第145話 酒池肉林の村(後編)

「この村はね、近くにちょっと特別なダンジョンがあるの。人にとってもテイムモンスターにとっても栄養満点の、美味しい食材になるモンスターがよく出るんだ」


 軽快な音楽と村人の楽しそうな歓談が響くなか。

 たくさんの美味しそうな料理が並ぶ宴会場で、鼠獣人の女の子――パッチが笑顔でこの村の不思議な風習について説明してくれた。


「その特殊ダンジョンのおかげで交通の悪いこの村もそこそこ栄えてるんだけど、やっぱり村の人だけだと収穫にも限界があるんだよね。普通の村ならそこで冒険者様が出稼ぎに来てくれて、そのおこぼれに預かれたりするんだけど……近くにあるダンジョン都市のほうがなにかと便利だから、この村に立ち寄る人なんてほとんどいなんだ。だからこうして、たまに来てくれた冒険者様は歓迎するの! わざわざこんな山間部を通る人は武者修行中みたいな強い人が多くて、全体の収穫量をあげてくれるから! 豊穣の神様みたいな扱いなんだ! この辺りには似たような村とダンジョンが幾つもあって、どこもそういう風習が根付いてるんだよ!」

「へー、なるほど」

 

 パッチの話を聞いて僕は納得する。

 小規模ダンジョンが収入源になっている村は少なくないし、突出して強い人がいると周囲の戦果も上がるというのは戦場とかでもよく聞く話だ。


「ここはダンジョン探索で成り立つ村なんだね。ってことは、アレかな」


 と、パッチの説明を聞いた僕は村に来てから少し気になっていたことを口にした。


「もう夜なのに村に男の人が少ないのは、まだダンジョンに潜ってるから?」

「……。うん、そうなんだ!」


 パッチが元気よく頷く。


「特にこの時期はダンジョンが活発化するかき入れ時で、みんなつい張り切っちゃうの! だからお兄さんたちもたくさん食べて、明日はダンジョン探索を手伝ってくれると嬉しいな! この酒池肉林の宴は、冒険者様に頑張ってもらうためのワイロなの!」

「そっか」


 可愛らしく「ワイロワイロ」と繰り返すパッチに僕は思わず微笑む。

 あんまり寄り道はできないけど、少しくらいは手伝ってあげようと思ってしまう光景だ。

 

 それにしても……酒池肉林の宴っていうからちょっと身構えてたんだけど、普通に美味しそうな食事がたくさんあるだけの健全な宴だなぁと思っていたところ、


「あれ? なんだかお兄さんホっとした顔してるけど、もしかして酒池肉林の宴って聞いてなにか別のこと考えてたの?」

「え!?」

「酒池肉林って、お肉やお酒がたくさんって意味しかないんだけど、なぜか男の人は他に意味があるみたいな反応するんだよね。なんでだろ。ねえ、お兄さんもなにか変な勘違いしてたの?」

「そ、そんなことないよ!」


 実は思いっきり勘違いしてたんだけど……こんな小さな女の子に言えるわけがない。

 なんだか最近少し〈淫魔〉に毒されてる気がするなぁと自嘲しつつ、僕は誤魔化すように並べられた料理に手を伸ばす。


 ……そのときだった。


「……エリオ、ちょっと……」

「……気になることが……」

「え?」


 両脇からアリシアとソフィアさんが耳元で小さく囁いてくる。

 僕は続く2人の言葉に少し目を見開いたのだけど――、


「うひょー! たまたま見つけた村でこんなに美味しい食事にありつけるなんてさすがは豪運のハーフエルフ私ですー!」


 そう言って既に料理を貪りまくっていたキャリーさんにならい、僕たちは何事もなかったかのように宴を楽しむのだった。


      *


「うごご……もう上の口も下の口も満腹です……」


 宴がお開きになる頃。

 キャリー・ペニペニは出されたお酒やお肉を存分に楽しみ、完全なへべれけ状態だった。なんだかやけに意識が朦朧とし、口からは寝言めいた妄言も漏れる。


「ふぅ、食べ過ぎちゃいました。じゃあ僕らは用意してもらった宿で休みますね」

 

 そう言ってキャリーに肩を貸すエリオたちの足も少し頼りなく、全員で少しよろよろとしながら宿に戻る。

 そうして珍しく仲良しすることもなく全員が就寝。


 キャリーもすぐ睡魔に襲われるのだが――それから少しした時だった。


 ガタリと。何者かが侵入してくる気配がしたのは。


「え」


 キャリーはさすがにぎょっとして身を起こそうとする。だが、


(身体に力が……!?)


 さらには口元もあやふやで、魔法を発動することも難しい。

 これは一体……!? と戸惑うキャリーの横で、侵入者がひそひそと言葉を交わす。


「私たちがやるのは非正規の強制奴隷契約だからね。魔力で抵抗されないよう、適度にボコってから首輪をはめないと」

「薬が効いてろくに戦えないのよ? 念のため周囲に部隊を展開してるけど、余裕でしょ。いつも通り」


 言って、武器を振りかぶる侵入者たちの手には奴隷契約のゴツい首輪があって――


(まさか、食事に薬を盛られて……!? エリオさん――!)


 仲間に凶刃が振り下ろされる光景に、キャリーは内心で悲鳴をあげた。


      *


「は~、ちょっっっっっっろ❤」


 月明かりが照らす村に、小さな女の子の声が響く。

 複数の人影が包囲する宿屋を離れた場所から見下ろし嘲笑を浮かべるのは、エリオたちを明るく歓待していた鼠獣人の少女、パッチだった。


 四つん這いになった村の男の上に腰掛けながら、パッチは高笑いとともに続ける。


「この私がちょ~っと可愛い顔を見せて歓迎してやれば、冒険者なんて油断してイチコロなんだから。あのパーティも年の割に半端ない体捌きだったから実力者だろうと警戒してたけど、所詮はガキね! 狼人ウェアウルフでも感知不能な無味無臭の遅効性違法酩酊薬には当然気づかず! 酒池肉林とかいう私の冗談にも赤面して……はっ、ウケる! ザコザコザーコ、ザコ冒険者~❤ なにも知らずこの村にやってきたこれまでの冒険者や村の男どもと同様、〈強王派〉の奴隷にして死ぬまでコキ使ってやるんだから! きゃははははは!」


 そう言って笑う女の表情は、「パッチ」という可愛らしい女の子の仮面を脱ぎ捨てた凶悪犯のそれ。


 テロ組織〈強王派〉の1部門を支配する大幹部、〈詐欺王〉メスガ・キーラ(実年齢27歳)の本性を露わにしたその鼠獣人は、幼い外見に反した高笑いをあげながら自らの演技に酔いしれていた。


 が、その直後――ドゴオオオン!


「……は?」


 メスガ・キーラの視界の先で、宿が盛大に吹き飛んだ。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 3秒で考えた名前。捻りがなさすぎて逆にお気に入りです。

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