが端的に返す。

 

「……さっきからずっと……私の中から強い力が溢れてくるの。これを全力でぶつければ、多分どうにかなる。……けど、それには力を溜める時間が必要。……だから時間を稼ぎつつ……もう一度シグマに隙を作ってほしい」

「無茶言ってくれるわ」


 コッコロはうんざりしたように息を吐く。

 だがありえないほどに神々しさの増したアリシアの言葉に彼女は疑問を抱くことなく、


「けどまぁ、ムカつくことにこのクソみたいな淫紋のせいであんたらには逆らえないしね。あんな上玉と戦う機会なんてそうそうないし、ヤってやるわよ。……行くよ犬っころ。私とあんたのユニークスキルであのバケモンを引っかき回すわ」

「……その呼び方、やめてください」


 言って、コッコロ・アナルスキーと狼人ウェアウルフのソフィアが同時に駆け出す。

 途端、


「……っ! 舐めるんじゃねえぞ小娘どもがあああああ!」


 シグマが吠えた。

 そして再び振るわれるのは、瞬時に形を変える鏖魔剣の猛攻だ。

 獣騎士団長イリーナはおろか、エリオさえも苦しめた攻撃が2人を襲う。

 だが、


「ほらほら! どこ狙ってるわけ!?」

「――っ!」


 当たらない。

 魔力を込めたナイフを起点に瞬間移動を繰り出すユニークスキルにより、コッコロは鏖魔剣の猛攻をいとも容易くかいくぐって接近。シグマに向かって重い一撃を繰り返す。


 当然シグマもそれにいち早く気づいて応戦するのだが――彼女がコッコロのワープにあわせて視線を巡らせた途端。


 ――ヒュヒュヒュヒュン!


「っ!」


 シグマの視界の外から投擲されるのは無数のナイフだ。

 直前までなんの気配もなかった空間から突如として見舞われたその攻撃を、シグマはギリギリで避ける。


「……惜しい」


 それはユニークスキル〈不可視の子供達パラダイス・ロスト〉によって完全に気配を遮断し、常にシグマの死角に身を潜めるソフィアの援護攻撃だった。


 あらかじめコッコロの魔力を込められたナイフはソフィアの膂力もあわさり、いまのシグマにならダメージが通るだけの攻撃と化している。そして当然、そのナイフ投擲はただの援護射撃で終わらない。


「上出来よ犬っころ!」


 シグマが回避したナイフ。

 そこへワープしたコッコロがそのままナイフをキャッチし、回避して体勢の崩れたシグマへさらに攻撃を畳みかけた。


「――っ!」


 瞬時に形を変える鏖魔剣によってシグマはその攻撃も凌ぐ。

 だが完全に気配を消して視界外からナイフを投げまくるソフィアと、ナイフを起点にワープを繰り返すコッコロの猛攻は確実にシグマを翻弄していた。


 瞬時に形を変えてあらゆる攻撃を防ぎ、触れた相手から大量の魔力を奪う鏖魔剣。

 その強さは国家最強クラスの戦士を圧倒するほどに反則的であり、同じく国家最強クラスの強さを持つシグマが使えば敵はいない。

 

 だがその圧倒的脅威は、相手に触れる機会が減れば半減するのだ。

 

 ワープスキルと気配を完全遮断するスキルによる徹底的なヒット&アウェイにより、シグマの動きが確実に鈍る。


 そしてその視界の端では――、


「――っ」


 剣を握り、人外めいた神気を高める白銀の騎士アリシア

 真っ直ぐにシグマを見つめるその青い瞳に、シグマは直感する。

 アレをどうにかしなければ、今度こそ自分は負けると。


「……っ! ク、ソがあああああああああああ!」


 瞬間、目を血走らせたシグマがアリシアめがけて前進を開始した。


「ふざけやがって……こんな小細工でオレが止まるかああああ!」

「っ! まずい……!」


 慌てた声を漏らすのは狼人ウェアウルフソフィアだ。

 自分たちの戦略は決定打に欠けるヒット&アウェイ。

 強引に真っ直ぐアリシアのもとへ突き進まれては、こちらも相応の犠牲を覚悟して対処せざるをえない、と表情を歪めたそのときだ。

 

 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオン!


 巨大な石柱が、凄まじい勢いでシグマに叩き込まれたのは。


「っ!? ぐおおおおおおおっ!?」


 鏖魔剣がその巨大な質量攻撃を受け止める。

 だが勢いの止まらない破片が隕石のように殺到し、シグマは後退を余儀なくされる。


「……っ!?」


 と、その無茶苦茶な質量攻撃に狼人ソフィアが目を丸くして振り返れば、


「小細工が効かないなら、ゴリ押しはどうだシグマ!」


 そう言って王城の外壁がらバキベキゴキ! と2本目の石柱を引っぺがすのは、イリーナ獣騎士団長だった。身長2メドルを超える巨体を揺らし、いままでの鬱憤を晴らすように叫ぶ。


「護衛隊に連れられアイラ女王が安全圏までお逃げになった今、それがしが周囲を気にする必要は欠片もない! これなら魔力も奪われん!」


 ドッゴオオオオオオオオオオン!


 城を揺るがす勢いでその怪力が振るわれ、とてつもない質量攻撃が再びシグマを襲った。

 そのあまりに大雑把な攻撃にコッコロが叫ぶ。


「ちょっとデカ女!? 私らのことは気遣わなくていいっての!?」

「ははは、あなた方はこの程度で怪我をするようなタマではありますまい」

「死ねバカ女!」


 悪態をつきながら、しかしコッコロは即座にイリーナ獣騎士団長の攻撃に適応。

 狼人ウェアウルフのソフィアもすぐに気を取り直し、3人での足止めが始まった。


「こんの、クソ女どもがあああああ!」


 ユニークスキルで翻弄するソフィアとコッコロ。そして純粋な質量砲弾を放つイリーナの猛攻がシグマをその場に押しとどめる。そしてその攻防の果てに――、


「……いける」


 極限まで高められた神気を纏い、アリシアが呟いた。

 スキルによって強化された身体で、大きく一歩を踏み出す。

 

「……っ!」


 その瞬間、シグマの意識が否応なくアリシアのほうへ吸い寄せられた。

 自分に致命的な一撃を食らわせるだろうその存在に。

 そしてその一瞬を見逃すほど、歴戦の暗殺者はお人好しではない。


「隙だらけ♪」

「っ! しまっ」


 シグマの表情が歪む。

 その周囲には連続で瞬間移動を繰り返したコッコロのナイフが全方位から迫っていた。

 瞬時に変形する鏖魔剣でその攻撃はかろうじて防ぐが――そこに襲いかかるのはイリーナ獣騎士団長の放つ質量弾。


 ぐらり。

 

 シグマの体勢が大きく揺らぎ、そこに「……忘れた頃に、もう一度」とソフィアがコショウをぶちまける。瞬間、


「……みんな、ありがとう」


 瞬く間に接近していたアリシアが小さく呟く。


「……これで終わり」


 そして決定的な隙を晒したシグマに剣を振りかぶった――そのときだ。


「――バーカ」


 ボゴオオオオオオオオッ!


 巨大な爆発が、シグマの手の平から発されたのは。


「「「な――っ!?」」」


 アリシアたちの視界が爆煙で塞がれる。

 そして次の瞬間、圧縮された時間の中でアリシアたちは確かにその声を聞いた。


 最後の最後まで温存しておいた魔力で爆発魔法を放ち、アリシアたちに隙を作ると同時に崩れた体勢を立て直したシグマの声を。


 ――言っただろ。鏖魔剣で止められねえなら相応の戦い方があるってな

 ――こうやってわざと隙を晒してカウンターを狙うのが、最も確実にてめえを消せる

 ――てめえさえぶち殺してその膨大な魔力を奪えば、鏖魔剣の力とオレに一部だけ還元される魔力でこの場にいる全員ぶち殺せる。ボロボロのオレでもな。


 ――だから、


「死に晒せやクソガキがあああああああ!」


 瞬間、予想外の反撃を食らって隙を晒したアリシアの心臓に鏖魔剣が叩き込まれた。


 アリシアの胸部を守る鎧が容易く破壊され、自動回復魔法も意味をなさない即死の一撃がアリシアを襲う。


 が、その瞬間――ガギイイイイイイイイイン!


 甲高い音が周囲に響いた。


 アリシアの胸部鎧を粉々に砕き、その心臓を貫いたはずの一撃が――止められたのだ。


 



「は……?」


 シグマが目を丸くする。

 それはもちろん、駆け引きを駆使した自分の攻撃が止められた衝撃によるところが大きい。だがもっとも彼女を驚愕させたのは、自分の攻撃を受け止めたその防具だ。


「この魔力の気配……あの震動攻撃を使ってきたガキの魔剣か……!?」


 いやだが、あり得ない。

 持ち主から離れた状態で形を変え防具の役割を果たしているのも意味不明だが、そもそもこの魔剣は鏖魔剣の魔力吸収によってすぐにへにょへにょになったはず。


 鏖魔剣による全力の一撃を受けて硬度を保っていられるはずがない!

 なのにどうして攻撃が防がれる!


 そうシグマが驚愕と困惑で混乱しきっていた、その瞬間。

 圧縮された刹那の時間の中で、


「……ふっ」


 アリシアがどこか得意げに、その疑問に答えた。



「……私の身体に触れた状態で……エリオの魔剣アソコが萎えるわけがない。……エリオがお守りとして渡してくれた愛の魔剣が」


 

「……!?!?!? てめぇなにを言って……!?」

 

 シグマの混乱がさらに加速する。

 そしてその混乱は、予想外の事態に戸惑う彼女に今度こそ本物の隙を作る。


 大きく振りかぶっていた剣を、アリシアが文字通りの神速で振り下ろした。

 叩きつけられるのは、覚醒した〈神聖騎士〉が放つ全身全霊の一撃。


「……〈シン・魔神斬り〉……!」


 ドゴシャアアアアアアアアアアアアアアア!


 それは凄まじいまでの神気が凝縮された斬撃。

 濃縮された神域の魔力はあらゆる魔を打ち払うかのように光をまき散らし――その強力無比な一撃は、破壊不能と思われた鏖魔剣を粉々に打ち砕く。


 そして、


「な――があああああああああっ!?」


 防御の術を失ったシグマはそのまま王城の壁まで吹き飛ばされ、今度こそ沈黙した。

 

「……うん」


 そしてその凄まじい一撃に周囲のイリーナたちが唖然とする中、


「……これからはずっとこの防具でいこう。……これで私は、もっと強くなれる……エリオを全身に感じるから……」


 アリシアはエリオの変形男根に包まれた自分の身体を抱きしめながら、幸せそうな笑みを浮かべてゾクゾクと身体を震わせていた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

 狂気。


 ※本日より作者Twitterのほうで書籍版淫魔追放のキャラデザを公開していきます。また、今後は13日、16日、20日と淫魔追放を更新しつつ書籍版の加筆についても近況報告でも順次お知らせする予定なので、よければ覗いてみてください。書籍は2月18日発売です。

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