第117話 シールドア領主、オリヴィアの依頼
「ここがシールドアの領主、オリヴィア様の屋敷になります」
夜襲から一夜明け、太陽が顔を出したばかりの早朝。
僕たちは牛獣人の女性――大剣使いバスティアさんの案内でシールドア領主の屋敷にやってきていた。
あまりにも真摯に「この街を救ってほしい」と彼女たちが頭を下げ続けるのに加え、クレアさんが「嫌な予感はしませんから」ということで、とりあえず領主から詳しい話を聞くことにしたのだ。
とはいえ。
どんな事情があるにせよあんな夜襲を命じるような領主だ。
警戒の意味もこめて屋敷には入らず、敷地内の広い庭で顔をあわせることになっていた。
「む、来たか」
芝生の敷き詰められた開けた空間。
普段は練兵場にもなっているらしい中庭の真ん中で、その女性は待ち構えていた。
シールドア領主、オリヴィア・ワイルドファング。
領主にしてはかなり若い女性で、凜々しい顔立ちの美人だ。
女性らしい豊満な胸元を惜しげも無くさらけ出す露出度の高い服装ながら、まとう空気は数多の修羅場を超えてきた戦士のそれ。
女傑という言葉の似合う
「まずは非礼を詫びよう。そなたらの実力を確かめるためとはいえ悪いことをした。なにか望みがあれば、私に可能な範囲で便宜を図ろう」
「ああ、いえ、それについてはもう大丈夫なので」
こっちには怪我人もいないし、装備の損失などもない。
牛獣人のバスティアさんにも散々謝ってもらったし、こっちとしては変に蒸し返す気はなかった。まあ流石になにもなしでは筋が通らないかもので、そのうちなにか頼んだほうがいいだろうけど。
「それで、この街を救ってほしいというお話ですけど……それはもしかして街全体の食糧不足に関することですか?」
「……話が早くて助かるよ」
領主オリヴィアさんは再び僕たちに頭を下げると、ガーデン用の椅子に座るよう促す。
僕とシスタークレアが代表として席に着くと、改めてオリヴィアさんが口火を切った。
「そう。そなたらへの頼みというのは、この街を悩ます食糧不足の原因排除。つまり北の街道付近に巣くっているらしい強力なモンスターを退治してほしいというものだ」
ある程度予想していた通りの答え。
けどオリヴィアさんが口にしたその答えには幾つかの疑問点があった。
まず、どうしてこの街の正規軍を向かわせないのか。
そして僕たちの力試しに、なぜあんな夜襲をする必要があったのか。
ただ実力を測るだけなら、あんな徹底した不意打ちは必要ないはず。
多少の猜疑心もこめてそう訊ねてみたところ――オリヴィアさんは深刻な口調で小さく漏らした。
「3回、だ」
「え?」
「件の街道に精鋭討伐軍やベテラン冒険者チームを送り込んで、その全員がなんの手がかりもなく消息を絶った数だよ」
「な……!?」
目を見開く僕たちに、オリヴィアさんが大きく息を吐きながら説明を続けた。
「シールドアは前線防衛基地。みだりに兵は動かせんからと、まずは北の街道を挟んだ第二前線都市に要請して何度も討伐隊は送っていたのだ。だがそのことごとくが消息を絶ったため、パニックを避けるために情報を規制していた。私がなんの手も打っていないように見えたのはそのせいだな」
いや、これは言い訳か、とオリヴィアさんは自嘲するように漏らす。
「本来なら、この私が大軍を率いて討伐に向かわねばならんところだ。だが街道で一体なにが起きているのか情報を持ち帰るため、討伐隊から遠く離れて観測に徹していた者たちまで一人残らず消えてしまった。情報は0。敵はまったくの未知。私が一兵士として暴れていたころならいざ知らず、国境を守る立場では無茶もできずに手をこまねいていたのだ。〈牙王連邦〉本国から軍隊を呼ぼうにも、いま我が国ではあちこちで不穏な動きがあってな……」
そしてそこに、規格外の力を持つ僕たちが現れたのだとオリヴィアさんは言う。
「重ね重ねになるが、夜襲など仕掛けて本当に申し訳なかった。だがこの仕事を頼むにはただ強いだけでなく、あらゆる不測の事態に対応できる
そしてオリヴィアさんは街を想う領主の顔で続ける。
「そなたらのような子供に無茶な依頼をしているという自覚はある。だが多くの兵を抱えた状態で二か月も食料供給の止まったこの街は既に限界が近いのだ。周囲のモンスターを刈り尽くしたせいで、縄張りから獲物の消えたソルジャーウルフが街の周辺にまでやってくる始末。神聖法国側から食料を輸入することも考えたが……連中は常に綺麗事を盾に布教侵略の機会を伺っている仮想敵国だ。ここ数年は怪しい動きも多く、頼ることなどできなかった」
「よくわかってますわね!」
と、オリヴィアさんの話を聞いていたクレアさんが変なところで噴き上がる。
「賢明なご判断ですわ。やつらは
「う、うむ。それについては同意するが、そなた、どうなされた急に……」
教会の悪口でヒートアップするクレアさんにオリヴィアさんが若干引いたような様子を見せる。
クレアさんは僕に向き直ると、力強く断言した。
「エリオ様。この方は教会の本質をしっかり理解している名君ですわ。信用できます。もともとこの街の食糧不足は気になっていましたし、助けてさしあげましょう!」
教会の悪口=名君と〈宣託の巫女〉様が判断して信用するのはどうなんだ……。
とは思うけど、
「……そうですね」
僕もオリヴィアさんの言葉に嘘はないように思うし、なにより亜人国家の最前線都市が危険に晒されているというのはなにか匂う。
「わかりました。その依頼、僕たちが引き受けます」
「本当か……!」
オリヴィアさんがテーブルの上に身を乗り出して顔を輝かせる。
「すまない、ありがとう。依頼達成の暁には色々な意味で莫大な報酬を約束しよう。……だが頼んでおいてなんだが、なにが起きるかわからない危険な依頼だ。無理だと思ったらいつでも中止してもらっていいし、なにか必要なものがあれば言ってくれ。可能な限り応えよう」
「わかりました」
そうして僕たちはシールドアを襲う異変を解決すべく、街の北に伸びる街道へと向かうことになった。
「あ、ところでひとつ気になったんですけど」
「む? なんだ?」
領主宅から出る直前、僕はオリヴィアさんに向き直る。
「僕たちの実力を確かめるためなんかに、宿を破壊しちゃって大丈夫だったんですか?」
「ん? ああ、そんなことか」
僕の素朴な疑問に、オリヴィアさんが「わははっ」と豪快に笑う。
「ここは〈牙王連邦〉の国境を守る戦士の街だぞ。補償金さえ払えば、あのくらいの騒ぎでごちゃごちゃ言う者はおらんよ」
「そ、そうですか」
これが文化の違いってやつだろうかと、その荒々しい論法に僕は苦笑するのだった。
*
領主オリヴィアさんからモンスターの討伐依頼を受けた翌日。
準備を整えた僕たちはシールドアから馬車で3日地点の街道にやってきていた。
途中までキャリーさんに協力してもらっての時間短縮だ。
「さて、ここから先がモンスターの巣くってる平原らしいけど……」
僕は周囲を見渡す。
隣に立つアリシアとソフィアさんも僕と同じように手でひさしを作りながら、僕の言葉を引き継ぐように漏らした。
「……なにもないね」
「ただただ広い平原ですね……空気が気持ちいいくらいです……」
二人の言うように、大規模討伐軍が消息を絶ったという危険地帯はとにかく広いだけの平地だった。
遠くにいくつも山が見えるけど、それ以外はなにもない。
モンスターの気配さえ感じられなかった。
「なんだか拍子抜けですわね。お弁当でも持ってくればよかったですわ」
「クレア様。何度も言っていますが危険予知の精度は100%ではないのです。無理を言ってついてきているのですから、予感がないからといって油断なさらぬよう」
そう言うのは、『仲間を危険地帯に送り出して一人のうのうとしていては亜人国家からの信頼は得られませんわ!』と豪語してついてきたクレアさんと護衛のシルビアさんだ。
なにが起きるかわからない危険地帯なので本当はお留守番しててほしかったけど、クレアさんの言うことも一理ある。いざとなれば〈ヤリ部屋〉に避難させることもできるので、こうして同行していた。
「うーん、ひとまずモンスターが出ないことには対処もしようがないし、もう少し進んでみようか」
と、爽やかな風の吹く平原を5人で進もうとした――そのときだった。
「ん?」
地面が、揺れた? と違和感を覚えた直後、
「エリオ……っ、真下に……っ!」
〈周辺探知〉を使っていたアリシアが鋭く叫ぶ。
全員がその場を飛び退く。
次の瞬間、
ドゴオオオオオオオオオオン!
さっきまで僕たちが立っていた地面が大きく抉れ、巨大な影が飛びだしてきた。
「わああああっ!? なんですのおおおおっ!?」
シルビアさんに抱き抱えられたクレアさんの悲鳴が響くなか、土煙が晴れて襲撃者の姿が浮かび上がる。それは、無数の牙の並んだ口を持つ巨大な芋虫だった。
「こいつは……レベル180のサイレントデスワーム!?」
「……エリオ、気をつけて……1匹だけじゃ、ない……!」
直前まで音もなく地面を進み、一瞬で獲物を仕留める危険モンスター。
特殊な条件下でしか現れない強力なモンスターの出現に、僕はアソコを握りしめた。
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定期的にくるまともな冒険パート。
というわけで次回淫魔追放117話「アクメとイクメ」。お楽しみに!
(なんだか急にどばっと☆が入った結果、日間週間ランキングで浮上してました! ☆もついさっき5000到達でめっちゃ嬉しくて素直に感謝です! ありがとうございます!)
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