第63話 ヤリ部屋


 頭に霞がかかった途端、なにもかもわけがわからなくなった。


 いままで一番大切に思っていた人の顔が霞んで、代わりに胸の中を満たすのは出会って間もない〝女帝〟ステイシーさんの顔と声だけ。


 その声に従うことだけが人生の悦びで、その人を愛するのが当然だと心が叫んでいる。


 だけど、その霧の中に飲まれそうになっていたときだ。


 ――エリオ!


 声が聞こえた。

 何度も何度も。

 悲しそうな、縋るような、必死な声が。


 その途端、僕の中でなにか大きな力が湧き上がってくるのを感じた。

 これは――〈淫魔〉の力?


 確証はない。

 けど下半身の辺りが熱くなって、その熱が霧を少しだけ晴らしてくれた気がした。

 その熱はまだ力が足りず、霧をすべて晴らすには至らない。 

 

 けど僕の心を覆う霧が少しだけ晴れたことで、とてもシンプルな気持ちが僕を突き動かすようになった。


 ――ああ、僕の大切な人が、悲しげな声をあげている。

 ――僕は君が一番大切で、君には悲しい顔をしてほしくない。

 ――君にはいつだって、笑顔でいてほしいんだ

 ――僕の大切な人がなにより喜んでくれるのは……仲良し

 ――なら、彼女が満足してくれるまで、「大切な人」と何回でも仲良ししないと……

 ――何回でも何回でも……気絶するまで……いや、気絶してからも

 ――この悲しげな声が聞こえなくなるまで


 そうして僕は霞がかった意識のまま、半ば本能に突き動かされるように動き出した。

「大切な人」がごちゃ混ぜになった、おかしな精神状態のままで。

  

      *


「ひぇ……!?」


 自分の頬に突きつけられているモノがなんなのかと気づいた瞬間、女帝は飛び上がって悲鳴を上げた。


(なぜ!? どうしてなにも命じていないのに勝手に動いているの!?)


 そんな疑問が頭をよぎるが、それよりも女帝にとって衝撃的だったのは、エリオのアソコそのものだった。


(お、男の子のアソコって、こんなに凶悪で禍々しいの……!?)


 部下には格好つけて「寝取る」だのなんだのと嘯いているステイシーだったが、その実態は精々キス止まり。いたいけな少女からいたいけな少年を奪うという倒錯した悪趣味を続けてはいたが、その実態は「この私が純潔を捧げるにはもっとふさわしい男がいるはず」と高望みし続けた生娘にすぎなかった。


 その生娘がいま、人のものとは思えない〝圧〟を放つアソコを前にして、完全に気圧されていた。衝撃に思考が停止し、身体が固まる。


 だが次の瞬間、


「……仲良し……しないと……」

「ひっ!?」


 こちらに一歩踏み出した少年の迫力にステイシーは思わず後ずさり、そして確信した。


 やられる。


 そう直感したステイシーは少年を押しとどめるため全力でユニークスキルを発動させた。

 

 止まれ! そこを動くな! 服を着ろ! 

 

 これでもかと魔力を振り絞り必死に命じる。

 だが、


「なぜ止まらないの……!? 私のユニークスキルで言いなりのはずなのに!」


 スキルは間違いなく発動している。

 少年の陶酔しきった瞳は最愛の者を見る目で、ステイシーの虜になっているのは確実だ。だが言うことを聞かせることだけがどうしてもできない。


「くっ!? こうなったら力ずくで……! 深淵魔法〈ナイトメア・バレッド〉!」


 極上の少年を傷つけるのは忍びないが、そうも言っていられないと高速の攻撃魔法を乱発する。だが次の直後、ステイシーは信じられないものを見た。


「……〈異性特効〉+〈男根形質変化〉……オリハルコン……」


「……は?」


 攻撃魔法がかき消された。

 しかもただかき消されたのではない。


 エリオのアソコが瞬時に形を変え、高速の攻撃魔法を弾いたのだ。しかも見間違いでなければ、その光沢は非常に強力な魔法耐性を持つオリハルコンのもので……


「なに!? なんなの!?」


 ステイシーは自分の頭がおかしくなってしまったのではないかと本気で疑う。

 そして今度は威力重視の深淵魔法スキル〈ナイトメア・カノン〉を放つのだが――バシュウ! レベル250の魔法攻撃が、エリオのアレによってなんなく消し飛ばされた。


「……仲良し……仲良し……」


 そしてエリオは真っ直ぐステイシーに向けて突き進んでくる。

 愛しのステイシーと仲良しするために。


「……っ!?」


 最早わけがわからなかった。

 セッ〇スモンスターと化した少年に純然たる恐怖を感じ、ステイシーは背を向ける。


(こ、これ以上強力な攻撃魔法はここでは撃てない! 早く助けを呼ばなければ!)

 

 暴走するエリオはもちろん、この部屋には聖騎士以上のポテンシャルを持つ少女アリシアまでいるのだ。いまは目の前の出来事に呆然と立ち尽くしているが、彼女もいつこちらに襲いかかってくるかわからない。一刻も早く増援を呼ぶ必要があった。


「誰か! 早く来なさい!

 

 女帝専用のヤリ部屋として音漏れにも配慮したこの応接室は外に声がほとんど届かない。

 ゆえにステイシーは魔法で壁に穴を空け、続けて声を張り上げる。

 すると外に待機していた側近冒険者たちがようやく異変に気づき、分厚い鉄扉を開く気配がした。


「よ、よし、これでひとまず安心だわ」


 いくらエリオの力が未知数でも、レベル100を優に超える旅団幹部たちと連携すればどうとでもなる。〈魔導師〉であるステイシーの本領は後衛にいてこそ発揮されるのだ。

 助けが来ればこっちのもの、とステイシーがほっと胸をなで下ろす。

 

 だが、次の瞬間だった。


「スキル……〈ヤリ部屋生成〉!」


「え……?」


 エリオがなにか呟いた。

 かと思えば周囲の景色が一瞬にして歪み――ステイシーはエリオ、アリシアとともに、味方が一人もいない謎の空間に引きずり込まれていた。


 ――――――――――――――――――――

 ヒロインの声で主人公が復活し、新しい力とともに悪を討つ。

 まっとうな王道ストーリー、淫魔追放の応援をよろしくお願いします!

 (物は言いよう)


※2021.10.14 描写を修正してます

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