第86話 戦姫の恩返しとアリシアのイタズラ


「あ……見つけたぁ❤」

「ソフィアさん!?」


 4階の窓から突如として現れた戦姫に、僕もアリシアも目を見開いて驚いた。

 なにせ、いままさに会いたいと思っていた件の人物が向こうからやって来たのだ。

 それに――


「僕らの宿の場所なんて教えてないはずなのに、どうしてここが……?」

「……あなたは心地の良い匂いをしてたから……すぐ居場所がわかりました……」


 ソフィアさんが狼人ウェアウルフの耳と尻尾をパタパタと動かしながら得意げに自分の鼻を指さす。なるほど、匂いを辿ってきたのか……。


「……それで、なにをしに来たの……?」


 アリシアが武器を構えたままソフィアさんに告げる。

 血の1ヶ月事件を起こし《鮮血姫》とも呼ばれたソフィアさんの強襲に、かなり警戒しているようだった。

 僕もソフィアさんが起こしたという粛正事件はなにかの間違いじゃないかと思いつつ、いきなりすぎる来訪に少なからず緊張する。

 

 と、僕たちが身構えていたところ、


「……言いましたよね……ダンジョンでご飯をわけてもらったお返し、近いうちに必ずするって」

「え……?」

「だから今日は……あなたたちに……ご馳走しようと思って……」


 ソフィアさんはその整った顔を赤らめ、照れくさそうに目を泳がせながらそう言った。




「……屋台の次は、あっち。屋上のオープンテラスで、ゆっくりできるそうです。あと、パンケーキが絶品、らしいです」


 宿にソフィアさんが襲来したあと。

 僕とアリシアはローブで軽く顔を隠したソフィアさんに手を引かれるまま、街の飲食店巡りをしていた。


 お返しをしたいというソフィアさんの様子が本気っぽかったし、粛正事件について色々聞けるかもしれないと思ったからだ。

 けれど、


(なんだかソフィアさんが凄く楽しそうで、血生臭い話をする雰囲気じゃない……!)

 

『……あ、これ美味しいです。ほら、エリオールさんもどうぞ……!』

『……次は、アソコにいきましょう。ほら早く』


 などなど。

 目をキラキラと輝かせて僕らに食事を勧めてくるソフィアさんはまるで子供みたいで、僕はどうにも本題を切り出せないでいた。

 と、そんなときだ。


「……すみません。なんだか私だけはしゃいでしまって……」


 ソフィアさんがパンケーキを頬張りながら、少し気まずそうに顔を伏せた。


「実は私……これまでずっとお友達がいなくて……こうして誰かとお店を巡るのが、ずっと夢だったんです。恩返しとか言って……実は私が楽しみたかったというのが大きくて……付き合ってもらってありがとうございます」

「え、いやいやそんな、僕たちも十分楽しいですよ! この街に来てけっこう経ちますけど、知らないお店ばっかりでしたし」

「……そうですか。なら良かった……あ」


 と、ソフィアさんが僕の顔を見てなにかに気づく。

 かと思えば「クリーム……ついてますよ……」と一言。

 僕の頬からすくいとったクリームをペロリと舐めながら小さくはにかんだ。


「……っ!」


 その動作に思いがけずドキッとしながら、僕は改めて思う。


(う、うーん。やっぱりソフィアさんが大規模な粛正事件なんて起こすようには思えないんだよなぁ)


 とはいえ訊ねてみないことには真相なんてわからない。

 さてどうやって切り出したものかと思案していた――そのときだった。


 僕の足に、なにかがもぞもぞと這い寄ってきたのは。

 

 え、なに!? と思ってみれば……おしゃれなパンケーキの並べられたテーブルの下で、向かいに座るアリシアが僕の太ももあたりに足を伸ばしていた。わざわざ靴まで脱いで。


「ちょっ、アリシアなにやってるの!?」

 

 ソフィアさんに気づかれないよう、視線と口パクでアリシアに訴える。

 するとアリシアは何食わぬ顔でおしゃれなパンケーキを頬張りながら、


「……なんか、私と雰囲気の似てるソフィアさんがエリオとイチャイチャしてるのを見たら……エリオの一番は私だって、マーキング仲良しがしたくなっちゃって……」


 言いつつ、アリシアはテーブルの下でさらに僕を刺激してくる。

 真っ昼間、オープンテラスのおしゃれなお店のど真ん中で!


「ちょっ、アリシアっ、バレちゃう、バレちゃうから……!」


 身体に力を込めて刺激に耐える。

 けどアリシアは「あ……エリオが、凄く可愛い……❤」と新たな扉が開かれたような顔をしていてダメそうだった。


 くっ!? このままじゃすぐ限界がきちゃうぞ!?

 ソフィアさんは匂いに敏感みたいだし、限界が爆発したら絶対に隠し通せない!

 こうなったら少し不自然だけどお手洗いに……と僕とアリシアが水面下で謎の攻防を繰り広げていた、そのときだった。


 ――カチャン。


「……ああ、美味しかった。本当に良かったです。最後に……お友達と、この街を巡ることができて」

「え?」


 パンケーキを食べ終えてフォークとナイフを皿に置いたソフィアさんが、不意にそんなことを口にした。

 僕はアリシアのイタズラに悶えながら、その不自然な空気の変化を察してソフィアさんに顔を向ける。


「……実は、あなたたちへのお返しは、ご馳走だけじゃないんです。……むしろ、こっちが本命」


 そしてソフィアさんは可愛らしく微笑むと、ソレを口にした。



「……私、今日にでもこの街を滅ぼす予定なんですけど……そのとき、あなたたちだけは助けてあげようと思ってて」



「……は?」


 時間が止まった。

 アリシアも水面下でのイタズラをやめて目を見開く。 

 けど耳を疑う僕らをよそに、ソフィアさんはなおも信じがたい話を続けた。


「……あなたたちはお友達ですし……まだこの街に来て日が浅いとのことでしたから……殺すほどじゃないかなって……だから、いまのうちに安全な場所まで送ってあげます。それが私のお返し……。あ、でもよかったら、あなたたちにも手伝ってもらえると、嬉しいです……女帝旅団も獅子王旅団も戦姫旅団も、街の人も……全部全部、根絶やしにする手伝いを……」


「ちょっ、ちょっと待って!」


 当たり前のように語り続けるソフィアさんに、僕はたまらずストップをかける。


「街を滅ぼすって、本気で言ってるんですか……?」

「……? 当然でしょ?」

「……っ!?」


 普通なら戯れ言か冗談としか思えない言葉。

 けれどソフィアさんの纏う殺意が、瞳から溢れるドス黒い感情が、本気の言葉だと容赦なく突きつけてくる。


 彼女は本気で、街を滅ぼすと言っているのだ。


「ど、どうして……」


 思わず口から言葉が漏れる。


「半年前の大規模な粛清事件もソフィアさんが起こしたと聞きました。こんなに楽しそうに街を散策して、僕たちを友達だと言ってくれて、血姫旅団の冒険者でもあったソフィアさんがどうして街を滅ぼすなんて……!」


「……私が、血姫旅団の冒険者……?」


 僕の漏らした言葉を遮るように、ソフィアさんが低い声を漏らす。


「……そんなわけ、ないでしょ。私は……血姫旅団の奴隷だったんですよ……?」

「え……」


 ソフィアさんの言葉に再び言葉をなくす。 

 そして彼女はまるでなにかに取り憑かれたかのようにまくし立てた。


「……10歳で両親を失って、冒険者になれば稼げると言った人買いに騙されて、血姫旅団ではずっと、都合の良い雑用として酷使されてきた……残飯だけ与えられて休みなくダンジョン攻略の荷物持ちをさせられて、稼ぎは全部奪われて、血姫だけが好きにできる存在としていじめられて……他の子も怪我や病気になって……そんな私たちを、この街の誰もが、見て見ぬ振りをして……! そのまま死ぬまで、見捨てられ続けるんだって、思ってた。けど……」


 言葉をなくす僕たちの前で、ソフィアさんが笑った。

 まるで三日月を割ったかのように口角をつり上げて。


「私は……の。血姫旅団だけじゃなく、この腐った街を滅ぼせるくらいに。だから……滅ぼす。この街で唯一仲良くなれたあなたたち以外のすべてを」


「……っ」


 貴族に生まれた僕たちでは想像もできないソフィアさんの境遇になにも言えなくなる。

 血姫旅団を滅ぼしたことも、関係者を粛正したことも、絶対に否定なんてできなかった。

 けど、


「本気で街を滅ぼすつもりなら……僕は君を止めなきゃいけない」


 断言する。


「君を酷い目に遭わせた人がまだ残ってるって話なら、僕は協力したと思う。けど直接関係ない人まで巻き込みはじめたら……もう戻れなくなる。多分二度とパンケーキを食べて笑えなくなる。だから、考え直してください」


 言ってソフィアさんの意識を引きつけながら、僕は既に動き始めていた。


 アリシアの愛撫によって硬質化していた男根を静かに変形。

 複数の触手と化した男根をにゅるにゅる動かし、机の下からソフィアさんに這い寄らせる。


 ――いまだ、隠密男根捕縛!


 と、瞬時に形を変えた男根でソフィアさんの全身を締め上げようとした瞬間だった。


「……そうですか……残念です……」

「っ!?」


 まるで事前に男根の動きを察知していたかのように、ソフィアさんが爆発的な速度で僕らから距離を取った。


「……でも、あなたたちが大切な友人であることには変わりないですから……街の人たちを皆殺しにしても、あなたたちは助けてあげます……それでは……」


「っ! ソフィアさん!」


 周囲のお客さんが何事かと騒ぐなか、ソフィアさんの姿が一瞬で掻き消える。


「アリシア、周辺探知を!」

「……ダメ……ソフィアさんらしい気配が、どこにもない……感知できない……!」

「くっ、最初にダンジョンで初めて出会ったときといい、神聖騎士アリシアのスキルをすり抜ける隠密スキルでも持ってるのか……!?」

 

 ソフィアさんを取り逃がしてしまったことに歯がみする。

 そんな僕の手を、アリシアがそっと引いた。


「……エリオ……あの人、どこかおかしかった……」


 ぽそりとアリシアが言う。


「いくら酷い目に遭ったからって、街を滅ぼすまで発想が飛躍するなんて……おかしい。それに上手く言えないけど……ソフィアさんから、なにか良くない気配がしてた……気がする。早く見つけて……止めないと……」

「嫌な気配……?」


 それは、伝説級の〈ギフト〉と言われる神聖騎士の勘かなにかだろうか。

 わからない。

 けどソフィアさんがどこかおかしいというのは僕も同意見だ。

 だから、


「すぐにソフィアさんを追いかけよう。彼女の暴挙はセットクしてでも止めなきゃいけない!」

 

 街を滅ぼすなんて、いくらソフィアさんが強くても不可能だと思う。

 けどあそこまで言い切るということは、相応の被害をもたらすナニカがあることは間違いない。


 僕とアリシアは互いにうなずき合い、全速力で店を飛び出した。


 ―――――――――――――――――――――――――――――


 某ワン〇ースでは「どんなにシリアスな場面でも主人公がユーモラスに膨らんだり伸びたりして重くなりすぎないから」という理由で主人公の能力がゴム人間に決まったそうですね。そういえばアソコも膨らんだり伸びたりしますね。

※2021/10/14 一部表現を修正しました。

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