第107話 シスタークレアの提案

「そ、そうか……エリオール殿はむしろ旅団を説得してクレア様を助けようとしていたところだったか。すまない、私の早とちりだ。全面的に謝罪する。……しかしクレア様のお告げは絶対ではないとはいえそれなりに可能性の高い未来を示すもの。可能性があるというだけでこの男の貞操観念には要注意だ。なにかの間違いで手籠めにされないよう、常に警戒しておかねば……!」


 粘り強くセットク……いや話をした結果、シルビアさんはどうにか落ち着いてくれた。

 なぜかまだ赤い顔で僕を警戒するように睨んでるけど……と、とりあえずまともにコミュニケーションが成立するようになっただけよしとしよう。


 さっきまで、まるで僕からセクハラを受けたみたいに錯乱してたからね……。


 さて、そんなこんなでいったん落ち着いた僕たちは再び女帝ステイシーさんの執務室に集まっていた。

 僕とアリシア、ステイシーさんにリザさん、シスタークレアにとシルビアさん、それからペペにまとわりつかれているコッコロの大所帯だ。


 そしてその大人数の中で話の中心にいるのは、賭場で大負けしてここに連れてこられたというシスタークレアだった。


 出されたお茶を飲んで一息つくクレアさんに、僕は改めてその信じがたい話を確認する。


「それで、本題なんですが……あなたが〈宣託の巫女〉というのは本当なんですか、クレアさん」

「……はぁ。もともとあなたと再会できた際には話す予定でしたが、もっと劇的な流れでお話したかったですわね」


 シスタークレアはなにやら不満げに溜息を吐く。

 けれど次の瞬間には真っ直ぐ僕を見て、


「ええ、わたくしがロマリア神聖法国の現〈宣託の巫女〉、エリザベート・プロメテウス・ロマリアですわ。ああ、でもみだりに本名は使えませんし、偽名を気に入っているのでこれまで通りクレアとおよびください」


「「「「……っ!」」」」


 肯定するクレアさんに、室内の全員が改めて息を呑んだ。

 大陸全土に強い影響を持つロマリア教。その最高指導者を名乗る人物が目の前にいるのだから当然だ。


 ……普通なら、このタイミングで教会のトップを名乗る人物が現れるなんてあまりに胡散臭くて絶対に信じられない。以前交遊をもった相手とはいえ、コッコロに続く第二の刺客かなにかと考えるのが普通だった。


 そうじゃなくても昼間からお酒をかっくらい、賭場に堂々と出入りするようなシスターが〈宣託の巫女〉を名乗るなんて、お酒の飲み過ぎて頭がおかしくなったとしか思わないだろう。けど、


「は、ははっ。あっはっははは! まさかこんなとこで最優先暗殺対象〈宣託の巫女〉に会えるとはね。このわけわかんない隷属スキルさえなきゃ、いますぐその綺麗な顔を切り刻んでやるのにさぁ……!」


〈主従契約〉の影響で嘘の吐けないコッコロが目を爛々と輝かせながら言うのだから、クレアさんが本物の〈宣託の巫女〉であることはまず間違いなかった。


「病を煩った〈宣託の巫女〉が長いこと公の場に姿を現すことも宣託を下すこともできなくなってるって噂は聞いてたけど……まさか教会から逃げ出してたとはね……」

「〈神聖騎士〉だの〈宣託の巫女〉だの……頭が破裂しそうだぜ……」


 話を聞いたステイシーさんとリザさんが情報の洪水を処理しきれないとばかりに頭を抱える。僕とアリシアもコッコロ襲撃から続く急展開の連続に、ちょっと頭がフットーしそうだった。


(あの戒律ガン無視のシスタークレアが〈宣託の巫女〉様って……どういうことなの……)


 ある意味、聖騎士のコッコロが暗殺に手を染めているという事実よりも衝撃的だ。

 と、僕たちが唐突にすぎるシスタークレアの来訪とその正体に動揺しまくっていたところ、


「それで、その……」


 シスタークレアがビクビクと肩を揺らしながら、部屋の隅でペペにまとわりつかれているコッコロを指さした。


「さっきからずーっと気になっていたのですが……この場に十三聖剣の一人がいて、しかも素直にエリオール様の言うことを聞いているのは、一体どういうことですの? あの凶人はたとえ演技でも暗殺対象を前に大人しくしているような人種ではないはずですが」

「あ、ええと、それはですね……」


 一瞬、事情の説明に迷う。  

 けど……コッコロは言った。

〈宣託の巫女〉は〈神聖騎士〉と並ぶ教会の最優先暗殺対象。

 つまり現在の腐敗した教会と明確な敵対関係にあると。


 それにクレアさんは僕に豪魔結晶を託し、ダンジョン都市へ行くよう勧めてくれた恩人だ。〈宣託の巫女〉はその名の通り、お告げによって民草を助けると言われている存在。彼女のおかげでソフィアさんやダンジョン都市の人々を助けることができたと言っても過言ではなかった。


 たとえ〈主従契約〉の縛りがなくとも、信用できる相手だ。

 だから、


「実は僕とアリィは、いやアリシアは……」


 僕はクレアさんとシルビアさんにすべてを話した。

 さすがに〈淫魔〉の生き恥変態スキルについて〈宣託の巫女〉様に詳しく話すのは憚られたので一部誤魔化しつつだけど……僕たちの出自や〈ギフト〉、アリシアの命を狙ったコッコロを隷属させ、教会を潰してでもアリシアを守ると決意したこれまでの経緯をすべて。


 長い時間をかけて話を聞き終えたクレアさんは、深く頷く。


「……ふむ、なるほど。かなりきわどかったようですが、やはりダンジョン都市で力を蓄えてもらうのが良いというお告げは正しかったようです」


 そしてクレアさんは、はっきりとこう言った。


「手を組みましょう」


 真摯な表情でクレアさんは続ける。


「初対面の際、わたくしは自由を謳歌するために教会から逃げてきたと言いましたが……目的はもうひとつあったのです。それは、腐敗した教会と敵対するに足る力を持った未来の英雄を探すため――すなわちいまのあなた方と巡り会うために」


 女性同士にも実は興味なくはないですけどー! と奇声をあげていたとは思えない真面目な空気を纏ったクレアさんが、ロマリア教の最高指導者〈宣託の巫女〉にふさわしい威厳でもって僕らを見つめる。


 それは教会と敵対する正当性を保証してくれる教会権力者の協力が欲しいと思っていた僕たちにとって、これ以上ないほど頼もしい増援だった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

 次回、淫魔追放108話 「ところで具体的にはどうやって聖騎士を隷属させたんですの?」

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