第62話 セッ〇スモンスター爆誕


「……エリオ!?」


 突如として発生した異変に、アリシアは愕然とした声を漏らした。

 しかしそれも無理はない。

 女帝の根城から一緒に逃げようとしていたエリオがいきなり立ち止まり、あろうことか女帝のもとへとふらふら近寄っていくのだ。


「ステイシー……様……」


 明らかにエリオの様子がおかしい。

 どこか陶酔したような焦点の定まらない瞳で〝女帝〟の傍らにはべるエリオを愕然と見つめながら、アリシアはその元凶と思われる女を睨み付けた。


「エリオになにをしたの……!?」

 

「あら、あなたはこの子をエリオと呼ぶのね。くふふ、安心なさいな。別におかしなことはしていないわ。私のユニークスキル〈少年殺ラバースレイブし〉で年上の魅力に気づかせてあげただけよ?」

 

「……!? 魅了系の……ユニークスキル……!?」


 ステイシーの答えにアリシアが目を見開く。

 ユニークスキル。

〈ギフト〉とは別に超低確率で授かることのある希少かつ異質な力のことだ。

 だがこんなにもあっさり発動したことから効果はそう強くないはず、とアリシアはエリオに呼びかける。


「エリオ! 目を覚まして……! エリオの一番は誰か、ちゃんと思い出して!」


 普段の様子からは想像もできないほど声を張り上げる。だが、


「僕の一番……大切な人……?」

「エリオ……!?」


 あのエリオが。

 毎晩毎晩「アリシアが一番だよ」と言ってくれたエリオが即答してくれない。

 それだけで大ショックを受けるアリシアを見て、ステイシーが「あははは!」と楽しげに笑った。


「無駄無駄。虜にできるのは最大10人、15歳以下の男の子にしか発動しない……色々と制限の多い力だけど、そのかわり効果は絶大。私と密室に入った時点で、エリオ君の心は私のモノになると決まっていたのよ」


 ステイシーは勝ち誇ったように告げる。

 誰が一番かと問われた少年が「ステイシー様です」と即答しなかったのは少しばかり不可解だが……まあそれも些末な問題だろう。このユニークスキルが発動してステイシーの愛奴隷にならない者などいないのだから。

 それに、いまは少年よりもアリシアのリアクションのほうが重要だ。


「ああ……いいわ、その顔。その顔が視たかったのよ! まだ世の中の厳しさなんて知らない小娘が男を盗られて呆然と負の感情に飲まれたその表情。それを見ながら奪った男をはべらすのがこの世で一番ゾクゾクできる娯楽なのよ」


 ステイシーはエリオの頬を撫でながら、倒錯した笑顔でアリシアを見つめる。


「ふふふ、けど安心しなさい。エリオ君はこの先ずうっと私の奴隷だけれど、あなたには一切の危害を与えないから。だってそんなことをしたら、男を盗られた惨めさに泣きわめいて悔しがる元気がなくなっちゃうものね? ほらエリオ君、元カノに私たちの仲を見せつけてあげましょう?」


 言って、ステイシーが指を鳴らした。

 途端、「あ、う?」と目の焦点の合っていないエリオが、ガクガクと身体を震わせながらステイシーの頬に口をつける。


 瞬間――ブチッ。


 アリシアの中でなにかがブチ切れた。

 エリオが他の女の子と親しくするのは良い。「仲良し」するのも大歓迎だ。

 エリオの素晴らしさは他の子にも広めるべきだし、エリオが他の女の子と「仲良し」しているとお腹の奥が熱くなってくるから。


 けど、これは違う。

 一番を奪われ、エリオの意思を剥奪され、弄ばれるのは我慢ならない。


 ――洗脳系のスキルは、術者が死ねば解除されるはず。

 

 その考えが頭をよぎった次の瞬間、アリシアは躊躇うことなく剣を抜いていた。


「……殺す」


 白刃をきらめかせ、一直線にステイシーの首を狙う。だが、


「深淵魔法〈闇の帳〉」


 駆け出そうとしたアリシアの周囲を、闇の結界が覆った。


「馬鹿ね。そうやって抵抗しようとした女がいままでいなかったと思うの? レベル250の〈深淵魔導師〉に駆け出しの小娘が敵うはずないでしょう」


 そこでエリオ君が私のモノになるのを見てなさい。

 言って、ステイシーが続けて少年にキスをさせようとしていたときだった。


 バシュ!


「っ!?」


 突如、〈闇の帳〉が消滅した。

 ステイシーが驚いてそちらを見れば、


「スキル――〈神聖堅守〉」


 アリシアの周りに神々しい防御結界が展開していた。

 その光が闇を吹き飛ばしたとわかり、ステイシーは目を見開く。


「あなた……まさか〈聖騎士〉……!?」


 いや、この若さでこの出力。まさか聖騎士以上……!?

 信じられない潜在能力を見せつけたアリシアにステイシーは空恐ろしいものを感じる。

 だが、


「……まだまだ発展途上。私の敵ではないわね」


 とはいえこのダンジョン都市で1週間、1ヶ月と過ごせばどうなるわからない。


「仕方ない。いまのうちに手足の1、2本でも奪って、これ以上強くなれないようにしてあげるわ」

 

 と、無謀な戦いに身を投じようとするアリシアへ、ステイシーが容赦の無い害意を向けた、そのときだった。


 ベチン!


「え?」


 余裕の表情で椅子に腰かけたままでいたステイシーの頬に、熱くて柔らかくて、それなのに固いという不思議な感触が押しつけられた。


 は? なにこれ? とステイシーがそちらに視線を向けると、


「大切な人……僕の愛しい人……だったら……「仲良し」しないと……気絶するまで……」


 そこにいたのは、正気を失った状態でなにかぶつぶつと呟いているエリオだった。

 そしてエリオはステイシーがなにも命じていないにも関わらず一部の衣類を脱ぎ捨てていて……〈淫魔〉を象徴するアレが、女帝を無慈悲にロックオンしていた。


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※2021/10/14 一部表現を修正しました

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