第158話 マッチアップ!



 淫魔スキル〈自動変身〉。


 それはスキルの対象となった相手の「理想の姿」に変身するというスキルだ。

 

 けどこのスキルは幻覚や催眠効果とあわせて姿を変える普通の変身スキルとはわけが違う。


 一時的にとはいえ、このスキルは本当に身体そのものを作り替えてしまうのだ。


 はじめてこの変身スキルを発動したときに僕が男根そのものになり、走るために睾丸部分を足代わりにして全力回転させないといけなかったように。


 それはつまり、変身したモノの各種身体能力や特徴も再現できるということで。


(少し難しいけど、どうにか飛べてる……! 睾丸で走ったときに比べれば全然楽だ!)


 プリプリに太った巨大古龍のオスに変身した僕は、〈牙王連邦〉首都の上空でどうにか姿勢を制御。落下することなく空中に浮遊することができていた。


『オオオオオオオオオオン❤❤❤!』


 そしてそんな僕に気づいて大興奮したような咆哮をあげるのは、とてつもない巨体を誇る伝説の古龍〈ビッグイーター〉のメスだ。


 上の口からダラダラと涎を垂らし、目を血走らせて僕を凝視。


 首都を飲み込まんと急降下していたその動きを止め、栄養をたっぷり蓄えたオス古龍(僕)を捕食ほしょックスすべく、凄まじい勢いでこちらへと迫ってきた。

 

 僕の狙い通りに――!

 

(よしそうだ! こっちに来い!)


 この巨大古龍は、その質量だけで首都を壊滅させるような超巨体。

 死骸が落下しただけで何百万人が犠牲になるかわからないふざけた図体なのだ。


 間違っても首都直上なんかで戦うわけにもいかず、僕は慣れない身体で空中を泳ぎ、全力で〈ビッグイーター〉の誘導を開始した。


「わきゃあああああああああ!? が、頑張ってくださいねエリオさあああああああん!?」


 僕を空中まで運んでくれたキャリーさん。

 僕とビッグイーターの巻き起こす大気のうねりに吹き飛ばされながらもなんとか体勢を立て直してエールを送ってくれた彼女にほっとしつつ、僕は全力で街の外へと飛ぶ。


(中途半端なところで変身を解除したら、〈ビッグイーター〉の目標は首都に逆戻りだ……! この姿じゃ男根剣も使えそうにないから討伐するには元の姿に戻る必要があるけど、そのためには街からかなり引き離さないと!)


 そしてそれにはどうしたって時間がかかる。

 ネックなのは、僕が首都を離れている間、王族の命を狙うテロリストのボス、シグマが野放しになることだ。


 彼女の身体は男根震動によってもうボロボロのはずだけど、あの凶悪な魔剣一本でどれだけの被害が出るか……。


 けど、


(アリシアが任せてくれと言ったんだから……!)


 かつてないほど神々しい気配を纏った幼なじみの言葉を信じて。

 ソフィアさんたちを信じて。

 僕は僕のやるべきことをまっとうすべく、全力で空を飛んだ。


『オオオオオオオオオオン❤❤❤!』


 肉欲食欲に狂った巨大すぎる怪物から、〈牙王連邦〉を救うために。


      *


「い、一体なにが起こっとるんじゃ!?」


 空の見える王城の連絡通路に、〈牙王連邦〉の女王である象獣人アイラの悲鳴が響き渡る。


 その声からは常に堂々としている女王の威厳は消え、幼い見た目相応に動揺と驚愕が滲んでいた。しかしそれも無理はない。


 首都直上にいきなり空を覆うような古龍バケモノが現れたかと思えば、さらにもう一体の比較的小柄な古龍が出現。巨大古龍が街へ落下しないよう誘導するかのごとく街を離れていったのだ。


 奇跡としか言いようがない。


 あのまま古龍が街へ落下してきていれば〈牙王連邦〉の崩壊は間違いなかっただけに、女王アイラは安堵でその場に崩れ落ちそうになる。


 古龍が空中で身を翻した際に生じた大気のうねりで街の建物の一部が吹き飛び城が微かに揺れるなか、アイラの口から思わず声が漏れる。


「なにがなんだかわからんが、ひとまず一難去ったということか……?」

「いえアイラ女王、未だ危機は去っておりませね。避難を急がねば」


 言って、女王アイラを軽々と抱き上げたのは、女王の護衛隊を率いる国家最強戦士、象獣人のイリーナ獣騎士団長だ。彼女もまた古龍の急な進路変更に瞠目していたものの、まったく気を抜くことなく周囲を警戒していた。


 と、そのときだ。


「おいおいおいおいおいおいおいおい……!」

「っ!!」


 イリーナ獣騎士団長たちの進行方向から、殺意と苛立ちに溢れた声が響いた。


「どうなってんだおい……! なんだあのオスビッチ古龍!? オレの計画を滅茶苦茶にしやがって……!」

「シグマ……!」


 国家転覆を目論む熊獣人テロリスト。

 案の定、古龍とともに首都へ瞬間転移していたシグマの登場に、イリーナは全身から魔力を振り絞る。シグマはそんなイリーナたちを睨み付け、

 

「ああクソ、イリーナてめえがもう首都に戻ってることも含めて想定外だらけだ。ふざけやがって……だがまあ、こうして一番に女王様に出会えたのはラッキーだったな」

「っ!」

「どのみち古龍の出現でどこもパニック。援軍もすぐには呼べねえだろ。いますぐ女王様をぶっ殺して、他の王族も血祭りにあげて……全部めちゃくちゃにしてやる……!」

「させるものか!」


 ドンッ!!!


 瞬間、アイラ女王を護衛隊に任せたイリーナは先手必勝とばかりに全力の一撃を叩き込んだ。


 古龍復活のために全魔力を捧げ、男根震動によって高級ポーションの類いを破壊されたシグマにその強力無比な一撃を防ぐ術はない。なにかする前にトドメを刺すのが一番だとイリーナは即断したのだ。


 だが――ガギィン!


「っ!?」


 イリーナの全力の一撃が、いとも容易く止められた。


 普通なら真正面から止める術などほとんどない威力を誇るイリーナの一撃さえ防ぎきる異常な魔法武器――鏖魔剣がシグマの意志に従って攻撃を受け止めたのだ。

 

 ほとんど魔力の尽きているはずのシグマの意志で。


「……っ! まさかとは思っていたがその魔剣、他者から吸った魔力でも動くのか……!」

「ご名答」


 言って、血の滴る魔剣をシグマが振るう。

 狙いは当然――イリーナ獣騎士団長の背後で守られるアイラ女王だ。


「ぐっ!?」


 護衛隊員ごと女王を斬り殺すだろう魔剣の一撃をイリーナは全力で弾き飛ばす。

 途端、先の戦いと同じくごっそりと魔力を奪われイリーナの表情が歪んだ。


「はっはははははは! そりゃそうなるよなぁ!? オレがボロボロだからって油断したか!? あのふざけた震動攻撃さえなきゃ、この魔剣一本でオレは無敵なんだよ!」

 

 縦横無尽に振るわれる鏖魔剣。

 その猛攻は凄まじく、イリーナ獣騎士団長は防戦を強いられる。

 身体は回復しているものの奪われた魔力はポーションでも回復しきっておらず、彼女もまた全力とはほど遠いコンディションだったからだ。


 だが、


(これでいい……!)


 イリーナは表情を歪めつつ、ひたすら鏖魔剣を叩き落とし続けた。

 このままでは魔力を奪われるだけでジリ貧だが、少しでも時間を稼げばアイラ女王が逃げられるからだ。


 そしてそれはイリーナが命令するまでもなく、護衛隊の面々も重々承知していた。

「イリーナ!」と叫ぶアイラ女王を強引に引っ張り、護衛隊はその場を全力で離脱しはじめた。


 が、しかし。


「ああそういや、言い忘れてたが」


 鏖魔剣を振るうシグマが凶悪な笑みを浮かべた。


「ポーションの類いはあらかた破壊されたが……素材が丈夫な甲殻だからかね。こいつはギリギリで使えるヤツが残ってやがった」


 瞬間――ガアアアアアアアアアアア!


 王城連絡通路に、殺意の叫声が響き渡った。

 それはシグマの投げつけた〈異次元殻〉の中に閉じ込められていた凶悪なモンスター。

 レベル150を超える怪物たちが、女王の退路を防ぐように出現したのだ。


「な――!?」


 イリーナが目を見開く。


 一時的とはいえイリーナの代理として女王の護衛を任されるだけあり、護衛隊の強さは並ではない。通常ならレベル150オーバーのモンスターに囲まれたところでなにも問題はないだろう。


 だがいまは数秒が生死を分ける場面。さらには鏖魔剣を持ったシグマの猛攻がいつ女王へ届くかわからない修羅場にこの奇襲は――。


「後ろなんか気にしてる場合かぁ!?」

「ぐ――!?」


 と、背後に一瞬気をとられたイリーナを鏖魔剣が襲う。

 魔力を吸って勢いの増した縦横無尽の魔剣がイリーナの巨体を叩き、さらにごっそりと魔力を削っていった。


(ま、ずい――! このままではアイラ様が逃げる時間を稼ぐことすら――)


「終わりだ」


 言って、トドメとばかりにシグマが鏖魔剣を振りかぶった――そのとき。


 ひゅんっ!


 突如。

 シグマめがけ、どこからか複数のナイフが飛んできた。


「あぁ!?」


 当然、シグマはいとも容易くそれを弾く。

 だがナイフが飛んできた方向に彼女が意識を向けたその瞬間。


「へぇ。話に聞いてた通り、殺りがいのありそうな化物相手じゃない」

「っ!?」


 背後。

 弾いたナイフの近くに、突如として気配が現れる。

 決して無視できない実力者の殺意溢れる気配が。


「っ!? んだてめえ!?」

「おおこわ。こんなの真正面から相手できねえわ」


 シグマが振り返りながら拳を振るう。

 だがその瞬間、濃い灰色のポニーテールを揺らした女性の姿が掻き消えた。

 かと思えば、


「……間に合ました。女王様とイリーナさんの匂いを覚えておいて、よかったです」


 いつの間にシグマのもとへ接近していたのか。

 気配を完全遮断できる狼獣人の少女がしなやかに身を翻した。


 瞬間、ボフン!!


 シグマの顔面に袋が叩きつけられる。

 当然のように鏖魔剣で防がれたそれはしかし、空中で中身をぶちまけた。

 すなわち、獣人の敏感な感覚器に多大な影響をもたらす粉、コショウを。


「なっ、ごほっ!? てめえ……! いくらオレが満身創痍だからって、こんなくだらねえ小細工が効くと思ってんのか!?」


 怒りに任せてシグマが縦横無尽に鏖魔剣を振り回す。

 しかしそれはほとんど意味がなかった。

 

 それぞれのユニークスキルを駆使してシグマに接近した2人――コッコロ・アナルスキーと狼獣人ソフィアは即座にその場を離れ、既に目的を達成していたからだ。


「な……君たちは!?」


 増援2人の手により鏖魔剣の射程範囲から救出されたイリーナが目を見開く。

 だがイリーナの驚愕はそれだけに留まらない。


「「「ガアアアアアアアアアアアアッ!?」」」


 背後から響く怪物たちの断末魔。

 そして切り刻まれたモンスターの返り血さえ避けるような速度で突き進む白銀の影があった。

 

「……身体能力強化【極大】……剣戟強化【大】……自動回復付与……」


 シグマの召喚したモンスターを瞬時に全滅させた規格外の〈ギフト〉。

 普段よりも明らかに力を増したその身体で真っ直ぐ突き進む先は、コショウで一瞬だけ隙ができたシグマ。

 

 振りかぶる一撃は、かつてレベル200超えの最強種ドラゴンを一発で仕留めた必殺だ。


「……魔神斬り……!」

「……!」


 瞬間、即座にコショウの影響から脱したシグマは鏖魔剣を振るった。

 国家最強戦士であるイリーナの一撃をも止める魔剣での防御なら、その少女が放つ一撃も防げると確信していたからだ。が、


「な――っ!?」


 シグマの身体が大きく吹き飛んだ。

 壁に激突し、鏖魔剣ごと瓦礫に埋もれる。

 瞬間、護衛隊に手を引かれたアイラ女王が「やったか!?」と喝采をあげる。だが、


「……へぇ。威力だけは一人前かよ」


 魔剣から還元された魔力による防御で衝撃を殺したのだろう。

 瓦礫を押しのけ、即座にシグマが立ち上がる。

 

「けどなぁ、この鏖魔剣でも受け止めきれねえってんならそれなりの戦い方がある。あのふざけた震動攻撃野郎がいねえなら、3人がかりの増援だろうと返り討ちだ」 

「……上等」


 言って、シグマを弾き飛ばした少女――アリシア・ブルーアイズが剣を構える。


「……早く倒してエリオの仲良し奴隷に……間違えた、愛人にしてあげる……」

 

 かつてないほど神々しい気配を輝かせ、〈神聖騎士〉アリシアがその青い瞳でシグマを睨み据えた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

 久々なのもあってちょっと長くなってしまった……。

 体調が良くなったりぶり返したりでよくわからないため次回更新は2月中になりそうですが、書籍販売の前後辺りにはキリの良いところまで更新できればと思います。


 ※そしてお知らせですが、書籍版淫魔追放のカバーイラストを近況報告のほうで公開しております。kakao先生の素晴らしいキャラデザ、是非チェックしてみてください。

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