第57話 女傑登場フラグ
ルージュさんが懐から取り出した人相書きに、僕とアリシアは釘付けになっていた。
なにせそこに書かれていた人相書きはアリシアの特徴にぴったりと一致していたからだ。
それが意味することは極単純。
教会が、〈神聖騎士〉であるアリシアを探しているのだ。
けど……これは一体どういうことだ。
帝都がアリシアを探しているというならわかる。〈神聖騎士〉は国力の象徴になるし、他勢力に吸収されたりしたら一大事だからだ。
そうでなくてもアリシアは帝都でも指折りの名家、ブルーアイズ家の令嬢。
いくらブルーアイズ家が脳天気……もといおおらかとはいえ、「武者修行してくる」なんて書き置きでいつまでも誤魔化せるわけがないし、そろそろ本格的な追っ手がかかってもおかしくはなかった。
けど教会は違う。
いくら〈聖騎士〉が教会を象徴し、〈神聖騎士〉がその頂点にあるとはいえ、教会=神聖法国にそれを接収する権利などありはしない。
〈ギフト〉を授かった本人が強く希望するなら神聖法国に所属を移すことは可能だけど、それだって国同士の厳格な契約のもと、外交的な取引をしなければ成立しないのだ。
国防の要とも言われる聖騎士系統の強さを考えればそれが当然といえる。
教会が帝国を差し置いて〈神聖騎士〉を探してるなんて、どう考えてもおかしいのだ。
しかもこの手配書はルージュさんいわく教会関係者にだけ出回っているものらしい。
つまり教会は帝国にバレないよう秘密裏にアリシアを追っているということで……まだ14歳の子供である僕にもそのキナ臭さがビンビンに感じられた。
シスタークレアが言っていた「教会の腐敗」といい、いままで無条件に信じていた権威への不信感が否応なく膨らんでいく。
「……その反応、やっぱり教会が探しているのはおめぇさんたちみたいだねぇ。ワケありとは聞いてたが、こりゃまた特大のワケありだ」
「っ!?」
手配書に釘付けになっていた僕は肩を跳ね上げた。
しまった。確かにこんな反応、僕たちが追われていると白状してるようなものだ。
と、慌てて誤魔化そうとしてふと気づいた。
ルージュさんがこの手配書をわざわざ見せてくれたうえに、おちんぽ輸送の準備まで進めてくれていたということに。
つまりルージュさんは最初から、僕たちを見逃すつもりだったのだ。
「……どうしてですか?」
もはや教会の目的が僕らだと確信しているルージュさんに隠し立ては無用と判断し、僕はルージュさんに疑問をぶつけていた。
「教会が追っている以上、それは表沙汰にできない罪人や背教者の可能性が高いです。そもそも教会の邪魔立てをするのはリスクしかないですし、どうして僕らの味方を……」
「ここ数年の教会はどうも様子がおかしくてねぇ」
煙を吐き出しながら、ルージュさんは僕の疑問に答えた。
「末端の神官どもは相変わらずのお人好しが多いんだが、上層部はどうにもいけすかねぇ輩が増えてんのさぁ。連中が探してるってことは逃がしたほうが良い。って、あたしの勘が言ってんのよ」
ルージュさんはそんな無茶苦茶なことを言うとニヤリと口角をつり上げ、
「それにあたしは生粋の〈商人〉。なにを売ってもお得意様だけは売っちゃいけねえのさぁ」
「……ありがとうございます」
「で、まあ聞くまでもないが、この城塞都市を離れるんだろぉ?」
「ええ、それはもちろんです。どこかに身を潜めないと……」
居心地がよくてついつい滞在期間が延びてしまったけど、帝都からも近いこの城塞都市にはもともとそんなに長居するつもりじゃなかった。
〈現地妻〉のおかげでこの城塞都市の人たちにはいつでも会いに来られるようになっているし、ここに滞在し続ける理由はもうないだろう。
僕なんかと一緒にいたいと追ってきてくれたアリシアの気持ちに応え続けるためにも、すぐ動かないといけない。生き恥〈ギフト〉のせいで追放された僕がアリシアと一緒に居続けようとすれば、逃げるしかないのだから。
けどそうなるとひとつ問題があって、
「逃げるのは当然なんですが……教会はどこにでもあるし、次はどこを目指せばいいのやら」
帝都から追っ手が放たれたなら最悪国外を目指せばいいけど、相手が教会となるとそうもいかない。ロマリア教の教会はどの街にもあるし、小さな村にも神官様が常駐しているところは多いのだ。
「あー、そりゃ確かに困ったねぇ。教会が少ない地域となるとエルフやドワーフ、獣人なんかの亜人国家がベターだが、ここからかなり遠いしなぁ」
そうなのだ。
しかも方角的に神聖法国の勢力圏に近づくかたちになるので、道中がかなり怖い。
一度到着してしまえばそれなりに安心できるものの、それまでがリスキーだったりする。
なので僕が頭を悩ませていたところ、
「となりゃあ、あと考えられる候補は……こっちはこっちでオススメしづらいが……帝国の辺境にあるダンジョン都市サンクリッドくらいかねぇ」
「え、ダンジョン都市?」
つい先日耳にしたその単語に僕は強く反応した。
するとルージュさんはそれを質問と受け取ったのか、潜伏場所候補としてダンジョン都市を挙げた理由を説明してくれる。
「サンクリッドにはダンジョン攻略のための大規模冒険者パーティ、旅団ってのが乱立してんだが、中でも3つの旅団が勢力争いの末にかなりの力を持つようになっててねぇ。いまじゃ街の表も裏もそいつらが牛耳ってて、教会の権力が届かねぇ数少ない街になってんのさぁ。ダンジョン都市ってのは人の出入りも多いから、お尋ね者が潜伏するのは好都合っておまけつきよぉ」
ただ、とルージュさんは声を低くし、
「さっきも言ったように、ダンジョン都市サンクリッドは3つの旅団がしのぎを削る荒くれ者の街。特にそのうちの2つ、女帝旅団と戦姫旅団はかなり横暴らしくてねぇ。悪目立ちしたらなにされるかわからねぇってリスクがあんのさぁ。ま、神聖法国に見つかるよかマシだし、おめぇさんたちの強さなら問題ないだろうが……相手は組織。リスキーなことには変わりないからねぇ。自分で言っておいてなんだが、あんまりオススメはできねぇのさぁ」
「なるほど……」
言われて僕は考える。
ダンジョン都市。
確かにルージュさんの言う通り色々とリスクはあるみたいだけど、それを補ってあまりあるメリットがあるように思えた。
ダンジョン都市なら比較的ここから近いし、亜人国家より遙かに教会の目が少ない。
そのうえ人の出入りが多い大都市ともなれば、ルージュさんの言う通り身を隠すにはうってつけだ。
それに、大ダンジョンを有するサンクリッドに潜伏するメリットは他にもあって――
「エリオ……」
と、それまで押し黙っていたアリシアが僕の本名を呼んだ。
「……私はエリオとずっと一緒にいたい。けど……守られるだけの足手まといにはなりたくない」
そして、真剣な表情でこう言うのだ。
「……ダンジョン都市で、私も一緒に強くなる」
「……っ」
ダンジョン都市のメリット。
それは広大な面積を誇るダンジョン内部で人目を気にせず戦えることだ。
つまり僕だけでなく、〈神聖騎士〉であることを隠すためにこれまで裏方でいることが多かったアリシアも戦闘経験を積んでガンガン成長していけるのである。
そしてそれをアリシア自身が望んでいる。
なぜか教会がアリシアを狙っている以上、各種パワーアップは必須。
いまの僕たちにとって、サンクリッド以上の潜伏場所はないだろう。
そしてなにより、この展開を知っていたかのようなあの不思議なシスターの「アドバイス」は無視しちゃいけないような気がして――
「ルージュさん……僕たちはダンジョン都市を目指そうと思います」
各種リスクは承知のうえで、僕はそう決断するのだった。
「……えへへ。最近ちょっと忘れてたけど、強くなればエリオを押し倒せるようにもなるし……ダンジョン都市でしっかりレベルアップしないと……」
アリシアがなんだか怪しく呟いていたけど、それは聞かなかったことにした。
――――――――――――――――――――
女帝旅団と戦姫旅団……あっ(察し
アリシアはともかくエリオはエロいことするのがパワーアップの近道だよね、という至極当然の天啓が舞い降りたので、次回は問答無用のエッチ回です。仕方ないね。
(キャリーペニペニちゃんが地味に人気なので、そのうち無理矢理出番を作るかもしれません)
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