第136話 王妹殿下救出作戦


〈牙王連邦〉首都レイセントからほど近い、うっそうとした森の中。

 深い霧が周囲を満たし、昼間でも薄暗いその深い森の中に、朽ちかけた建物がある。


 かつてどこぞの盗賊が根城にでもしていたのだろうその廃墟には石造りの堅牢な地下室が備え付けられており、そこにはいま新たな無法者が我が物顔で居座っていた。


「けへへ。馬鹿な姫様だぜ。民衆を守るために護衛兵を散らして、それで自分が捕まってちゃ世話ねえな」


 そう言って整った顔に凶悪な笑みを浮かべるのは、荒々しい風貌をした猫獣人の女だった。同じくガラの悪い獣人を3人ほど従えながら、女はさらに笑みを深める。


「規格外のマジックアイテム〈異次元殻〉様々だな。こりゃこの国が私ら〈強王派〉のものになる日も近いぜ。なあ、馬鹿な姫様」

「……っ」


 猫獣人の女に嬲るような視線を向けられて気丈に睨み返すのは、白磁のような肌が特徴的な美少女だった。


 攫われた王妹。


 地下牢に繋がれ身動きを封じられた彼女はしかし、ならず者たちへ堂々と言い返す。


「……民の命を最優先したあのときの判断は間違いではありませんでした。それより、このような蛮行はお互い無駄でしかありません。この国は人質などで屈するほど甘くはない。いまならまだ間に合います。いますぐ私を解放しなさい!」

「おーおー、強気だねぇ。……興奮してきた」


 王妹の態度を見て、猫獣人の女が怪しく目を光らせる。

 そして、


「合図を送ったからにはがすぐにあんたの身柄を引き取りに来ちまうが……そのロイヤルなお体をちょっと味見したって構わねえよな」

「……え?」

「女同士は初めてかい、姫様?」

「……っ!?」


 興奮したように地下牢の鍵を手荒く開け、舌なめずりする女性猫獣人。

 予想される屈辱の未来に、王妹の瞳がそこではじめて揺れ動いた。


      *

 

「王妹殿下の行方はまだわからないのか!」

「索敵部隊を編成して追わせてはいますが……なにせこの大混乱。目撃情報も見間違いから攪乱目的らしきデマも多く、もし既に街の外だとしたら最早……」

「ぐっ、〈異次元殻〉など使ってきた連中だ。匂いなどの対策も万全か……!」


 姫様誘拐の情報が既に広まっている中央街はとんでもない騒ぎになっていた。

 人々が悲観に暮れ、騎士団の人々が血眼で駆けずり回る。

 それはともすればモンスター出現時以上の大混乱だった。


「……王妹殿下は、街の人を守ろうと護衛兵士を強引にバラけさせてたんだって……」

 

 僕より少し早く中央街に戻ってきていたアリシアがぽつりと漏らす。

 

「……そこに本命のモンスターを引き連れた高位の〈テイマー〉が突っ込んできて……混乱の中で攫われちゃって……しかも誘拐犯の仲間が十数組、同じような風貌で別方向に逃げたから、モンスターが暴れてる中では追い切れなくて」


 大混乱の中で、姫様を見失ってしまったらしいとアリシアは語った。

 

(くっ、なんて計画的な……!)

 

 街の人たちを助けるためには仕方なかったとはいえ、中央街を離れた自分の判断が悔やまれる。いやけど、いまはそれを後悔してる時間さえ惜しい。


(少しでも早く、王妹殿下を助けないと)

 

 誘拐は時間との戦い。

 人質の身の安全のためにも、もたついてる暇なんて欠片もなかった。

 だけど、


(騎士団でも足取りを追えていないうえに、手がかりもなにもないんじゃどうしようもない……)


 と、僕が途方に暮れていたときだった。


「見つけましたわあああああああオロロロロロロロロロ!」

「っ!? わあああああ!? クレアさん!?」


 突如。 

 狼人ソフィアさんと護衛シルビアさんに両脇を抱えられたシスタークレアが、口から聖水(婉曲表現)をまき散らしながら降ってきた。なんなの!?


「ちょっ、どうしたんですかクレアさん!? 大丈夫ですか!?」

「いえその、お酒を飲みまくってたところに、シルビアたちがわたくしをモンスターから守るため散々振り回してくれまして……口から信仰心(婉曲表現)が……いえ、いまはそれより!」

 

 と、シスタークレアが真っ青な顔でその言葉を口にした。


「ついさっき、都合よくビンビン来ましたの! ここから西北西に真っ直ぐ15キロメドルほど進んだ場所へいますぐ向かうべしと!」

「……!? それって」

「ええ。状況からして、まず間違いなく王妹様の居場所ですわ! ですが同時に嫌な予感もありまして。少しでも早く助けに行かないとまずいようなんですの」

 

 吐き気のせいか、それともお告げのせいか。顔色悪くクレアさんが言う。

 その様子は真に迫っていて、僕は「わかりました」と即座に頷いていた。


(騎士団の人たちはいまデマを警戒してるし、シスタークレアのことをすぐに信用してもらうのは不可能。それに15キロメドル程度の短距離なら、戦闘で疲弊した風魔導師に頼るよりレベル300超えの僕が1人で走ったほうが――圧倒的に早い!)


 一応、シルビアさんたちにはオリヴィアさんからの書状を預けて騎士団に誘拐犯の居場所を知らせるよう頼んだあと。


 僕はパチンコによって西北西の空へと跳躍。

 全速力でお告げの場所へと突き進んだ。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

 猫獣人なのにタチ。


 ※そろそろ単位がないと不便だったので、キロメドル、メドルを使っていこうと思います。それぞれ現実の1キロメートル、1メートルと同じとお考えください(㎞やmに読み仮名ふれないんですね……)

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