第118話 アクメとイクメ

「なんなんですのこの巨大芋虫はー!?」

「サイレントデスワーム! 小型のモンスターが地中深くの魔力偏向のせいで変異した特殊個体です!」


 いくつもの精鋭部隊が一人残らず消息を絶ったという街道沿い。

 ひたすらだだっ広い平原にシスタークレアの悲鳴が響くなか、僕たちは地面から現れた巨大な影と対峙していた。


 見上げるような巨体にもかかわらずほぼ無音で地中を移動し、一撃で獲物を屠る強力なモンスター。レベル180。サイレントデスワームの群れだ。

 

「……聞いたことがあります。もとはレベル2か3程度の小さなワーム型モンスターで……条件がそろうと巨大化するって」


 狼人ソフィアさんが言うように、サイレントデスワームは元々地中で少ない魔力を吸収して生きる大人しいモンスターだ。土壌の栄養バランスを整え実りをもたらしてくれることから有益なモンスターとさえ言われていて、地域によっては討伐が禁止されていたりもする。


 けど人が観測しづらい地下の魔力が極端に偏ると、魔力を吸収しやすい性質が暴走。

 土魔法さえ使いこなし、地中を無音で移動する危険なモンスターに〝成る〟のだと帝都で習った記憶がある。


 その性質は凶暴の一言。

 魔力で膨らんだ身体を維持するため貪欲に獲物を狙い、周囲に多大な被害をもたらすのだ。


「こいつらが街道に巣くう異変の正体か!」

「あ、シルビアここはなんか危ない予感がしますわ、ちょっと移動して戦いなさい!」


「「「シャアアアアアアアアアアアアッ!」」」


 シルビアさんたちの声に反応するかのように、地面から次々に現れたデスワームたちが甲高い鳴き声を響かせこちらに迫る。瞬間、


「男根剣!」

「……スキル〈周辺探知〉……〈身体能力強化【極大】〉……〈剣戟強化【大】〉……!」

「槍聖騎士スキル〈間合い伸張〉! 〈豪羅突き〉!」


 レベル300に達した〈淫魔〉の僕を筆頭に、レベル110の〈神聖騎士〉アリシアとレベル130の〈槍聖騎士〉シルビアさんの一斉攻撃がうなりをあげる。


 アリシアの〈周辺探知〉とシスタークレアの予知? もあり、地面からの不意打ちも完全回避。一方的に攻撃を叩き込み、デスワームの身体が弾け飛ぶ。けど、


「「「キシャアアアアアアアアアッ!?」」」


「なっ、アレでまだ生きているのか!?」


 頭部らしき部分を吹き飛ばされてなお声を上げて地面に逃げるデスワームたちに、シルビアさんが驚愕の声を漏らす。


 デスワームが厄介なのは無音移動に加え、このしぶとさだ。

 身体の作りが単純なうえに、魔力で膨らんだ身体は大半が損壊しても問題なく動く。

 そのため強敵が現れると地中に逃げ込み、身体を治してから再び襲ってくるという面倒な生態を有しているのだ。そこにこの数があわされば、まさにキリがない。


 けど所詮はレベル180。弱点はある。

 

「アリシア、〈周辺探知〉で〝呼吸口〟を探せる!?」

「……あ、そっか……やってみる……」


 言ってアリシアが限界突破した〈周辺探知〉に集中する。

 そしてわずか数瞬後、


「……見つけた。全部で10個」


 アリシアが呼吸口の数、そして位置を指し示す。


「それがデスワームの弱点だ! 巨大化したせいで地中じゃ窒息するようになったデスワームは、呼吸口を潰せば地上に這い出してくる!」

「なるほど……だが音で獲物の動きを読むデスワームは呼吸口をすぐ引っ込めるぞ。遠距離攻撃スキルなしでどう潰す!?」


 シルビアさんが言うように、近距離〈ギフト〉だけで呼吸口を狙うのは難しい。男根剣を駆使しても、視認できない位置の敵を狙うのは難易度が高かった。けど、


「……ユニークスキル〈不可視パラダイス・子供達ロスト〉……」

 

 狼人ソフィアさんの気配が掻き消える。

 三大旅団の一角を束ねていた身体能力で一気に平原を駆け抜けた。

 そして――ザクザクザクザクッ!


「「「キシャアアアアアアアアッ!?」」」


 ソフィアさんの二刀で瞬時に呼吸口を潰されたデスワームたちが直接空気を求めて出現。

 逃げ場をなくし、一斉に僕たちへ襲いかかってきた。だが、


「少し切ったくらいじゃ効率が悪い……なら!」


 僕は事前に枝分かれさせておいた男根剣を一斉に伸ばす。

 その切っ先は10体のデスワームすべての口内に吸い込まれていき――そこで僕は男根を一気に膨脹させた。


「限界突破スキル〈男根形状変化〉――暴照破羅サイレントボム

「「「グギュッ!?!?!?」」」


 瞬間、サイレントデスワームの身体が内側から大きく膨らむ。

 僕の男根が体内で異常膨張しているのだ。そして――ドパン!

 やがて僕の男根膨脹に耐えきれなくなったデスワームたちが一斉に破裂。

 再生の気配もなく、一匹残らずただの肉片と化した。


「よし。平原は広いからデスワームはまだ潜んでそうだけど、ひとまずこの辺りの個体は一掃できたかな」


「やりましたわー!」


 モンスターの気配が消えたことでクレアさんが快哉をあげる。


「さすがは皆様! そしてエリオ様! 精鋭軍が全滅したという相手でも楽勝でしたわね! この調子で平原に潜んでいる巨大芋虫を全滅させてやりましょう!」


 シュッシュッ、とクレアさんが好戦的に宙を殴るポーズを決める。

 思いのほか簡単に片付きそうなモンスター退治にテンションが上がっているようだった。


 けどその反面――戦闘を終えた僕の中では大きな違和感が渦巻いていた。

 

「なんか……楽勝すぎじゃないか?」


 サイレントデスワームは確かに厄介で強力なモンスターだ。

 けど所詮はレベル180。 


 いくら数がいたとはいえ、この程度のモンスターに前線都市の精鋭たちが一人残らず消えるなんてあり得るのか? 恐らくレベル200前後の猛者が複数いただろう討伐軍が。


(それにオリヴィアさんいわく、消えてるのは討伐隊だけじゃない。観測員もだ。飛行魔法を使っていただろう観測員がデスワーム相手にやられるなんてあり得ないはず……)


 なにかがおかしい。

 僕だけでなくアリシアやシルビアさんも違和感を抱くように警戒を緩めないままでいた、そのときだった。


 ヒオンッ――


 ほんの微かに、風を切るような音が聞こえてきた。

 次の瞬間――レベル300に達した〈淫魔〉の感覚器官が異常な気配を感知する。


 それは――極限まで凝縮された膨大な魔力の塊。


「なん――!?」

「っ!? みんな避けて……!!」

 

〈周辺探知〉を展開していたアリシアと、空に光の軌跡を見た僕がほぼ同時に駆け出す。

 クレアさんとシルビアさん、ソフィアさんたちを突き飛ばすように飛んだ――次の瞬間。


 ドッボオオオオオオオオオン!


「おぎゃあああああああっ!? 次は一体なんですのおおおおおおお!?」


 凄まじい轟音とシスタークレアの汚い悲鳴。

 耳鳴りがするかのような衝撃に僕たちが吹き飛ばされ、顔を上げてみれば、


「な、んだこれ!?」


 地面に大きなクレーターが出現していた。

 恐らく、直撃すればレベル300の僕でも致命傷を負っていただろう一撃。

 強力極まりないを受けて、僕は瞬時に理解する。


 まさか……これが精鋭部隊全滅の本当の原因!?


「けどこんな強力な攻撃、一体どこから!?」

 

 正確な狙いをつけてきたことから、砲手は近くにいるはず。

 アリシアが〈周辺探知〉の範囲を広げると同時、僕も男根を地面に突き刺し伸ばし、高所から周囲を見渡す。けど、


「「誰もいない……!?」」


 僕とアリシアの声が重なる。

 周囲一帯見渡す限り。ちょっとしたモンスターしか見当たらない。

 けどその直後――僕は信じがたいものを見た。


「え――!?」


 それは、ここから遠くに見える山々。

 大雑把に見積もって最低でも数㎞は離れた位置にある山の中腹で――魔力の光が煌めいた。


 瞬間、光の軌跡が凄まじい速度でこちらに向かってくる!


「嘘だろ!?」


 即座に地面に降り立ち男根を展開。

 クレアさんたちを男根で掴み全力でその場を離れた数瞬後――ドゴオオオオオオン!


 再び僕たちの近くに凝縮された魔力が着弾。

 衝撃が身体を突き抜ける。


「なんだあの長距離砲撃!?」

 

 当たるはずのない距離から放たれた、あり得ない威力の攻撃に戦慄する。

 けど本当に背筋が凍ったのは、次の瞬間だった。


「ま、さか……この異常な長距離攻撃は……!?」


 シルビアさんが愕然と、謎の攻撃の正体を口にする。


、ヴァージニア姉妹の連携砲撃か!?」

「十三聖剣!?」


 腐敗した教会の最高戦力。

 コッコロと肩を並べる怪物の急襲に、全身から冷や汗が噴き出した。

 


 *



「あれ? また外しちゃったねアクメリア」

「大丈夫。次は当たるよイクメリア」


 エリオたちのいる平原から遠く離れた山の中腹。

 まったく同じ顔をした二人の少女が芸術品のように整った顔を見合わせる。


 この二か月、一度も外すことのなかった超長距離砲を二度も避けられ、今回の討伐隊はなにかが違うと感じ取っているのだ。


 だがその可愛らしい相貌に浮かぶ2人の笑みは揺るがない。


「なぜならあたしたちは十三聖剣最強姉妹」

「協力すれば狩れない相手はいないもの」


「まだまだレベルは低いただの〈聖騎士〉だけど」

「発展途上の〈聖騎士〉だけど」


「アクメリアのユニークスキル〈豪魔投擲トールパニッシャー〉」

「イクメリアのユニークスキル〈索敵蜻蛉サテライトサテライト〉」


「「2つそろえば敵はない」」


「1人じゃ最弱!」

「2人で最強!」


「「教会の教えを拒絶する蛮族たちに、神の安らかなる救済を!」」


 教会上層部の命を受け、〈牙王連邦〉前線都市シールドア籠絡の裏工作に従事していた若き双子の美人姉妹。


 十三聖剣第12位アクメリア・ヴァージニア。

 十三聖剣第13位イクメリア・ヴァージニア。


 狂信者の瞳をぎらつかせた姉妹は自分たちを鼓舞するように声を響かせ、再び魔力を凝縮させた。


 異教徒亜人に与する5人の冒険者愚者を滅するために。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

「二か月山の中にいたの?」「臭そう」「臭い女の子いいよね」という辺りについては次話で軽く補足できればと思います。まあ単純にマジックアイテムとかスキルでカバーみたいな話ですが。


※というところで恐縮ですが、次回8月11日は色々立て込んでいるためお休みします。すみません!

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